×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





※一般企業就職時代。


「七海くんてさ、お酒苦手?」

「・・・いえ、そんなことはありませんが」

特に参加する必要性も感じない飲み会。忘年会というわけでも、何か大きな仕事が終わった後の打ち上げというわけでもない。前もって連絡があった催しでもなく、終業時間ぎりぎりに「今日は皆で飲みにいくよー!」と声を掛けられ、断る間もなく連れてこられただけ。

そんな飲み会を楽しめるわけもなく、最初に頼んだハイボールをちびちびと飲みつつ誰かが大皿で頼んだ串から外された焼き鳥を軽くつまんでいた私に、彼は声を掛けてきた。


「そっかぁ。あんまり飲んでないみたいだったからさぁ、苦手ならお酒以外も飲んでいいよーって伝えようと思って」

「それは、どうも」

軽く会釈をすれば、目の前の緩い笑顔の彼は「いえいえー」と緩い笑顔のまま首を振る。


彼自身が意識してやっているのかはわからないが、こういった飲み会の場では必ずと言っていいほど『浮いた人間』に声を掛ける。

初めての飲み会で戸惑う新入社員には「飲んでる?そう硬くならないで、お喋りしようか」と声を掛け、やや落ち込み気味の社員には「どーしたの?なんかあった?」と声を掛け、今の私のように誰とも話さず一人で飲んでいる社員には「飲んでるぅ?」と声を掛ける・・・

気遣い上手、というやつなのだろう。嫌な言い方をあえてするなら八方美人。彼は誰にだって親切で、誰にだっていい顔をする。


「よいしょっと、じゃ、僕も七海くんみたいにのんびり飲もうかな」

そのまま去って行くかと思えば、何故だか私の隣に腰をおろした彼が新たにジントニックを注文する。

ちらりと視線を向ければしっかりと目が合う。

「何か?」

「たまには七海くんとお喋りしたいなぁって。最近は新人教育で大変でしょ?あの人も酷いねぇ、七海くんが抱えてる案件の多さ知ってる癖に」

あの人とは勿論上司のことだ。

へらへら笑いながら「忙しい時はさ、仕事回してくれていいから」と言う彼は店員から受け取ったジントニックを一口飲んだ「わー、これジン多めだ」と軽く舌を出す。


「・・・お酒は苦手ですか?」

「あ、バレた?七海くんとお喋りしたいっていうのも本音なんだけど、あの人の傍にいると滅茶苦茶飲まされるから逃げてきちゃった」

確かに、上司は「もっと飲め!」と部下に酒を飲ませまくるタイプだ。・・・彼が酒が苦手なことを考えると、もしかすると今まで周囲を気遣ってあちこち声を掛けて回っていたのは、上司から少しでも離れて酒を回避するためだったのかもしれない。

