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※クトゥルフ神話ネタ。


とある地域の呪霊の数が急激に減っている。

日々任務に追われる呪術師からすれば有難い話だが、原因はきちんと確認しておきたい。

窓から得た情報から原因がとある子供にあるというがわかり、私は今その子供と対峙している。


公園のブランコに揺られていたその子は、近づいてきた私に無防備にも「おじさんこんにちはー」と笑いかけてくる。

幼稚園ぐらいの小さな子供。近くに保護者らしき人物は見当たらず、思わず「親御さん・・・お父さんかお母さんはいらっしゃらないんですか?」と問いかけてしまう。まるで不審者のような話しかけ方になってしまい周囲の目が気になるが、夕方のこの公園にはその子と私以外は誰もいなかった。


「パパもママもお仕事。おばあちゃんはお家でお夕飯作ってる!今日は肉じゃがなんだって」

にこにこと人懐っこい笑みを浮かべ元気よく返事をするその子。私が言えたことではないが、もう少し警戒心を持った方がいいのではないだろうか。

「私は伊地知潔高と言います。お名前を教えて貰えますか?」

「潔高おじさん。僕はね、名前。名前くんって呼んでいいよ」

「そ、それでは名前くん。君は最近、何か怖いモノを見ませんでしたか?」

「怖いモノ?」

きょとんとした顔で首を傾げて見せた名前くん。その様子からは、とてもじゃないがこの地域で呪霊の数が激減している要因とは思えない。

しかし窓からの情報では、この子が術式のようなものを使用して呪霊を一掃しているらしい。一体どんな術式なのかは不明・・・もう少し話を聞いてみなければ。


「そうです。こう・・・他の人には見えないものです」

「もしかして潔高おじさん、あれ見えるの?すごーい!僕のパパもママもおばあちゃんも見えないのに!」

ブランコに座ったまま足をじたばた動かす彼に「わっ、危ないですよ」と近づいてその身体を支える。危うくブランコから転げ落ちるところだった。・・・あっ、今の私、ただでさえ不審者なのに、触れてしまっている。見る人が見ればすぐに通報されてしまう!

はらはらしている私とは違い、名前くんは嬉しそうに「そっかー、おじさんも見えるんだー」と笑う。


「おじさんも同じの見えるなら、教えてあげる!あのねあのね、お耳貸してね」

「は、はい」

内緒話をするように声を潜める彼の前にしゃがみ、耳を寄せる。

小さな手が私の耳元に添えられ、小さな小さな声で名前くんは告げた。


「怖いモノが見えた時はね、おめめをぎゅーっと瞑るの。次に目を開けた時には、もう怖いモノはいないの」

潔高おじさんも試してね!なんていう名前くんは嘘を言っているようには見えない。

しかし、これでは術式について一切わからない。後日、五条さんを連れてくるしかないかもしれない・・・

そう思いそろそろ名前くんとお別れをしようとした頃、公園の入り口付近に呪霊がいるのが見えた。四級・・・いや、三級かもしれない。

咄嗟に背中に名前くんを庇おうとすれば、それより前に名前くんが「わぁっ!」と声を上げる。


「怖いのいる!潔高おじさん、あれ!あれ、凄く怖いの!」

「あっ、だ、駄目です。見ては駄目っ」

呪霊を指さし、怯えたように言うその子に私は血の気を引かせる。

案の定呪霊はこちらに気付き、突進する前のようなポーズをとる。まずい、そう思う私を他所に名前くんは「おじさん、おめめ!おめめぎゅーってして!」と言う。

見れば名前くんは強く目を閉じていた。私に出来るのはせいぜい名前くんを抱き上げて逃げることだけ。せめて名前くんだけでも逃がしてあげなくては。


「・・・っ!?」

私が名前くんを抱き上げるより前に、目を瞑った名前くんの足元の影がうぞうぞと蠢き始めるのが見えた。

粘度の高い水をかき混ぜるようなぐちゃぐちゃとした音と共に、影から蛸足のような触手が飛び出し、こちらに突進してきた呪霊を触手で貫いた。

貫いて、巻き付いて、締め上げて・・・

触手を見た瞬間、私はぞぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。生理的に受け付けない、受け入れてはいけないと全身が拒絶しているナニカが、影の中にいる。漠然とした確信。


