あいつは絶対に俺の事が嫌いなんだ。
閻魔大王様の補佐官、鬼灯を見て思う。
思えば子供の頃、初めて出会った当初から、鬼灯は俺のことが気に入らなかったらしい。
出会い頭にビンタを一発、唖然として頬を抑える俺に向けて一言・・・
『無様な顔が素敵ですね』
・・・嫌なことほど鮮明に覚えている。
その後も、何かある事に殴ってきたり落とし穴に落とされたり・・・
俺、もしかして命狙われてるの?と思った場面は数知れず。
幼少時代が過ぎ去り、獄卒として働き出してからも、あいつは変わらず何の前触れもなく俺を攻撃してくる。
周囲の同僚には「お前・・・過去、鬼灯様に何かやっちまったんじゃねぇか?」と言われる始末。
残念ながら、俺から鬼灯に何かしたことなどない。そのはずだ。
何故なら俺は、あの初対面から出来る限り鬼灯と関わらないようにしている。
・・・が、それでも問答無用で近づいてきては攻撃してくるのは鬼灯の方だ。
鬼灯に何かされたことはあれど、した覚えなどない。絶対にない。
ほら、今だって俺が歩く廊下の正面側から仏頂面で歩いてくるあいつが・・・
「こんにちは、名前さん」
涼しげな挨拶と共に振り下ろされる金棒。
その金棒が頭に直撃した瞬間に感じる鈍痛。脳味噌が揺れた。
ゴハッ!?と声を上げながら俺は床に倒れた。
そのまま頭に感じる痛みにのたうちまわっていると、頭上から「楽しそうですね」と声がかけられる。
「これのっ、どこが・・・楽しそうに見えるッ!?」
「私は見てて楽しいですよ」
お前が楽しいか楽しくないかなんて聞いてねぇよ!!!
「おや、泣かないんですか?」
「っ、我慢、してんだよっ!」
昔はよく泣いていた気がする。
ビンタされて泣き、殴られて泣き、落とし穴の中で膝を抱えて泣き、物陰に隠れて泣き・・・
泣いている間は鬼灯は何もせずに『素敵な顔ですね』と何故だか感心したような顔で言うものだから、余計に屈辱的だった。
けれども歳が重なるにつれ、俺が泣くことはあまりなくなった。
痛くて涙が出そうになっても、我慢するようになった。
「けどまぁ・・・顔は苦痛で盛大に歪んでますけどね」
ほら、またそうやって感心したような顔をしやがって・・・
「この野郎っ」
脳味噌揺れたせいでくらくらするし!鬼灯はムカツクしっ!
反撃したいとは思うが、俺は丸腰で鬼灯は金棒装備だ。勝てるわけがない。
「何で、手前は何時も何時も・・・」
床に這いつくばったまま見上げる鬼灯の顔は、俺を馬鹿にするでもなくかと言って哀れむでもなく、ただただ無表情だった。
あぁ、なんだって俺はこいつにこんなにも嫌われているのか。
こいつがこんな風に俺を痛めつけることが無ければ、俺だって普通にこいつに接するだろうに。
俺、もしかして周囲の言うとおり、こいつに何かしたのか?
・・・いや、してたとしても、俺の方が倍以上されてる。
「鬼灯っ」
身体が満足に動かせない代わりに、何か一言言ってやろうと口を開いてから俺は顔を引き攣らせた。
鬼灯が金棒を握り直しているのだ。
どうやら二回目が来るらしい。
「大丈夫ですよ。死なない程度に物凄く痛くしますから」
しれっとした顔で何を言っているんだこいつ!!!!!
「手前ッ、俺の事嫌いだろ!!!」
「は?好きですけど?」
心底不思議そうにそう言いながら金棒を振り上げた鬼灯に、俺は「んな訳あるか!!!」と叫んだ。
・・・直後、俺は気絶した。
殴る倒れるまた殴られる
廊下の床に倒れ伏し、そのまま動かなくなった名前に、鬼灯は「おや」と声を上げる。
「ふむ・・・やっぱり、何時見ても素敵ですね」
鬼灯は何処かうっとりとした様子で、気絶しながらも苦しげな表情が浮かぶ名前の顔をするりと撫でていた。
初めて出会った時・・・
ビンタされて唖然とした表情のまま徐々にその眼に涙を浮かべていくその顔に――
きゅんっ
鬼神こと鬼灯が惚れてしまったということに、名前が気付くことはあるのだろうか・・・?