むかーし昔、それはそれは強い怪物がいました。
怪物はいろんな人を困らせていました。
けれど怪物は、自分よりそれはそれは強いヒーローに倒されましたとさ。
「めでたしめでたし」
「おいこら、完結に話せとは言ったが、おかげで全く意味がわからんぞ」
「サイタマのご要望にお応えしての短縮だったのに、非常に理不尽だ」
ちゃぶ台の上に置かれていたコップから水道水を飲んだ名前はあからさまに大きなため息を吐いた。
その様子にイラッとこないことも無かったが、取りあえずサイタマは説明を求める。この、突然家にやってきた青年に。
「完結かつ適切な説明をするなら・・・――こんにちは貴方に倒された怪物です」
「・・・幽霊ってことか?」
「んー、ちょっと違うなぁ」
ことんっとちゃぶ台の上に置かれるコップ。
にっこりとした笑みを浮かべる青年は、どう見ても怪物には見えない。
だが、青年自身は自分は怪物だと言う。
「ちょっと前にさ、B市で暴れてた怪物いたでしょ、あれが僕」
「あ?あー・・・なんかワチャワチャ動いてた怪人ならいたなぁ」
「んー・・・あれをワチャワチャ動いてたって称す貴方は凄いねぇ。あれでも、A級でもS級でも歯が立たないレベルだったんだけどなぁ」
一瞬にして街を壊し、一瞬にして人々を恐怖のどん底に突き落とした怪物。それがこの青年だ。
「サイタマにとっては別に何でもない怪物でも、僕って実はすごーく強い怪物だったからさ、倒される寸前に力を凝縮して分身作るとか割と簡単に出来ちゃうんだよね。まぁ、僕は強い怪物の残りっカスみたいなもんだけど」
「その残りっカスが俺に何の用だ」
「別に何の用とかは無いんだけど、ちょっと衣食住を借りに」
「めっちゃ用あんじゃねぇかよ」
サイタマは「うげぇ」と顔を歪める。
「ほら、僕倒したの君じゃん?倒した後のアフターケアもヒーローとして必要だと思うんだよね。今の僕、非力な残りっカスだから」
「いやいや、意味わかんねぇよ。何で倒した怪物の面倒見なきゃなんねぇんだよ」
「いやぁ、そこはほら、助け合いってことで」
身一つで来たんだし世話ぐらい見てよ、と名前は笑う。
その笑顔は、本当にただの気の良い青年のようで、怪物には到底見えなくて・・・
「・・・何で俺なんだ?倒したからか?」
不思議に思って問う。
何故わざわざ、自分を倒したヒーローのもとへ来たのだろうか。
止めを刺される可能性だってあるのだ。残りっカスと言うことは、後一撃でも喰らったら本当に死んでしまうのに、なのにこの怪物はサイタマの目の前に来た。
怪物はその問いかけに目をぱちぱちと瞬かせ、それから小さく笑った。
「んー、それもあるっちゃあるけど、一番は・・・」
ぴとっと名前の手がサイタマの頬に当たる。
人間より、少し低めの体温はひんやりと心地良い。
名前はにっこりと笑いながら言う。
「倒される瞬間に見た貴方が、あまりに綺麗で惚れちゃったんだ」
大きく拳を振り上げて、真っ直ぐに標的である怪物を見つめて、一瞬だけかち合った瞳があまりに綺麗で・・・
怪物は思ったのだ。
もう少し、今度は別の場所で・・・このヒーローを感じたい、と。
怪物の一目惚れ「・・・俺、そういう趣味ねぇよ」
「あははっ、そう言わずに」
「お前ほんと厄介なヤツだな!」