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目の前で女の子が転んだ。

涙ぐんでいるその子に「大丈夫?」と近づいて何とか泣き止んで貰おうとしていたら「津美紀から離れろ変態!」と背後からドロップキックをくらってしまった。

見ればランドセルを背負った男の子が全力で威嚇してきている。子供の力とは言えドロップキックは普通に痛いし、僕は痛む背中を軽く押さえつつ女の子から少し距離を取って無害をアピールする。


「驚かせてごめんね、この子が目の前で転んだから声を掛けただけだよ」

これ以上騒がれたら本気で僕がロリコン変態の扱いをされかねない。いまだに泣きじゃくってる女の子はどうやら膝を擦りむいてしまっているらしい。

僕は男の子から警戒されつつもポケットから出したハンカチを女の子に差し出し「これで傷を押さえておいて」と声を掛ける。こくこくと頷いた女の子は受け取ったハンカチで傷口を押さえた。

さて、此処から一番近い公園とコンビニは・・・


「おい・・・」

「あっ、ごめんね、君はこの子のお友達かな?お兄さんはちょっとコンビニで消毒液と絆創膏を買ってくるから、君はこの子と一緒に公園で待っててくれる?傷口を流水で洗っててくれると嬉しいな」

「・・・お前が泣かせたんじゃないのか」

「誤解させてごめんね」

どうやら誤解だとわかり、突然ドロップキックをしてしまったことに気まずさを感じたのだろう。少し俯いてしまったその男の子に女の子を託し、近くの公園へ行ってもらう。


小走りでコンビニに駆けこんで消毒液と絆創膏と、それからあの子たちを元気づけるためのチョコのお菓子を買い、急いで公園へと向かう。

公園のベンチに腰を降ろしていた二人。きちんと流水で傷口を洗ってくれていたらしく、僕は「お待たせ」と言って二人の前に膝をついてしゃがむ。

コンビニ袋から消毒液を出し「少ししみるけど我慢できるかな?」と問えば、女の子はこくんと頷いた。

女の子の傷口をそっと消毒して、絆創膏を張る。


「・・・よし、これで大丈夫。よく頑張ったね」

「有難う、お兄さん」

まだ涙目だけれど、ふにゃりと笑ったその女の子ににこりと笑い返しつつ、袋からチョコのお菓子を取り出す。

「はい、これは痛いのに一生懸命我慢したご褒美」

「わぁ!有難うお兄さん」

嬉しそうに受け取る女の子に心をほっこりさせつつ、今度は男の子の方を見た。


「君もどうぞ。君もよく頑張ったね」

「・・・俺、褒められるようなこと何もしてない」

「どうして?この子が悪い大人に酷いことをされてると思って、助けようとしたんだよね。相手は君よりずっと大きいのに、凄いなぁ君は」

「けど、蹴った」

「ふふっ、確かに痛かったなぁ」

「・・・ごめん、なさい」

じわりとその子の目に涙が浮かんだことに気付き、僕はその手にチョコのお菓子を握らせる。


「うん、謝ってくれたならもういいんだよ。君は優しい子だなぁ、自分の間違いを認められるし、誰かのために頑張れる」

「そうなの、恵はとっても優しいの」

男の子が褒められて嬉しかったのか、女の子が誇らしそうに言う。

「へぇ、君は恵くんって言うんだ」

「私は津美紀!」

「うんうん、津美紀ちゃんもきちんと自己紹介が出来て偉いね」

よしよしと頭を撫でれば、恵くんがじっと見つめてくる。もしかしてと思い恵くんの頭も撫でれば、恵くんは黙って頭を撫でられていた。どうやらこの対応が正解だったらしい。


「お兄さんのお名前は」

「あぁごめんね。僕は名前、すぐそこの附属高校に通ってるんだ」

お兄さんも座って!という津美紀ちゃんのご要望に合わせて、少し開いていた恵くんの隣に腰を降ろす。

聞くところによると、二人は姉と弟らしい。見た目は似ていないが、本人たちがそう言うならそうなんだろう。どんな家庭にも大なり小なり事情というものがあるのだから、無暗に質問する必要はない。


