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「里香ちゃん?」

交差点のど真ん中、イヤホンを耳にさして歩いていた俺の腕が突然掴まれる。

あ?と眉を寄せて振り返れば、息を切らせた高校生ぐらいの男が一人いた。


「・・・誰。どっかで会ったことあるっけ」

掴まれていない方の腕を動かして、片耳のイヤホンだけ外す。目が合った男は、一瞬ぽかんとした顔をして、それから眉を下げる。・・・勝手に間違えた癖に落胆する素振り見せてんじゃねーよ。

「あ・・・ご、ごめんなさい、人違いです。知り合いに似てる気がして・・・」

ふーん、と適当な相槌を打ち、ふとこの男が呼んだ名前が『里香ちゃん』という女の子の名前だったと思い出す。

俺は別に女顔なわけでもないし、身長だって目の前の男とそう変わりはない。姉妹がいるわけでもないから、そういうのと間違えたわけでもないだろう。


「間違いは誰にでもあんじゃね。で、いつまで腕掴んでんの?」

「あっ、ごめんなさい」

腕が解放され、俺はそのまま歩き出す。視界の端でおろおろと少し悩んだ様子の男が、何故だか付いてくるのもわかった。

それを無視してイヤホンを耳に戻し、ポケットに入れた携帯の音量を少し上げた。



「・・・いつまでついてくんの?」

大通りを抜け、ラーメン屋に入ったあたりで俺は眉を寄せながら振り返った。男はまだいた。

店員が「二名様ですか?」と聞いてくる。咄嗟なのか、男が上擦った声で「はいっ」と返事をしたせいで、男と共にテーブル席に通されてしまった。

人違いをしてきただけの見知らぬ男と向かい合うように席に着く。


「で、何?軽くストーカーになってんだけど」

「ごめんなさい・・・」

申し訳なさそうにしているが、本当に申し訳ないと思っているやつは「ご注文はお決まりでしょうか?」と店員に聞かれて「あっ、じゃあ里香ちゃ・・・彼と同じものをお願いします」とは言わないだろう。

しばらくして運ばれて来たラーメンと半チャーハンのセットを食べ始めると、男はようやく話し始めた。


曰く、里香ちゃんとは幼馴染の女の子らしい。まだ幼い頃に交通事故で死んでしまった子で、つい最近まではその子の死を受け入れられなかったらそうだ。

食事中にいきなり重めの話をぶっ込まれても困るが、俺はラーメンを啜りながら黙ってそれを聞いた。


「今いる学校が全寮制で、つい最近までは自由に動き回ることができなかったから、今日は一人でゆっくり街を歩いて回ろうと思ってたんです。そしたら・・・里香ちゃんを見つけた気がして」

「流石に小学生の女の子と間違えるのはねーと思う」

レンゲでチャーハンを掬いながら言えば、男は曖昧に笑った。

「っつーか何処が似てんの?里香ちゃんって子は小学生にしてこんなアクセまみれなヤツだったわけ?」

ピアスは両耳で結構開けてるし、首にも手首にもアクセサリーを巻いてる。指にも勿論つけている。髪色だって、脱色があまり上手くいかなかったくすんだ金髪で、根元は地毛の黒が見えている。

里香ちゃんって子の親が俺みたいなヤツらで子供の頃から親のクローンみたいな格好させられてた、とかならワンチャンありそうだが、男が慌てた様子で首を振る限りじゃそういうわけではないらしい。

「自分でもわからないんです。けど、あぁ里香ちゃんだ、追いかけないとって思って」

「それ、まだ立ち直れてないんじゃね?」

ずるずるっとスープを啜る。あ、底の方にチャーシュー沈んでた。ラッキー、得した気分。


俺が食べ終わる頃、男はまだ半分しか食べていなかった。このまま先に帰ってやろうと腰を浮かそうとすると「ま、待って」と止められる。

「・・・んだよ、お前が俺の友達とかだったら慰めにラーメン奢るぐらいはするけど、お前とは今日初めて会った赤の他人だろ。他人の重い話に上手い言葉かけられるような語彙力ねーよ」

