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※大人三ツ谷。


「三ツ谷くん?お仕事進んでる?」

学生時代からの友人である三ツ谷くんは、デザイナーとして毎日忙しくしている。偶然にも三ツ谷くんの事務所の近くに僕の職場があって、仕事終わりによくお邪魔させて貰っていた。

今日も仕事終わりに顔を出してみれば、事務所のテーブルで黙々と作業をする三ツ谷くんの姿が見えた。

声を掛けるとゆっくりと顔を上げてこちらを見た三ツ谷くんの顔ははっきり言って死んでいる。


「・・・名前」

「わっ、お疲れ様三ツ谷くん。ちょっと休憩する?珈琲淹れようか?肩とか揉む?」

「・・・抱っこ」

「抱っこ・・・う、うん、いいよ。おいでぇ、三ツ谷くん」

まさかの要求に驚きながらも近づけば、三ツ谷くんがよろよろと両手をこちらに伸ばす。

おっとっと、と小さく声を零しながら三ツ谷くんの身体を抱きしめる。要求は抱っこだったから、そのままひょいと持ち上げた。

三ツ谷くんとは違って不良経験とかはないけれど、普段力仕事が多くて三ツ谷くんぐらいだったら割と簡単に抱き上げられる。



「うっ、疲れた・・・疲れた、名前」

抱き上げられた三ツ谷くんが僕の首に腕を回してと呻くような声で言うから、僕は「うん、うん」と相槌を打ちながらゆっくりと身体を揺らした。気分は赤ちゃんをあやす保育士。

すりすりと三ツ谷くんが僕の肩やら頬やらに顔を擦り付けてきて、仕舞いにはあむあむと頬を甘噛みしてきた。


「流石に頬を噛まれるのは恥ずかしいんだけど」

「拒否すんな、ほんと、拒否しないで・・・今拒否されたら泣く」

ずずっと鼻を啜る三ツ谷くんはたぶん本気で泣く気がする。

仕方なしに甘噛みを黙認すると、あむあむと甘噛みされていた頬がちぅっと吸われた。これはもはやキスではないだろうか。


「そんなに疲れてるんだったらちょっと寝た方がいいんじゃないかな」

事務所の奥にある大きなソファは仮眠にぴったりだろう。そう思ってソファまで連れて行こうとすれば「やだぁ」と三ツ谷くんが首を振る。赤ちゃんかな?


「・・・クライアントが、突然、デザインを前のに戻したいって・・・」

「前のデザインって今週頭に見た奴かな。あれも好きだったなぁ」

「俺も、前のデザイン、結構好きだったけど・・・何で今更なんだよぉ・・・それも、明後日までって」

「今日まで変更とか修正とか頑張ってたのにね」

どうやらお客さんの我が儘に振り回されてしまったらしい。前に戻したいということは、それまでやっていた作業がほぼほぼ無駄になるということだ。精神的ダメージは大きいだろう。


「う゛ん゛・・・俺、頑張ったよな」

じわりと肩口が冷たくなってきた。もしかしなくても泣いているのだろう。

三ツ谷くんを抱っこしたまま、何とか片手で三ツ谷くんの頭を撫でた。


「三ツ谷くんは何時だって頑張ってるよ。頑張り過ぎててちょっと心配になっちゃうから、今日はもう休もうか。僕にお手伝いできることはある?」

「抱っこしといて」

「う、うん、それはわかったけど」

抱っこしたまま事務所の給湯室へと向かう。何度か入ったことのあるそこで、マグカップとインスタントコーヒーを入手。電気ポットに水をセットするのは片手じゃなかなか難しかったが、なんとかなった。