気遣い上手で八方美人な彼のイメージがやや崩れる。


「あの人には言わないでね?酒が苦手だってバレたら『飲み続ければ慣れる!』って言って飲まされそうだし」

「でしょうね」

「今回の飲み会は突然過ぎたよねぇ。僕、今日は真っ直ぐ帰って映画見ようと思ってたのに。ポテチとコーラ用意してたんだけどなー」

ひょいひょいと焼き鳥を口に運びながら残念そうに肩を落とす彼は、どうやら私との会話を広げようとしているらしい。

彼を拒む理由もない私が「映画、お好きなんですね」と当たり障りのないことを言えば、口の端をタレで汚した彼が緩い笑顔で頷いた。

「うん。七海くんはどう?映画とか見る?」

「特には・・・テレビでロードショーを見るぐらいですね」

「ロードショーもいいよね。あぁいうのは人気映画ばっかりだから、ハズレも少ないし」

口が汚れていることに気付かない彼に新しいおしぼりのビニールを破いて中身を差し出す。意味が分かっていないのか、おしぼりに視線を向けた彼の顔が近づいてきた。

「口の端、汚れてますよ」

「あれぇ、ほんと?どっち?」

自然とため息が出る。

「こっちですよ」

なかなかおしぼりを受け取らない彼にしびれを切らし、そのまま彼の口の端に宛て、ぐいっと擦る。

んっ!と声を上げつつ大人しく私に口を拭われた彼は「ありがとー」と特に気にした様子もなくお礼を言った。


「七海くんさ、二次会参加する?」

「・・・二次会があるなんて聞いてませんが」

「あの人が一次会で返してくれるわけないじゃーん。ね、参加するの?」

「出来れば遠慮したいですね」

「じゃぁ僕と話合わせてよ。僕も早く帰って映画三昧したいし」

二次会には参加したくはない。彼に協力して二次会への参加を拒否できるなら、それに越したことはないだろう。

彼の言葉に了承すれば、彼は「やった」と手を軽く叩いて喜びを表現して見せる。

この短時間で分かったことだが、彼は案外子供っぽい。八方美人というよりは、誰にでも尻尾を振ってしまう犬のような・・・


「七海くん?」

「あぁ、いえ」

脳内で尻尾を激しく振る犬を想像しつつ、素知らぬ顔で返事をする。

どうやって二次会への参加を拒否するのかを彼から説明された後は、一次会が終了するまで二人で映画の話をしながら時間を潰した。

映画の話と言っても、話すのは彼の役目で私は相槌を打つばかり。それでも意味もなく酒を飲むよりも、上司の相手をするよりも、ずっとマシだった。


そして一次会が終わり、案の定店の前で上司が「よーし、じゃぁ二次会行っちゃおうかー!」と声を上げている。勘弁して欲しい。

「あ、すみませーん!僕と七海くん、抜けまーす」

緩い声が隣から響く。


「えー?苗字、今日付き合い悪いじゃん」

「実は今日、七海くんに僕おすすめの映画を見せてあげる約束だったんですよぉ。今夜は徹夜です」

「あっれー?苗字と七海ってそんなに仲良かったっけ?」

「今から大親友になるんですよー」

ぽんっと肩に手を置かれ「ねー、七海くん」と笑いかけられる。


「しっかたないなぁ。じゃ、苗字と七海は此処まで。お疲れー」

「はーい、お疲れ様でしたー」

「お疲れ様です」

それぞれ上司に挨拶をし、二次会へと向かう背中を見送る。


「上手くいったねぇ」

「案外簡単に抜けられるものですね」

「一人だけ抜けると場の空気読めない扱いされちゃうから、前もって約束してたんだって言って複数人で抜けると案外簡単なんだぁ」

有難うね七海くん、とお礼を言われるが、お礼を言うなら私の方だろう。

「調子に乗り過ぎて七海くんと僕は大親友になる予定になっちゃったけど、今から本当に一緒に映画見ちゃう?あ、拒否できるから軽い気持ちで返事してね」

冗談めかして言う彼がゆっくりと歩き出したため、釣られて隣を歩く。

飲み屋街から出ると道路沿いにはタクシー待ちの人々の姿が見え始めた。


「で、どう?僕ん家のソファね、ちょっといいやつなんだ。ふかふかで座り心地いいの。テレビもね、一人暮らしのやつにしては大きい」

「・・・終了予定時刻は?」

「僕は徹夜するけど、七海くんの終了予定時刻は七海くんが飽きて帰りたくなるまでかなぁ」

タクシー待ちの最後尾に並ぶ。私が「じゃぁ、お試しで」と言えば彼は「やったぁ」と軽く手を叩いた。やはりやや子供っぽく、犬っぽい。

彼と共に同じタクシーに乗り込み、彼の自宅であるらしいオートロックマンションの前で降りる。


「暗証番号はねぇ」