うんざりした顔を思わず出してしまったが、軽いストーカーに合った俺の方が被害者であるはずだから罪悪感は湧かない。


「慰めなくてもいいのでっ、来週も会ってくれませんか」

「はー?」

「乙骨憂太って言います!高校一年です!じゅじゅ・・・宗教系の学校に通ってます!」

突然自己紹介をしてきた男、改め乙骨に俺はますますうんざりした顔をしてしまう。

来週も会ってほしい?それは俺が、里香ちゃんって子と似てるからか。いや、本人曰く自分でも何処が似ているのかわかっていないらしいが。


「何で俺がそんなことしなくちゃなんねーわけ?」

「・・・お礼はするので。あっ、取り敢えずラーメン代はもちます」

「・・・まじ?奢ってくれんの?」

「えっ!?あ、はい、勿論。迷惑をかけてしまったので」

「ふーん、じゃ、お前が食い終わるまで待ってるわ」

しっかりと座り直す俺に乙骨が目を瞬かせる。しかしすぐに嬉しそうな笑みを浮かべ、さっきよりも更にゆっくりとしたスピードでチャーハンを掬った。



前述の不自然な会話から簡単に察することが出来るだろうが、俺は金がない。

ミュージシャンになるのが夢で上京したはいいものの、見事に失敗したタイプの駄目人間が俺だ。

動画サイトに歌をあげたり、路上ライブをしたりするが、人気も知名度もイマイチ。まだ土俵にすら立てていない状態。

ボイストレーニングで月々決まった金額が消えるし、楽器や必要な道具を揃えるのにも金がいる。家賃や食費、見窄らしく見えないように必要な服やアクセサリー・・・金はいくらあっても足りない。

バイトを掛け持ちして、自分なりに特訓して、自分を知ってもらおうと個人ライブをする。個人ライブをする時は特に金が飛んでいく。チケットを作っても殆ど売れないし、場所代などと差し引きすると常にマイナスだ。それでも何もしないよりはマシだからこそ、俺はその金を稼ぐために更にバイトをしている。


「名前さん!」

「あー、お待たせ」

もう何度目かはわからないが、あれから何度も乙骨とは会っている。

「お腹空いてませんか?まずは何か食べましょう。食べたいものは?この近くだと、焼肉屋がありますけど」

「・・・じゃ、それで」

俺が返事をすれば嬉しそうに頷いた乙骨。高校生の癖に、何故だかびっくりするぐらい金を持っている、謎の高校生だ。

俺が金を持っていなことを早々に察して、会えば必ず俺に何かを奢った。偶然店の前を通れば、服も靴も鞄も、高そうなアクセサリーだってあっさりと買い与えてきた。

すっかり俺の持ち物も総入れ替えされてしまい、俺が今着ている服のほぼ九割が乙骨に買い与えられたものだ。因みに残りの一割は下着や靴下類だが、それもそろそろ交換されそうだ。


「名前さん、沢山食べてくださいね」

「沢山食った方がいいのはお前だろ。育ち盛りだし」

その辺の安い焼肉屋じゃなくて、お高い感じがする焼肉屋に連れてこられた俺は、乙骨に焼いて貰った肉をもそもそと食べる。美味い、お高い味がする。

「あの、この後いいですか?」

「・・・勝手にすれば。今日はバイトも入ってないし」

「えっ、まだバイトしてたんですか?名前さんには夢があるんだから、そっちに専念しないと。バイトなんてしてる暇ないですよ、絶対」

乙骨に奢られるようになってから、バイトを二つほど辞めた。乙骨の提案だ。

バイトを辞めてからは乙骨と会う頻度も増えたが、その分奢られるのも増えたため、俺が財布を使う必要が殆どなくなった。

それでも、なけなしのプライド擬きが高校生に奢られて・・・否、貢がれている事実を否定したがっている。だからこそ、申し訳程度にバイトを続けているのだ。

しかし乙骨は、それをも辞めろという。こいつは俺をどうしたいんだ、と眉を寄せながら白米を口に入れた。


「バイトの話は別にいいだろ。・・・で、今回は何だよ」

「あ・・・手を握って欲しいんです、前みたいに。あと、大丈夫ならくっ付いてもいいですか?」

「お前も飽きないな」

はぁっと思わずため息が出た。

当初は会って話す程度だった乙骨は、回を増すごとにちょっとずつ要求を増やしていく。

手を握って欲しい、頭を撫でて欲しい、抱きつかせて欲しい、などといったスキンシップに対する要求。名前を呼んで欲しい、笑いかけて欲しい、好きだと言って欲しい、などといった心理的なものも含まれる要求。

