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最近、身の回りで怪奇現象が起きる。

例えばアラームをセットしておいたはずの目覚まし時計が部屋の隅で木っ端微塵になっていたり、そのせいで起きれなくて遅刻した俺を叱責した上司がその日のうちに階段から足を踏み外したり、部屋が暑いなと思っていたら勝手に窓ガラスが開いたり、帰りの電車に乗り遅れそうになったら謎の力に身体を押されてギリギリ間に合ったり・・・

害があるようなないような、微妙な怪奇現象。それでも、確かにナニカがいる。



「・・・おばけ、みたいな?座敷童・・・じゃ、ないか。目覚まし時計を木っ端微塵にする座敷童がいてたまるかよ」

ソファに深く座り、ちびちびビールを飲みながら考える。

まぁ霊感もない俺がいくら考えたって、この怪奇現象の正体なんてわかるわけがない。大きな危険がないなら、このままいつも通りに過ごすべきだろう。


「ん・・・めっちゃ近くにいるじゃん」

半分ほど減ったビールの缶をテーブルに置こうと腕を伸ばすと、とんっと何かに腕が当たった。どうやらテーブルにナニカが座っているらしい。テーブルに座るな、というマナー的な話はおばけには通用しないだろうしわざわざ口にはしない。

取り合えずナニカの身体が無いであろう右端に缶を寄せ、見えないとわかりつつも視線を動かす。


うーん、触れるということは実体はあるんだろうけど・・・

うんうん唸りながら手を伸ばすと、逆に手を握られる。手の大きさからして、相手は子供ではなく大人。筋張った感じからすると、男かもしれない。


握られていない方の手をもう一度伸ばすと、ぷにっと振れる。多分これは頬だ。

ふにふにと頬を揉み、それからゆっくりと顔の輪郭を確認するように手を動かす。口あたりに手が触れた時、べろっと指先を舐められて驚いた。

握られていた方の手がナニカに導かれ、頭らしきところに置かれる。さらさらの頭髪の感触。髪は長いようだ。


自由になった両手でナニカの頭部をしっかり確認して、首、肩、胸、と順々に触れた。

ナニカも俺の真似をするように、俺の顔や身体に触れている。

縫い目が多い。継ぎ接ぎ?肌はすべすべしているから、大人だけれどどちらかと言えば青年に近いのかもしれない。あと、服はちゃんと着てるっぽい。



「うーん?」

俺の真似をしていたナニカが腕らしき部分を俺の首に回す。多分抱き締められている。

相手は得体のしれないナニカだが、反射的に俺も抱きしめ返す。まるで喜ぶように頬ずりをされた。


ちゅっ、ちゅっ、と頬にされているのはキスだろう。何だ、俺はもしかするとこのナニカに物凄く好かれているのか?そう思うと、近頃の怪奇現象は全て俺を想ってのことなのかもしれない。

目覚まし時計の破壊は兎も角、俺を叱責した上司を階段から落としたり、わざわざ窓を開けてくれたり、電車に間に合わせてくれたり・・・



「んんっ」

キスは頬から口に移動して、唇を押し付けるだけではなくべろべろと舐められている感覚。キスというよりはもはや捕食のようなその感覚に思わず顔を背けようとすれば、がぷっと唇が噛まれた。・・・ちょっと痛い。


「んぷっ、噛むなよ、痛いだろ・・・んっ、口の中はやめ、んんんっ」

文句を言うためとはいえ無暗に口を開けてしまったせいで、ナニカの舌が口の中にまで侵入してくる。ずるずると唾液が啜られている気がするんだが、もしやこのナニカの主食は人間だったりするのだろうか。人食いの化け物だったりするのか?

思っていた以上にナニカは力が強く、逃げられる気がしない。

これは死んだか?とほろ酔い状態の頭で考える。あぁ死ぬのは困る、まだ買ってから読んでない文庫本が残ってるんだ。



「ぅ・・・けほっ、は、窒息するかと思った」

死を意識し始めた時、ちゅぷっとやけに可愛らしい音と共に口が解放される。

大きく深呼吸して空気が吸えることに感謝していると、雑に背中が撫でられた。おそらく介抱してくれているのかもしれないが、手つきが慣れていないし何なら雑過ぎて背中がちょっと痛い。


「あぁ、有難う。けどそもそもお前のせいで息が出来なかったんだが・・・ふぅ、まぁいいか」

見えない相手に何を言っても無駄な気がする。捕食されなかっただけマシだと思おう。

ため息交じりにそう自分を納得させ、残りのビールでも飲もうかなとナニカに抱きしめられたままビール缶に手を伸ばす。


「お、どーも」

俺が缶を掴む前に缶が浮かび、口元へと運ばれる。傾いたビール缶からごくごくとビールを飲むと、あっという間に空になった。

今日はもうこの一本で十分だな、と思った時、目の前でビール缶がグシャッと潰れた。そりゃもう、ぐっしゃぐしゃに。

あまりの光景に一瞬真顔になったが、すぐにあることに思い至る。


「・・・あー、俺がよく潰してるもんなぁ」

流しで軽く缶を漱いだ後、かさばらないように缶を軽く潰してからゴミ袋に入れている。ナニカはそれを見ていたのかもしれない。・・・ただ、缶を超圧縮状態になるほど潰したことはない。