「高校生って何するの?」

「んー、小学校とあまり変わらないかなぁ。授業を受けて、昼ご飯食べて、放課後は部活動するぐらい」

部活動、という単語に興味がわいたのか、恵くんから「名前さんは何やってるの」と軽く服の裾を引っ張られる。

「僕はね、放送部だよ。お昼の放送とか、行事ではアナウンスを任されたりする」

「すごーい!アナウンサーみたい!」

子供らしい純粋な言葉に照れつつ「まぁ、将来はそうなりたいって思ってるよ」と笑って頷く。


「じゃあ将来、テレビで名前さんを見るようになるのね!楽しみぃ」

「そうなるように頑張るよ」

「・・・頑張って」

控えめに応援してくれた恵くんに「うん、頑張るからね」と返事をして、その頭をぐりぐりと撫でた。




「おーい苗字くん、準備はいいか?」

「あ、はい!」

読み込んでいた今日の原稿から顔を上げると、バンの中に顔を覗かせたスタッフさんが「初めてのロケで緊張してる?」といたずらっぽく笑う。

確かに凄く緊張している。けれど原稿は何度も読みなおしたし、何か問題があった場合はスタッフさん達もフォローしてくれると言っていた。僕は自分とスタッフさん達を信じていればいいんだ。

すーはーっと大きく深呼吸をして「大丈夫です、いけます」と笑う。


車から降りれば周囲は暗く、撮影場所である廃ビルの前だけがライトで照らされている。

このビルは近頃『真夜中に叫び声がする』『誰もいないはずなのに誰かいる気がする』と近隣住民に噂されている場所だ。

おそらく犯人はホームレスか肝試しを楽しむ侵入者だろうと言われているため、明日のニュースでは『近年差が広がりつつある所得事情』の短いVTRで使われたり、もしホームレスなどが見当たらない場合は同局の別番組が『噂のホラースポット』として紹介する予定である。最初にこの仕事を振り分けられた時は滅茶苦茶だなぁ、と笑ってしまったが仕事は仕事。

この仕事が上手くいけば、こんなよくわからないロケじゃなくて他の仕事も貰えるはずである。どんな小さな仕事もこつこつ熟そう、やるからには全力でやるつもりだ。

カメラの前に立ち、スタッフさんがカウントをする。


「こんばんは!新人アナウンサーの苗字名前です」

にこりと笑って挨拶。ニュースで使用される場合は僕の挨拶シーンはカットされる予定だ。

「見るからに怖い雰囲気のビルですが、所有者には既に立ち入りの許可が入っています。早速中を拝見してみましょう」

予定通りまずは僕が敷地内に一歩足を踏み入れる。それにしても気味の悪い分行きのビルだ。仕事じゃなければ絶対に近づかないだろう。

ぞろぞろとカメラさんやスタッフさんもやってくる。


「真夜中になると誰もいないはずなのに話し声や叫び声が聞こえる、という噂があります。はたしてそれは本当なんでしょうか」

カンペでスタッフさんが「もう少しリラックス」と伝えてくる。どうやら表情が少し硬くなってしまっていたらしい。

務めて自然な笑みを浮かべ、一歩一歩歩く。

その時、ふとひやりとした風を感じた。

え?と声を上げる間もなく、バチンッという音と共にスタッフさんが持っていたはずの照明が消える。


突然の出来事に他のスタッフさんたちも困惑の声を上げる。しかしその声は、次第に悲鳴へと変わった。

真っ暗で何もわからない。何が起きているのだろう。

その場から動けない僕は、何かから逃げ惑うように叫びながら走る誰かとぶつかって床へと倒れ込む。


「化け物!化け物だ!」

化け物?と思いつつ起き上がろうとするが、どうやら足を挫いてしまったらしい。足を押さえながらゆっくり立ち上がろうとすれば・・・何かの吐息を顔のすぐ近くに感じた。

何だ、今僕の目の前には何がいる?

