ジェノスは嫉妬深い。
俺がちょっと女の子と喋っただけでも不安そうな顔するし、後で「あの人誰ですか?」ってしつこく聞いて来るし・・・
この間なんて、俺がヒーローの仕事で女の子を助けただけで「あの少女に惚れてませんよね?そうですよね?」と心配してきた。俺、どれだけ信用されてないんだって話だ。
今だってほら――
「名前さん・・・これ、何ですか」
「ファンレター」
師匠のサイタマさん家からわざわざ俺の家に来て料理を作ってくれたジェノスは、ちゃぶ台の上に置かれた数枚の封筒を見て顔を顰めた。
俺だって一応ヒーローの端くれ。たまにだけどファンレターも貰う。
B級でランキングは下の方だから知名度はそこそこだけど、ファンだと言ってくれる人は何人かいる。片手で足りる程度だけど。
「捨ててください」
お前だって貰ってんじゃん、ファンレター。
それも、片手で数えられる程度しか貰ってない俺よりも、ずーっと沢山。
「俺のは違うんです」
「何が違うんだ」
「俺の手紙は沢山ありますが、想いはそれほど大きくない」
「とりあえずお前は、ファンレターくれた奴に謝れ」
大概失礼だよな、コイツ。天然なのか?そうなのか?
「俺に向けられている想いの大きさと、名前さんに向けられてる想いの大きさは、全然違うんです」
つまりどういうことだ。
「名前さんの魅力に気付いて、名前さんのことを好きになってしまった人ほど、恐ろしい人はいないんです」
「お前、想像力豊かだよな」
ははっと笑ってこの話を終わらそうとする。
「笑いごとじゃありません」
ジェノスによって奪われた手紙のうちの一つ。くしゃりと音をたて握りつぶされたソレを、俺はぼんやりと眺めた。笑って終わらせるのは無理そうだ。
「お前は考えすぎなんだよ。ファンだって、憧れと恋心の違いぐらいちゃんとわかってるんだ」
「名前さんは考え無さ過ぎなんです」
もはや睨む様に俺を見ているジェノスに大きくため息。相変わらず面倒臭いヤツだ。
「このままじゃ、気付いたらファンと結婚!なんてことにもなりかねませんよ!」
「ジェノスいんのにファンと結婚するわけねぇだろ。何だお前、そんなに俺を信用してないのか」
「信用してるとかしてないとか、そういうことじゃありません!名前さんはもっと、そういうことをよく考えて――」
あぁ、くどくど煩いヤツだ。
嫉妬深いのも重々承知しているが、こういうのは非常に鬱陶しい。
それでも嫌いにならないのは、俺がコイツのことをちゃんと愛している証拠でもある。それに気づかないコイツは頭が良い癖に馬鹿だ。
「貴方は何時もそうだ!名前さんは俺がどれだけ心配してるか、全然わかってない」
あー、煩い煩い。女かコイツは。
少々イライラしてきた俺は、耐え切れずガッとジェノスの胸ぐらを掴んだ。
「相手が俺にどれだけ愛情向けてようと、俺が愛情向けてんのはお前だけだから別に良いだろうが!」
怒鳴る様にそう言った瞬間、ぴたっとジェノスの動きが止まった。
大きく見開かれた目。ぱくぱくと意味なく動く口。・・・ボフンッという音が聞こえたのは気のせいだろうか。
どうやら気のせいではなかったらしく、頭部からぷすぷすと煙を上げたジェノスの顔に真っ赤に染まっている。暴発か?
「そ、そう、ですよね。名前さんがそういう、なら」
「おぅ」
しどろもどろになりながらそう言ったジェノスは「え、えと・・・ちょっと用事を思い出したので、失礼します」とやんわり俺の手を解いて俺の家から出て行った。
「・・・ちゃっかりファンレターは回収してやがる」
俺の手元から消えたファンレターは、きっとジェノスによって跡形も無く消し去られていることだろう。
今回のファンレターは諦めるかとため息を吐きつつ、俺はジェノスが作って行った料理を食べるべく台所へと向かった。