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好きな人がいる。その人のためだったら何だって出来る自信があるぐらい、その人が好きだ。

この気持ちは本来秘めておくべきものだけれど、好きな人は察しが良くて僕の気持ちもお見通しだった。

揶揄うように笑うその人に照れながらも「君が好きだよ」と告げれば、明確な返事こそ返ってはこなかったけれど僕はそれでも良かった。





「手を貸して、名前」

「・・・勿論だよ、夏油くん」

血に塗れた好きな人の後ろには、見知らぬ子供が二人。任務先で何かがあったのだろうか。


そう遠くない場所で別の任務にあたっていた僕を呼び出して、僕を送ってくれた補助監督の人はあっという間に気絶させられた。

好きな人を汚す血は、一人二人のものではない。きっともっと多い。

「非術師を殺したんだ。村一つぶん」

「・・・どうしてか、教えてくれる?」

「猿に生きる価値はないからだよ」

貼り付けたような笑みを浮かべる好きな人。僕は数拍置いてから「そっか」と頷いた。


それから多くは聞かなかった。ただ夏油くんが望むままに夏油くんを匿って、高専での生活の傍らで必要なものを揃えて・・・

最初はこちらを警戒していた子供二人は、いつの間にか「名前お兄さん」と僕を呼び始めて、わかりやすくこちらに懐いた。夏油くんがそれを微笑ましそうに見つめてくるから、僕はそれを受け入れた。


夏油くんは宗教団体を一つ乗っ取って、そこの教祖になった。教祖になった夏油くんの隣には、変装をして呪具で呪力を覆い隠した僕が立つ。いけないこととはわかっていても、隣に立てることが嬉しかった。

利用されているだけなのかもしれない。夏油くんは僕のことなんか好きじゃなくて、僕という存在が便利だから使っているだけなのかもしれない。

けれどそれでもいいんだ。だって、好きな人がそうして欲しいと望むなら、そうしてあげたいんだから。



「名前、ご褒美は欲しくない?」

「ご褒美?」

「私のために今日だけで非術師を五人も殺してくれたじゃないか。高専側とこちら側、二重の生活は大変だろう?君を労わりたいんだ」

二人きりの部屋でにこにこと笑う夏油くんに僕は少し笑みを返す。


「ご褒美なんて・・・僕は君が望んでくれるから、そうしてるだけだよ。君が好きだよ、夏油くん。君がいてくれるならそれでいいから」

それだけ返事をして、僕は『ご褒美』を辞退した。見返りが欲しいから尽くしているわけじゃないから。ただ、好きな人のためだったから。

「君は、一度も私に何かを望んだことはないね」

「望む前に叶ってしまうから。君に拒絶されずに、君を想うことが黙認されていることが嬉しいんだ」

「ふぅん・・・君の愛は、献身的だね」

献身とは少し違う気がする。僕が勝手に満足しているだけだから。

僕は曖昧に笑って、夏油くんのために用意した新しい着物を衣装棚に仕舞った。







「お前、傑と繋がってるだろ」

「・・・バレたか」

五条くんにバレた。五条くんにバレてるなら、家入さんにもきっとバレているだろう。


「スパイのつもりか?」

「高専の情報を夏油くんに流したことはないよ。けれど、どちら側かと聞かれれば僕は夏油くん側だから、夏油くんが望むなら自爆テロぐらいなら簡単に起こせるよ」

「相変わらず傑に対する愛が重過ぎんだよ、馬鹿」

ぎゅっと眉を寄せながらも努めて静かに言う五条くんに「ごめんね」と謝る。


「・・・どうせ傑側に付くなら、最後まで傍にいろよ」

「うん、そのつもり」

僕はその日、五条くんに見逃される形で高専を離れることになった。

離れた後は勿論夏油くんのもとへ行き、高専に居られなくなったことを伝えた。夏油くんは笑っていた。

五条くんも家入さんも、夏油くんを殺したくはないだろう。村一つを滅ぼして、今でも非術師を殺し続けている呪詛師だけれど、見知らぬ人間たちとよく知る友人だったら友人を取る。それが簡単に出来るほどイカレてるのが呪術師だ。