お湯が沸くまで事務所の中を只管練り歩いたが、三ツ谷くんにとっては歩行時の適度な揺れが落ち着くのだろう。ぐすぐすと泣いてはいるけれど、次第に大人しくなっていった。


「あ、お湯沸いた」

流石にお湯を扱うのに抱っこしたままは危ないだろう。

「少しだけ我慢できる?」

「・・・ん」

給湯室で三ツ谷くんを降ろせば、三ツ谷くんは僕の背中にくっ付いたまま動かなくなった。

動きにくいものの自由になった両手で珈琲を二つ用意して、三ツ谷くんを引きずったまま給湯室を出た。


ソファまで行ってテーブルにカップを置くと同時に、タックルのような勢いで飛びつかれる。あまりの勢いにソファに尻もちを付いてしまった。

「おっと・・・三ツ谷くん、勢いが凄いよ」

尻もちをついた僕の上に容赦なく三ツ谷くんが跨ってくる。向かい合うように跨ってきたから、三ツ谷くんの虚ろな顔がよく見えた。


「珈琲でも飲んで落ち着こうか」

無言のまま、ぴっとりと三ツ谷くんがくっ付いてくる。うーん、まぁ熱々の珈琲よりは少しぐらい冷めた方が飲みやすいか。

座っている分、抱っこの時よりも三ツ谷くんの頭や背中やらを撫でやすいなぁ。それにしても、此処まで酷いのは珍しい。今まではどんなに疲れていてももうちょっと会話が成立していたのに・・・抱っこをせがまれるのもこれが初めてだ。




「・・・名前」

「ん、なぁに?」

「今日から俺専用のリラクゼーショングッズに永久就職して」

「やっぱり凄く疲れてるんだね」

首が締まりそうなほど強く抱き着かれたまま、僕は顔を引きつらせる。


「アルバイトとか雇ったら?」

「名前の採用なら検討してる」

「僕はもう別の職に就職しちゃってるんだよなぁ」

がぶっと頬が噛まれた。今のは甘噛みより強かった気がする。


「珈琲、たぶん飲みやすいぐらいになってるよ」

「・・・あぁ」

あ、やっと飲む気になったらしい。テーブルの上のマグカップを三ツ谷くんに渡せば、三ツ谷くんはちびちびとそれを飲み始めた。それを見て僕も珈琲を飲む。三ツ谷くんよりはマシだけれど、それでも一日の労働で疲労した身体に珈琲がしみる。



「落ち着いてきた?」

「・・・ん、悪い」

おぉ、正気に戻ってきたらしい。でも僕の膝から降りる様子はない。


「クライアントに対する殺意と心身の疲労でどうにかなりそうだった」

「まさか抱っこを要求されるとは思わなかったなぁ」

「俺も、あんなに軽々抱っこされるとは思わなかった」

ふふっと笑う三ツ谷くんは珈琲を半分ぐらい飲むとカップをテーブルへと戻し、ついでに飲んでいる途中の僕の手からもカップを奪い取ってテーブルに戻してしまった。


「そろそろ降りない?」

「やだ」

「やだ、かぁ」

まるで小さな子供だなぁ、と苦笑い。何時もの面倒見が良くて格好良い三ツ谷くんは何処へ行ってしまったのか。

三ツ谷くんは僕の頬を両手で掴むと「慰めて」と笑う。


「慰めるって、どうやって」

「甘やかして」

「抱っこして、よしよしする以外に思いつかないなぁ」

「そういう小さい子供を相手にするみたいな甘やかしもいいけど・・・もっと大人の甘やかし方をして欲しいなぁ」

散々甘噛みされてキスまでされた頬をつつかれる。

昔からそうだったけれど、大人になるにつれてどんどん格好良くて、ついでに色っぽくなってきている三ツ谷くん。今まで一度もドキドキしなかったなんて言ったら嘘になってしまうけれど、僕は別にそういうつもりで三ツ谷くんとの交友を続けているわけではない。


