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「さぁ!私を生贄に異世界転生して!」


さぁさぁさぁ!とこちらに迫ってくる女子大生が怖すぎて心の中のぴえんがぱおんした。

お前を生贄にして異世界転生してやるぜゲヘヘ、というストーリーはよく目にするが、俺の屍を越えてゆけスタイルは初めて見た。


因みに目の前の女子大生はつい先程電車の中で知り合ったばかりのがっつり他人。偶然俺の鞄に付いていたアニメのストラップと同じものを付けていた、という共通点しかない。

しかしながら女子大生は俺にシンパシーを感じたのか「あ、あ、私も同じのもってるの」という出だしから始まり、若干の早口でアニメについて語り、終いには「異世界転生したいよね・・・」と死んだ目で夢を語られた。


どうやらこの女子大生、随分と人生に疲れているらしい。

聞けば両親は幼い頃から仕事人間で家におらず、姉はいるがほぼ毎日家に男を連れ込んでアンアンにゃんにゃん、家庭環境が辛すぎて相談した中学の頃の教師からはセクハラを受け、高校の頃には姉の彼氏に襲われかけたらしい。つらい。

大学は実家から遠いところを選んだが、高校の頃のクラスメイトにオタク特有の早口を指摘されてからはすっかりコミュ障になってしまい友人も作れず、男にトラウマがあるせいで彼氏も作れず・・・

すっかり精神が折れた彼女はその若さで『死』を念頭に置き始めてしまったそう。

シンパシーを感じたからとはいえ初対面の俺に話しかけたのは、死ぬ前ならちょっと勇気が出たとかそんな感じなのだという。最期に振り絞った勇気を俺に使わないで欲しい、重すぎる。


だがそんな彼女にも夢()がある。そう、異世界転生だ。もはや産まれ直して人生をリセットしたいと彼女は半笑いで言った。目が逝ってる。

何故俺に殺されたいのか。それは俺がうっかりというか目の逝ってる女子大生に話を合わせるために「あー、異世界転生いいですよねー」と言ったせいだ。

ならば一緒にレッツ異世界転生!と何処かの小説で読んだという生贄転生を自らが生贄となって実践したいと言い出し、そして冒頭の発言である。


やめろやめろ、それは十中八九ただ単に俺が人殺しで終わるヤツだ。勇気が出たら何時でも死ねるようにとバッグに忍ばせていたという出刃包丁を無理やり持たされ、両手を広げて待ち構えている女子大生を前にしている俺。俺が何をしたと言うんだ。何か可哀想な女子大生に話を合わせてあげただけだろう、普通は徳が積める出来事のはずなのに何でこんなことになってるんだ。


「だ、だいっ、大丈夫・・・へへっ、死んだら転生してるから・・・転生したら、今度こそ、今度こそ普通に、普通の人生を生きられるはずだからっ」

あぁ駄目だ、完全に心が逝ってしまっている。現代社会の闇を見た。

俺が殺さなくても自殺してしまいそうな雰囲気がばりばりだ。残念なことに俺は彼女を救う言葉を持ち合わせてはいないし、此処までくればどんな名言だって焼石に水だろう。むしろ秒で悪化させる可能性だってある。

本当に、何で俺がこんな目に。ただ普段通りの電車に乗って、女子大生に無理やり途中下車させられなかったらそのまま家に帰って冷凍庫の中のアイスを食べる予定だったというのに。

普段は降りない場所で降りたし、連れてこられた駅近くの細道は狭いし入り組んでるし薄暗いし、此処で人一人刺殺されてもすぐには発見されないだろう。


「すっごい幸せに、なりたいわけじゃっ、わけじゃなくて、ただ普通に、人並みに生きたい・・・生きたいだ、だけ、だからっ、え、えへっ」

えへっ、えへっ、と引き攣った笑みを浮かべて瞳孔の開き切った目でこちらを見ている女子大生はホラーだ。あ、待って、何こっちに走ってこようと・・・ちょっ、包丁持ってるのに飛び掛かってこな――


手が、ぬるりと湿った。




・・・人って精神崩壊するととんでもないことを仕出かすんだな。

鏡に映った虚無顔の子供は、虚無顔のままハンドソープで手を洗っていた。

学校から帰ってきて脱衣所にある洗面台で手を洗っている時、唐突に俺は思い出してしまったのだ。所謂『前世』というものを。

何故今この瞬間だったのかはわからない。内心宇宙猫状態になりつつ、ハンドソープのぬめりを水で洗い流して壁に掛かったタオルで水気を拭い取る。


異世界転生、成功してんじゃん。

現に俺は、あの女子大生をほぼ事故だが刺してしまった後からの記憶がない。単純にその後の人生を思い出せていない可能性があるが、刺してすぐ異世界転生したという説を是非とも推したい。・・・事故とはいえ人を刺し殺してしまった後の人生なんて、絶対悲惨だろうから。

俺が異世界転生に成功しているということは、あの女子大生も成功したのではないだろうか。人生のリセットは叶ったのだろうか。

確認する術は持ち合わせてはいないが、俺に人を刺し殺すという体験をさせた罰として是非とも幸せになっていて欲しい。じゃないと俺が手を汚させられた意味なくない?


