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魔法士にとって命とりであるオーバーブロット、それが今目の前で起こってしまった。

ブロットに呑まれ正気を失ったリドルの背後にはまるでハートの女王のような姿をしたブロットの化身が現れ、周囲を滅茶苦茶に荒らす。

クロウリーの指示で逃げる寮生たちの目に映るその光景は、とても恐ろしいものだっただろう。


周囲に死の危険をもたらすオーバーブロットだが、一番危険なのは術者本人だ。感情が制御できず魔力コントロールが出来ない今の状態の彼は、早くどうにかしなければ魔力が底を尽き、命を落としてしまう。

逃げ惑う寮生たちの中で、エースやデュース、セイラの腕の中から飛び出したグリムは逃げようとはしなかった。

あの状態のリドルを放っては置けない、まだ謝らせてない、そう言いながらリドルを正気に戻そうとする彼等を見て、トレイもリドルを止めるためにマジカルペンを握りなおした。

柄じゃないと言いながらも、こうなったら仕方ないとケイトも自身のユニーク魔法を活用し、なんとかブロットの化身を撹乱しようとする。


しかしまだ入学したての一年生と三年生二人だけでは押し負けてしまう。トレイの魔法による上書きもそう長くは続かず、ケイトの魔法による撹乱にも限度がある。

ダメージはゼロではないがそれでもその凶暴性がなくならないブロットの化身に、彼等は「くそっ」と拳を握った。


「あぁ、幼い子供が泣いている」

そんな中そう呟き手に杖を構えたのは、それまでパニックで逃げ惑うことしかできない寮生たちに降り注ぐ薔薇の木を全て防いでいたセイラだった。

「セイラさん!?今は危険です!あなたはそのまま生徒の避難誘導をしてください」

前に出ようとするセイラを引き止めようとクロウリーが声をかけたが、それよりも早く彼女の杖がくるりとまわってきらりと輝いた。


「泣かないで坊や。今子守唄を歌ってあげましょう」

杖の輝きがリドルの背後の化身を包むのを見た瞬間、エースたちはあの鉱山での出来事を思い出した。

バキリッ、と砕ける音がする。

もがくブロットの化身を圧倒的な力で制圧し砕いていく音。

ブロットの化身の絶叫が響く中、微かに聞こえる子守唄。


「泣かないで、可愛い坊や」

囁くような子守唄を歌う彼女は優しくそう言って、杖をもう一度くるりと回した。


グシャッ


ブロットの化身が潰れ砕け、頭のインク瓶の中身をぶちまけると同時に、リドルはその場で意識を失った。

その光景をしばらく唖然として見ていた面々は、すぐにハッとして倒れたリドルへと駆けよる。

「リドルっ!あぁ・・・良かった」

意識は失っているものの、何とか命に別状はないらしい。

自身の幼馴染の無事を確認し安堵の息を吐くトレイの後からゆったりとした足取りで近づいてきたセイラがリドルの身体をそっと抱き上げて、まるで小さな子供をあやすようにその身体をぽんぽんと撫でる。


「いっぱいいっぱいまで沢山頑張ったのねぇ、よしよし、とってもいい子」

そんな風にあやされていたリドルは、しばらくして目を覚ました。

「はぁ、はぁ・・・僕は、一体・・・?」

目覚めたリドルは状況はあまり理解してはいないようだが、何とか正気に戻っているらしい。クロウリーが「良かった、正気を取り戻していますね」頷き、トレイが「リドル、安静にしていろ」と優しく声を掛ける。

それを見たエースが「甘やかすなよ」と言ったりデュースやグリムが囁かな文句を言おうとしたが、それはセイラが「しーっ」と唇に指をあてたため、最後まで言い切ることはなかった。


