夕飯を作りに来たよ。
そう言って笑う名前の手には、食材がたっぷりと詰まった買い物袋が握られていた。
普段殆ど使われることが無いキッチンから、とんとんっと包丁とまな板がぶつかる音が聴こえる。
ソファに座りながら、何をするでもなくその音に耳を傾けていると微かに名前の鼻歌が聴こえた。音を外しまくった、下手くそな鼻歌だ。
しばらくするとキッチンからコンソメの匂いが漂ってくる。
一旦とんとんっという音が止んで、今度はがちゃがちゃと音がし始める。皿を探しているのだろう。
「わっ!ゾンビマン、お皿が埃まみれなんだけど!」
軽く悲鳴のような声が上がって「おー」と気の無い返事をすれば今度はジャーッと水が流れる音がした。使う前に全部洗うつもりらしい。
俺が一人でいる時とは全く違う賑やかな音を響かせるキッチンに耳を傾けるのは、案外退屈しない。
騒がしくない程度の賑やかさは薄ら眠気を呼び起こすものだったが、ふとこちらに近付いてくる気配で目が覚めた。
ゆっくり近付いてくる足音。スリッパなんてお洒落なものはないから、足音はパタパタではなくトットットッだ。
足音が近づくにつれてコンソメの匂いが濃くなる。
首だけくるっと振り返れば、スープ皿を持った名前が笑顔で「出来たから席に着いて」と言った。のそっとソファから立ち上がり、ダイニングテーブルへと近づく。
俺がのろのろ動いている間にも、名前がテキパキとした動きで料理を運んでくる。
コンソメスープに鮭のムニエルにサラダに白米にきんぴらに・・・
統一性があるかと聞かれれば全く無いが、そのラインナップに文句を付ける程俺の食に対する関心は強くない。
椅子に着けば正面の椅子に名前が座る。俺と名前の隣にも、あと一つずつ椅子があった。一人暮らしの癖に椅子ばかり多いが、デカイテーブルを買ったら椅子が四つ付いて来ただけ。他意はない。
「食材持ってきて良かった。冷蔵庫開けて吃驚したよ、何も入ってなかったからね」
ほら食べよう、と名前に促され俺はこくりと頷き箸を手に取る。
何も入ってなかったと言われ思い返せば、確かに冷蔵庫には食材らしい食材はいれてなかった。あるとすれば、精々飲み物か何時かったか分からない程古い食材か・・・
「・・・俺は別に、食べなくても平気だからな」
ずっと啜ったコンソメスープは温かい。最近水しか飲んでなかったから、新鮮な気分だ。
「あぁ。確かに君は餓死しても生き返るから、平気と言えば平気だね」
「食べる必要が無いのに食べるなんて、馬鹿みたいだろ」
「ははっ、馬鹿みたいかぁ。それなら人類皆馬鹿ばっかりだねぇ」
喋りながらもお互い手は止めない。名前がサラダを食べる頃、俺はムニエルをつつく。
「ほら、一日に必要な栄養素以外は全部無駄みたいなもんでしょ?お菓子とかお酒とか、本当は必要ないのに皆食べてる。ほら、人類皆馬鹿ばっかりさ」
濃い目の味付けのきんぴらを口に含めば自然と白米に箸が動く。
名前がかちゃりと茶碗の上に箸を置いた。
「実は私は、君の家を尋ねる一時間ほど前にすでに夕食を食べている」
「は?」
思わず今まで止めていなかった手が止まる。
名前はにこにこと笑っていた。見れば、俺と比べて名前の食べる速度は遅い。
「仕事の同僚に誘われて、断りきれずに食べて来たんだ。もちろん控えめに食べたんだけど、一時間もすれば空腹も大体なくなってしまう。だから本来、私は君と一緒に食事をとる必要はないわけだ」
「だったら、何で・・・」
名前が再び箸を握る。
「君と食べたい。私が作った料理を美味しい美味しいと食べてくれる君が見れるなら、私は二度目の夕食だって喜んで食べるさ。ほら、食べる理由って生きる為だけじゃないだろう?」
大きな口で白米を一口。つられて俺も、止めていた箸を動かした。
満腹なのをごまかすように勢いよく残りのおかずを掻きこんでいく名前に「・・・太るぞ」と小さく声を掛ければ、名前は笑った。
「はははっ、まぁその時は頑張って鍛えるよ。良ければ現役ヒーローの君がコーチしてくれると有難いんだけどなぁ」
「・・・俺がコーチしたら、お前死ぬかもな」
俺の目の前の皿から、一番最初に白米が消えた。おかずはまだ残っているし、まだ満腹じゃない。
名前は俺の皿と俺の顔を見比べ、それからやっぱり笑った。掻きこんだせいで口の周りが汚れてて、お世辞にも綺麗な笑顔じゃなかったけど。
「お手柔らかに頼むよ」
口の周りを汚したまま「おかわりいる?」と微笑む名前に、俺は思わず頷いた。
名前の作る食事は、ついついおかわりしてしまう。