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疲労困憊な様子の、それでも幸せそうに僕を呼ぶ母さん。

父さんの足にしがみ付いて様子を窺っていた僕は、恐る恐る母さんのいるベッドへと近づいた。


「名前、見て頂戴・・・貴方の弟よ」

そう言って母さんが腕の中にいるソレを見せてくる。

真っ白で柔らかい布にくるまれた、小さくてちょっとしわくちゃな赤ちゃん。動物図鑑で見た猿にちょっと似てる。


「・・・可愛いお猿さん」

父さんと母さんが笑った。


「お猿さんじゃなくて、傑って言うのよ。すぐるーって呼んであげて?」

「す、すぐる」

母さんの言う通りに名前を呼んで、にぎにぎと動いている赤ちゃんの手に恐る恐る指を近づける。すると指はぎゅっと掴まれて、僕は吃驚して声を上げそうになった。けど父さんが「病院では静かにね」と言っていたから、我慢する。

赤ちゃんに握られていない方の手で口を押えると、母さんが「傑もお兄ちゃんに会えて嬉しいねー?」と赤ちゃんに話しかけている。


「傑は僕に会えて嬉しいの?」

「そうよ。名前も嬉しいでしょう?」

「う、うん。うんっ、嬉しい」

小さいのに、僕の指を握る力は強い。軽く指を振っても、全然放してくれない。何だか絶対に離さないぞって言われてるみたいで、ちょっと照れ臭い。


「名前はきっと素敵なお兄ちゃんになれるわ。傑を守ってね」

「うん、僕お兄ちゃんになる。傑のお兄ちゃん。傑・・・僕の弟、絶対に守るからね」

何から守るかはわからないけれど、僕はその時『誓い』を立てた。絶対に傑を守るんだって。





「あ?傑、何だよそれ」

最初にソレに気付いたのは、夏油傑の親友であり今回の星漿体護衛任務を共に担う五条悟だった。

「ん?あぁ、これかい?」

にこやかに笑う傑の手にあるのは車の鍵ぐらいの大きさの、黒く小さなリモコン。

リモコンのボタンは至ってシンプルで『小』と『大』の二つしかない。此処までシンプルだと、むしろ雑に見える。


「今朝兄から速達で送られて来たんだ。人生初の護衛任務だって聞いて知って、居ても経ってもいられなくなったらしい」

「・・・は?傑、なに任務情報外部にばらしてんだよ」

「ばらしたというか、勝手に知られてしまったんだよ。兄は盗み聞きが得意だから」

はぁ?と首を傾げた悟に傑は「ほら」と道端の信号機を指さす。

信号機の上に設置されている交差点カメラ。交通事故や何らかの事件が起こった場合に重宝されるソレを指さし、傑は「アレも兄さんの『目』だから、どうしようもなくて」と笑う。


「は?はぁ?」

「補助監督が使っている車から兄さんの盗聴器が出てきた時は驚いたな。何時の間に仕込んだんだろう」

「待て待て待て」

にこやかに話しているが内容が絶対に可笑しい。盗聴器?監視カメラが目?それはつまり監視カメラをジャックしているということだろう。つまり傑の兄は、傑を常に監視している?

ゾッと身を震わせる悟に、傑は慌てたように「あぁ!きちんと合意の上だ!私は別に困っていない」と首を振る。それはそれで悟は更にゾッとした。


「お前の兄ってなんなの?弟のプライベートを常に監視する変態?」

「あまり兄さんを悪く言わないでくれ。まぁたまにやり過ぎる時はあるが、分別はある人だ」

弟に盗聴器を仕込んだりカメラで監視するような男が分別がある人間だとは悟は到底思えなかった。親友である傑や同じく友人である硝子に「世間知らず」と揶揄われることもあったが、流石にそれぐらいは悟でもわかる。


