その日出会った子猿の話「ねぇおじいたん、あのおにいたん、くろいもやもやがいっぱいだったね」
祖父に抱かれた小さな子供は、祖父から買って貰ったジュースをくぴくぴ飲んでからそう言った。
目に入れても痛くない程に可愛がっている孫の言葉に、祖父は「そうじゃなぁ」と笑う。
「けど、名前には優しくしてくれたんじゃなぁ。なら、ワシは何もせんよ」
「おばあたんおこるかなぁ?」
「怒りゃせよ。ワシらの仕事は呪詛師の討伐ではなく・・・歴史修正主義者共の討伐じゃからなぁ」
敵の名を呟くその瞬間、祖父の目には強い光が宿る。
怒り狂う寸前のような、嘆き悲しむ寸前のような、激情を押し込めたような瞳。
ジュースをくぴくぴ飲み続けている子供は、飲み口から顔を上げるとにこりと元気に笑う。
「しそー、でてた!」
「そうじゃなぁ、寂しいのぉ。けれどそういう未来もある。ワシらが出来ることはない、住む世界が違うからのぉ」
祖父がそう呟いた瞬間、目の前にゲートが現れる。
ゲートをくぐる寸前、子供はその腕の中から後ろを見た。
「おにいたん、ばいばい」
その言葉と共に、ゲートは閉じた。
あとがき
・もちもちほっぺの孫
祖父の本丸で健やかに育っている、魅惑のほっぺの持ち主。
黒くもやに囲まれた死相のあるお兄さんと出会った。
ばいばいおにいたん。
・おじいたん
筋骨隆々な戦闘系審神者。年老いてなお現役。
脳筋で暑苦しくて声もデカくて煩いが、戦況を読む際は意外と頭の回転が良い。
妻の尻に敷かれ気味。
・・・愛する娘とその夫を歴史修正の影響で亡くした。残ったのは霊力の強い孫だけだった。
・おばあたん
愛する娘夫婦を亡くした。
元は夫の担当をしていて、現在は上層部と呼べる位置にいる。
近頃、歴史修正主義者が呪術界に目を付けている可能性が出てきてて忙しい。
「おにいたん、やっぱり死んじゃうんだね」
「・・・き、みは」
「あのね、おばあたんがね、げとーすぐるの死はぶんきてんのひとつだから、じゃまがはいらないようにみまもるようにって、おじいたんにいったの。おじいたん、あっちでてきをたおしてるの」
「敵・・・きみ、は、きみたちは、一体・・・」
瀕死の夏油傑の目の前で、愛らしい子供はにこりと微笑んだ。
「ばいばぁい」
答えを得ぬまま、夏油傑の意識は暗転した。
(その後夏油傑が死んだのか、生きたのか、それとも死した後『ナニカ』になったのかは、呪術界の誰も知らない)