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※三途成代り主。27巻ネタ。


「・・・このぷりちぃフェイスをなんとしてでも守らねば」


不用心にも床に置きっぱなしになっていた手鏡を両手で握り締めた齢五つの僕は、自身に硬く誓った。

鏡に映る僕の顔は将来有望過ぎてもはや天使だった。

白いすべすべ肌、光を受けてきらきら輝く色素の薄い髪、マッチ棒が余裕でのりそうなばさばさ睫毛、うるつやぷっくりな唇。百点満点。

男だからという単純な理由でベリベリショートな芝生ヘアにされているが、それを差し引いてもこの美貌・・・今世の我が顔ながら推せる。


しかし未来には明確な陰りがある。

僕はこのまま何の対策もせずにいると、幼馴染のマイキーに冤罪で両頬をズタボロにされるのだ。

この、毛穴一つないすべすべぷにぷにほっぺが、暴君の強襲に遭う。


冤罪原因の千壽の嘘は、子供ならまぁよくある話だ。怒られるのが怖くて、自分を許してくれそうな相手に罪を擦り付ける・・・擦り付けられる側からすればとんでもない話だが、生まれてこの方嘘を吐いたことがない人間なんてほぼゼロだと人生二週目の僕はきちんと理解しているため、勘弁してくれと思いはしても千壽に対する嫌悪や怒りはない。

兄の武臣は役に立たない。大好きな幼馴染の弟が仕出かしたことだし、おそらく武臣は僕の言い分よりも千壽の嘘を信じるだろう。

自分はさっさと家を出て悠々自適な一人暮らし。千壽の躾どころか甘やかすことしかしない癖に、僕には千壽の見本になれと散々言い続け叱り続けてきた、そんな兄としてはこれっぽっちも尊敬出来ない男。

千壽が自分のことを『オレ』と言うのは僕のせいじゃない。僕の真似をするなら『ボク』になるはずだ。どう考えたって一緒に遊ぶマイキーや場地・・・っつーかよく考えれば僕以外全員、一人称『俺』だ。ふざけてる。



「男が何鏡じろじろ見てんだ、気色わりぃな」

「実家のタンスから金抜いてくあんたも気色わりぃからお相子な」

おっと口が勝手に。


鏡を見詰めながら熟考していた僕を見付けて失礼な言葉を口にした武臣に、僕の口が反射的に武臣を罵倒した。悪い子はこのぷりてぃなお口です。

武臣の手に握られている万札は、今月の我が家の生活費として引き落とされていた分だと記憶している。けして、武臣の借金返済用ではない。

僕の言葉が癇に障ったのかずんずんこちらに近づいてくる武臣が教育的指導と言わんばかりに拳を振り上げてくる。おっとおっと顔はいけない、だからといって身体に青あざを残すのもいただけない。

僕は咄嗟に横に転がり、僕という標的を殴れなかった武臣は軽くバランスを崩してその場でたたらを踏んだ。


二回目は流石に避けられる自信がなかった僕は、よたついている武臣の足元をすり抜けてトイレに駆け込み、内側から鍵を閉めた。ふぅ、武臣が消えるまで鏡を見つめて時間を潰そう。

武臣の怒鳴り声を右から左に聞き流し、やがて武臣が苛立ったような足音を立てながら去っていくとトイレから出てタンスを確認した。金は見事に全部なくなっていて、あれが今世の兄なのかぁとしょっぱい気持ちになった。










「おい千壽、動くな」

座布団の上に大人しく座っていられないのか、無理やりこちらを向こうとする千壽を静かに注意する。

「うぅ・・・名前兄ぃ、まだぁ?」

「可愛いお前をもっと可愛くしてるんだから、もうちょっと我慢しろ」

頭の左右で髪を結び、それを三つ編みにしてからくるりとお団子にまとめる。


「可愛い?オレ可愛い?」

「わ、た、し」

「ぅっ、ぁたし」

「ん。僕の妹だからな、可愛いよ千壽」

そう言いながら星の飾りがついたヘアピンを千壽に見せて「これでいいか?」と聞けば「名前兄の好きなのでいい」と千壽がえへえへと照れたように笑った。


この顔を守ると心に決めてから数年。兄の武臣との関係は今のところ最悪だが、妹の千壽とは仲良くやっている。何せ、家では殆ど二人きり。とっくに家を出ている武臣なんて、休みの日にふらりと現れる程度だ。