「・・・まぁ、お前の兄がどうこうって話は一旦置いとく。で?そのリモコンは何に使うんだよ」

「私の判断で『ヤバイ』と思ったら押せとだけ書かれていた。小と大は『ヤバイ』の度合いらしい」

その説明に「防犯ブザーみたいなもんか?」と首を傾げる悟は傑の手からひょいっとリモコンを奪った。

「あっ。何をするんだ悟」

「いいじゃんいいじゃん。じゃ、試しに『小』でも押してみるか」

「たぶんボタンを押すと兄さんに連絡が行く仕組みだ。悪戯に押すのはよしてくれ」

やや慌てたように言う傑に悟はにんまりと笑う。軽い悪戯心と、血の繋がった兄弟とは言え親友を監視するようなヤバイ奴への嫌がらせ目的で、悟はボタンを押した。


「・・・ん?なんだよ、何も起きねぇじゃん」

「本当だ。可笑しいな、前に貰った別のリモコンは、押しただけで兄が飛んで来たの、に・・・?」

不意に傑が上空を見て、ぽかんとした顔をした。釣られて悟も上空を見て「は、はぁ!?」と声を上げた。

バラバラバラッ!と音を立てて飛んでくるのは一機の小型ヘリ。そこから数名の黒服たちがパラシュートで飛び降りるのが見えた。

おそらく相当訓練されているのだろう。軽やかな着地をきめた黒服たちの俊敏な動きで二人を囲んだ。


あまりの光景に咄嗟に身構えた悟だったが、黒服の一人が「傑坊ちゃんとそのご友人の無事を確認!誤報だった模様!」と通信機らしきものに向かって声を上げているのを見て、一瞬頭の中が宇宙になった。

傑はと言えば、黒服の中に見知った顔を見付けたのだろう「あ、後藤さん、お疲れ様です」と頭を下げている。知り合いかよ。

ボタンを押しただけで飛んで来たヘリとヘリから降りて来た複数人の黒服、それを見てちっとも驚いていない親友。悟は一周回って冷静になってきた。


「・・・『小』を押すと護衛部隊が駆けつけるってか。今から護衛任務に向かう人間に護衛を宛がってどうするんだよ」

「ははっ、兄は昔から心配性なんだ」

俺が知ってる心配性と違う、と思ったが生憎と悟は普通の一般家庭や兄弟間の事情を知らないため「もしかすると一般家庭ではこれぐらいするのかも」と一瞬思ってしまった。が、なまじ頭がいいためすぐに「いや、ねーわ」と思い直した。賢明な判断である。

傑と悟の無事を確認するとさっさと解散していった黒服だが、悟はあの黒服たちが一切呪力を有していなかったことをその目で理解している。


「傑の兄貴って非術師?」

「うん、そうだね。兄さんは見えない人だ」

「へー。じゃぁ教えてやれよ、非術師の護衛なんてむしろ邪魔だって」

「うーん、確かに呪霊は見えないけど、邪魔ってほどでもないよ。あの人たち、第六感で呪霊から逃げられるし」

「人間辞めてんの?」

「悟には言われたくないだろうね」

第六感で呪霊から逃げられるってなんだ。そう訓練されているからか?見えない敵から身を護る訓練とは???

悟は再び頭の中で宇宙になるのを感じつつ、手の中のリモコンを見る。


「・・・『大』押したら何が起こんだろ」

ちょっとわくわくしながら呟けば、傑は「止めるんだ悟」と悟の手からリモコンを盗ってしまった。

ちぇっ、と唇を尖らせた悟は「ま、兄貴に心配かけねーようにしろよ」と傑の肩を叩いた。





星漿体の護衛任務は順調だった。

星漿体を狙う呪詛師集団『Q』は二人にとって大したことはなく、星漿体である天内理子の世話係である黒井美里が攫われるというハプニングもあったが、それも無事に解決した。

攫われた黒井を救出したのが沖縄だったため、彼等はそのまま二日間沖縄を楽しんだ。

星漿体として正式に天元様と同化すれば、もう天内は天内ではなくなる。そんな彼女の願いは全て叶えろというのが天元様からの言葉らしく、彼等は沖縄で思い出を作った。


そして護衛開始から三日目、既に日が落ち始めているが、彼等は再び高専のある東京へと戻ってきた。

高専の結界内に入れば一先ずは安心できる。後は高専の最下層にある薨星宮にいる天元様と天内を合流させれば任務は終了。・・・そのはずだった。


「・・・あ?」

トスンッ、と軽い音と共に、悟の胸から刃が生える。背後から刺されたのだ。結界が張られているはずの高専内に侵入した暗殺者によって。

それを見た傑は、咄嗟に『ソレ』をポケットから取り出していた。殆ど無意識だった。

無意識であっても擦り込まれているのだ。傑にとっては兄は『自分の危機を救う存在』であると。


そう、昔からそうなのだ。傑が「怖いのがいる」と言えば見えない癖に傑を抱っこして走って逃げたし、傑が見えるせいで誰かに虐められれば「弟を泣かせた奴、ぶっ殺す」といじめっ子をボコボコにしたし、傑が高専にスカウトされた時は呪術師になるメリットとデメリットを夜蛾先生相手に長時間確認したし、傑が呪霊を飲み込む苦痛を零せば味を一切感じさせなくなる特殊なオブラートを段ボールで速達してきたし・・・