「じゃぁ今日から、君は正真正銘の呪詛師なんだね」

「規定を破っているから、正真正銘の呪詛師だね」

「私と一緒だ」

「一緒だね」

「君が私を好きになったばかりに、君は呪詛師になったんだ。好きになった相手が私で、後悔してないかい?」

そう言葉にする夏油くんの瞳が少し揺れている気がして、僕は笑った。

「好きな人とお揃いって、少し憧れるよね」

「お揃いで呪詛師って、イカレてるなぁ」

「いいんだよ。僕が最期まで君と一緒にいられる称号がコレなら、それで」

「・・・愛が重い」

「五条くんにも言われた」

そんなに重い?と聞けば、夏油くんは真顔で「重い」と言った。そうか、重いのか。




教祖として団体の規模を広げて、複数名の呪詛師を仲間として引き入れて、夏油くんはついに高専に向けて犯行声明をした。

最初の離反からもう随分と経った。僕も夏油くんも大人になって、僕は大人になった今でも夏油くんが好きで、相変らず夏油くんからの明確な返事はない。

当然五条くんも家入さんも大人になって、なんと五条くんは高専の教師になっていた。人って将来どうなるかわからないものだ。


「手を貸して、名前」

「勿論だよ、夏油くん」

離反したあの日のように夏油くんが僕を望んでくれる。それだけで僕は頑張れるんだ。


百鬼夜行と称したテロ行為が始まる。高専側の呪術師が複数名こちらを迎え撃とうとする。呪詛師としての力は夏油くんが一番、その次に僕・・・夏油くんが高専を襲撃する間、僕は街で他の呪詛師たちのサポートに奔走した。

けれどなんとなく嫌な予感がして、メインである五条くんの足止め役は仲間のミゲルに全て任せて途中で離脱してしまった。ミゲルには悪いことをしたけれど、ミゲルの実力は折り紙付きだ。きっと死ぬことはないだろう。



「夏油くん」

高専にたどり着いた時、既に殆ど決着がついていた。

まさか高専に残っていたひよっこ呪術師の中に、夏油くんどころか五条くんにも匹敵しそうな規格外の呪術師がいるとは思わなかった。

純朴そうなその子によって片腕を吹き飛ばされていた夏油くんは、よたよたと歩いていた。


「あぁ、名前・・・見ての通りだよ」

へなりと眉を下げて笑う夏油くんを抱き寄せて、そのまま抱える。

「ふふっ、酷い顔だ」

腕の中から僕の顔を見上げている夏油くんは、こんな大怪我を追っている癖に揶揄うように笑っている。

夏油くんを抱えて歩く僕がやがて出会ったのは、むすっとした顔の五条くん。


「・・・傑側につくなら、ちゃんと傍にいろって言っただろ」

「五条くんがなかなか逃がしてくれなかったのが悪い」

僕の腕の中にいる夏油くんを見て、五条くんは更に顔を顰める。

「死にかけじゃん」

「やぁ悟。死にかけてるよ」

「お前はお前で死にかけの癖に軽すぎんだろ」

本当にそう。夏油くんは本当なら喋るのも辛いはずなのだから、あまり喋らないで欲しい。


「前々から思ってたけど、惚れた弱みにしてもやり過ぎだろ。傑も傑で、利用しまくりだし」

「ほら私、愛されてるから」

何やら自慢げに言う夏油くんを抱えたまま「五条くん」と呼びかければ、呆れた表情を浮かべていた五条くんがこちらを見る。

「どうみてもこちら側の負けだ。五条くんが此処に来たのは、夏油くんと僕の始末ってことでいい?」

「確かに殺せとは言われてる」

「逃げてもいい?」

「逃げれると思ってる?」

「夏油くんを死なせたくないんだ。それが出来るなら、代わりに僕が死んだっていい」

「・・・イカレてんね」

また呆れさせてしまったらしい。


「縛りを結んでもいい。拷問を受けた後に処刑されても構わない。僕の命一つと夏油くんの命が釣り合うとは思えないけれど、だからこそ五条くんに頼みたいんだ」

「おい傑、このお前至上主義の大馬鹿野郎をどうにかしろ」

「長年此処まで一途に想われると満更でもない自分がいる。なんか稀代の悪女になった気分」

「お前死にかけの癖に今の状況楽しんでんな?」

大きくため息を吐いた五条くんは「向こうの車に硝子が待機してるから、とっとと行くぞ」とこちらに背を向けた。僕は一瞬押し黙り、それから腕の中の夏油くんをぎゅっと抱えなおした。