・・・まぁそのたまに現れて自分を甘やかしてくれる武臣に千壽はとても懐いているが、それも子供なら仕方のないことだ。そのうち武臣の駄目オヤジ加減を知って幻滅する未来もいつかはあるだろう。


「おーい、準備出来てんのか」

玄関の方から武臣の声が聞こえ、千壽が「はぁーい!」と元気に返事をする。

今日は武臣に連れられて佐野道場に遊びに行く日だ。幼馴染に会う次いでに自身もちゃんと兄貴やってますアピールでもする気なのか、僕と千壽はよく連れていかれる。

真一郎さん良い人だが、その弟のマイキーは我が儘小僧で相手をするのはとても大変だ。割とすぐ手と足が出るため、この美貌を守りたい僕にとっては天敵にも等しい。

マイキーと同じく場地も割と手と足が出るし、今世の我が足である武臣はもっと出る。今まで僕の身体に傷跡が残らなかったのが奇跡だ。

唯一僕の身体に危害を加えないのは真一郎さんくらいか・・・あぁあと、たまに見かけるエマちゃんとおじいさんもか。


「真一郎、来たぞ。・・・おい、挨拶」

僕だけ後頭部をべしりと叩かれ、僕は「真一郎さんこんにちは!」と笑顔で挨拶をする。それを見た千壽も慌てて「こんにちは!」と玄関先の真一郎さんを見上げた。

「おー。相変わらず礼儀正しいなぁ。万次郎もちょっとは名前を見習ってくれればなぁ」

ぐりぐりと真一郎さんに頭を撫でられつつ佐野家にお邪魔させて貰えば、マイキーが『ソレ』を持っていた。

僕の冤罪の原因となる魔の産物・・・戦闘機のプラモデル。


「見ろよこれ!すげぇだろ!」

にかりとまばゆい笑顔と共に見せてくるソレは確かに少年心をくすぐる一品だが、僕にとっては負の象徴としか思えない。隣の千壽がきらきらとそれを見つめているのもいただけない。


「へぇ。何それ、買ったの?」

「へへっ、プラモ。作るのめっちゃ大変だった」

得意げに胸を張るマイキーに真一郎さんが「一か月ぐらいかかってたもんなぁ」と捕捉してくる。成程、それは大事なものだ。

「凄いじゃん。千壽、僕らも今度プラモ買って貰おう」

「えっ!?ぅ、うん!オッ・・・ぁたしも、欲しいっ」

おぉ、ちゃんと『オレ』って言うのを我慢して『あたし』と言った。偉い。

きらきらした千壽の視線はマイキーのプラモから僕の方へと移る。よしよし、このままマイキーのプラモから意識を反らせて・・・


「はー?誕生日でもねぇのに、プラモなんてもん買えるわけねぇだろ。あんま我が儘言うんじゃねーぞ名前」

「・・・兄貴に買って貰うつもりはねーからぁ」

横やりを入れてくる武臣に間延びした返事をすれば「可愛くねぇな」とまた頭を叩かれた。躾のつもりかもしれないが、僕や千壽より武臣の方がよっぽど無駄な出費が多いため、何の躾にもなってない。むしろ『お前が言うな』感が凄い。


「・・・いいなぁ」

千壽は既に買って貰えないと思ってしまったらしく、再びマイキーのプラモデルを羨ましそうに見つめている。やれやれ。

「千壽、明日な」

耳元で小さく囁けば、千壽は期待したようにパッとこちらを見る。

口では詳しく言えないが、此処はお兄ちゃんに任せろ。武臣が家族とはいえとっくに出て行った実家のタンスを漁る常習犯であることは重々承知のため、予め毎月タンス預金から一万円ずつ先回りして抜いているのだ。

