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※呪術×刀剣。


猿がいる。

小さい、幼稚園生ぐらいの猿。


猿は迷子なのかきょろきょろと周囲を見渡し、それから近くにいた私を見上げて首を傾げた。不思議そうな、口を半開きにしながらこちらを見つめてくる。

無視したってよかったが、泣かれれば鬱陶しい。仕方なしにしゃがんで「迷子?お母さんかお父さんは?」と問いかければ、猿はぱっちりした目を数度瞬かせた。



「名前、まいごちがう。まいごなのはおじいたん」

「・・・おじいちゃんと来たのかい」

こくんっと頷いた拍子に、もちもちの頬が揺れた気がした。

一度目につくと段々と目が離せなくなる。


「ん。なぁに、名前のほっぺになにかごよう?」

「あ、いや・・・」

ぷにぷにと、気付けば猿の頬を人差し指で触れていた。驚きの柔らかさ。は?これ、うっかり破れてしまいそうなぐらい柔らかいぞ。なんだこのほっぺは。

猿は不思議そうにしながらも大人しく頬を突かれている。もしかすると慣れているのかもしれない。

試しに両掌で触れてみた。・・・もちもちだぁ。

両側から軽く押しただけで、猿の唇がぷちゅっと突き出てくる。


「んー」

「こらこら、涎が出てるよ」

私が頬を押し潰している状態で喋ろうとしたから、口からとろっと唾液が溢れでる。

仕方なしに頬から手を手を離してハンカチで唾液を拭いてやった。


「おじたん、あいがと」

「・・・この猿ぅ」

「おさるさん?」

「お兄さん。私はお兄さんだよ、わかるね?」

ぷにぷにぷに!っと頬を連打しながら訂正すれば「おにーたん」と呼ばれた。まぁこのぷにぷにほっぺに免じて許してやろう。



「おじいちゃんのお名前はわかる?きっとおじいちゃんも君を探してるよ」

駄目だ、頬をぷにぷにする手が止まらない。

猿から祖父の名前を聞き、今日来た信者たちの情報を頭の中で確認する。・・・信者ではなさそうだ。


「此処へは何をしに来たんだい」

「おさんぽ!おじいたんがね、おばあたんとけんかしちゃって、おうちかえるのおっくーなんだって」

「・・・億劫なんて言葉、よく知っていたね」

成る程、信者じゃなかったか。それでも猿は猿、そのぷにぷにほっぺに免じて見逃してやるが、いつ苛立ちが勝ってしまうかわからない。この猿の祖父を早々に見つけて、この場から追い出さなければ。


「んふふっ、おばあたんがね、名前はかしこくっていいこってほめてくれるの。
名前、おててつかわなくても、たしざんもひきざんもできるの」

「・・・へー、それは凄いなぁ」

猿の手を引き、取り敢えず敷地内を歩く。・・・この猿、足遅いな。仕方ない、腕に抱いて移動するか。

ひょいっと持ち上げると思った以上に軽い。は?これ中身詰まってるのか?出会った当初の美々子と菜々子より軽いってどういうことだ。


「おにいたん、ちからもち」

「君が軽すぎるんだよ」

「きみっておなまえじゃないよ、名前だよ」

「はいはい、名前名前」

何が楽しいのかにこにこ笑っている猿を抱いたまま歩いていると、遠くの方から「名前ー!」と呼ぶ声がした。見れば、一人の筋骨隆々な老人が男泣き状態でこちらに走って来ていた。

・・・猿の名前を把握していなかったら、敵と勘違いして撃退していたかもしれない。



「名前ー!おじいちゃんから離れちゃいかんと言うとったじゃろー!ワシもう心配で心配で!」

「おじいたーん」

「ひえぇ、孫が只管に可愛い」

「おじいたんあのねー、このおにいたんがね、いっしょにおじいたんをさがしてくれたの」

「おぉ!孫がお世話になりました。何とお礼を言ったらいいのかっ!」

只管に暑苦しい。何だその筋肉、何に使ってるんだ。


「うちの孫はそれはもう可愛くて可愛くて!いなくなってしまった時はまさか神隠しにでも遭ってしまったのかと・・・」

猿を手渡せば老人はおいおいと男泣きしながら猿を抱きしめた。


「おじいたん、なかないでぇ」

「なんて優しい子なんじゃぁ!」

いい加減にしろ、暑苦しい。

「無事に再会できてよかった。それでは私はこれで」

「ややっ、失礼しました!孫を助けていただき有難う御座いました!」

「おにいたん、ありがとぉー!」

苛立ちを笑顔で押しとどめて立ち去ろうとする私に、暑苦しい老人の声と猿の無邪気な声がかかる。

ちらりと猿を見れば、猿はにこにことした笑顔で手を振っていた。


・・・まぁ、今回のところは見逃してやるか。




その日出会った子猿の話




「ねぇおじいたん、あのおにいたん、くろいもやもやがいっぱいだったね」

祖父に抱かれた小さな子供は、祖父から買って貰ったジュースをくぴくぴ飲んでからそう言った。

目に入れても痛くない程に可愛がっている孫の言葉に、祖父は「そうじゃなぁ」と笑う。


「けど、名前には優しくしてくれたんじゃなぁ。なら、ワシは何もせんよ」

「おばあたんおこるかなぁ?」

「怒りゃせよ。ワシらの仕事は呪詛師の討伐ではなく・・・歴史修正主義者共の討伐じゃからなぁ」

敵の名を呟くその瞬間、祖父の目には強い光が宿る。

怒り狂う寸前のような、嘆き悲しむ寸前のような、激情を押し込めたような瞳。

ジュースをくぴくぴ飲み続けている子供は、飲み口から顔を上げるとにこりと元気に笑う。


「しそー、でてた!」

「そうじゃなぁ、寂しいのぉ。けれどそういう未来もある。ワシらが出来ることはない、住む世界が違うからのぉ」

祖父がそう呟いた瞬間、目の前にゲートが現れる。

ゲートをくぐる寸前、子供はその腕の中から後ろを見た。


「おにいたん、ばいばい」

その言葉と共に、ゲートは閉じた。



あとがき

・もちもちほっぺの孫
祖父の本丸で健やかに育っている、魅惑のほっぺの持ち主。
黒くもやに囲まれた死相のあるお兄さんと出会った。
ばいばいおにいたん。

・おじいたん
筋骨隆々な戦闘系審神者。年老いてなお現役。
脳筋で暑苦しくて声もデカくて煩いが、戦況を読む際は意外と頭の回転が良い。
妻の尻に敷かれ気味。
・・・愛する娘とその夫を歴史修正の影響で亡くした。残ったのは霊力の強い孫だけだった。

・おばあたん
愛する娘夫婦を亡くした。
元は夫の担当をしていて、現在は上層部と呼べる位置にいる。
近頃、歴史修正主義者が呪術界に目を付けている可能性が出てきてて忙しい。





























「おにいたん、やっぱり死んじゃうんだね」

「・・・き、みは」

「あのね、おばあたんがね、げとーすぐるの死はぶんきてんのひとつだから、じゃまがはいらないようにみまもるようにって、おじいたんにいったの。おじいたん、あっちでてきをたおしてるの」

「敵・・・きみ、は、きみたちは、一体・・・」

瀕死の夏油傑の目の前で、愛らしい子供はにこりと微笑んだ。


「ばいばぁい」

答えを得ぬまま、夏油傑の意識は暗転した。

(その後夏油傑が死んだのか、生きたのか、それとも死した後『ナニカ』になったのかは、呪術界の誰も知らない)



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