愛に正直すぎる男がいた





「悠仁、少し下がってごらん」

目の前の呪霊は特級には満たないが悠仁にはまだ荷が重い一級レベル。

それまで悠仁の動きを観察するように少し離れた場所に立っていた夏油は、耳に当てていた携帯を耳から離しスキニーのサイドポケットに仕舞うとそのまま一歩前に出た。


次の瞬間、夏油から放たれる呪霊の波。目の前の一級は呪霊の呑まれ、喰らわれ、絶叫する間もなく消滅する。

呆気ない最期に何とも言えない顔をした悠仁だが、すぐに気持ちを切り替えて「なぁ先生!」と夏油に近づいて行く。悠仁にはずっと気になっていることがあった。


「夏油先生って術式使う前に電話するじゃん。どして?」

「ん?あぁ、術式使用の許可を取ってるんだ」

「え?許可?」

悠仁が首を傾げながらそう口にすると、それに「そうそう!」と返事をしたのは夏油ではなく何時の間にか悠仁の背後にいた五条だった。


「傑、昔ちょっとヤンチャしちゃって、その代償で割と面倒な縛り交わしてんの」

「縛り?」

「名前が承認しないと術式使えないようになってるんだよ、私はね」

悠仁の頭の中に、よく高専の敷地内で会う苗字名前という男の姿が思い浮かぶ。

常に微笑んでいるような柔らかな表情が特徴的な、いかにも優しそうな男。

悠仁や他の誰かが声を掛ければ表情と同じように柔らかく対応してくれる、誰にだって好かれてそうなそんな感じの大人。あまり多くの言葉を交わしたことはないが、悠仁はあの柔らかな笑顔が気に入っていた。

そんな人物にわざわざ許可を取らないといけないなんて、許可は簡単に得られそうでも一々許可を取るのは面倒な気もする。


「あぁ因みに、名前はなかなか許可を出してくれないんだ。特に上層部に目を付けられそうな等級の呪霊は出さないように厳しく言われててね」

「えっ!それで夏油先生が危なくなったらヤバイじゃん」

あの柔らかな笑みのままに簡単に許可を出しそうだという悠仁の想像は簡単に裏切られる。悠仁を見守りつつのあの長電話は、どうやら許可の交渉のせいだったのかもしれない。


「『夏油くんが無茶をして今度こそ処刑されたら困るから、僕も許可を出す時は慎重になってるよ』っつってたし、傑はなかなか術式使わせて貰えないんだよねぇー。ぷぷっ、カワイソー」

「まぁ術式を使わなくても呪力操作でどうにかなるからね。縛りなんてあってないようなものだよ」

嘲笑う五条の脇腹に夏油の肘が入りかけるが、それは無限に易々防がれた。

「あ!でもさでもさ、要は許可が取れればいいんだし、代償って言う割には軽くない?」

「そうでもないさ。名前が死ねば私はもう二度と術式が使えないから、名前という存在はきちんと首輪の役割をはたしているよ」

「死・・・え?苗字さん死ぬと夏油先生の術式も使えなくなんの?ヤバイじゃん」

「この縛りは完全に私への嫌がらせでね。私や悟を殺すよりは、名前を殺す方が幾分楽だからね、ついでに私の術式も使い物にならなく出来たらラッキーって感じだろう」

「と言っても名前も一級だし、そう簡単には殺せない。だったら懐柔して傑を見捨てるように仕向けようって手を回す輩もいるよ。名前に見捨てられたら傑は一巻の終わりだからさ」

確かに名前が夏油を見捨てて『許可』を一切出さなくなれば、夏油の術式は失われたも同然となる。

悠仁が「えぇ・・・」と心配そうに夏油を見るが、夏油はにこにこと笑うばかり。


「名前は私を見捨てる?・・・ははっ!そんなことあるわけないじゃないか」

サイドポケットの中の携帯が震える。

夏油はそれを取り出し、画面の表示された名前にとろりと表情を緩めた。


「だって彼はどうしようもなく、私のことを愛しているんだからね」

何処かうっとりと、蕩けるような笑みを浮かべた夏油に五条は「おえぇ」と言って、直後に後頭部を殴られた。今度は無限を張っていなかったらしい。


「そこまで言うなら、とっとと名前の『愛』に返事をしてやれよ」

「我慢出来なくなって『見返り』を求めるのを待ってるんだよ。彼、一途の癖に奥手だからね」

二人の会話に目を白黒させた悠仁は「え?夏油先生とあの人ってそういう感じなの?」と困った声で呟いた。



あとがき

愛の力で夏油の死亡フラグを折った一途な男の話。
正しいろいろ縛りはある。夏油は名前の許可がないと術式が使えないし、実は名前は五条もしくは一級以上の呪術師(夏油以外)の同伴がないと高専の敷地外に出られない。
普段は高専の用務員さんみたいなことをしたり、高専敷地内にある職員寮で夏油のために美味しいご飯を作ってる。

夏油の腕はないままでも美味しいし、義手とか付けてても美味しい。



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