これは全部隠すと武臣が探し出す可能性があるためだ。武臣は僕が毎月一万円を確保しているとは知らないが、これからも知らないままでいて欲しい。

毎月隠し続けたその金でプラモを一箱買う。これは無駄遣いではない、僕の顔を守るための必要経費だ。だって絶対治療費の方が高くつくし。


「欲しいプラモ、考えとけよ」

こくこく!と勢いよく千壽が頷くのを見届け、僕はひとまず息を吐く。

このまま今日が過ぎ、明日プラモを買えば一先ずは安心だろう。けれど今日が終わるまでは気が抜けない。千壽が自分のプラモを手に入れるまでが重要だ。



「名前、場地はもう来てるぞ!早く来い!」

プラモを持ってない方の手で僕の腕を掴んで走り出すマイキー。千壽が「ぁっ、ま、待って!」と慌てて追いかけてくる。

マイキーはどうやら千壽を『武臣と名前の妹』という認識しかしていないらしく、千壽の声で止まってくれるほど心優しいお子様でもない。

少ししか違わないと言えど、小さな千壽じゃ追いつくのは難しい。


「千壽、どうせ行く場所は庭なんだから、こけないようにゆっくりついて来い。勝手にどっか行ったりしねぇから」

「う、うんっ」

はぁはぁと息を切らせながらも返事をする千壽に軽く手を振り、マイキーに引っ張られるまま縁側に出れば場地が「お!」とこちらを見て笑う。にかりと笑った口から八重歯がのぞく。


「名前も見たか!?マイキーのコンコルド!」

「見た見た」

「いいよなぁ、これ!貸してくれよマイキー!」

「やーだね。誰にも触らせねぇ」

子供らしいやり取りだが、これがまさか流血沙汰にまで発展する程の独占欲とは誰も思うまい。

内心げんなりした気持ちでプラモを見詰めていると「名前も駄目だからな」と軽く睨まれる。誰が触るか、そんな負の産物。



それから、プラモを片手に走り回るマイキーを場地と一緒に追いかけまわし、それを千壽が羨ましそうに見つめていた。

武臣に「千壽の言葉遣いが悪い」と何故か僕が注意されたが、僕は堂々と「それは武臣譲り」と言った。丁度傍に真一郎さんがいて「だははっ!確かになぁ!」と笑ってくれたおかげで躾という名の暴力は受けずに済んだ。真一郎くん様様である。


「なぁ!真一郎の部屋行こうぜ!」

一度部屋に戻ってプラモを置いてきたマイキーが真一郎さんの部屋という名のプレハブ小屋に走っていく。どうやら真一郎くんと武臣がそっちに行ったらしい。

場地もそれを追いかけていく。・・・このタイミングか。

千壽が見当たらない。トイレかと思ってそこに向かえばあたりだった。


「あれ?名前兄ぃ?」

扉が開いて、きょとんとした顔の千壽が「名前兄もトイレ?」と聞いてくるが、僕の目的は勿論千壽だ。

「マイキーたちは真一郎さんの部屋に行ったぞ」

「え!?オレも行く!」

「わ、た、し」

「・・・うぅ・・・なぁ、どうしてもオレじゃ駄目?」

「それも個性の一つだけどな。武臣が煩いだろ?せめて武臣の前ではやめとけ。僕もそのことで一々殴られるのは困る」

今日既に何度もたたかれた後頭部を軽く擦れば、千壽の目が潤み始めた。どうやら自分のせいで僕が殴られている自覚は多少なりともあったらしい。

じわじわ水分量が増していく千壽の目をじっくり見つめていると、千壽が無言で抱き着いてきた。


「んー?」

「ご、ごめ、なさい」

「別にいい。殴る武臣が悪い」

「でも、オ、あたしのせい、だし」

「千壽は知らないかもしれないけど、暴力ってのは振るった方が負けなんだ」

「え?けど・・・」

「ムカつくことを言われたからって相手を殴れば、そいつは『言葉で勝てなかったから暴力に走った馬鹿』だ。自分の身を護るため、誰かを守るため、そういう暴力は美談にされやすいが・・・殴られたら誰だって痛いし、暴力はしないしされない方が良いに決まってる。千壽は痛いのが好きか?」