「握力凄いな・・・」

今抱きしめられている腕に力が籠ったら、俺は簡単に潰れてしまうだろう。

やっぱり命握られてるなぁ、とほろ酔いの頭でも命の危機をばっちりと感じた。

元が缶だとは思えない状態になったソレはころんっとテーブルの上に転がされ、飲む物なくなったためかナニカが俺の膝上に乗り上げるように座ってきた。


「何だなんだ・・・お前は俺にどうして欲しいんだ・・・」

ちゅっちゅっと頬にキスをされながら問いかけても、返事はどうせ聞こえない。ナニカは喋れないのではなく、単純に俺が零感なせいで通じていないだけなのだろう。

「触れてはいるんだし、何かコミュニケーションできる方法があればなぁ」

おばけとか妖怪とかって人間の文字は書けるのだろうか。


「おわっ」

ソファに押し倒され、ナニカの下敷きにされた俺は「やめろよぉ」と緩く抵抗しつつもナニカが何なのかを取り合えず考え続けていた。









ソファに押し倒してからしばらく、自身の下で寝息を立て始めた人間にナニカ・・・真人はにんまりと笑った。

「不用心だなぁ。警戒心とかないの?俺がその気なら、すぅーぐ殺されちゃうのに」

今日はお疲れ気味で酒も入っていたから、眠りに入るのは一瞬だったのだろう。

すぴすぴ寝息を立てながら眠る呪霊を目視できるだけの呪力もない弱い弱い人間が、真人はお気に入りだった。


普通これだけ怪奇現象が続けば怖がったりするはずなのに、その人間がしたことといえば『考える』ただそれだけだった。

怯えたり誰かに相談するでもなく、ぼんやりとそれを受け入れた。

警戒心がないのか肝が据わっているのかはわからないが、真人にはそれが面白く見えたのだ。


観察がてらよく一緒に行動して、たまにその人間を手助けするような行動を取ってみた。するとどうやら彼は真人を怖がるどころかある程度感謝しているらしい。

なんて馬鹿で可愛いんだ!と思わず笑ってしまったし、自分の存在をもっとしっかり知らせたいと思うようになった。

だから身体にべたべた触れることも許したし、つい最近学んだハグやキスを実践した。ハグはきちんと返してくれたが、どうやらキスはあまり長くすると窒息しかけるらしい。真人は「人間って脆いなぁ」と大きなため息を吐いた。


「名前、今日はゴミ捨て場でお前に嫌味を言ってきた近所のおばさんを退治してやったよ」

真人の声なんてこれっぽっちも聞こえていないであろう耳にそっと唇を寄せて、今日の報告をする。

「名前のゴミ袋に弁当がらが多いってだけで、いろいろ言ってきたよね。名前『人の生活に口出ししないで欲しいよなぁ』ってぼやいてたもんね。大丈夫、あのおばさんの口を縫い付けてやったから、もう喋れないよ」

聞こえてないから褒めても貰えないだろうが、真人は毎日こうやって報告をする。


「名前は俺に感謝した方がいいよ」

半開きの唇にちゅっとキスをする。キスは好きな相手にするものだから、お気に入りの人間にしたって別に可笑しいことじゃないと真人は思っている。それに名前も、窒息しかけただけで真人からのキスは嫌がってはいなかった。

真人は名前が自分を受け入れてくれていることがなんだかとても愉快だった。


「名前は俺の宝物。誰にも教えてやらない、俺だけの宝物」

胸に耳を当てれば、とくんっとくんっと心臓の音が聞こえる。他の人間の心臓なら容赦なく止めてしまうが、名前の心音なら聞き続けてやってもいいなと思えた。

真人は無為転変で自身の身体を少し弄り、身体をどろりと蕩けさせる。

どろどろとした真人の身体は名前をすっぽりと寝袋のように包み込む。


「ん、んん・・・」

少し身じろぎする名前に「おやすみぃ、名前」と声を掛け、真人は名前の身体を包んだまま必要もないのに眠るように目を閉じた。





見えないナニカとの生活





「うっ・・・金縛り?」

目が覚めると身体がちっとも動かなかった。金縛りというか、全身をぐるぐる巻きに拘束されている気分。

「・・・わぷっ、何だ、お前か」

突然キスをされた感覚に、俺の身体を覆っているのが昨晩のナニカだとわかる。昨晩は人の形をしていたのに、今はすっぽりと俺の身体を包み込んでいるらしい。・・・このまま捕食されても可笑しくなさそうだ。

起きたいという意思表示をするために身じろぎすれば、案外あっさりと解放された。


「・・・あー、今日は缶ビンを捨てる日か」

昨日は近所のおばさんに会ってしまい嫌な気持ちになったから、ゴミ捨て場に行くのが億劫だ。

「ん?なんだなんだ」

げんなりしていた俺の頭をよしよしと撫でたナニカがぎゅっぎゅっとハグをして、やがて俺の腕を引いた。

「げんなりする暇があったらとっととゴミ捨てろってことか?わかったわかった、ちゃんと行くよ」


台所のゴミ袋を掴んでゴミ捨て場に行けば、ラッキーなことにおばさんに遭遇することはなかった。あぁ良かった良かった。



あとがき

警戒心とか危機管理能力とかが少し足りない非術師な男主と真人の話。

真人は男主に付きまとうようになってから男主の面白さに気付いたが、そもそも男主に近づいたのは真人が男主に一目惚れしたから。一目惚れしたし面白さに気付いたしでもっと好きになった。だから宝物。

いつか筆談とかするようになるし、スキンシップはどんどんエスカレートする。



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