最初から間違っていたんだ。
男同士で交際なんて、女誑しの白澤様と上手くいくはずがなかった。
たとえ告白してきたのが白澤様からだったとしても、それは変わらない。
繰り返される浮気と、それを悪いとも思っていない白澤様。
浮気をしない可能性の方が低かった。
けれどもついつい『もしかして』を信じてしまって、ずるずるとこの関係を引きずって・・・
「別れましょうか、白澤様」
結局こうして、別れを切り出しているわけだけれども。
「え?」
薬を磨り潰す手を止め、きょとんとした顔をする白澤様。
どうやら突然のことでよくわかっていないらしい。
「この際だから言いますけど・・・浮気も大概にした方が良いですよ。“次の恋人”も、きっと嫌がると思うし」
最後の親切心。
次の恋人が男だろうが女だろうが俺には関係ないけれど、精々相手を悲しませないようにしてほしいものだ。
俺の場合は既に悲しみ通り越して呆れているが、全く悲しくなかったわけではないのだから。
「じゃっ、俺はそろそろ失礼します。今後、此処に来ることはほとんどないと思いますけど」
此処に来た段階で白澤様に出されたお茶の入った湯呑を机の上に置き、席を立つ。
その瞬間、ガシャンッと音がして見てみれば、白澤様の手元にあった乳鉢と乳棒が床に落ちていた。中身の薬も散乱している。
「ぇ、と・・・冗談、だよね?」
かたかたと震えている白澤様。その顔には引き攣った笑みが浮かんでいる。
「冗談とかじゃないですけど」
今更冗談とか何を言っているのだろうか。
俺が冗談をあまり好まない性格だということを知っているだろうに。
やや冷ややかな視線を送ってからそのまま出入り口へと向かおうとすれば「ま、待ってよ!」と慌てたような声が耳に入る。
「さよなら」
待つわけがない。
俺はそのまま外へ出ようと・・・
「やだッ!!!!」
ぎゅっと白澤様が俺の身体にしがみ付いて来た。
「ごめんなさいっ、謝るから、別れるなんて言わないでっ」
「そんなこと言われたって・・・」
「ヤダっ・・・」
白澤様の声に変化が訪れた。
泣いている人が出すような鼻声だ。
・・・泣いている人?
「ヤダヤダヤダっ!!!別れないっ、僕は別れないっ!!!」
ぼろぼろ泣きながら首を振る白澤様にぎょっとする。
泣きながら大きく首を振り、仕切りに「ヤダ」を連呼している。
まさか泣くなんて思ってもみなかった。
白澤様のことだから、へらへら笑いながら「あ、そう」とでも言うと思っていた。
なのにこうやって大泣きしながら俺に縋り付いて・・・
俺は全く悪くないはずなのに、何だか俺が虐めているようで・・・それに加え、白澤様は本当に辛そうな顔をしていて・・・
あぁもぉ、何でこんな・・・
「・・・今回だけですからね」
あぁ、まったく――
泣くなんて卑怯じゃない
たぶんこの人はまた同じことを繰り返すだろうなと簡単に予想がつくのに・・・
「名前っ、大好き!」
「・・・・・・」
そう言って甘えたように抱きついて来る白澤様を邪険にするなど、俺には出来なかった。