白澤には長い付き合いの友人がいる。
「白澤や、元気ですか?」
「わっ!名前じゃないか。珍しいね、こんなところに来るなんて」
「久々に、旧友に会いたくなってしまいましてねぇ。あ、高麗人参をくださいな」
「・・・絶対、高麗人参買いに来ただけだろ」
ため息を吐きつつも何処か嬉しそうにする白澤は、この友人のことを気に入っている。
ずっと昔。本当に昔から、名前とは友人同士だ。
「・・・おや。女性の香の匂いがしますね。良い人でも出来ましたか?」
「ははっ、お友達だよ」
軽く言う白澤に、名前は少し大きなため息をついた。
「あまり遊びが激しいのは、感心しませんよ?白澤」
自分を窘めるようにそう言った名前に、白澤は少し頬を膨らませる。
「僕は女の子が大好きなだけ。別に悪いことなんかこれっぽっちもしてない」
「・・・ふぅっ・・・全く、君は変わらないですねぇ」
「そういう名前は随分とジジ臭くなったね」
ついくすっと笑ってしまった白澤に、名前もくすりと笑った。
そうは言っても、名前の見た目はまだまだ若々しい男性そのもの。
優しげな雰囲気とのんびりとした動きが少々年寄りめいてはいるものの、それでも若い。
「名前も何かして遊べば良いのに。天国の隅っこでご隠居暮らしなんて、僕には到底真似できないね」
「縁側でのんびり茶を啜るのも、良いものですよ」
「うっわ・・・やっぱりジジ臭い」
そう言いつつ「高麗人参取ってくるから、そこで待ってて」と店の外へ出ようとする白澤は・・・
「げっ・・・朴念仁」
自らの店へ歩いてくる天敵を発見してしまった。
白澤を見るや舌打ちをした天敵・・・鬼灯は「おや、先客ですか」と店の中を覗き込み――
「名前さん!」
先程まで白澤と話していた名前に思いっきり抱きついた。
鬼灯を難なく受け止めた名前は驚くことも無く「おや」とその口元に笑みを浮かべた。
「おやおや、鬼灯君。久しぶりですね」
「はい、お久しぶりです。お元気そうで良かったです」
は?何、知り合いなの?と名前と鬼灯を見る白澤。
にこにことほほ笑んでいる名前は鬼灯の少し下にある頭を撫でつつ「本当に久しぶりですねぇ」と呟いた。
「独り暮らしで、何か不便や困ったことはないか、とても心配していたんですよ?」
「おや、心配をかけてしまったようですねぇ。大丈夫ですよ、私はこの通り元気です」
「はい。良かったです」
すりすりと名前の胸元に頬擦りをする鬼灯。
その頭を名前は優しく撫で続けている。
「鬼灯君は良い子ですねぇ。ほら、ご褒美の飴を上げましょう」
「有難うございます、名前さん」
差し出された飴を懐に仕舞い込み、更にぎゅぅぎゅぅと抱きついた。
「・・・・・・」
べたべたと名前にくっ付いている自らの天敵に、白澤は唖然とするしかない。
「仕事の方は順調ですか?」
「えぇ」
「鬼灯君は頑張り屋さんですけれど、無理はいけませんよ?」
「はい。わかっています」
「今度もしお休みが取れたら、私の家にいらっしゃい」
「名前さんの家に・・・ですか?」
鬼灯の目がきらりと輝いた。
「老人の一人暮らしは寂しいものでね。鬼灯君みたいに若くて可愛らしい子が来てくれると、とっても嬉しいんだよ」
見た目は若々しい男なのに何を言うか。と白澤は内心呆れる。
が、それよりも・・・
「・・・明日行きます」
この従順すぎる鬼灯の態度が気になる。
「ちょっ、名前!その朴念仁と一体どういう関係なわけっ?」
「おや・・・朴念仁とは失礼にも程がありますよ、白澤。鬼灯君はこんなに良い子なのに」
よしよしと鬼灯の頭を撫でながら言う友人に白澤は困惑するばかり。
「名前さん、こんなヤツほっといて私ともっとお喋りしましょう」
「こらこら、鬼灯君『こんなヤツ』ではなく『白澤さん』ですよ。お喋りならいくらでもしましょうね。鬼灯君とのお喋りは私も好きですから」
「嬉しいです、名前さん」
ぐりぐりと名前の胸に顔を押し付けながら言う鬼灯に白澤は口をあんぐりと開ける。
「ほんと・・・どんな関係なの、名前」
「鬼灯君がまだ小さい頃でしたね・・・私の家の傍で道に迷っているこの子を見つけましてね。それから、たまにですが遊びに来てくれるんですよ」
何ソレ初耳!と声を上げる白澤を無視して、鬼灯は名前に「もっとぎゅっとしてください」と強請る。
もちろんとほほ笑む名前にぎゅっと抱きしめられると、鬼灯はちらっと白澤を見て・・・
「うわっ!!!そのドヤ顔ムカつく!!!!」
「こら、白澤。こんな良い子にムカつくとは何ですか」
「名前は騙されてる!コイツの本性知らないんだ!!!!」
「失礼にも程がありますよ、白澤」
まったく、とため息を吐く名前に「ため息を吐きたいのはこっちだよ!」と白澤は頭を抱える。
「名前さん、明日はお泊りしても良いですか?」
「おや、それは嬉しいですねぇ。晩御飯は鬼灯君の好きな物を沢山作りましょうね」
「名前さん大好きです。娶ってください」
「おやおや、面白いことが言えるようになりましたね」
穏やかに笑う名前に白澤は「いやいや、ソイツ絶対本気だって!!!」と全力で叫びたかったが・・・
「あ、胃潰瘍」
あまりの事で口の端からこぼれた血に胃を抑えることしかできなかった。
友人を守れそうもない
『余計なことしたら殺す』と言いたげな目で自分を見つめる鬼灯と『血が出ていますよ!大丈夫ですか?』と自分を心配そうに見つめる名前に、白澤は「あぁ、うん」と返すしかなかった。