「好きじゃない・・・痛いと、泣きそうになる」

この前こけた時も大泣きしてたもんな。


「僕も痛いのは大嫌い」

だから躾のつもりとはいえ殴ってくる武臣も、冗談のつもりで蹴ったり殴ったりしてくるマイキーや場地も、実際のところあまり好きではない。

「・・・まぁ、自衛は大事だけど。僕も千壽も綺麗な顔してるし、それで事件に巻き込まれないとも限らない」

そう言いながら千壽の頭を撫でていると「おい」と背後から声がかけられた。

何故だかその声に嫌な予感がした僕は、振り返ったことに深く後悔した。




「・・・これ、壊したの誰」




恐ろしい目でこちらを睨んでいるマイキーに一瞬頭が真っ白になる。

何故ソレが壊れている。千壽はずっと僕と一緒にいた。真一郎さんと武臣、場地はマイキーと一緒にプレハブにいたはずだ。

「知らない。僕と千壽もずっと此処で喋ってた」

「嘘吐け」

問答無用とばかりにこちらに蹴りかかってくるマイキーに慌てて千壽の頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

不味い、何がどうしてそうなったのかはわからないが、マイキーが大事にしていたプラモは壊れてしまった。

千壽が間違っても蹴られないように抱えたままマイキーに背を向けたため、背中が恐ろしい力で蹴られている。痛い、凄く痛い。武臣の、一応は手加減してる手や足とは違う。

助けを求めないと。マイキーは聞く耳を持たない。


「ひっ・・・名前兄・・・」

「し、真一郎さん、真一郎さん゛ッ!」

腕の中で震える千壽を後回しに、力の限り真一郎さんを呼んだ。

首を掴まれ、後ろに引っ張られる。ごろりと床に転がった僕の真上に立つマイキーの手にはプラモの破片があり、冷たい目のままそれを振り上げている。

あ・・・


「何やってんだ万次郎ッ!!!!」


振り下ろされるその寸前で、マイキーの身体は背後から羽交い絞めにされる。

真一郎さんだ。僕の声にただならぬものを感じたのだろう。走ってきたらしい真一郎さんがマイキーを羽交い絞めしている間に千壽の腕を掴んで共に立ち上がり、トイレの中に入って内側から鍵を閉める。


「おい!開けろ!」

「止めろ万次郎!何があったんだよ!」

「名前が俺のコンコルドを壊したんだ!」

「だからって刺そうとする奴があるか!」

外から凄い怒鳴り声が聞こえる。千壽がびくびくと震えながら僕を見るため、僕はそっと千壽の背を撫でた。

正直、千壽を慰める心の余裕はあまりない。プラモの鋭く尖った破片で刺されかけたのか。あのままだと本来の運命のように頬は裂かれていたはずだ。真一郎さんが間に合わなかったら・・・

ぶるりと身体が震える。千壽と二人してトイレの床に座り込んでいると、外からノックがされた。



「おい名前。てめぇ閉じこもってないで一度出てマイキーに謝れ」

遅れてやってきた武臣が中にいる僕らに声を掛ける。他に言うことはないのか。


「僕じゃない。勿論千壽でもない」

「あ゛?だったら他に誰がいるって言うんだ。怒られんのが怖いからって嘘ついてんじゃねぇ」

「おい武臣、今回は万次郎もやり過ぎた。あんま叱ってやんなよ・・・」

どうやらマイキーは真一郎さんによって落ち着けられたらしいが、このまま出ていいものか・・・


「僕じゃない」

「ちっ・・・だから」

「マイキーがプラモを置いた場所が不安定じゃなかったかとか!窓が開いてて風のせいでバランスを崩したんじゃないかとか!確かめてから疑え!何で弁解も聞かずに蹴られて、刺されそうにならなきゃなんねぇーんだよ!前から思ってた!少しでも気に入らないことがあるとマイキーはすぐ暴れるし、場地はマイキーと一緒になって暴れるし!千壽はそれを真似して危ない真似をする!千壽が怪我をすれば武臣は僕を叱って殴る!何で僕の周りにはこんな暴力的な奴らしかいないんだ!そもそも!説教の前に、刺されそうになった弟と妹の心配をするのが兄貴ってもんじゃねぇのかよ!ばあちゃん家のタンスから生活費を盗んでいく時ぐらいしか家に来ない癖に!ちったぁ兄らしく振舞えねぇのかよ!手前の借金は手前のもんだろ!僕と千壽を巻き込むな!」

