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※順平成代り主。


吉野順平に成り代わってしまった。

虐められることと死ぬことがほぼ確定する人生なんて真っ平御免だ。


だからこそ、僕は出来る限り当たり障りのない、影の薄い人間として過ごした。

映画は元々好きだったが映画研究部を立ち上げたりはせず、個人の趣味として楽しんだ。里桜高校は部活に所属することが義務というわけではなかったため、喜んで帰宅部になった。早く下校出来た方が、放課後に映画館や自宅で映画を楽しむことが出来るし。

映画研究部がなければ部室もなく、部室がなければ虐めの原因となる伊藤たちとの衝突も起きない。


ほんの一つだけの違いだが、お陰様で虐められてはいない。額に火傷の痕はない。

・・・だというのに、僕は特級呪霊『真人』と出会ってしまった。



「ねー、名前、考え事?無視しないでよー」

ぴっとり僕にくっ付いて媚びるような声色で話しかけてくる人は、正しいストーリーでは僕を異形に変えて殺す化け物。

その化け物は現在僕の膝の上を陣取って、ぐりぐりと頬擦りをしてきている。どういうことなのかなんて僕が聞きたい。


原作を知っているからこそ高校二年生になってからは映画館を避けていたのに、僕と真人は通学路という住宅地のど真ん中で出会ってしまった。

見えないフリをしていたのに「あれ?君、見えてるでしょ」とこちらのフリを見破った真人はあろうことか家まで着いて来た。相手は呪霊、こちらは人間、逃げられるわけもなく、あっさりと自宅への押し入りを許してしまった。


死へのカウントダウンが始まる。絶望的な気持ちの僕とは対照的に、僕の部屋にところせましと飾られている映画グッズや円盤を見て「あれは何」「これは何」と真人はいろんなものに興味を示した。

まるで小さな子供じゃないかと思ったところで、そういえば真人は生まれたばかりの呪霊なのだと思い出した。

機嫌を損ねて殺されるのは普通に嫌なため、僕は真人の問いかけに一つ一つ丁寧に答えた。


それは映画です。映画は見たことあります?あぁ、無いんですか。映画は普通映画館で見るんですけど、この円盤があれば家で手軽に見られるんですよ。え?見たい?・・・いえ、嫌じゃないです。じゃぁ好きなのを・・・あぁ、僕が選ぶんですね、はい。・・・は?やっぱりこれがいい?わかりました。じゃぁ何か飲み物持ってきます・・・映画を見る時は、ジュースとスナック菓子は必須なので。


もしかするとこの数秒後には死ぬかもしれない。そう思うと自然と目が死んでいく気がした。

ジュースやスナック菓子を用意するところも真人は興味津々で、別に食物の摂取は不要であろう身体でジュースを一口飲んで「わー!しゅわしゅわ!」と無邪気に笑っていた。・・・その無邪気さのまま人を玩具にするんだよなー、と無邪気の恐ろしさを知った。

プレイヤーに円盤をセットしてからベッドに腰掛けると、それに倣った真人が隣に腰掛けてきた。そう、この時はまだ隣だった。そうやって何故だか呪霊と並んで映画鑑賞をし、映画が終われば真人はあっさり帰っていった。

真人がいなくなった瞬間大きく胸をなでおろしたが、話はそれで終わらない。



・・・真人は、ほぼ毎日僕のところへやってきて、映画鑑賞を強請るようになった。強請られて断れるような立場でもないため大人しく真人と共に映画を見て、その度に真人は映画に影響されていった。

家族愛を描いた映画で僕の膝に乗るようになった。人々を助けるヒーローの映画を見て、ヒーローの首に腕を回して抱き着くヒロインのように僕に抱き着くようになった。初々しい高校生カップルが手をつなぐ様子を見て、にぎにぎと手を握ってくるようになった。

影響という影響が集結し、映画鑑賞中はまるでバカップルのようなべたべたとした距離感になってしまった。真人がどんなつもりでこんなことをしているのかはわからない。


「ねー、名前。こいつらはなんで口と口をくっ付けてるわけ?」

頬と頬をぴったりくっ付けた状態で、真人が不思議そうに画面を指さす。

真人が映画の影響を受けやすいと知ってから、露骨な恋愛映画は片っ端から押し入れに隠したはずだったが、真人は勝手に押し入れや引き出しを漁って恋愛映画を見つけ出してきた。

画面の中では社会人のカップルが幸せそうにキスを交わしている。僕の目は死んでいる。


「・・・愛情表現の一種です。愛する人と心が通じ合って、相手も自分のことを愛してくれているとわかって、初めて許される行為の一つです」

まぁ、愛がなくてもキスの一つや二つ出来る人間はいくらでもいるが、そこまで細かく説明する必要はないだろう。真人が影響を受けませんように、と内心祈ってばかりだ。

「ふーん。ねぇ愛するってどんな感じ?」

「・・・一緒にいたい、この人と幸せになりたい、とかですかね。でも話しているだけで楽しいとか、結ばれなくてもその人が幸せならそれでいいとか、そういう献身的な愛の形もあります。愛なんて、一つじゃ語れない複雑なものですよ」