「・・・うーん、それは友達相手にすることじゃないなぁ」

苦笑いと共にそう言うと、三ツ谷くんがわざとらしく頬を膨らませた。

「友達じゃなきゃ、慰めてくれんの?」

「困ったなぁ・・・そういう下心があって、三ツ谷くんのところに顔を出してるわけじゃないんだけど」

「下心ぐらい持てよ。こうやって餓鬼みたいに甘えてる俺が馬鹿みたいだろ」

「餓鬼というか、赤ちゃんみたいなんだけど」

がぶっとまた頬を噛まれた。噛み癖の凄い赤ちゃんだ。

「こういうことしても俺のこと見捨てないでくれるから、ちょっとは脈ありって思ってたんだけど」

「さっき拒否されると泣くって言われちゃったからなぁ」

「・・・脈、全然ない?」

「んー、有りだけど、自制心はちゃんと持ってるから無しにすることも出来る」

「無しにすんなよぉ・・・」

ぎゅっと抱き着かれて、ぐりぐりと頬ずりをされる。時折ずずっと鼻を啜る音が聞こえるから、もしかしたら泣きそうなのを必死で誤魔化しているのかもしれない。


「意地悪なこと言ってごめん。けど、こういうのは勢いに任せちゃいけないから」

「・・・勢いじゃねーし」

少し強めに両頬に手を添えられ、少し涙目で鼻が赤くなっている三ツ谷くんが真っ直ぐ僕を見た。


「昔からお前のこと、いいなって思ってた。けどお前普通に女の方が好きだったし、ただでさえ俺が不良なせいで迷惑かけてたのに、気持ち伝えて迷惑かけるの嫌だなって」

確かに中学までの三ツ谷くんはバリバリの不良だった。授業態度とか部活動できちんと評価はされていても、髪色やピアス、夜中の暴走族活動は列記とした不良のソレで、慣れていない人達からは一定の距離を置かれていた。

学校の外に出れば不用意に三ツ谷くんに近づきはしなかった。何故なら東京卍會の三ツ谷隆の友人という肩書は、東京卍會を良く思っていない不良たちからすれば恰好の餌だったからだ。

三ツ谷くんは最大限こちらを気遣ってくれた。まさかその気遣いに僕への気持ちも含まれているとは知らなかった。


「ちょっとずつちょっとずつ、試したんだ。何処までならお前が許してくれるかって。軽いスキンシップとか、俺が作った料理食わせてみたりとか、いろいろ」

「試されてたかぁ」

「・・・なぁ、駄目か?俺がお前のこと好きでいるのが駄目なら、ちゃんと言ってくれ。諦められるように頑張るから」

潤んでいた三ツ谷くんの目からぽろりと涙が零れて、そこからぽろぽろと涙が流れ始めた。

「頑張れるの?」

「が、んばる」

「今も凄く泣いちゃってるのに、頑張らせたら三ツ谷くん脱水しちゃうかもね」

服の袖を三ツ谷くんの目元にあてながら言うと、三ツ谷くんがこちらを少し睨んだ。


「・・・揶揄ってるか?」

「まさか。けど、皆の人気者な三ツ谷くんが昔から僕を好きなんて、変な話だなって」

「人の恋心を変な話って言うんじゃねーよ」

「ふふっ・・・ほら、泣かないで、目が腫れちゃうから」

「泣かせてんのはお前だ」

「ごめんね。うん、ごめん」

「・・・そのごめんは、そういう意味?」

「・・・変な意地悪言ってごめんねって意味の、ごめん」

「はっきり言えよ」

三ツ谷くんに見つめられ、僕は少し笑った。


「有りにしちゃいたいなってぐらいには、自制心が揺らいでる」

「・・・そのまま自制心ぶっ壊してやるから覚悟しとけ」

そう言うと三ツ谷くんが噛みつくようにキスをしてきて、僕は宥めるようにその背中をぽんぽんと撫でた。





はっきりしない恋もある





「男なら曖昧な返事じゃなくてビシッと返事しろよ」

「・・・ビシッと返事していいの?」

「・・・なんかなんやかんや理由付けて断ってきそうだから、断れない状況になってからビシッと言って欲しい」

「大人になるとはっきり言葉にするのが怖くなるから不思議だよね」

むすっとした三ツ谷くんを撫でると、無言で抱き着かれた。



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