正直なところ女子大生の身の上話にやや同情的な気持ちもあったし、たぶんあっちもあの時は正気じゃなかっただろうし・・・もう恨もうが泣き叫ぼうが過去には戻れないため、開き直った方が精神衛生上いい。泣いても過去には戻れないわけだし。

そう自分を納得させ、俺は冷蔵庫に駆け寄り冷凍室の中からカップアイスを取り出して食べた。



現在の俺は小学生。異世界転生と言っても、転生先は前世と同じ日本。しかもテレビはブラウン管だけど現代だった。良かった、下手にファンタジーな世界や戦国とか過去の世界じゃなくて。

しかし安堵もしていられない。なんとこの世界、普通の人には見えない化け物がそこかしこを漂ってる。そこで嫌な予感が一つと、ある日小学校の窓から街の一部に突然出現して数十分後に跡形もなく消えた『黒いドーム状の何か』に嫌な予感がまた一つ。

あ、此処はもしかして呪術で戦うあの世界ですか?とまた内心宇宙猫状態になってしまった。


そういえば、あの女子大生と最期に話したアニメの話はこの世界についてだった。それが転生先に反映してしまっているのだろうか。そうだと知ってれば、もっとゆるゆるでふわふわなアニメの話をしただろうに。

・・・待て。あの女子大生大丈夫か?正気度が限りなくゼロの状態で、更に悲惨な世界に転生?人生のリセマラをしだすんじゃないか???

いや、他人の心配よりまずは自分の心配だ、と首を振る。呪霊が見え、おそらく呪術界の誰かが生み出した帳も見えた。目を凝らせば、残穢っぽいものも見えてしまった。

自身の実力がどれほどのものかはさっぱりだが、このままうっかり呪術師に見つかれば呪術師をさせられてしまう。呪術師になることと早死にはイコールで結ばれている。

無理、なりたくない。俺は関わりたくない、関わるとしてもストーリー序盤に出てきたオカルト研究会の先輩ポジションで終わりたい。


モブに徹しようとすると逆に目立ってしまう謎法則は知っているが、基本的には今まで通り普通に生きていれば取り合えず何とかなるだろう。物語でよく見るような転生特典は今のところ思い当たらない。生まれながらに特別な術式を自覚しているわけでも、生まれが特殊なわけでもない。嬉しい事に俺の生まれた家は一般家庭、つまり非術師の家系だし、両親は呪霊のじゅの字も知らない。家系図を遠く遠く遡ったら御三家に行きつくとか、そんなミラクルが起きない限りはそれをネタに呪術界入りを果たすことはまずないだろう。

・・・とはいえ、だ。呪術師になりたくないとはいえ、呪力があるならそれを使いこなせるようになりたいと思わないわけでもない。もし目の前に呪霊が現れて、うっかり襲われたらどうする?無理、死にたくない。


見様見真似で拳に呪力を纏って、一番弱いであろう蠅頭を叩いてみて、蠅頭が無事消滅することは確認できている。ある程度の自衛は出来るだろう。だが基本的に、呪霊と出会ったしまった場合は何もせずに逃げるに限る。下手に呪力を使って残穢が残ったら不味いどころの話じゃない。

だからこそ俺は、こそこそと自宅の自分の部屋でのみ、呪力の特訓をすることにした。

呪力を拳に纏わせる、呪力を指先だけに集中する、呪力を薄く自分の周りに広げる、呪力のみを床を伝って移動させる・・・

呪力操作を見様見真似とはいえ、小中とずっと続けた。結局術式はわからないし、もしかしたら無いのかもしれない。呪術師でも術式を持たない人もいるし。


そして中学三年生になり、無事受験を乗り越えあとは卒業を待つばかりのある日・・・

「・・・あ」

前世の記憶を思い出して小学生のあの日のように、何の脈絡もなく唐突に出会ってしまった。

自販機のボタンを押そうとしている時で、俺は一度息を飲んでからボタンを押した。

ごとんっ、と落ちてきた炭酸ジュースを取り出し口から出しつつ「あー」と気まずげに声を上げる。


「久しぶり、って言うべきなんですかね」

ひんやりした炭酸ジュースのキャップを捻り、渇いていた喉を潤す。

気まずい俺とは違い、相手は俺に会えたことが嬉しいらしい。俺にしてもそうだが、相手の顔も前世と大して変わっていない。ちょっと違うところもあるが、そこま今世の両親の遺伝子の力だろう。