「折角のオートロックなのに、そう軽々番号を教えてどうするんですか」

「七海くんは悪用しないでしょ?それに、もし七海くんが一人で外に出て、部屋に戻れなくなったら困るじゃん」

そう言いながらあっさり暗証番号を私に伝え、マンションの中へと入った。

エレベーターで三階まで上がり彼の部屋に案内される。玄関の靴棚の上にはやや不細工な猫のような置物が一つ。

上がって上がって、という声に促され靴をそろえてから室内に上がると、リビングのテーブルには既にポテチの袋が並んでいた。

彼自慢のソファは座り心地が良く、テレビも大きい。

コーラのペットボトルを手に戻ってきた彼は「七海くんが好きそうなのあるかなー」と楽し気に映画のパッケージを幾つか手に取る。


「あ、これとかおすすめ」

「軽く内容を聞いても?」

「んー・・・これとか、ヒロインが結構ムカつくけど、最後は謎のすっきり感がある。嫌な奴が最後に酷い目に遭う話が好きならこれがおすすめ」

「割と性格悪いの薦めてきますね」

「冗談だよー。映画好きの間でもこれは好みが別れるから」

へらりと笑って別のパッケージを取り出した彼が「B級ホラーはどう?結構笑える。疲れてる時とかにおすすめ」「これは恋愛ものだけど、アクションシーンが凄い」と楽し気に映画を勧めてくる。

何でもいいですよ、なんて聞く人が聞けば癇に障りそうなことを言ったって、彼は「僕の腕が試されるってこと?緊張しちゃうなー」と緩く笑われる。

今のところ、彼自慢のソファも渡されたよく冷えたコーラもハズレはない。彼が「よし、これにしよう」と言ってプレイヤーにセットした映画も、きっとそう酷いものではないだろう。

セットし終わり私の隣に腰をおろしたかと思えば、ポテチの袋をばりばりと開く。間もなく始まった映画は、予想していた通りそう悪いものではなく、飽きることなく最後まで見ることが出来た。

映画の感想を軽く言い合った後、彼は当然のように次の映画をセットする。

ポテチが無くなれば今度はカップアイスが渡された。しょっぱいものの後に甘い物・・・これも飽きない。


「七海くん、飽きたら教えてね。お見送りするから」

「まだ飽きてないですよ」

「よかったー。これで七海くんと僕は大親友かなー?」

「さぁどうでしょうね」

「突然つれないこと言うじゃん。じゃぁ僕が勝手に大親友扱いしちゃおっと」

こつんっと彼の頭が私の肩に乗る。ちらりと視線を向ければ、にこりと微笑まれた。


「貴方が思う大親友は、こういうスキンシップを取るんですか?」

「さぁ、どうだろう。正直僕って友達少ない方だから」

「意外ですね」

「意外かなぁ?僕は当然だって思うよ。誰に対しても可もなく不可もない付き合いしかしてこなかったし。だから知り合いは多いけど、友達は少ない」

成程、彼自身にはきちんと『八方美人』の自覚があったらしい。今日は彼に対しての印象がどんどん覆される。

案外子供っぽくて、犬のようで、後は案外人間関係に対して少し冷たい。


「七海くんも友達少ないでしょ」

「失礼ですね」

「ごめんね。けど、事実じゃない?」

「・・・否定はしませんよ」

「やったー、じゃぁ僕のこと友達だと思っていいよ。大親友」

するりと腕に彼の腕が絡む。するすると手と手が重なって、軽く指が弄られる。


「・・・大親友になるには、もう少し回を重ねた方が良さそうだ」

「あ、じゃぁ次回も一緒に映画見る?それか、七海くんの好きなことでもいいよ」

「パン屋巡り、ですかね」

「パン派?僕は明太フランス好き」

私はカスクートですかね、と返事をしつつ絡んだ指に気まぐれに指を絡め返した。




貴方と僕は今日から大親友




何度も一緒に映画を見て、一緒にパン屋に足を運んだ。

会社を辞め、呪術の世界に戻った後も、彼との交流は続いている。

「建人ぉ、ポテチ買ってきてくれた?」

合鍵で扉を開けば、リビングの方から彼が顔を覗かせる。

手に持ったコンビニの袋を見せつければ「建人さっすがぁ」と駆け寄ってきた彼に抱きしめられた。それを軽く抱きしめ返せば、ぽんぽんと背中を撫でられる。

ほんの数時間前まで呪霊と戦っていた疲労感が和らいだ気がする。

「お疲れ?じゃぁ今日は心温まる明るい感じの映画にしようか」

指を絡めるように手を握られリビングへと引っ張られる。

この関係が彼の言う『大親友』なのかはわからないが、私にとって彼との時間は何より尊ぶべきものなのだと思う。



戻る