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「#エロ」のBL小説を読む
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※穴の中のお化けと伊作
僕はよく落とし穴に落ちる。
本来六年生の僕が落とし穴の位置を把握出来ないわけもなく、注意さえしていれば決して穴に落ちることはない。
けれども僕は穴に落ちてしまう。
周囲にはそれを不運のせいだと言っている。もちろん嘘ではない。
半分本当で、半分嘘なんだ。
グイッ
「ぁっ・・・!!!」
穴の近くで“足を引っ張られ”て、僕は穴へと真っ逆さま。
受け身も取れずに穴の底で尻餅をついてしまい、小さく呻く。
『いーさーくーちゃんっ』
するっと背後から抱き締められる。
細くて真っ白な綺麗な腕が見えて、僕は困ったように笑う。
『うふふっ、伊作ちゃん伊作ちゃん、遊びましょ?』
「うーん・・・留さんが来るまでね」
『うふふっ、嬉しい嬉しい、伊作ちゃんと遊ぶの、嬉しいわぁ』
「うん。僕もとっても嬉しいよ」
白い腕が僕の頭を撫でて、それから僕の身体の前で白い手がひらひらと指を動かす。あぁ、今日は指遊びか。
彼女は何時も穴の中にいる。
穴の中にいて、僕を穴に引っ張り込む。
最初の出会いは、小さい小さい頃だった。
僕の住んでいた村が戦に巻き込まれ、周囲はまさに阿鼻叫喚と化していた。
押さない僕は必死で逃げていた。怖い顔をした大人から逃げて逃げて・・・
でも子供の足が大人に通用するはずがない。すぐに捕まってしまいそうになった時、僕の足がぐいっと引っ張られた。
あっ、という小さな声を上げ、穴へと落ちて行った僕。
『うふっ、うふふっ・・・急いで走ったら危ないわぁ?ゆっくり私と遊びましょう?』
白い腕が僕の小さな身体を絡め抱いていた。
最初は穴の中に潜んだ別の大人だと思って泣き出した。
すると腕が優しく優しく頭を撫でるんだ。大丈夫よ、大丈夫。そう言いながら。
そう言えば、僕を追いかけてきた大人達が何時まで経っても迫ってこない。穴の中に落ちたのだから、袋の鼠なのは僕の方のはずなのに。
『ほぉら、外なんて気にしなくっても良いのよぉ?うふふっ、遊びましょ?』
こちょっとじゃれる様に脇腹を擽られ、僕も「ふふっ」と笑ってしまった。
それが彼女と僕の出会い。
彼女と遊んでいる間に、外が大分静かになってきた。
もう外に出てもいーい?と尋ねると、彼女は『えぇ、いいわよぉ』と笑って言った。
外は・・・焼野原だった。
穴の中に居た僕は、吃驚するほど被害を受けてはいなかった。
その後僕は善法寺という寺へと引き取られ、それからしばらくして僕は再び彼女と出会った。
そこで漸く気付いたのだ。彼女が人ではないことを。
寺の和尚様がいっていた。きっと彼女は物の怪なのだと。危ないから、あまり関わってはいけないよと。
でも僕は彼女が危ないとは思わない。いや、もしかしたら隙を見て僕をあの世に引きずり込もうとしているのかもしれないけど、それでも彼女はあの日の僕の恩人で・・・
だから僕は、穴の中には必ずいる彼女と遊ぶことにした。
沢山沢山遊んだ。
でも僕は・・・彼女の顔を見た事が無い。
あるのは、この白くて細い、綺麗な腕だけ。
後ろを振り返りたいと思ったことがある。当然、振り返ったこともある。
けど振り返った先は・・・何も無かった。
彼女は腕だけなのだ。腕だけが、僕に優しく優しくしているのだ。
怖いとは思わなかったけど、少し寂しかった。だって僕は、彼女の声や手つきでしか、彼女を彼女と認識できないのだから。
寂しいけど、それでも彼女の優しさは変わらないし、結局彼女はいろんな場所に現れては僕を穴の中に引きずり込んだ。
まさか忍術学園にまで付いて来るとは思わなかったけど。まぁ、忍術学園は落とし穴が沢山あるから、当然と言われれば当然かもしれない。
『伊作ちゃん、顔に泥が付いてるわぁ』
「あ。有難う」
頬に付いた泥を綺麗な指に拭われて、ちょっと照れてしまう。
声も綺麗。仕草も美しい。
きっと彼女は、とても優美な女性なのだろう。
元々物の怪なのだろうか。それとも、元は人だったのだろうか。人だったとすれば、どうして穴に住む物の怪となったのだろうか。どうして――僕を助けてくれたのだろうか。
『今日の伊作ちゃんは、悩んでばっかりねぇー?』
「えっ!?あ、ごめん・・・」
『いいのよぉ・・・ふふふっ』
ぎゅっと白い腕に抱きしめられる。その力は強いのに、全然痛くない。
僕に優しい、僕を包んでくれるその腕が・・・僕は好き。
『伊作ちゃんの心の臓、とくんとくんとなってるわぁ』
「えっ!・・・だ、だって・・・」
『うふふっ、伊作ちゃんは可愛いわねぇ』
するりと撫でられた胸元。くすぐったくって身を捩る。
『可愛い可愛い伊作ちゃん、だぁい好きよ』
「ぅ、ん・・・」
『うふふっ、あら残念・・・昔はすぐに自分もだと返してくれたのに』
「も、もちろん僕もだよ。僕も大好き」
あぁ、そんなことを言ってたら恥ずかしくなってきた。
「おーい、伊作ー!」
「あ、留さーん!」
穴の上からひょこっと顔を覗かせた留さんについついほっとする。
これ以上情けない自分を彼女に見せたくはない。まぁ、もう手遅れだろうけど。
「ほら、掴まれ」
「うん」
留さんのおかげで地上へ出ることが出来た僕は、ちらりと穴の中を見る。
留さんには見えなかった白い腕がひらひらと僕に手を振っている。
『ばいばい、伊作ちゃん』
「うん、ばいばい」
僕も小さく振り返す。
「どうした?伊作」
「ううん、何でもないよ」
「にしても、相変わらずの不運だなぁ・・・」
「ご、ごめんよ、留さん」
「まぁ、こればっかりは仕方ないよなぁ」
そう言って苦笑する留さんに僕も苦笑する。
うん。本当に、こればっかりは仕方ない。
だって・・・
僕は彼女が大好きで、彼女も僕が大好きなのだから。
穴の中へいらっしゃいな
たとえ何時か彼女に引きずり込まれて殺されたって・・・
僕はそれを“不幸”だとは思わないだろう。
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