「・・・何で俺が、機械人形なんかと共演しなくちゃいけないんすか?」
人気歌手である千晶は、異議を唱えた。
彼は業界でも、機械の歌声が嫌いな人間だった。
人間の“心”の籠もった歌声を尊重する人間。
「そこをなんとか。今話題のボカロだよ?悪くない話だと思うけど・・・」
「人間の歌声と機械なんかの歌声が同等だとでも言うんすか?俺は、絶対に嫌っす」
嫌悪感丸出しといった表情で言った千晶は、事務所を飛び出していった。
しっかりとサングラスと帽子を着け、外に出る。
外に張ってあるのは、千晶のポスターと・・・
「チッ・・・」
この時代で、人気となっているボカロのポスター。
「・・・心が籠もっていない歌声なんか、大嫌いだッ」
この時代では、数々の歌手がボカロに負けてきた。
機械に負けてしまった歌声。
千晶はそれが、とても許せなかった。
自分は、絶対にこの業界で生き延びなければならない。
機械よりも、人間の心が籠もった歌声に敵うものはないと、証明したい。
街で見かける、ボカロの姿。
イライラとした感情をその胸に抱えて、千晶は喫茶店に入った。
「チッ・・・失敗したか」
その喫茶店では、一体のボーカロイドが歌っていた。
舌打ちしつつも、入ってしまったからには仕方ないとでも言うように、千晶は店員に珈琲を注文した。
しばらくして運ばれてきた珈琲を飲む。
客は千晶ぐらいで、静かな店内にその歌声が響いた。
「やっぱり、機械だな・・・」
何処か色の無いその歌声に、千晶はそう呟いた。
「ぁの・・・」
突然、歌うのをやめたボーカロイドに、千晶は顔を上げる。
そっと近づいてきたボーカロイドは青い髪を揺らしながら、不安そうな目をして「僕の歌、何処か駄目だったですか?」と尋ねてきた。
「別に・・・音は安定してる。悪くない」
お世辞ではない。
事実、その青い髪のボーカロイド・・・KAITOの歌声は、ほぼ完璧だった。
「ただ、その歌声には、感情はないだろう」
「・・・・・・」
驚いた顔をしたカイトは「もしかして、千晶さんですか?」と尋ねた。
「わぁ!僕、ファンなんです」
「・・・・・・」
まるで、普通の人間のように嬉しそうな声を上げたカイトは、千晶に「握手してください!」と言った。
「・・・歌っているときは、感情がないのに・・・」
「ぇ?」
「・・・いや。なんでもない」
千晶は首を振ってから、適当にカイトと握手をする。
嬉しそうな顔をするカイトをじっと見る。
「お前は、此処の?」
「いえ。僕、バイトなんです。以前のマスターに、歌が下手くそだから捨てられちゃって。住み込みでバイトさせて貰ってるんですよ」
「・・・ふぅーん」
捨てられた、という部分で、カイトは悲しそうな目をした。
千晶は「やっぱり不法投棄ってあるんだな」と思いつつ、珈琲を啜る。
「まて。お前は、歌が下手だから捨てられたんだろう。だったら、何でそんなに・・・」
――歌が上手い?
千晶の質問に、カイトは「本当ですか!?」と声を上げる。
「僕、千晶さんのCDを毎日聞いて、自分で練習したんです!わぁ、上手いって言ってもらえた!嬉しいなぁ」
にこにこしながら、飛びまわるように喜んだカイトに、千晶は絶句する。
「俺のCD?」
「はい!」
「毎日?」
「もちろんです!!!!」
「・・・・・・歌、好きなのか?」
「はい!とっても!!!!」
カイトは元気良く「あ!」と声を上げ、ポケットからCDを取り出す。
「前のマスターが貴方のファンだったんです。それで・・・僕に貴方の歌を歌わせようとして・・・」
失敗したというわけらしい。
千晶はちょっとだけ目をそらす。
「歌ってみろ。俺の歌」
「ぇ?でも・・・」
「いいから歌ってみろ」
「は、はぃっ!」
すっと口を開いたカイトの口から紡がれる歌。
「キーが高かったり低かったりするな。声が安定していない。何より・・・事務的に歌っているように聞こえる」
歌い終わった瞬間、千晶は言い放った。
「事務的?」
「お前は、前のマスターが言うようにするだけの、事務的な歌しか歌っていなかったんだろう。今まで、心なんか籠めずに、歌ってきたんだろう?」
「・・・・・・」
カイトは、よくわからないという顔をした。
「俺は、そういうところが嫌なんだ。お前らのような奴等の」
ちょっとだけ悲しそうな顔をしたカイトを無視して、千晶は勘定を済ませる。
「おい。付いて来い」
喫茶店を出る間際、千晶は言った。
「ぇ?」
「お前を調教しなおしてやる」
目をパチクリとさせたカイトは、次第に言葉の意味を理解する。
「は、はぃっ!!!!!」
慌ててついてきたカイトに、千晶がちょっとだけ笑っていた。
その数ヵ月後・・・
千晶がボカロのKAITOと共に舞台に立ったという記事が、一面を飾った。
機械の歌声