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「今日からよろしくね、名前くん」



親戚の甚八おじさんは何を考えているかわからない顔で僕に手を差し伸べた。

可哀想な甚八おじさん。お仕事が忙しくて葬式とか親戚同士の話し合いとかに参加できなかったせいで、僕という厄介ごとを押し付けられてしまった。


事故で急に親を失って、けれど保護者が必要な僕。保護者として名前を貸すのは良いけれど面倒は見るのは嫌、養育費は魅力的だけれどそれ以外には魅力がない僕を引き取るのは嫌、余裕のある家庭が引き受ければいいじゃないかいいやうちには年頃の娘がいるからだったらお前が引き取ったらどうだそうやってお前はいつも他人に面倒事を押し付けようとするたまにはお前がやったらどうだあぁ嫌だ嫌だどうして親がいっぺんに亡くなってしまうのか可哀想にいっそのこと両親と一緒に逝けたら良かったのに生き残ってしまって可哀想にあの子はこれからどうするんだろうねまぁ私たちには関係ないけれど――



「行くよ」



「ぁ・・・」

差し伸べられた手を握れないでいると、甚八おじさんの手が更に伸びてきて僕の腕を掴んだ。

痛くない程度の力で引っ張られて、反射的に立ち上がった僕の身体は甚八おじさんによって半ば強制的に歩かされる。

外に停まっていた車に乗り込むと、いつの間にか僕の着替えとかが入ったボストンバックが後部座席に積まれていた。

助手席でシートベルトを締め、ぼんやりと前を見る。

動き出した車が慣れない道を進んで行って、全く知らない道に入っていく。何処に行くんだろう、今日からよろしくねって言ってたから甚八おじさんの家だろうか。甚八おじさんは一人暮らしらしいけれど家はどんなところかな、アパートかな、マンションかな・・・


「瞬き、しないと目ぇ乾燥するよ」

「・・・ぅん」

瞬き一つせずに前を見ていたらしい。確かに目が乾燥していて瞬きが少し痛かった。

前を見ているとまた瞬きを忘れてしまいそうで、僕はちらりと甚八おじさんの方を見た。

おじさんはきちんと前を見ながら運転しているけれど、赤信号になると少しだけ僕を見る。


「・・・・・・」

「そんなに見ても面白いことは無いと思うけどね」

次は目が乾燥しないように瞬きを一つ、二つ。

「正直なところ俺は保護者としては『ハズレ』だ。申し訳ないけれど君の孤独を埋められる程の技量も気力もない。親としての振る舞いも出来ないし、親になる努力も出来ない。あくまで君の『保護者』だ。けれど義務は果たす。必要なことがあったら悩む前に一度相談するといい。我が家にルールは無かったが、あえて言うなら『言い渋らない』がルールだ。察してちゃんは正直面倒だしね」

わかった?と甚八おじさんが問いかけてくる。それに僕は「うん」と頷いた。



「・・・甚八おじさん」

「何?」

「僕のこと、引き取らせてごめんね」

まったくあいつらはこの数日間で何をやっていたんだ。本人との話し合いもなく子供一人の処遇を決める様子からして碌なことを仕出かしてないんだろうな全くこれだからあの連中は信用ならないんだそもそも葬式の連絡も寄越さなかった癖に葬式にも話し合いにもこなかったとどの口が言っているんだそう言えばガソリンが減ってるなクソが突然呼び出したかと思えば長距離移動させやがってこちとら何の準備も出来てないんだよ名前くんに悪いとは思わなかったのか突然こんな大して交流も無いおっさんに押し付けられて今まで通っていた学校にも通えなくされてそもそも大事な自宅からも離れさせるとかどういうつもりなんだクソが、本当にもう、クソが


