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苗字家は先見の明を持つ者が多く生まれる。

自身にいずれ降りかかるであろう不幸から、世間で起りうる出来事まで。

未来予知とまで言わしめたその実力を持つ我が家の人間は、呪術界から警戒されると同時に婚姻相手としては強く望まれた。

しかし我が家はそう簡単に婚約者を決めることはない。何せ、先見の明が常に教えてくれるのだ。・・・こいつと婚姻したら将来クソである、と。


先見の明に救われてきた先代たちは『己の勘を信じよ』『情に流されるな、流れた先は地獄である』となかなかにパンチのきいた言葉を残している。

言葉と共に苗字家に残された文献には、数百年前に一族の女が攫われ孕み袋にされたという話が残っており、その原因が『嫌な予感はしたけれど、愛した男についていった』というもので、女は愛を信じて自身の持つ先見を無視したのだ。愛は大事かもしれないが、それで孕み袋にされたのだから報われない。


因みに孕み袋にされたことによって他所へ流れた苗字家の血だが、良い呪力や術式を持つ子は産まれても先見の明を持つものは産まれなかったそう。もしかすると、これは苗字家の人間にのみ発症するある種の天与呪縛なのかもしれない。

つまり、先見の明を手に入れたいのであれば、苗字家の人間を嫁や婿に貰うのではなく、苗字家に入らなければならない。産まれてきた子が先見の明ならあれこれ理由を付けて自身の生家へ連れ帰ればいいという考えなのかもしれないが、そうなる前に苗字家の誰かが気付くため、今のところ未遂で終わっている。

先見の明で不幸を被っている我々だが、奇しくも先見の明によって救われているというわけだ。

そんな苗字家の一人である僕だが、現在とても困っている。


「・・・名前くん、駄目、かな」

艶やかな黒髪を揺らして小首をかしげる男。

つい先日あった京都校と東京校の交流試合で初めて出会ったその男は夏油傑と言い、かの五条家の五条悟と随分仲良くしている様子を確認した。

五条悟と仲が良いだけあってその術式も強力で、僕が所属する京都校は見事に惨敗した。この調子だと来年も惨敗だろうなぁ、と同級生たちと共に遠い目をしたことは今でも覚えている。

惨敗した原因の一員である夏油くんは、交流会の直後に僕を呼び止めた。そして何処か恥ずかしそうにはにかみながら「よければ、連絡先を交換して、くれないかな」と少し上ずった声で携帯を差し出してきたのだ。

不思議に思いながらも「まぁ非術師家系の生まれだから、こっちにも知り合いが欲しいのかもしれない」と勝手に解釈し、割とすんなり連絡先を交換した。


その日のうちに夏油くんからは連絡があり、返事をすれば返事をするだけメールが来て、仕舞いには電話がかかってきてしまい、たった数日で夏油くんには随分とプライベートな情報を聞き出された気がする。

別に家族構成やペットの有無などの情報に価値は感じないが、婚約者がいないことや相手に求める条件などは完全にプライベートだと思う。もしかすると僕の情報を誰かに売るつもりだろうか?と内心恐々としていたが、それに関しては僕の持つ先見の明はぴくりとも反応しなかったため、精神衛生のためにも気にしないようにしていた。

けれどまさか、メールや電話だけのやり取りになるかと思っていた夏油くんが「任務先が京都に近かったから」という理由でさりげなく住所を聞き出されていた僕の実家にやってくるとは思わなかった。

何やら来客の予感がしていた我が家はきちんと客人を迎える準備が出来ていたが、アポなし訪問は普通に失礼なため止めた方がいいとやんわり夏油くんに伝えると「君に、会いたくなったんだ・・・」としょんぼりした顔をされ、僕もそれを傍から見ていた家族も許すしかなかった。


僕の部屋に通して今日あった任務のことや簡単な世間話をしていたのだが、唐突に手を握られたのには本当に驚いた。

そして夏油くんの口から告げられる「一目惚れだと思う」「君に婚約者がいないことを知って安心した」「どうしようもなく好きなんだ」という衝撃の台詞。

男同士とかそういうのは夏油くんの頭にはないらしく、むしろ『男だけど私ってそこらの女より綺麗だよね?』と言わんばかりに自分の魅力を全面に押し出してくる姿には正直感服した。

今だってほら、はらりと頬に落ちた髪を艶のある動作で耳にかけ、五条悟とは種類の違う美しい顔で悲し気で影のある表情を演出している。・・・同級生が持っていた漫画に出てきた『えっちなお姉さん』の表情だ。

・・・あぁ違う違う、頭が混乱しているせいで変なことを考えてしまった。


「ごめんね、変なことを言っている自覚はあるんだ。けど、私は・・・」

握られたままの手はより一層強く握られているのに、夏油くんは唇を噛み締めて少し俯く。

「あ・・・唇、噛まない方がいいよ」

「・・・有難う、君はやっぱり優しいね」

ふふっと夏油くんが笑う。僕は思わず顔を逸らしてしまった。

どうすればいいのだろう。夏油くんが僕を揶揄っているわけじゃないのはわかる。だとすれば僕は、きちんと真面目に返事をするしかない。下手な慰めやおどけた雰囲気にするのは失礼だ。

よく考えるんだ。どうすれば僕も夏油くんも傷つけあわずに済むのか。


・・・そこで、僕の先見の明が作用した。夏油くんと関わった僕に関する未来が何となくわかる。

驚くことに先見の明は『ここで突き放した場合の方が危険』と訴えている。夏油くんの気持ちを拒絶した場合、僕にある未来は死亡かそれに近しい損失。え?死ぬの?学生の甘酸っぱい恋がどうして死に関係するの?と僕は困惑する。

どうしろと言うんだ、受け入れろと???