「へー」

パッと頬が離れて行く。嫌な予感がして視線を動かせば、笑顔の真人が僕の唇にキスをした。ちゅっと特級呪霊から発生するには可愛すぎる音の後、真人の顔が離れる。


「じゃあ名前が俺に愛を教えてよ」


何処か聞いたことのあるような、使い古されたチープな台詞が生まれたばかりの呪霊の口から出てくる。

人外に愛を教える物語は星の数ほどあるが、目の前の呪霊には愛が伝わる可能性が一ミリも感じない。

しかしここで「嫌だ」「無理だ」というような真人の言葉を拒絶するような返事は出来ない。そんな返事は許されていない。


「いいですよ」

「わっ、やった」

嬉しい!と本当に思っているのかわからない言葉と共に再び抱き着いてきて、頬や額にキスをされた。頭をがしがしと乱暴に撫でてくるのは、一昨日に見たペットと飼い主の感動ストーリーの影響だろう。撫で方が人間に対するそれではない。

結局のところ真人が現在こんなことをしているのは、新しい遊び程度の意味しかないのだろう。

本気で愛を知りたいとか、誰かに愛されたいとか、この化け物は考えていないはずだ。飽きたらきっと殺されるし、真人が僕を殺すことに躊躇しないだろう。そういうヤツだと僕は知識として知っている。


「ね、ね。どんなことしてくれるの?」

期待いっぱいに笑う真人に、僕は曖昧に笑ってその身体を抱きしめる。

「まずは、人間の撫で方を教えます。あまり強く撫でると髪が抜けたり首が折れたりすると思うので、こうやって優しく・・・髪を梳くように撫でるんです。真人さんは髪が長いから、乱暴に撫でると髪が絡まってしまうだろうから、優しく優しく・・・」

真人を抱きしめたまま、頭を撫でる。髪の中に指をさし込んで、髪を絡ませたりはしないようにゆっくり慎重に。驚くほどさらさらの髪は多少乱暴に撫でても乱れたりしないだろうが、それでも慎重に。

抱き締めたのは真人の顔を見なくていいようにと、僕自身の微妙な表情を見られないようにするためだ。


「・・・ん。なんかくすぐったいね」

「嫌ですか」

「ううん、嫌じゃない。うん、これ結構好きかも。もっと撫でてみてよ」

すりっと首筋に真人の額が擦り付けられる。

一先ずは気に入られたらしい。行動の一つ一つが残りの寿命に直結しているため、下手なことは出来ない。


「ねぇ、さっきの映画ではもっと強く抱きしめられてたよ」

「・・・抱きしめ方も人それぞれです。僕の場合は、好きになった人には出来るだけ優しくしたいので」

半分本当で半分嘘だ。本当は、下手に強い力で抱きしめて、真人の中で『抱きしめる』と『強く』がイコールで結ばれてしまった場合、うっかり絞殺される可能性があると思ったからだ。抱きしめる時は優しく、というのを真人に少しでも覚えて貰う必要がある。


「ふーん、そっか。優しく、ねぇ。俺の抱きしめ方は?あってた?」

「少し強かったですけど、死なない程度でいいと思いますよ」

「ふふっ、そっかそっかぁ」

機嫌が良さそうだ。


「あ、そうだ。今日はずっと俺を抱きしめといてよ。何か良い感じだから」

「・・・わかりました」

放課後から映画鑑賞を見始めて、既に夕飯の時間は過ぎている。母さんには真人との接触を極力避けるため、事前に「学校帰りに買い食いしておなかが空いてない。映画を見るから部屋に入らないで欲しい」と言ってある。呪力のない母さんには真人は見えないが、注意するに越したことはない。

本当は買い食いなんてしていないため空腹を感じ始めているが、食事のためだからと真人を離すことは許されない。


「・・・でも、ずっと膝に真人さんをのせたままだと僕の足が痺れて動かなくなってしまいそうなので、体制を変えてもいいですか」

「うんうん、いいよ」

真人を抱きしめたままベッドに横倒れになれば「わっ、一緒に寝るの?三日前ぐらいに見た映画みたい」と楽し気な声が聞こえた。


「ふふっ、名前が寝るのを見てようかな」

すりすりと頬ずりをされながら「・・・本当に寝てしまったらごめんなさい」と予め謝っておく。最近は心労がずっと続いていて、心労の原因が目の前にいるにも関わらず正直今にも限界がきそうだ。具体的に言うと、心労と不眠が直結していたせいもあり今にも寝てしまいそうだ。


「おやすみ、名前」

ちゅっと可愛らしい音と共にキスをされたのがわかる。眠ることが許可されたことがわかったからか、瞼が重たくなっていく。そういう術?と勘違いしそうな程、休息な眠気だ。

・・・今眠ったら、次はちゃんと目を覚ますことが出来るだろうか。そんな不安を胸に、僕は気絶するような眠りへと落ちた。




呪霊を抱いてお休み




「試しに名前以外の人間を抱きしめてみたんだけど、なんか駄目だね。名前より全然気持ちよくなくて、うっかりそのまま絞め殺しちゃった」

数日後のこと、膝の上に座って僕の手をにぎにぎ握って楽しそうに笑っていた真人のその言葉に、僕は「・・・そうですか」と声を絞り出した。


「ねぇ、もっといろいろしてよ。あれがいいな、恋人同士が服を脱いでたあれ。ね、いいよね?」

甘えるように言いながら僕の服に手を掛ける真人に、僕は「・・・いい、ですよ」と死んだ目で返事をした。

断れば死ぬが、それより前に心が死にそうだ。



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