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「憂太にプレゼントをあげたいの」

歳の離れた妹は、頬をじんわり赤くしてはにかんだ笑みを浮かべて俺を見上げていた。

憂太くんとは、近所に住む里香と同い年の男の子。里香のお気に入り。


「プレゼントって、もうすぐ憂太くんの誕生日なのかい?」

「うん、誕生日」

こくんこくんと頷く里香の頭を撫でて「じゃぁ明日、買いに行こうか」と言えば、妹は嬉しそうに笑って頷いた。


まだ小学生だというのに、やっぱり女の子は精神面でいえば男よりよっぽど成長が早いようだ。里香は既に、一人の女として憂太くんを好いている。

兄としては複雑な気持ちだけれど、里香が本気で好いているというなら邪魔するよりも応援してあげたい。


翌日の日曜日に里香を連れて雑貨屋に行けば、里香は真っ先にソレを手に取った。

「それがいいの?」

「うん、これがいい。だって、憂太へのプレゼントだもの」

大事そうにソレを握り締めている里香に複雑な気持ちになりながらも「じゃぁ、お兄ちゃんも少し手伝ってあげる」と妹の手持ちのお小遣いじゃやや足りないソレ・・・指輪の代金を支払った。


子供の指には随分と大きい。本当にそれでいいの?と聞けば「憂太もきっと、お兄ちゃんみたいに大きくなるから」という返事が返ってきた。

大人になっても憂太くんと一緒にいられると信じて疑わないのだろう。将来のことまで見据えているなんて、我が妹ながら凄い子だ。この指輪は、言ってしまえば婚約指輪なのだろう。


「憂太、喜んでくれるかな」

「憂太くんなら喜んでくれるよ、きっと」

「お兄ちゃんがそう言ってくれるなら、絶対そうだね!」

里香と手をつないで歩く。あとどれぐらい、里香と手をつないで貰えるだろう。もう少し大きくなって思春期を迎えれば、兄であろうと拒絶されてしまうかもしれない。


「・・・里香がお嫁に行ったら、お兄ちゃん寂しいなぁ」

「ふふっ、ふふふっ!お兄ちゃんは寂しがり屋だもんね。いいよ、憂太にお願いして、お兄ちゃんを里香と憂太の家に居候させてあげる」

「居候なんて言葉知ってるんだ。里香は凄いね」

「でも居候するなら、里香のお手伝いちゃんとしてね」

「うん、うん。洗濯でも掃除でも頼んでくれていいよ」

俺の返事に里香は満足そう笑って、小さな紙袋の中の指輪ケースを見て笑みを深めた。


「早く大人になりたい」

「・・・ゆっくりでいいんだよ」

ひょいっと里香の身体を抱き上げる。長い道のりを歩いて疲れただろう里香は、紙袋を両腕に抱きしめて大人しく俺に抱っこされていた。



お悔やみ申し上げます。

もう何度その言葉を聞いただろうか。親戚、両親や自分の友人知人、それから・・・先日交通事故で亡くなった里香のお友達とその家族が、何度も何度も同じ言葉を投げかけてくる。

その中には、ぼんやりとした様子の憂太くんもいた。

憂太くんの握り締められた片手には、きっと里香がプレゼントした指輪があるのだろう。


「憂太くん、来てくれて有難う」

「・・・あ」

里香と最期に一緒にいたのは憂太くんだった。目の前で里香が轢かれて、きっと心に大きな傷を負ったはずだ。

生気のない表情をした両親から「休んできなさい」と言われた俺も、きっと両親と似たような表情をしていることだろう。両親の言葉に甘え、葬式場の端でぼんやりとしていた憂太くんを誘って外に出る。