声が枯れそうなぐらい扉の向こう側に怒鳴る。

しばらく扉の向こう側が静かになって、それから真一郎さんの「武臣、お前ちょっと頭冷やして来い。・・・万次郎、お前もだ。圭介、わりぃけどお前も」と三人を追い出すのが聞こえる。

僕は千壽をぎゅっと抱き締めながら扉を睨む。



「あー・・・開けてくれるか?」

「・・・僕と千壽はやってない」

「おぅ。名前はそんな嘘を吐くような奴じゃないって知ってる」

別に真一郎さんにはこちらを油断させてどうにかしようなんてつもりはないだろう。

僕は数度深呼吸をして、鍵を開けた。

外側から扉が控えめに開かれていく。そこには、マイキーを取り押さえる時に殴られたらしい鼻血塗れの真一郎さんがいた。


「・・・わっ」

「そ、そんな引いた顔すんなよ」

背中や掴んで引っ張られた首は痛むが、視覚的には真一郎さんが一番の重傷者だ。

千壽が「真一郎大丈夫?」と小さく声をかけ、真一郎さんは笑顔で「このくらいへっちゃらだ」と頷く。


「・・・っと、お前も凄いな。首んとこ、痛いだろ」

「背中もがすがす蹴られたから痛い」

「千壽はどうだ?」

「オレは、平気・・・けどっ、名前兄はっ」

ぐすっと鼻を啜る千壽の頭を撫でていると、真一郎さんがひょいっと僕を抱き上げた。

「手当てすっか。千壽、ついて来い」

僕を抱えたままゆっくり歩き出す真一郎さん。


「・・・先にマイキーの部屋見せて」

「後でもいいけど・・・まぁ、お前にとっちゃ身に覚えもないことだもんな。ちらっと見とくか」

目的地の居間から二階にあるマイキーの部屋へと方向転換。そのままマイキーの部屋を覗き込めば、部屋の窓は開いていた。それをちらりと確認し、プラモが落ちていたと思われる場所を確認する。

大小の破片と共にプラモを飾るための台座は床に落ちていた。そのすぐ傍には、数冊の雑誌。


「・・・そこの棚に適当に積んでた雑誌の上に台座があったんじゃないの。プラモだけじゃなくて雑誌も散乱してるし、風か何かで雑誌のバランスが崩れてプラモごと床に落ちたとか」