「謝罪なんていらない。悪いのはあのクソみたいな連中だからな」

「・・・ううん、あのね、おじさんおばさん達も、きっと悪気はないから」

悪気がなけりゃ何しても許されるわけがないだろういっそのこと泣いて喚いて恨み言を叫べばいいんだ君にはその権利があるだろう何でそんな諦めた顔をしているんだ怒れよ君は何も悪くないのに悪いように感じさせられて今此処で叫んで暴れ出したって俺はしょうがないと思うがね


「悪気がなけりゃ何をしてもいいって?ハンッ、本気でそう思ってるなら君の精神状態を疑うけどね。・・・あ、ガソリン入れるついでにコンビニにも行くけど、飲み物とかいらない?」

「大丈夫。あのね・・・有難う、甚八おじさん」

「まだ何も買ってやってないのにお礼言うの早くない?」

ううん、そうじゃないよ甚八おじさん。

僕のことを邪魔だと思わないでくれて有難う、僕のことを押し付けられたからだとしても受け入れてくれて有難う。




いいね、名前。お前のその『特技』はあまり人に知られちゃいけないものなんだ

そう、仲の良い友達にも、親戚の人にも言っちゃ駄目だ。大丈夫、父さんも母さんもお前を守ってやるから

誰にも知られちゃいけない。何も聞こえないフリをするんだ、いいね?名前には何も聞こえない、心の声なんて聞こえない・・・




僕、ちゃんと隠しておくから。

こんな普通じゃない力、きっと甚八おじさんだって受け入れてはくれないから。


「また瞬き忘れてる」

僕は慌てて、パチッと瞬きをした。

まったくしょうがないな、こんな状態の名前くんを一人マンションに残しておくわけにはいかないしいっそのこと青い監獄に連れて行くか子供一人増えたところで部屋が狭くなるわけでもないしアンリちゃんの方には後で連絡するとしてさてコンビニに行って水分補給させた後はとりあえず名前くんの日用品を買い揃えてしまおう流石にあんな小さいボストンバック一つで生きていけるわけがないだろ馬鹿なのかあいつら「この子に必要なものは最低限詰めておいた」とか最低限過ぎんだよクソが本当にクソ、これだから関わりたくないんだよアイツらには


「甚八おじさん、僕、カフェオレが飲みたい」

「ん。いいよ、好きなもの飲みな」

どうやら僕は青い監獄という甚八おじさんの家とも違う場所で暮らすことになるらしい。

僕のための日用品を用意してくれて、僕を一人ぼっちにしないようにしてくれるらしい。


「・・・僕、甚八おじさんに引き取られて嬉しい」

「・・・、・・・そっ」

アイツらいつかぶっ殺してやろうかな

甚八おじさん、僕、そこまでして欲しくはないよ。




サトリくんは引き取られる




「今日からお世話になります、絵心名前です」

「この子は俺の曾祖父の弟の孫の息子・・・あー、兎に角遠い親戚。俺が保護者することになったから、名前くんは仕事の邪魔にならない範囲で此処で暮らしてもらうから」

「え!?え、絵心さん!?突然そんな・・・」

「あの、僕、出来ることならなんでもお手伝いします。雑用とか、僕がしていいことなら」

「い、いい子・・・本当に絵心さんの親類か疑わしいほどのいい子!」

「本人目の前にしてよくそういうこと言えるよねアンリちゃん。あぁ名前くん、もしバイトしたいなら雇用契約書作らないといけないから、無償で働こうとしないでね」

ぽんぽんっと甚八おじさんに頭を撫でられながらそう言われた僕は、少し照れながら「うん」と返事をした。



あとがき

人の心の声がよく聞こえちゃう子が遠い親戚の甚八おじちゃんに引き取られる話。
内心だと自分のために盛大にキレ散らかしてくれてるおじさんが好きになった。
昔から人の心(暴言多め)を聞きすぎて、ある程度のことは諦めて許してしまう悲しきイエスマンだったりするけれど、ちょっとずつ甚八おじさんが矯正してくれる予定。

たぶんそのうちサトリであることは甚八おじさんにはバレる。



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