それでも一目でわかった。当たり前だ、あの時の逝った目も手を濡らすぬるりとした感触も、俺はまだ覚えている。


「うん、久し振り」

成程、そういえばこんな声だった。声はすっかり忘れていたが、返ってきた声ではっきり思い出してしまった。

「えっと・・・どう、今世は」

「うん、前世よりずっといい」

はっきり『幸せ』と言わないところに引っかかりを覚えるが、前世よりいい人生ならまぁ及第点の返答だろう。

そうだ、彼女は此処が呪霊がいる世界だと気付いているのだろうか。彼女の呪力の有無はわからないが、見えてないならその方が幸せだろう。


「あのね、ずっとお礼を言いたかったの」

「・・・お礼っていうか、強制的だったんですけど」

微妙な気持ちになりながら言えば、彼女はにこりと笑う。あぁ駄目だ、どうやらまだ彼女の正気度は低いらしい。それか、天性のサイコパス。

前者であることを祈りつつ「ま、幸せになれるといいですね」と俺なりのエールを贈ると彼女の笑みが深まった。ふと、前世の逝った目を思い出す。


「うん、私、これから幸せになれるの」

「・・・これから、とは?」

何やら雲行きが怪しい。俺の身体が逃亡したがっているのか、じりっと足が一歩後ろに下がる。

彼女はいそいそと鞄の中を漁り、財布を取り出す。なんだ?と見れば、彼女は財布から一枚の健康保険証を取り出し、差し出してきた。

困惑したまま保険証を受け取る。そこには彼女のものらしい名前が印字されている。

保険証の名前は、ふし、伏黒・・・は?

パッと保険証から顔を上げれば、幸せそうに笑っている彼女と目が合う。


そういえば今は西暦何年だ?原作の時系列ははっきり覚えていないが、テレビがまだブラウン管の時点で過去なのはわかっていた。今原作の何年前だ?彼女はおそらくまだ学生で『これから』という口ぶりではまだ『彼』とは出会ってすらいないだろう。

待て、もしかしたら伏黒は伏黒でも違う伏黒さんかもしれない。伏黒だからってそうと確定したわけじゃないはずだ。・・・けど彼女の様子からして、殆どそうだと確信しているらしい。いやでも待て・・・


「私、将来沢山愛されて可愛い子供も出来るの。転生して良かったなぁ」

えへっ、えへっ、と笑った元女子大生に俺は天を仰ぎ見た。




生贄転生の生贄を刺し殺した方




「いやその人ほぼ確で死ぬ人!」

それは勿論知ってる?知ってるならもっと生きる努力をしろ!折角の二度目の人生を棒に振るんじゃない!



あとがき

■生贄転生の生贄を刺し殺す方(強制)をした人♂
前世は前世、今世は今世、と半ば無理やり自分を納得させた。けどあの時手に感じたぬるりとした感触は覚えてるししっかりトラウマ。
術式はわかってないしもしかしたら無いかもしれないけど、呪力操作だけはプロ並みになる予定。

「人並みに生きたい」「生きたかっただけ」と正気度をすっかり失っていた元女子大生の言葉が忘れられない。
自分にトラウマ植え付けた癖にあっさり死を受け入れている元女子大生に「はー、おこだわ。絶対生き残らせて正気に戻してから前世のことを泣いて謝らせる」とやけくその決意をしたりする。


■生贄転生の生贄()をした人♀
物語でよく聞くような不幸を沢山経験してSAN値チェックに失敗し続けて正気度ゼロになった人。
家族で一緒にご飯が食べたかった。仲の良い友達が欲しかった。自分を愛してくれる人とお付き合いがしたかった。それが我が儘だと言うなら、せめて人並みに生きたかった。
実は今回も出生ガチャには失敗してて、家庭環境は前世と似たり寄ったりだしむしろ今世の方がやばやばまである。

最終的に死んでもいいから、一時の幸せが欲しい。


■まだ出会っていないプロヒモ
そのうち正気度の低い女と出会う。ついでにその女を更生させようとする愉快()な男にも出会う。
更生の一環として生存ルートが開拓される。



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