「手に持ってるの、里香から貰った指輪かな」

「・・・そ、うだよ」

こくんこくんと頷く憂太くんの頭に手を置く。

「ごめんね。本当なら、葬式に来るのもつらかっただろうに」

「・・・ううん」

憂太くんの頭を撫でてから、その隣にしゃがむ。眠れていないのだろうか、憂太くんの顔いろは随分と悪い。


「名前お兄さん、あのね・・・」

「うん」

「里香ちゃんは、その、僕と・・・」

「うん」

「僕と、一緒にいる」

「・・・それは、里香の幽霊が憂太くんと一緒にいるってことかな?今も?」

憂太くんが勢いよくこちらを見る。俺は自分が情けない顔をしている自覚がある。

憂太くんは嘘を吐く様な子じゃない。・・・憂太くんが精神的に病んでそういう幻覚を見ている可能性もなくはないけれど。


幽霊なんていう眉唾な話に縋りたい気持ちが確かに俺の中にあるから、だからこそ憂太くんの言葉を信じたいと思った。

「う、ん。一緒」

「・・・そっか。里香、そこにいるの?ごめん、お兄ちゃんは里香のお兄ちゃんなのに、今の里香を見ることが出来ないんだ。声も、聞こえない」

震えている憂太くんの身体をそっと引き寄せ、抱き上げる。里香にしていたみたいに抱っこすれば、憂太くんは少し戸惑った後に俺の首に縋りついた。


「里香、憂太くんの言うことをちゃんと聞くんだよ。憂太くんをあまり困らせてもいけない。憂太くんが好きな里香なら、きっと出来るさ」

「・・・里香ちゃん『わかった』って言ってる」

「里香はたまに思いっきりがいいから、悪いことをしてしまったら憂太くんがちゃんと叱ってあげてね。・・・俺は、里香と憂太くんのことをずっと想っているから」

ずずっと憂太くんが鼻を啜る音が聞こえる。首のあたりが冷たい。

俺は憂太くんの頭や背中を撫でて、それから自分の視界もじわりと歪むのを自覚した。


あぁ、俺の妹は死んだのか・・・




―――六年後。

「あ、の・・・学校に行く前に、連絡したい人がいるんです」

特級被呪者である乙骨憂太は明日から呪術高専に通う。憂太の担任となった五条悟は、その言葉に首を傾げた。


「んー?別にいいけど」

携帯貸そうか?と悟が携帯を差し出せば、憂太は「有難う御座います」と戸惑いなくそれを受け取った。

相手の番号を暗記しているのだろう。つまずくことなくディスプレイをタップし何処かへ電話をかける憂太は大きく深呼吸をした。

ぷつっ、という小さな機械音と共に相手との電話がつながる。


「あ、あの・・・」

『憂太くん?』

「そ、そう、です」

『憂太くんなんだね?良かった・・・ネットニュースを見たよ、憂太くんが通ってるはずの学校で原因不明の重傷者が四名だって。あれから憂太くんと連絡が取れないなら、何かあったのかと』

「っ、えっと・・・」


『・・・歯切れが悪い。憂太くんが怪我をしたわけじゃないけれど、あのニュースの事件に関わっていた、ということでいいのかな。・・・里香かい?』

ごくりと憂太は息を飲む。そうだ、この人はいつもそう。憂太の言葉を信じてくれるし、その言葉を前提としていろんなところで察しがいい。

『・・・里香に伝えて貰っていいかな。スピーカーでもいい』

「は、はい」

憂太は言われるがままに通話をスピーカー状態にした。

当然、傍にいる悟にも聞こえるようになる。


『里香・・・「悪い子」だ。憂太くんにごめんなさいはしたのかい?もししてないなら、ただただ憂太くんを困らせたなら、今の里香は「悪い子」だ。「いいお嫁さん」じゃない』

電話の向こう側にいる彼は知らないだろう。

兄の冷ややかな言葉を聞いた里香が悲鳴のような声を上げて泣いているのを。憂太に縋りついて「ご、めんん、な゛さいぃ、憂太、ごめ、なさぃ」と謝っていることを。


『憂太くん、また何かあったら電話して欲しい。事情はわからないけれど、教えられる範囲がわかったら連絡するんだよ、いいね?』

「はい、はい・・・あの、名前さん」

『なんだい、憂太くん』

「里香ちゃん、泣く程反省してます。だから、その・・・」

『憂太くんが相変わらず優しい子だ・・・里香、聞こえるかい・・・もう怒ってないよ。里香、お前は俺の自慢だ。自慢の、可愛いくて愛しい妹だ。愛しているよ里香。憂太くんを守ってあげて。里香と憂太くんが無事なら、お兄ちゃんは幸せだから』

先程とはまるで違う柔らかな声色。その声にぎゅうぎゅうに押し込まれた愛おしいという感情が伝わってくるようだ。

やがて言葉は止み、それから『憂太くん、里香をお願いね』という言葉と共に通話は終了した。




妹が死んだ




「へぇ・・・驚いたね」

それまで静かに憂太と里香の兄であろう人物の通話を聞いていた悟は、素直な感想を口にする。

特級過呪怨霊である祈本里香については現在調査中であるものの、生前の家族構成については既に調べがついている。彼女の年の離れた兄である祈本名前が非術師であることも。

非術師であり、里香がこれっぽっちも見えていないはずの人間の言葉を、里香は聞き入れた。


「里香ちゃんは、お兄さんの名前さんのことが大好きだから・・・名前さんに叱られるのが怖いんです」

「ふーん」

「里香ちゃんのことは視えていないけど、それでも信じてくれた人で・・・僕のことも里香ちゃんのことも、ずっと大事に想ってくれてる」

「信頼してるんだ、その人のこと」


「・・・僕の、兄みたいな人ですから」

憂太がへなりと眉を下げて笑えば、その隣にいる里香もげらげらと笑った。



あとがき

・祈本名前
里香の年の離れたお兄ちゃん。五条先生に年が近い。
きっと誰より里香と憂太を愛し案じている人。
里香が成仏したと知れば、きっと「そっか・・・」と笑って、それから静かに泣くだろう人。
妹の花嫁姿が見たかった。

・憂太くん
昔はただの『里香ちゃんのお兄ちゃん』だったけど、今は自分の兄のように思っている。
里香ちゃんから婚約指輪を受け取った時に「お兄ちゃんは寂しがり屋さんだから、一緒に住んでいい?」と聞かれ「いいよ」と返事をした。
お兄ちゃんが寂しがり屋なのを知っているから、きっと海外に行くときに何かしらのアクションを起こすかもしれない。

・里香ちゃん
憂太のことが好き。お兄ちゃんも好き。
三人で暮らせたらきっととても幸せだと思っていたし、その未来が必ずあると信じて疑わなかった。



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