じんじんと痛む頬。
たぶん口の内側に傷が出来てしまったのか、微かに血の味が口内に広がる。
頬を抑えながら唖然とする僕を、我が恋人は冷ややかな目で見下ろしていた。
「ぞ、ゾンビマン・・・?」
「死んで詫びろ、糞野郎」
「無理無理無理!!!僕、死んだらおしまい!ジエンド!」
「安心しろ・・・墓ぐらいは立ててやるよ。ただしカマボコ板だ」
「酷い!?」
大分雑に葬られるらしい。
目の前に突き付けられている大きな斧。
あぁ、ゾンビマンが普段のヒーロー活動で使っている武器だ。
何故僕は、恋人であるゾンビマンに殺されかけているのだろう。
殴られた頬は痛いし、ゾンビマンの眼光は怖いし・・・
「さぁ死ね」
「ま、待って!せめて殺される理由を教えて!じゃないと、死んでも死にきれない!」
「・・・・・・」
どんっ!!!と俺の真横に斧が振り下ろされる。
・・・ちびっちゃいそう。
「・・・よくもまぁ、浮気しといてそんなこと言えるな」
「え?」
う、浮気?
「ごめん、何のことだか――」
バキッ!!!と頬を殴られる。先ほどの倍の力だ。
ぐわんぐわんと脳味噌が揺れ動く感覚。後ろにひっくり返った僕にゾンビマンがマウントポジションを取る。
どうやら僕の死因は撲殺になるらしい。
「手前のその何も知りませんって顔見てると滅茶苦茶イラつく」
だって何も知りませんもん!と叫んだら、きっと僕は一瞬にしてお陀仏だ。いや、どちらにしてもお陀仏間近なのだけれども。
けれども、知らないことを理由に殺されるなんて冗談じゃない。
そもそも僕にはゾンビマンだけだし・・・あ、いや、今の状況で惚気たいわけじゃない。
そんなことを考えている間にも、ゾンビマンの強烈なパンチが僕の顔面に炸裂する。
もし奇跡的に生きてたとしても、たぶん当分は外に出られないだろう。
「ま゛、っで、ぞ、ンビ、ま・・・」
「誰が待つか!俺のことほったらかしで、女作った手前なんかっ!!!!」
女!?僕、そんなの作った覚えないです!!!!!
声が上手く出なくて、言葉の代わりに首を必死に振る俺。
「嘘吐くな!!!」
嘘じゃないと首を振る。
「じゃぁ、あの時一緒にいた女は誰だよ!!!!手なんか繋いで、あれで浮気じゃないだと!?ふざけんな!!!!」
女?手?
そもそもあの時って何時?つい最近?
つい最近で女性と手を繋いだなんてそんな・・・
「ぢが、う゛、あ゛のひど、そん゛な゛、じゃ、なぃ」
確かに僕はつい最近女性の手を握った。
が、あれは浮気だとかそんなんじゃない。
彼女は“妊婦”だった。
お腹はまだそこまで膨らんでいなかったけど、子供を身ごもったのが初めてだったのか、ちらちらと自分の腹を気にしていた。
だがその両腕には大きな買い物袋が下げてあって、階段を上るのが辛そうだったから、荷物を代わりに持って手を貸した。ただそれだけだ。
「やっぱり心当たりあるんじゃねぇか!!!!」
しかしそんなこと、ゾンビマンが知るわけない。
問答無用で僕を殺しにかかるゾンビマン。
どうやら本当にこれでおしまいらしい。
恋人に浮気の疑惑をかけられて殺されるなんて、割とみっともない最期だったな・・・
「ぞ、びま゛ん・・・あ゛い、じでる」
最期だし、これだけは伝えておこう。いや、死にたくはないけど。
たぶん今の僕の笑顔、大分汚いことになってると思う。顔が滅茶苦茶痛いし。
上手く声にならない声で言った僕を驚いた顔で凝視したゾンビマンは、その拳の動きを止めていた。
今まさに殺されかけているとしても、相手はやっぱり僕の恋人なわけで・・・
僕はよろよろと伸ばした手でゾンビマンの頬を撫ぜた。
・・・ゾンビマンが勢い良く抱きついてきて「俺も好きだ、糞野郎!」と叫んだ。勢い良すぎてちょっと意識飛びかけた。
僕の恋人は暴力的です
「名前、あーん」
ゾンビマンに差し出された粥を小さく口を開いて受け止める。
にっこにことした顔のゾンビマンは、僕の膝の上に座りながら雛鳥よろしく口に粥を運び続けてくる。
「愛してる、名前。名前は俺のこと愛してるか?」
しばらくしてやっと冷静さを取り戻してくれたゾンビマンは、声が上手く出せなくって筆談にてあの時の状況を説明した僕に「ごめんなさい」と泣きながら謝った。
そして顔が滅茶苦茶腫れた不格好な僕を、ゾンビマンは引くぐらい甘やかした。
酷い腫れのせいで上手く喋れない僕は、取りあえず無言のままゾンビマンを撫でる。
・・・物凄く嬉しそうに笑うゾンビマン。
次は誤解を受けないようにしようと心に誓った。