自分が強くなりすぎたことに気付いたのは何時だっただろうか。
はっきりとした日時とかは覚えていなかったが、それを自覚した瞬間に俺の世界が一気に色を無くしたことはよく覚えている。
どんな怪人と戦っても、戦って勝ったとしても、その達成感はない。
無感動に、無感情に・・・たった一発拳を軽く振るだけで、全てが片付いてしまう。
俺は――強くなりすぎたんだ。
そんな俺に、アイツは言う。
「泣くなよヒーロー。俺がついてるだろう」
「・・・泣いてねぇし」
「俺には泣いてるように見えるんだ」
背中をぽんぽんと叩かれ、俺は自然と深く深く呼吸をした。
名前は昔からそうだ。
俺が弱かったあの頃から、ずっと傍にいて、ずっと俺を励まそうとする。
最初は、俺が過酷な特訓でバテていた時だった。
『大丈夫。お前なら出来るさ。ほら、少し休憩したらまた立ち上がって、頑張って来い。ヒーローになりたいんだろう?お前には俺がついてるさ』
自販機で買ったスポーツ飲料と良い匂いのするふわふわしたタオルを差し出して、にかっと笑いながら言った名前に、俺はまだ頑張れると思った。
ひったくりを捕まえようとして、逆にボッコボコにされた時も『よくやった。立派だった』とアイツは俺に言った。だから、次はもっと上手くやろうと思えた。
初めて怪人を倒せた日、ボロボロの俺を手当てしながら『凄かった。けど、今度はあんま怪我しないようにしような』と困ったように笑った。だからもっと強くなろうと思った。
アイツが何時も励ましてくれたから俺は――
「・・・なぁ、名前」
「何だ、サイタマ」
小さく微笑み浮かべた名前が俺を見る。
その笑みを見ると、つい次の言葉が口から出て来なくなった。
「・・・アイス食いてぇ」
「仕方ないなぁ、一つだけだぞ?」
代わりにそう言えば、名前は「コンビニにでも行こうか」と俺の手を引く。
「一番高いヤツがいい」
「んー・・・今回だけだぞ」
名前が俺を励ます時、普段よりも俺の我が儘を「しょうがない」と言いながら聞いてくれる。
少々無茶な我が儘を言っても、名前は出来るだけそれを叶えてくれようとする。
「ほら、サイタマ」
「・・・ん」
会計を済ませた名前の手から受け取ったアイスの外側の袋をべりべりと剥いで、口にアイスを突っ込む。
その横で名前が安い棒アイスを食べているのがちらりと見えた。
「なぁ名前・・・俺って、強いよな」
「ははっ、まぁそうだな」
「強すぎるよな」
「・・・気にしてる?」
気にしてないわけないだろう。そう思いつつ、アイスを齧る。
口の中でじわじわと溶けて消えたアイスをごくっと飲み込むだけで返事をしない俺の背を、名前が優しく撫ぜる。
「なぁ、名前・・・」
先ほど言いかけた言葉が、喉の奥まで競り上がってきた。
この言葉は飲み込むべきだろうか。
名前は優しいヤツだから、俺が次に発する言葉も笑顔で受け止めてしまうだろう。
何より、名前は今俺を慰めているから、だから・・・
「言ってごらんよ、サイタマ」
・・・甘やかすなよ、馬鹿。
俺はじっと名前を見る。
優しい笑み。長い間、俺を見守り続けた、信頼できる笑みだ。
だからこそ、俺は――
「・・・ずっと、一緒にいてくれよ」
「・・・・・・」
俺は強くなりすぎたんだ。
強くなるのと引き換えに、いろんなものがわからなくなってしまったんだ。
名前の優しさに触れていなきゃ、俺は人間じゃなくなっちまうかもしれないんだ。
だから、頼むから・・・
「泣くなよヒーロー。俺がついてるだろ」
満面の笑みで、アイツは優しくそう言った。
嗚呼・・・
「泣いてねぇよ、ばぁか」
緩む口を隠すように、熱くなる顔を隠すように、俺はがぶりとアイスに齧りついた。
・・・頭がキィーンとした。
「ははっ、大丈夫か?サイタマ」
「・・・おぅ」
「それは良かった」
「・・・ん」
今日もお前は俺といる。
泣くなヒーロー