「そのまま動かないで!」

この場にいるはずのない、若い、子供の声。

驚きながらもその通りにしていると、目の前からその何かがいなくなった。

激しいうめき声のようなものと、犬の唸り声のようなものが聞こえ、最後には何も聞こえなくなった。

暗くて何も見えなかったが、少しずつ目が暗闇に慣れてきた。


「わっ・・・」

自分のすぐ傍にカメラマンさんが白目の状態で気絶している。少し離れた場所にいるのはおそらくスタッフさんたちだが、どんな状態なのかはわからない。

僕に声を掛けた声の主は・・・


「え?あれ?恵くん?」

「は?名前さん?」

相手も初めて僕の正体に気付いたのだろう。ぽかんとしている恵くんに近づこうとすると、ぐにゅっと何かを踏んだ。

え?と下を見れば、そこには巨大な芋虫の身体に人間の手足がめちゃくちゃに付けられたような、変な生き物が絶命していた。

吃驚し過ぎて「わっ!?」と声上げて恵くんに飛びつくと「ちょっ、名前さん!」と抗議の声が上がった。



その後、よくわからない黒服の人たちが数名現れ、気絶したスタッフさんたちを何処かへ連れて行った。恵くん曰く、命に別状はないものの専門の人に治してもらう必要があるらしい。

どうやら僕は間一髪、何もされていない状態のまま恵くんに救われたそうだ。

「恵くん凄いね、何時からそんなゴーストバスターみたいなことしてたの?」

「ゴーストバスターって・・・まぁ、結構前から」

どうやら恵くんはあの廃ビルにいた変な生き物を退治するためにやってきたため、無事に退治した今は多少の時間があるらしい。

コンビニで買ったホットコーヒーと肉まんを恵くんに差し出せば、恵くんは「どうも」とそれを受け取る。

恵くんと最後に会ったのは何時だったっけ。高校卒業後はすぐに大学に行って、アナウンススクールにも通って、なかなか恵くんや津美紀ちゃんと会えなかった。


「津美紀ちゃんは元気?」

「・・・まぁ」

「・・・何かあった?」

恵くんの返答が可笑しいと思い聞けば、津美紀ちゃんは数年前から寝たきりらしい。何があったかまでは恵くんが言おうとしなかったため、深くは聞かない。けれどそうか、そんなことになってたのか。


「名前さん、アナウンサーになったんですね。おめでとうございます」

「有難う。といっても、新人だから大した仕事はないんだけど。今日も初めてのロケで」

「初めてのロケが心霊スポットって、どうかと思います」

「ははっ、これも仕事だから」

あぁそうだそうだと胸ポケットから名刺を取り出して恵くんを渡す。


「はい、僕の名刺。連絡先も載せてるから、よければ連絡して。今日のところは肉まんとホットコーヒーぐらいになっちゃうけど、次回はしっかりお礼がしたいから」

「別にいいですよ」

「いいから。お礼をしたいというより、恵くんとご飯に行きたいだけだから」

「・・・まぁ、そういうことなら」

少し照れたように頬をじんわり赤くする恵くんの頭を撫でる。


「それにしても困ったなぁ、多分今回のことはニュースには出来ないだろうし」

「おそらくこちらから局には連絡が行くと思います」

「はは、初ロケはなかったことになっちゃったけど、初ロケで死んじゃうよりはマシか」

次のチャンスを何とか掴まないと。頑張らないとなぁ、と思う僕に、恵くんが「あの」と声を掛けてくる。


「俺、名前さんをテレビで見れるの、楽しみにしてます。津美紀も見たがってから、出る時は事前に連絡してください。録画するんで」

「・・・うん、有難う恵くん」

相変わらず優しくていい子だなと思いながらもう一度頭を撫で、ついでとばかりに抱きしめてみた。

少しやり過ぎたかなと思ったけれど、特に拒否はされなかったため問題はないだろう。




心霊スポットからお届けします




「・・・また心霊スポットでロケですか?」

「いや、今回は季節外れの蛍の目撃情報があるから、撮影してこいって言われて・・・」

「無事で良かったです」

「うん、僕もスタッフさんたちも何とか無事」

黒服の人たちにスタッフさんたちが連れていかれる光景にデジャブを感じつつ、僕は引き攣り顔の恵くんの頭を撫でた。



あとがき

何故かロケで行く先行く先に呪霊がいるけど、運よく毎回無傷な新人アナウンサー主とそんな主のせいで胃がキリキリする恵くんの話。

スタッフさんたちも呪霊のせいで酷い目に遭うけど、毎回命は無事。きちんと治療も受けて五体も満足。運がいいのか悪いのかわからない撮影チーム。



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