私は兎。
白澤様の元でお勉強させて貰ってる、しがない兎。
私の他にも兎は沢山いるから、どれが私なのか普通の人じゃわからない。
けれども・・・
「名前。今日もご苦労様」
白澤様は、私と他の兎をちゃんと区別してくれる。
初めて出会った時に『名前』という素敵な名前を付けてくださったのは白澤様。
他の兎たちとは違って、私は自分から弟子入りしたのではない。
親兄弟も家も何もなく、ボロボロだった私を白澤様が拾ってくださったことが始まり。
優しい手つきで手当てをしてくださって、名前までくださって・・・
私はこの先、この御恩を忘れることはないと思う。
だからこそ私は、白澤様への御恩を少しでも返せるように頑張ってきた。
そんな中・・・日々の感謝の念と同時に、抱いてはいけない感情を私は抱いてしまった。
私は、白澤様のことが・・・好きだ。
けれども私は神聖な力を持った動物でもなく、何か生前に大きな物語だったあったような動物でもない、ただの兎。
だから喋ることは出来ない。本当に、ただの兎。
こんなただの兎である私の想いが、白澤様に届くことはおそらく一生ないだろう。
こうやって、白澤様のもとで薬について学ばせて貰っているだけでも、有難いことなのだ。
仕事中、ちらりと白澤様のお顔を見られるだけで・・・
「名前。おいで」
白澤様が私の目の前にしゃがみ込んでそっと両手を差し出してくる。
その手にさっと近寄れば、白澤様は小さく笑いながら私を抱き上げた。
温かくて良い香りのする白澤様の腕の中に、私はほっとする。
この瞬間が、私は一番幸せで・・・同時に、私がただの兎なのだということを自覚してしまう。
もしも私が人であったなら・・・
そんな妄想をよくしてしまう。
最近新たに白澤様に弟子入りした桃太郎さんは、高いところの薬草も取れるし、お会計も出来る。兎の私は出来ない。
薬草を磨り潰したりは出来るし、ある程度の薬だったら私にも作れる。けどすぐに、桃太郎さんに越されてしまうだろう。
小さなこの手に比べて、人の手は大きくて器用だから。
もし私に指があれば・・・
白澤様のあの優しい手に指を絡ませられるだろう。
もし私に両腕があれば、あの身体を抱き締めることが出来るだろう。
もし私が、私が・・・
「ふふっ、名前は柔らかいねぇ。毛並も綺麗だ」
思考を止め、優しく私を撫でるその手に顔を摺り寄せれば、白澤様の顔に笑みが浮かんだ。
「名前ぐらいだよー、僕に此処まで優しくしてくれるのは」
ははっと冗談っぽく笑いながら言う白澤様。
白澤様が望むなら、私はどんなことだってしたい。
けれども身体は小さな兎だから、こうやって白澤様に大人しく抱っこされて、時折身体を摺り寄せることぐらいしか、出来ることはない。
「名前が人型だったらなぁ」
なんてね、と言う白澤様に私は泣きそうになった。
出来ることなら私だってなりたいです。
貴方のことがどうしようもないぐらい好きで、でも兎なのはどうしようもない事実で・・・
「名前、どうかした?眠たいの?」
ぴくりとも動かなくなった私に、白澤様が穏やかに声をかけてくださる。
「名前は頑張り屋さんだから、ちょっと疲れたのかもしれないね。寝ても良いよ」
そっと背中を撫でられる。
温かな、優しい手。
あぁ、その手を握りしめる手が欲しい。
「温かいねぇ・・・僕まで眠くなっちゃうよ」
椅子に腰かけた白澤様が、小さく欠伸をした。
私を抱えながら、そっと目を閉じる白澤様。
その綺麗な寝顔をちらりと眺め、私はきゅぅっと胸が締め付けられるのを感じた。
ねぇ、白澤様・・・
これはおそらく一生ありえないことでしょうが、もしも私が人になれたら・・・
その時は、貴方に『好き』だと言っても良いでしょうか?
・・・きっと、そんなの一生ないでしょうけど。
兎の独り言
『うおっと足が滑った!?』
そのほんの数日後、足を滑らせた白澤様の手にあったホモサピエンス擬人薬が私の身体に降り注ぐなんて、今の私は知る由もなかった。