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「――で、ここでこの間皆でお勉強した式を使って答えを出します。わからない人はいるかな?」

笑みを浮かべて小さな生徒たちに問えば、特に手を上げる生徒はいなかった。


その様子に内心ほっとしつつ、私は「じゃぁ、皆で解いてみようか」と手を叩いた。

生徒たちはそれぞれ「はーい」と返事をしてノートに鉛筆を走らせ始める。


よしよしと私は笑う。

・・・先ほどから、真っ直ぐと私に向く視線を無視して。




「・・・・・・」

この視線の主はわかっている。


既に問題を解き終ったその子は、この学校どころか世界的に有名な子。



その子は・・・所謂“天才”だ。

天才と言うだけではない。その子は――“童帝”というヒーロー名で活躍している。


普通の子供と比べてずっと頭の良い子だ。下手すれば、大人であるはずの私よりも、ずっとずっと頭が良い子。




そんな子が何故だか何時も何時も私を見つめる。

だが特に彼が私に何かを言いに来ることはない。


どうかした?と問いかけても、彼はふるふると黙って首を振るのだ。



最初こそ彼の視線に気づく事に彼にどうしたのかと問いかけていたが、今ではスルーすることに慣れてしまった。






「よし、じゃぁ答え合わせをしよう」

生徒の大体が解き終ったのを見届けて、私は黒板に答えを書き始める。

カリカリと鉛筆がノートの上で滑る音を聞きつつも、やはり感じる視線。


・・・どうしたものか、とこっそりため息を一つ。




天才である彼が何を考えて私を見つめてくるのかはわからない。

今日もその真意は分からぬまま、スピーカーから授業終了を告げるチャイムの音が響いた。




「はい。今日の授業はおしまい。帰りの準備を始めなさい」

生徒たちが教科書を片付けて帰りの準備を始める中・・・




「先生」




「・・・ん?どうしたんだい?」

何時の間にか私の目の前に来ていた彼に、つい目を見開いてしまった。



「あの・・・」

一体何を言われるのだろうかと、内心ドキドキとする。




「――ちょっと、よくわからないところがあって」

「・・・え?」


ついそんな素っ頓狂な声を上げてしまった私は可笑しくないはずだ。

彼がわからなかった授業?そんなのあっただろうか?





「放課後で良いんです。教えてもらえませんか?」

「もちろんだよ。さぁ、君も帰りの準備をしておいで」


「はい」

素直にそう返事をして私の前から去って行く彼。


帰りの会をするまでの間、私はドキドキとしていた。



何かわかりにくい授業があっただろうか。

出来るだけ、どの授業も分かりやすいように努力をしているつもりなのだが・・・


いや、仮に私の授業がわかりにくかったとしたって、小学生が習う内容で彼がわからないなんてあるのだろうか?





「先生、さようならー!」

「さようなら。気を付けて帰るんだよ」


疑問が疑問を呼ぶ中、帰りの会も無事に終了し、生徒たちがぞろぞろと帰って行った。

そんな中、教室には一人の生徒だけが残る。





「先生」

「・・・あぁ、お待たせ。で、わからないところは何処かな?」


内心大分焦っている癖に、それを隠して私は笑う。

その子もにっこりとその顔に笑みを浮かべて――










「先生が僕を好きになってくれる方法がわからないんです」










理解不能な言葉を口にした。


私は笑顔のまま硬直した。

硬直した私に気付かず、その子は笑顔のまま「ねぇ、先生」と私の手を握る。



「ずっと先生を見てた。だから、先生の好きな味付けとか、好きな物とか、いろいろ知ってる。けど、先生が僕を好きになってくれる方法がどうしてもわからないんだ。だから先生が教えてよ」

子供特有の迷いのない目が真っ直ぐ私を射抜いている。



この子は何を言っているのか。

まだ私がある程度若い教師だとしても、その年の差は父親と言っても可笑しくはない。


そもそもこの子は男の子で、私も言わずもがな男だ。

頭の良いこの子がそれを理解していないはずがないのだ。


まさか私をからかっているのだろうか?私が困惑するのを見て、楽しんでいるのだろうか。

いや、それはこの子の人格を否定することになる。たとえ彼が天才でヒーローだったとしても、やはり彼は私の可愛い生徒の一人なのだ。この子を否定したくはない。




「先生、早く答えて」

手を握っていた彼は、今度は私の腰にぎゅっと腕を回して抱きついて来た。

甘えるように腹のあたりに顔を摺り寄せる彼。


ちらりと見えたその顔が、先ほどとは違って何処か照れたように赤らんでいて・・・





嗚呼、本気なのか。





「・・・・・・」

困惑も度を越えれば私に冷静さを与え、私はふぅっと深呼吸。

それから、目下にある頭をそっと撫でる。


柔らかな髪の感触にほんの少し口元を緩めつつ「何を言っているんだ」と笑う。





「自分の受け持つ生徒の事を好きじゃないわけないだろう。私は君も、他の皆も大好きさ」





彼が“そういう意味”で私を好きなのはわかった。

けれど彼はまだ子供だ。こんなところで道を踏み外すなんてことはしてほしくはない。


だから私が、彼の感情はただの甘えたな子供が発するものだと彼自身に教えようとした。

だが・・・




「・・・そんな言葉が聞きたいんじゃない」

返ってきたのは、思ったよりずっと傷ついたような声だった。


嗚呼、そんな声を出させたかったわけじゃないのに。

そんな声を聞いてしまえば、私は君を遠ざけることが出来なくなる。






「・・・時間が欲しい」

「え?」

彼が顔を上げる。


その目じりにほんのりと涙が浮かんでいて、私は胸が少し痛んだ。




「私から見れば、君は若すぎるんだ。どんなに頭が良くたって、やっぱり君は子供で・・・私は君からすればおじさんだ。そんな私を好きになってくれたのは、きっととても嬉しいことなんだよね」

けれど、と私は続ける。


「君は成長途中だ。その感情も、もしかするとその過程で起こったものかもしれない。過ぎ去れば消える感情かもしれない。そんな一時の感情で、君の人生を駄目にして貰いたくはないんだ。だから・・・時間をかけて、ゆっくりと考えてごらん。私も、君の気持ちを考えて、君と同じように考える。だから――」




「・・・もう良いです」

すっと、彼が私から身を離す。



「先生が時間を空けたいと言うなら、僕はそうします。けど、勘違いしないでください」

真っ直ぐとした、力強い目が私を射抜く。






「この感情は一時のものじゃない。僕にとっては、一生ものだってことを」





一生という言葉はこんなにも重たいものだったのか、と私は驚く。



「じゃぁ先生、さようなら」

ぺこりと頭を下げた彼に、私は戸惑いながらも「あぁ、さようなら」と返事をした。


生徒が誰一人いなくなった教室で、私は大きなため息を吐く。





「・・・私は、何を言ってるんだ」

馬鹿みたいなことを言ってしまった。

きっと、少しすればあの子も今の会話すら忘れてしまうさ。


だから私はこんなにも悩むことはない。そのはずなのに・・・





私の胸には、あの子の真剣な目から放たれる視線があった。






天才が解らぬ事


(先生。もうそろそろ僕の気持ち、受け取ってくれる?)
(・・・君には参ったよ)
先生が折れるまで、後●年。




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