「もういいかなー?いいかなぁ」

目を閉じたまま、名前くんが小さく声を上げる。まるでその声に反応するように、触手は呪霊を手早く締め上げ、そのまま影の中に取り込んだ。

とぷんっ、という軽い水音を最後に、名前くんがぱちりと目を開ける頃には呪霊は塵一つ残っていない。

無意識に呼吸を止めていたらしい私は思わず咳き込み、酸素を大きく吸い込む。

名前くんが「おじさんどうしたの?大丈夫?」と心配そうに私を見ていた。


・・・この子じゃない。この子の術式じゃない。あれが術式であるものか。

「名前くんは、どうして怖いモノを見た時、目を瞑るようになったんですか?」

「だって、怖いのは全部気のせいなんだよ!パパもママもおばあちゃんもそう言ってたもん!だから、おめめ瞑って、次に目を開けた時には消えてるの」

両親や祖母の言葉をこれっぽっちも疑っていない無垢な子供。名前くんは「今日も消えたもん。ほら、気のせい!」と嬉しそうに笑う。

私は何とか呼吸を整えながら彼の影を見下ろす。何の変哲もないように見える影。けれどその中に、何かが潜んでいる。

呪霊?そんな生易しいものには見えなかった。

五条さんの六眼をもってすれば、その正体が掴めるのだろうか。けれど私は、それは悪手だと感じてしまった。

もし六眼で影の中のナニカを暴こうとすれば、きっとナニカは五条さんに反撃をするだろう。そうしてきっと『取り返しのつかないこと』になる気がしてしまうのだ。


「潔高おじさん、どっか痛いの?大丈夫?」

心配そうに私を見る名前くんの頭を、少し遠慮がちに撫でる。

「だ、大丈夫です。目を瞑るなんて思いつきませんでした、凄いことを教えてくださって有難う御座います」

お礼を言えば名前くんは頬を林檎のように赤くした。

「ど、どういたしまして!あのね、あのね!本当だよ、目を閉じると、怖いのいなくなってるの!潔高おじさんも、また怖いの見たらやってね!」

「私にも出来るかわかりませんが、少しだけ試してみますね」

「うんっ!約束」

照れたようにもじもじする名前くんにやや癒されながら、私は「それじゃぁ、そろそろ遅い時間なので、名前くんもお家に帰りましょうね」と帰宅を促した。



・・・そうして名前くんと別れた数日後、私は再び名前くんに会いに行っている。

「あ!おじさーん!」

「っ、名前くん!す、少しお聞きしたいことが!」

「わぁ!おじさんどうしたの?」

「わ、私の影にっ、そ、その・・・」

「影?影がどうしたの?」

不思議そうにしている名前くんは知らないのかもしれない。名前くんと別れた翌日、補助監督として呪術師の方を任務先へとお送りした後、取りこぼされた呪霊が私へと襲い掛かってきた。

その時、私の影からあの触手が飛び出したのだ。

触手はあっという間に呪霊を取り込み、私は気絶することとなった。

原因はわかりきっている。あの日、名前くんと出会い、あの触手を見たことだ。


「た、蛸のような、触手に心当たりはありますか?」

「たこぉ?たこ、たこ・・・あっ!あのね、おじいちゃんがタコさん好きだったよ!えっとね、ふふっ・・・『いあ!いあ!』」

ぞわりとする感覚。


「『はすたあ!はすたあ!くふあやく――』」

「名前くん!」

思わず名前くんの口を手で覆えば、名前くんは「んぷっ」と小さく声を上げて不思議そうに私を見る。

意味のわからない呪文のような言葉。それを言わせてはならない気がした。その証拠に、今彼の影は彼が目を閉じてはいないのに蠢いている。


「おじいさんは、今何処に?」

「えっとね、えっとね、おじいちゃんはいなくなっちゃったんだって」

それがどういう意図なのかはわからない。既にお亡くなりなのかもしれないし、失踪し行方不明なのかもしれない。

ただわかるのは、彼の影に潜む何かは、そのおじいさんが好きだったという蛸が大きく関係しているということ。謎の詠唱は、もしかするとその蛸のようなものを呼び出す呪文なのかもしれない。




幼子はいあいあと唱える




「潔高おじさんは何で止めたんだろう」

誰かからの電話で慌てた様子で伊地知が去って行き、残された名前は不思議そうに首をひねる。そして思い出したように、ポケットに入っていた飴玉を口に入れる。甘い甘い、蜂蜜味の飴玉。

「おじいちゃんが好きだったタコさん、凄い神様なのに。いあいあ・・・」

ころりと飴玉を口の中で転がした幼子が歌うようにその言葉を口にするたび、とぷりとぷりと影が揺れる。

「いあいあ、はすたあ」

ブブブッと幼子の傍で羽音が聞こえた。


(神は敬虔なる信者の孫を愛でている)



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