ちょっと集中して夏油くんの『先』を見るが、吃驚するぐらい血反吐に塗れた未来でドン引きした。え?夏油くんのお先が真っ暗過ぎない?

他者、特に非術師に対しての絶望、手から零れる命、周囲に相談出来ない深い悲しみ、絶望、絶望・・・発狂。

いや、めちゃくちゃに重いな。僕は思わず握られたままの手で夏油くんの手を握り返してしまった。夏油くんが「あっ」と照れたような声を上げる。


僕が夏油くんを受け入れなかった場合、夏油くんは一人で苦悩し絶望し発狂する未来があり、そんな彼によって僕は殺されるらしい。殺され方が確定していないらしく、それすなわち数多の殺し方があるということだろう、怖すぎる。

だが僕がここで夏油くんを受け入れることにより、彼の人生は大筋は変わらずとも大分変化するようだ。・・・愛は人を変える、みたいなことなのだろうかこれは。

受け入れる、と言っても適当なことは出来ない。要するに拒絶しなければいいという話だろう。


「夏油くん・・・君の告白には、見ての通り凄く吃驚してる。でも僕と君はこの前出会ったばかりで・・・僕は夏油くんのことを殆ど知らないんだ」

「・・・うん」

僕は出来るだけ言葉を選びながら、ゆっくりゆっくり告げた。

「だから、これから少しずつ君のことを教えて。夏油くんが僕に向けてくれた気持ちに、きちんと向き合いたい」

先見の明が僕に関する最悪の未来が書き換わったことを告げる。内心安堵している僕に、夏油くんは泣きそうな顔で笑った。

「うんっ、うん、嬉しいよ。そう言ってくれるだけで嬉しい」

夏油くんの手を引っ張られ、おっとっととバランスを崩してそのまま夏油くんに抱き着かれる。すりっと僕に頬ずりをした夏油くんは「君に愛して貰えるように頑張るから」と笑った。

まだ未来は不安に塗れている。僕の未来には当然僕の家族も関わっているため、今頃別の部屋にいる家族も困惑していることだろう。

僕と苗字家の未来を守るためには、どうやら夏油くんの未来も守らなければならないらしい。家族もきっと協力してくれるだろう。


・・・夏油くんに降りかかるであろう薄暗い出来事を何とかしないと。一族で見ればより細かな未来がわかるはずだ。

「名前くん、その・・・私を拒絶しないでくれて、有難う」

頬をほんのり赤く染め、恥ずかしそうに笑った夏油くんに、僕は何とか笑った。




先見の一族の奔走記




夏油くんが我が家を去ってから、当然のように家族会議・・・それどころか、既に先見の明によって一族の危機を悟っていたらしい親戚一同から鬼電が掛かってきて親族会議をすることになった。

僕のせいではないにしろ、一族の危機の発端は僕と夏油くんが出会ったことにある。

一族の中には御三家に無理くり許嫁にされそうになってる子たちもいるし、これ以上問題を増やすわけにはいかない。


「兎に角、未来で呪詛師になった夏油傑による一族抹殺は何としてでも避けましょう。特に名前、貴方の行動一つ一つが分岐に繋がるようですから、何かあればすぐに連絡を。未来を変えるためなら、我々も協力を惜しみません」

一族の老人会。普段は優しいおじいちゃんおばあちゃんたちだが、一族の危機ともなれば真面目で厳しい表情をしている。

僕は強く強く頷き「せめて、一族抹殺だけは避けられるように頑張ります」と宣言した。するとおじいちゃんおばあちゃんたちは、その顔を悲しそうにして首を振る。

「違うのです。どうか、一族を守るためといって貴方が犠牲になろうとはしないで。貴方も幸せになれる未来を見付けなさい。先見の明を持つ我々なら、きっとそれも叶うでしょう」

「・・・はいっ」

先見の明の一族。呪術界においては異質な、身内にとことん甘く優しい苗字家に生まれることが出来て良かった。

僕は「これからよろしくね」と嬉しそうに微笑んでいた夏油くんを思い出しつつ、一族だけでなく自分のためにも頑張ろうと心に決めた。




・先見の明を持つ男主くん
一族揃って先見の明を持ってるけど、常に先が見えてるわけじゃない。集中すれば見える。
未来は常に分岐しているため、一族間の報連相は欠かさない。
今回、甘酸っぱい青春で自身の生死が不安定な存在となった。
夏油くんのことは苦手ではないが、一族の命が関わっているために慎重になる。


・艶やか美人な夏油くん
押せ押せドンドンでアタックしてくる美人さん。
まさか自分の恋心が一族に激震を走らせたとは知らない。
しおらしい態度を見せつつ、その気になれば既成事実を作ることも吝かではない。

実はいつの時点で『一目惚れ』したのかは明言していないため、昔何処かで名前の姿を見たことがあったのかもしれない。



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