要するに兄は、傑の悲しみや苦しみを継続させない人だった。

ポチッと傑の指は『大』を押していた。



『弟を虐める奴はお前だな』



リモコンから声が響いた。物凄く不機嫌そうな、傑にとって唯一無二である兄の声だ。

『星漿体、盤星教「時の器の会」、調べるのに時間がかかってしまった。・・・伏黒甚爾だな、お前を雇っていた盤星教は先程買収し解体が決定した』

あ?と暗殺者、伏黒甚爾は動きを止める。

胸を刺されたばかりの悟を傑が支えようとすれば「呪力で刃を覆って致命傷は避けたからセーフ」と少し脂汗を滲ませた顔で、それでもにやりと笑って見せる。完全に無事というわけではないが、命に別状はないらしい親友の姿に傑は胸をなでおろす。

その間も、リモコンからは継続的に声が響いている。


『盤星教がなくなったことにより、お前の報酬はゼロ。ついでにお前の銀行口座も一時凍結をさせて貰った』

「は?は?お前、今なんつった?」

『伏黒恵と伏黒津美紀はこちらで保護しているが、後でお前も黒服が迎えに行く。逃げることは得策ではない、今後お前に大金が入っても先回りで大金をこちらで没収する。それが嫌なら大人しく連行されろ』

青筋を浮かべてキレている甚爾だが、直ぐにやってきた黒服に大人しくついていった。

唖然として事の成り行きを見ていた四人の耳に、リモコンから響いた大きなため息が届く。


『傑、傑、俺の可愛い弟、ボタンを押してくれて良かった。高専の入り口付近には監視カメラがないから傑がボタンを押してくれることだけが頼りだった』

「兄さん・・・これは一体・・・」

『暗殺者を差し向けたのは盤星教だ。掲示板の暗殺依頼を確認し、ハッキングで依頼主を特定、依頼人が盤星教の仲介人だというところから盤星教の買収を行った。暗殺者である伏黒甚爾は武力での制圧はまず無理と判断し、大本を断ったとも言える。伏黒甚爾について調べる途中で彼に息子と義理の娘がいて、更には実質ネグレクト状態であることが確認できたため、二人の保護を行った。・・・此処まではいいか?』

悟が携帯で夜蛾に連絡を入れたらしい。すぐに夜蛾と夜蛾に連れられた硝子が走ってきて、負傷した悟を反転術式で治す。


『星漿体、というものについてだが、僕の調べでは「星漿体は複数いる」ことがわかっている。現在複数の星漿体が別々の護衛に守られながらこちらに移動中。・・・そちらの業界では五条というのはビックネームらしいね。五条に守られた娘こそ本命、ということで今回大々的に狙われてしまったらしい。むしろ、狙わせるために傑たちを護衛につかせた可能性まである』

「これは極秘任務のはずだ」

『あえて情報が流された可能性がある。でなけりゃ、たかが宗教団体がこうもあっさり星漿体となる娘の素性を知って暗殺依頼なんて出せるものか。・・・他の星漿体を無事に運ぶため囮として使われた、という可能性は十分にある』

話しを聞いていた全員の顔が歪む。黒井に抱きしめられた天内は震えて泣いている。


『こんな酷い任務が傑の初護衛任務なんて許せない』

は?と声を上げたのは誰だったか。


『本当なら護衛任務完了を祝して打ち上げ花火用の花火師とパレードの人員を高専に派遣する予定だったが、予定を変更する。天内理子さん、黒井美里さん』

突然話しかけられた二人は「は、はい」「なんじゃ・・・」と返事をする。

『すぐに帰宅して荷物をまとめてください。二人には海外旅行へ行ってもらいます』

「へっ?」

『うちの黒服が二人を案内します。飛行機のチケットは既に取ってあります。あぁ、大事なもの以外は全部捨てるつもりでお願いします、服や消耗品などは現地でも買えるので。二人の生活費は勿論こちらが負担しますので、存分に海外旅行を楽しんでください』