要するに、こいつは俺を里香ちゃんの代わりにしたいのだろう。何故俺に小学生の女の子の代わりが務まると思ったのか、甚だ疑問だ。


「誰が見てるかわからん場所では無理だな」

「じゃぁ前みたいに、その・・・ホテルに行きますか?」

下から覗き込むように、やや上目気味で問いかけてくる乙骨。

俺は微妙な表情になりながらも「いーんじゃね」と適当な言葉で返事をした。



よくよく話を聞けば、乙骨の幼馴染である里香ちゃんとやらは随分とませた子供だったらしい。幼いながらに恋を自覚し、幼い頃の乙骨と見事に婚約を果たした。

純朴な見た目な癖して指輪なんてはめてたからその理由を聞けば、またもや重い話が飛び出して来てげんなりしたのは会うようになってから何度目だっただろう。

俺の見解としては、やっぱり乙骨はまだ立ち直っていないと思う。

「名前さん・・・」

ベッドに腰掛けた俺の膝に跨り、首に腕を回して抱きついてきている乙骨に、俺は黙ったまま眉を寄せた。

すりっと首筋に頬を擦り寄せられたり、耳のピアスを弄られたりもするが、基本的に俺は無言。


「名前さん、憂太って呼んで」

「・・・憂太」

「ふふっ、嬉しい」

ちゅって首筋から音がして、俺は「やめろよ」と首を振る。それでも乙骨がやめる様子はなく、首筋に赤い痕が残ってしまった。

軽く不機嫌になった俺に乙骨は反省をまったく感じられない「ごめんなさい、怒らないで」という謝罪をする。

「・・・んっ、名前さん」

鼻に抜けるような声。俺に跨ったまま緩く腰を揺らした乙骨は、目を細めてへにゃりと笑った。

「名前さん、お願い・・・好きって言って。一番好きだって、愛してるって言ってください」

「・・・愛してるよ憂太。一番、好き」

はぁっ、と熱い吐息が首筋にかかる。ぐりぐりと股間部分が擦り付けられているのを冷ややかに眺めていれば、両頬に乙骨の手が添えられた。

「名前さんっ、キスしてください」

俺は無言のまま、乙骨と唇を合わせた。合わせるだけじゃ満足しないのは知っているため、薄く開いたその口の中でに舌を滑り込ませる。

「っ、あ、ふぁ・・・名前さんっ、んんっ・・・あぅ、ん・・・」

とろとろと目を蕩けさせながら、積極的に舌を絡めてくる乙骨の頭を適当に撫でれば、乙骨は随分と嬉しそうに笑った。



「これ、良かった使ってください」

ホテルを出た後、まだ少し髪が濡れている乙骨が差し出して来た茶封筒を見下ろす。

「音楽活動、応援してます」

あくまでも俺を応援するための募金のようなものだというていで渡される金。黙って受け取れば乙骨は嬉しそうに笑う。


「また、会ってくださいね」

「・・・気が向いたらな」

こんな返事をしたが、乙骨は俺が自分の要求を拒否できないことを十分に理解していることだろう。

年齢が逆だが、これは所謂援交やデリヘルに近い行為だ。

金を払えば相手が自分の望む行為をしてくれるなんて、高校生の癖してとんでもないことを覚えてしまったもんだ。




愛してるの設定金額




次に会った時、乙骨は俺に下着や靴下を送ってきた。

あぁこれで、十割乙骨に買い与えられたものになってしまったな。

・・・唯一残っていたバイト先からのシフト連絡が来ないんだが、これは目の前でにこにこしてる乙骨と関係があるのだろうか。



あとがき

今まで四六時中愛の言葉を供給されてたのにそれが突然ストップしたら、愛がまた欲しくなるよねって話。
お察しの通りヤることはヤってる爛れた関係。
そのうち囲われる。

・・・乙骨夢は大体ちょっと歪みそうな気がする。



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