愛に正直すぎる男がいた「悠仁、少し下がってごらん」
目の前の呪霊は特級には満たないが悠仁にはまだ荷が重い一級レベル。
それまで悠仁の動きを観察するように少し離れた場所に立っていた夏油は、耳に当てていた携帯を耳から離しスキニーのサイドポケットに仕舞うとそのまま一歩前に出た。
次の瞬間、夏油から放たれる呪霊の波。目の前の一級は呪霊の呑まれ、喰らわれ、絶叫する間もなく消滅する。
呆気ない最期に何とも言えない顔をした悠仁だが、すぐに気持ちを切り替えて「なぁ先生!」と夏油に近づいて行く。悠仁にはずっと気になっていることがあった。
「夏油先生って術式使う前に電話するじゃん。どして?」
「ん?あぁ、術式使用の許可を取ってるんだ」
「え?許可?」
悠仁が首を傾げながらそう口にすると、それに「そうそう!」と返事をしたのは夏油ではなく何時の間にか悠仁の背後にいた五条だった。
「傑、昔ちょっとヤンチャしちゃって、その代償で割と面倒な縛り交わしてんの」
「縛り?」
「名前が承認しないと術式使えないようになってるんだよ、私はね」
悠仁の頭の中に、よく高専の敷地内で会う苗字名前という男の姿が思い浮かぶ。
常に微笑んでいるような柔らかな表情が特徴的な、いかにも優しそうな男。
悠仁や他の誰かが声を掛ければ表情と同じように柔らかく対応してくれる、誰にだって好かれてそうなそんな感じの大人。あまり多くの言葉を交わしたことはないが、悠仁はあの柔らかな笑顔が気に入っていた。
そんな人物にわざわざ許可を取らないといけないなんて、許可は簡単に得られそうでも一々許可を取るのは面倒な気もする。
「あぁ因みに、名前はなかなか許可を出してくれないんだ。特に上層部に目を付けられそうな等級の呪霊は出さないように厳しく言われててね」
「えっ!それで夏油先生が危なくなったらヤバイじゃん」
あの柔らかな笑みのままに簡単に許可を出しそうだという悠仁の想像は簡単に裏切られる。悠仁を見守りつつのあの長電話は、どうやら許可の交渉のせいだったのかもしれない。
「『夏油くんが無茶をして今度こそ処刑されたら困るから、僕も許可を出す時は慎重になってるよ』っつってたし、傑はなかなか術式使わせて貰えないんだよねぇー。ぷぷっ、カワイソー」
「まぁ術式を使わなくても呪力操作でどうにかなるからね。縛りなんてあってないようなものだよ」
嘲笑う五条の脇腹に夏油の肘が入りかけるが、それは無限に易々防がれた。
「あ!でもさでもさ、要は許可が取れればいいんだし、代償って言う割には軽くない?」
「そうでもないさ。名前が死ねば私はもう二度と術式が使えないから、名前という存在はきちんと首輪の役割をはたしているよ」
「死・・・え?苗字さん死ぬと夏油先生の術式も使えなくなんの?ヤバイじゃん」
「この縛りは完全に私への嫌がらせでね。私や悟を殺すよりは、名前を殺す方が幾分楽だからね、ついでに私の術式も使い物にならなく出来たらラッキーって感じだろう」
「と言っても名前も一級だし、そう簡単には殺せない。だったら懐柔して傑を見捨てるように仕向けようって手を回す輩もいるよ。名前に見捨てられたら傑は一巻の終わりだからさ」
確かに名前が夏油を見捨てて『許可』を一切出さなくなれば、夏油の術式は失われたも同然となる。
悠仁が「えぇ・・・」と心配そうに夏油を見るが、夏油はにこにこと笑うばかり。
「名前は私を見捨てる?・・・ははっ!そんなことあるわけないじゃないか」
サイドポケットの中の携帯が震える。
夏油はそれを取り出し、画面の表示された名前にとろりと表情を緩めた。
「だって彼はどうしようもなく、私のことを愛しているんだからね」
何処かうっとりと、蕩けるような笑みを浮かべた夏油に五条は「おえぇ」と言って、直後に後頭部を殴られた。今度は無限を張っていなかったらしい。
「そこまで言うなら、とっとと名前の『愛』に返事をしてやれよ」
「我慢出来なくなって『見返り』を求めるのを待ってるんだよ。彼、一途の癖に奥手だからね」
二人の会話に目を白黒させた悠仁は「え?夏油先生とあの人ってそういう感じなの?」と困った声で呟いた。
あとがき
愛の力で夏油の死亡フラグを折った一途な男の話。
正しいろいろ縛りはある。夏油は名前の許可がないと術式が使えないし、実は名前は五条もしくは一級以上の呪術師(夏油以外)の同伴がないと高専の敷地外に出られない。
普段は高専の用務員さんみたいなことをしたり、高専敷地内にある職員寮で夏油のために美味しいご飯を作ってる。
夏油の腕はないままでも美味しいし、義手とか付けてても美味しい。