「え?え?」

言うが早いか、先程甚爾を連行したのとは別の黒服がそそくさと天内と黒井を連れて行ってしまった。


『数日様子を見てごらん。僕の予想が正しければ、天元様?というのは天内さんの逃亡を咎めることはないよ。代わりはいるだろうからね』

「兄さん・・・」

『お疲れ様、傑。もうちょっと早く動ければ良かったんだけれど、やっぱり呪術界のことを調べるのは大変だね。呪術界の人たちって何でいまだに紙媒体ばっかり使うんだろう。おかげで御三家ってところにスパイを送り込んで紙媒体を撮影してもらうことになっちゃって・・・』

突然出てきた御三家の話題に「待て待て待て」と悟が声を上げる。


『五条家が一番ザルだったらしいから・・・五条悟くんだっけ?傑のお友達の。実家の防犯はしっかりした方がいいよ。あぁ傑、落ち込んでいるのはわかるよ。後で速達でご馳走をデリバリーするから、皆で食べて元気を出して』

「兄さんに会いたい」

『三十分以内に行く』

「今すぐ会いたい」

『二十分・・・いや、高専の校庭を降りれば十分で着く。すぐ向かうよ』

プチッとリモコンから小さな音がして、以降は声が聞こえなくなった。

いろいろと突っ込みたいことはあるし五条家が一番ザルだと言われて屈辱に震える悟。それを横目に「・・・傑の兄貴、ヤバ過ぎじゃね?」笑う硝子に傑は眉を下げて笑った。


「うん、自慢の兄なんだ」

その後、傑の自慢の兄は校庭のど真ん中に小型ヘリで着地し「何時も任務頑張って偉いよ傑!」と手に持ったクラッカーを傑の前で鳴らした。




お兄ちゃんは傑くんの味方だから




「そういえば傑の兄貴って何してる人なの?」

「?」

「え?傑?」


「兄さんは私を見守ることを仕事にしていると前に言っていたよ?」

普段見ることのない曇りなき澄んだ眼でそう言って傑に、悟も硝子もだいぶ引いた。



あとがき

・傑くんのお兄ちゃん
傑くんを守ることを『誓い』にした人。何が何でも傑くんを守る人。
謎の黒服集団のリーダーをしてる。公共のカメラを軽率にジャックするし情報集めに戸惑いなくスパイを使う。
基本的に傑くん基準だけど、別に他の人たちがどうでもいいわけではない。調べているうちに伏黒甚爾の境遇にはうっかり同情し、息子と義理の娘を保護して伏黒甚爾にも黒服としての職を与えたりしてる。

・お兄ちゃんを信頼()してる傑くん
擦り込みでお兄ちゃんのとんでも行動を普通だと思ってしまっている。
お兄ちゃんに関してはIQが下がる傾向がある。
盗撮も盗聴もされてるけど、常にお兄ちゃんに見守られてる()感じがするから受け入れてる。今回の一件以来、お兄ちゃんを頻繁に呼び出すようになる。

・傑くんの親友の悟くん
親友の変な部分を知ってしまった。親友の兄はただのヤバい奴。
でも小型ヘリからの登場は正直胸が躍った。え?発信機付きの小型ラジコン?これがそのコントローラー?・・・俺もそれやりたい!

・報酬なくなったし口座を凍結されたし息子と娘を誘拐されたパパ黒
散々な目にあったけど、今後は黒服として真面目()に働いて家族三人で過ごす予定。
禪院に売ったはずの息子は何時の間にか買い戻されてた。

・理子ちゃんと黒井さん
海外旅行楽し過ぎてヤバイ。

・もうちょっとで学長になる苦労人の夜蛾先生
傑をスカウトした時点で名前とは知り合い。傑を守るという執念が凄い名前に引きつつ、今後頻繁に高専に侵入してくる様子に頭を抱える。
胃痛が凄い。

・美人で可愛い硝子ちゃん
傑の兄貴ヤバイじゃん、おもしろー。



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