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そろそろ店仕舞いかな。
食器を只管に洗いながらそんなことを考えていると横開きの扉がカラカラッと軽い音を立てて開き、先程まで自分以外誰もいなかった店内に人が一人増えた。
「・・・まだやってるか」
「こんばんは、ゾンビマンさん。えぇ、まだギリギリやってますよ」
「何時も悪いな」
ががっと安っぽい木の椅子を後ろに引きずり、カウンターに向かうように腰かける彼はS級ヒーローとして現役で活躍しているヒーローさんだ。
手に付いた泡を洗い流し布巾で軽く拭きながら「ご注文は?」と尋ねる。
「豚骨醤油と、チャーハン」
「の大盛りですね?」
先を読んだように言えば、ゾンビマンさんは血色の悪いその顔に小さく笑みを浮かべ「あぁ」と頷いた。
厨房で料理をする姿はカウンターからは丸見えだ。
申し訳程度に出されたお冷を飲みながら、こちらをじっと見ているゾンビマンさんの視線にはもう随分前に慣れた。
何度も何度も見ているはずだから何も珍しいことなんてないはずなのに、ゾンビマンさんがこちらを見る目は何時だって楽しそうだ。
偶にこちらを見る彼の目と僕の目がピッタリと合えば、彼はそれはもう嬉しそうに目を細めて笑うのだ。
中華鍋の中でガッガッと具材を混ぜ合わせる。
その隣にある寸胴の中では、スープがぐつぐつと煮えたぎる。
一人で切り盛りしている小さなラーメン屋だ。同時進行なんて手慣れたもの。
あっという間に出来上がったラーメンとチャーハンをカウンター越しにテーブルに並べておけば「今日も美味そうだ」と感想を述べられる。
テーブルに備え付けられた箸箱の中から箸を一組取り出してラーメン食べる彼。そういえば前回彼が食べたのは塩ラーメンとチャーハンだった、と何気なく思う。
「この間の塩も美味かったけど、これも美味いな」
「有難う御座います」
さて、彼が食べている間に食器洗いの続きをしよう。会話は食器洗いしながらでも出来る。
大量の食器と格闘を始める僕に、やっぱりゾンビマンさんの視線が向けられる。
よそ見しながら食べると零しますよと注意したいところだが、今のところゾンビマンさんが料理を零したことは一切ない。
ゾンビマンさんとの付き合いはそう短くなく、かといってとても長いというわけではない。
出会いはこの店の前。
この店からそう遠くない場所に現れたという怪人が、ヒーローに追い詰められてこの店の前に転がり込んだ。
その時の僕はそれより数か月前に怪人が現れ避難している間、それを狙った空き巣の被害に遭ってしまい、避難するのを渋っていた。
ただの空き巣ならば命の方が大事だからとまた避難していただろう。しかしその空き巣は金目のものは無いかと店内を荒らしに荒らしたらしく、大事な商売道具である皿は割れ、麺は床に落とされ、スープの入った寸胴は倒されて・・・もはや空き巣ではなく暴動か何かに遭ったのかと思う程の惨状になっていた。
そんな経験と「まぁどうせこの近くには来ないだろう」と言う平和ボケした人間特有の妙な自信のおかげで、俺は店に留まっていた。その結果が、ソレだった。
怪人を追い詰めたヒーローはゾンビマンさん。
もうすっかり避難が済んでいると思われたその場所にいる一般人に、その時のゾンビマンさんは大層驚いていたのを覚えている。もちろん、その一般人を見つけて「しめた!」と嬉しそうな声を上げる怪人のことも。
扉を壊しながら店内に入ってきた怪人は迷うことなく僕へと手を伸ばした。
咄嗟に逃げようとしたが間に合わない。
このまま人質として拘束され、用が済めば殺されてしまうのか。そんな恐怖で泣きそうになった。
・・・まぁ結果的にいえば、僕は傷一つ追わなかった。代わりに、ゾンビマンさんがスプラッタになった。
噂にだけ聞いていた泥仕合は本当だったらしく、怪人をぐちゃぐちゃにしながら自身もぐちゃぐちゃになるその戦いは少々後ずさりしたくなる光景であった。が、相手は紛れもなく恩人。
例え店の中が怪人と人間、二種類の血肉でぐちゃぐちゃになろうとも、それは変わらなかった。奇跡的にも、厨房は無事だったし。
ぐちゃぐちゃだったゾンビマンさんが無事に再生し、怪人の血肉も無事に除去されてから、僕はゾンビマンさんに「お礼です」と言ってラーメンとチャーハンをご馳走した。
それからだ。ゾンビマンさんは、よくこの店に足を運ぶようになった。
味を気に入ってくれたのかもしれない。あまり繁盛しているタイプの店ではないが、自分の作るラーメンの味には自信がある。
最初のうちはただラーメンとチャーハンを食べて帰っていたゾンビマンさんと会話を交わすようになり、時に冗談を言い合ったりするようになる程には、ゾンビマンさんはよくこの店に通ってくれている。まぁ、ただ食べて帰っていた時も、厨房で料理をする僕を今と変わらずじっと見つめていたけれど。