「あー、確かにそれっぽく見えるな。名前も千壽もやってないなら、偶然壊れちまったんだなぁ」

苦笑を浮かべる真一郎さんはぽんぽんと僕の頭を撫でると再び居間へと向かった。

居間の棚の一番下には救急箱があって、日常的に怪我をする真一郎さんは慣れた様子で救急箱の中身を取り出す。


「よし、背中出せ名前」

「先に真一郎さんの鼻血どうにかした方がいいんじゃない?」

「俺のはもう乾いてきてるから平気平気」

そんなことを言われ、仕方なく背中を見せると真一郎さんが静かになった。


「・・・ごめんなぁ」

「真一郎さんのせいじゃないから。けど、道場で習った技術を暴力に使うのってよくないと思う。真一郎さんのおじいさんはそういうのは教えてないの?」

「あー・・・耳に痛いな」

背中の怪我が思ったより酷かったのかもしれない。真一郎さんは慎重な手つきで僕の背中に軟膏を塗ったりガーゼを貼り付けたりしている。

首にも同じように軟膏を塗りつけ、ちょっと大げさなぐらいぐるぐるに包帯が巻かれた。

僕はそっと自身の両頬に触れる。・・・首と背中の青あざは出来てしまったけれど、顔は守れた。


「次、真一郎さんの番。千壽、タオル濡らして持ってきて」

「わかった!」

張りきった様子の千壽が台所へ走っていき、しばらくするとびちゃびちゃのタオルと共に戻ってきた。子供の握力だから仕方ない。

受け取ったタオルを真一郎さんの鼻周辺にあてて、乾いてしまった血液を拭き取る。


「血は止まってたみたいで良かった。念のためティッシュ詰めます?」

「いや、平気だって。有難うな名前、千壽もタオル有難う」

千壽と二人して真一郎さんに撫でられる。タイプ的にはこういう兄貴が欲しい。元暴走族総長は御免被るけど。


「こんなことになっちまったけど・・・もう万次郎と仲良くはしてくれねぇか?」

「流石にいつ自分を刺すかわからない子と仲良くするのはちょっと・・・挨拶程度なら」

「だ、だよなぁ」

「マイキー、僕を刺すのに全く躊躇した様子がなかった。真一郎さんが止めなかったら、顔を裂かれてたと思う」

正確には両頬に一本ずつ。

僕の言葉に真一郎さんはなんとも言えない顔をする。否定したくても否定できない光景を確かに見たからだろう。


「本当にごめんな・・・」

「真一郎さんは悪くない。・・・まぁ、真一郎さんの影響でマイキーは不良はカッコイイ、喧嘩が強い奴が凄いって思ってるみたいだから、そこは反省して欲しいけど」

「ふ、不良はカッコイイだろ?」

「・・・無免許ノーヘル、真夜中の無駄な排気音による近所迷惑、店の前に大人数で座り込んでの営業妨害、シマと称して私有地の無断使用・・・格好良いかなぁ?」

「そ、それ以外!やっぱり強い奴はカッコイイだろ!?」

「・・・暴力でしか強さを表現できないなんて可哀想」

「う、ぐ・・・何でそんなに達観してんだよぉ」

「武臣を反面教師にした影響」

「・・・あー、武臣の、その、借金って本当なのか?」

実はずっと気になっていたのだろう。僕はすっかり疲れたらしい千壽がうとうとする姿を横目に、真一郎くんへの説明を始めた。もっとも、僕は武臣がどこの会社や個人から借金をしているのかは知らないし、現在の借金総額もわからないが。


「一度実家に催促状が届いた。武臣はとっくに家を出てたから、受取拒否で返送してもらう時に武臣の現住所を書いたメモを添えてからは実家には来なくなったけど。妙に高そうなものを身に付けてたり、その癖実家とばあちゃん家から金を盗んでくのを何回も見かけた。・・・身内として恥ずかしい」

子供に似合わない大きなため息をついてしまった。

真一郎さんは何とも言えない顔で天井を見上げ、それから僕と同じように大きなため息を吐いた。


「武臣については俺と、他の元黒龍もメンバーでどうにかする。悪いなぁ・・・きっと、今回のことも武臣の借金のことも俺が関わってる」

「暴力を振るったのはマイキー、勝手に借金したのは武臣。少なくとも僕はその認識を改めることはない」

がくんっと千壽の首が傾く。僕は千壽の身体を引き寄せて自分の太腿を枕にして千壽を寝かせた。


「でもお言葉には甘えたい。真一郎さんの方で武臣にはこれ以上借金をしないように、僕らを巻き込まないようにして欲しい。あとマイキーも・・・悪いけれど、次何かあった時が怖いから、真一郎さんの目がないところでマイキーとは遊べない。千壽もマイキーとは遊ばせられない。マイキーが自分の情緒をコントロールできるまでは、二人きりなんて無理だ」

「・・・わかった。本当に悪かったな、名前。今日はもう帰れ、送ってくから」

武臣やマイキーたちと顔を会わせたくないことを察してくれたのだろう。真一郎さんは「ちょっと準備してくるな」と僕の頭を撫でて去っていく。

しばらくして戻ってきた真一郎さんに千壽はおんぶされ、僕は手を握られて家に帰った。

千壽、目が覚めたら家で吃驚するだろうな。

ベッドですやすや眠る千壽を横目に、僕は鏡を見た。

傷一つない顔。それを見て僕は・・・


「怖かった」

静かに言って、その場で膝を抱えて泣いた。





この顔は僕が守る





真一郎さんからの定期連絡で、武臣は元黒龍メンバーに随分と絞られているらしいことがわかった。

まだまだ反省が足りないらしく、これから更に厳しくする予定なのだとか。

マイキーや場地に関しては、今回のことを聞いたおじいさんにこっぴどく叱られたらしいが、こちらは反省しているのかどうか不明。・・・今回のことで少しは自制心を覚えてくれたらいいな。



あとがき

周囲がすぐに手が出るタイプばかりでひやひやしながら自分のぷりちぃフェイスを守る三途成代り主の話。痛いのは普通に嫌い。
現在ちょっとずつ髪を伸ばしていて、中学生ぐらいからは性別が迷子気味な美人に進化する。



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