「ごちそうさま」
食器を洗い終え、布巾で水気を綺麗にふき取っている間ゾンビマンさんが食事を終えたらしい。
ゾンビマンさんの方を見て「お粗末さまです」と返事をすれば、ゾンビマンさんが笑った。
食後のお冷を飲むゾンビマンさんに「何時も有難う御座います」と声を掛ければ「こっちこそ、何時も有難うな」と返される。
「何時も、閉店ギリギリで悪いな」
「ヒーロー活動で忙しい身なのに、何時も来てくれるから感謝してますよ」
「・・・そうか」
「けど、ちょっと感心しませんね。ラーメン屋の僕が言うのも変な話ですけど、そう毎日ラーメンとチャーハンばかり食べてたら、身体に悪いですよ」
「ほんと、ラーメン屋のお前が言うなんて、変な話だな」
僕の言葉にゾンビマンさんが可笑しそうに笑う。その姿を見て、僕も笑った。
「名前の作った飯を食うと、一日がやっと終わる気がするんだ」
「そんな大層なもんじゃないですよ、うちの料理は」
まさかS級ヒーローにそう言って貰えるとは。冥利に尽きるというものだ。
「初めて会った時のこと、はっきり覚えてるんだ・・・目が覚める時、美味そうな匂いがした。普段なら、血生臭い臭いとか、そういうのを感じながら起きるのに、あの日は違った」
ゾンビマンさんが言うように、彼が目覚める時、彼がいたのは血肉の中ではなかった。血肉で汚れた店内を、僕が必死こいて掃除したからだ。もちろん完璧ではなく、ところどころ血染みが残ったりしてしまっていたが、それをかき消すように煮込んだスープの匂いが店内に立ち込めていた。
血肉は正直言って触りたくは無かったが、自分の大事な店だ。仕方ない。
「店、豪快に汚しちまっただろ?そんな俺に、嫌な顔するどころか『ご飯、食べて行きませんか』なんて、吃驚した」
「あんなお礼しか出来なくてすみません」
ゾンビマンさんが首を振る。
「物凄く美味かった」
「照れますよ」
空になったお冷のグラスを手に取り、新しい水を注いであげる。
「本当のことだ。でもきっと、単純に美味しいからだけじゃなくて・・・名前が作ったものだから、美味しかったんだろうなって今じゃ思う。俺、元々ラーメンもチャーハンもあまり好きじゃないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
思わず手に持っていたグラスを落としかけた。
「そもそも食べることが好きじゃなかったんだ。ほら、俺が戦うとそこら中に血も肉も内臓も飛び散るだろう?胃袋ぶちまけた時なんて、大惨事だ。ただでさえ血肉まき散らして一般人に怯えられてんのに、汚物ぶちまけて嫌な顔されたくないだろ。俺は食べなくたって死なないし、本当なら食べる必要性なんて無いし」
「助けてくれるヒーロー相手に、汚物がどうとかって考える人がいるなら、その人は随分贅沢な人ですね。僕等を助けてくれるヒーローも、同じ人間なのに」
動揺しつつもそう返事して、グラスをテーブルに置く。
ゾンビマンさんは汚物をまき散らすからというけれど、今はどうなのだろうか。
まさか僕に気を遣っているとか、そういう話だったらどうしよう。案外僕は、ゾンビマンさんが美味しい美味しいと僕の作った料理を頬張る姿が好きだったから。
「名前の作ったもの食べると、一日がやっと終わる感じがするって言っただろう?名前の料理を食べると、今日も俺は生きてたんだなって思うんだ」
「生きてた?」
「殺しても殺しても死なないから、たまに自分が生きてるって実感が無くなるんだ。けど、名前が作った温かくて美味い飯を食うと、胃が満たされて・・・まぁクサイ言い方すると、心まで満たされる気がするんだ」
照れくさかったのか、血色の悪いゾンビマンさんの顔にほんの少し血色が戻ってきた。
元々は食べることが好きじゃなった。けれど今は違うらしい。僕にとっては、それだけでも十分過ぎる程十分なのに・・・
「だから俺が生きてることを実感させてくれる料理を作る名前の姿は、見て手飽きないんだ。ずっとずっと、見ていたいぐらい」
「・・・そうですか」
口角が自然と上がる分には、僕はゾンビマンさんの言葉に喜んでいるようだった。
ラーメン一つ、大盛りで
「じゃぁ、次回からはラーメンとチャーハン以外のものも作りますね。どうせゾンビマンさんは一番最後にくるから、他のお客さんにはバレませんし」
ラーメン屋でラーメン以外のものを食べるのも、案外オツかもしれませんよ。なんて言いながら笑えば、ゾンビマンさんも笑ってくれた。
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