命の危機であるオーバーブロット後であるリドルの意識はまたすぐにでも失われてしまいそうだが、それでもリドルはその時強く思っていたことを口にする。

「ぼく、僕は、本当は・・・マロンタルトが、食べたかった・・・薔薇は白だっていいし、フラミンゴもピンクでいい・・・」

リドルがタルトや薔薇などの色にこだわっていたのは、それがルールであったから。本当は好きなタルトを食べて、楽しくお茶会がしたかった。

「お茶に入れるのは角砂糖より蜂蜜が好きだし、レモンティーよりミルクティーが好きだ」

「まぁ、貴方の好きなものが沢山知れて嬉しいわ」

リドルの頬が優しく撫でられる。自分が誰かに抱き寄せられていることに漸く気付いたリドルは、自分を優しく見下ろす女性を見て、思わず目の奥がじわりと熱くなるのを感じた。


「み、皆と、食後のお喋りだってしたい・・・」

「えぇ、きっと皆も貴方とお喋りしたいでしょうね。私も、貴方と沢山お喋りしたいわ」

「ずっと、も、もっと・・・トレイたちと遊びたかった・・・う、うぅ・・・うううっ・・・」

ぽろぽろと零れる涙をセイラがハンカチで優しく拭う。それでもどんどん流れる涙は、リドル自身でも止めることは出来なかった。

声を上げて泣くリドルがセイラにあやされている様子を見ながら、トレイも泣きそうな気持ちになる。


「俺も悪かった。お前が苦しんでるのを知ってたのに、ずっと見ない振りをしていた。・・・だから、今日は言うよ。リドル、お前のやり方は間違ってた。だから皆にちゃんと謝るんだ」

トレイに言われ、リドルはしゃくり上げながらも「ご、ごめ、ごめんなさい・・・ごめんなさいっ!」と大声で謝った。

それを温かい目で見る面々。少し離れた場所に避難していた寮生たちも、あそこまで泣いて謝る寮長の姿には胸にくるものがあったのだろう。先程まで感じていた恐怖が少し緩むと同時に「まぁ、許してやってもいいかな」という雰囲気になってきた。

「俺、寮長が今までの行動を謝ってくれたら、言おうと思ってたことがあるんスけど・・・」

周囲が温かく見守る中、唯一声を上げたのはエースだった。

エースはセイラに抱かれているリドルを見下ろし、大きく口を開いた。


「ゴメンの一言で済むわけねーだろ!絶ッッ対許してやらねーー!!!」

あまりにも空気を読まない絶叫に、寮生たちがドン引きの表情を浮かべる。それに気付かず、続けざまにリドルに文句を言おうとしたエースは「あらぁ?」という声で言葉を止めた。

見れば、セイラが不思議そうに首を傾げている。


「まぁエース、リドルはきちんと謝ったのに、貴方は謝らないの?」

「へ?」

「あらあら駄目よ。最初に悪いことをしちゃったのはエースなんだから。ほら、勝手にパーティ用のタルトを食べちゃってごめんなさい、でしょ?」

「う、で、でもさ、こっちは散々こけにされたし、今回は俺の方が被害者だと思うし・・・」

どれだけ言い訳を零そうとも、セイラは首を傾げたまま。それも笑顔で首を傾げているせいで、雰囲気は柔らかいのにエースは不思議と言い逃れ出来ない状況であると感じた。

謝りたくない思いと謝らないといけない状況、エースは「ふぐぐっ」と声を上げながらもいまだにしゃくり上げているリドルを見た。


「ご、ごめん、なさい!」

「ふふっ、いい子ねエース」

顔を真っ赤にしながら謝るエースの姿にケイトが小さく「うわっ、エースちゃんもヤバイけど、セイラちゃんもヤババぁ・・・」と顔を引き攣らせる。

「で、でも!どう考えたってそっちの方がやらかしてるからな!涙ながらに謝ったぐらいじゃ、誰も納得しねーんだからな!」

苦し紛れにそう怒鳴るエースだが、リドルはぽろぽろ涙を流しながら「じゃ、じゃぁどうすればいいの?」と素直に問いかける。


「えっ・・・あ、じゃぁ・・・俺、しばらく誕生日じゃないし・・・だから!『なんでもない日』のパーティのリベンジを要求する!」

「リベンジ?」

「俺たち結局パーティに参加できてねーし。そんで、今度はお前がタルトを作って持って来いよ」

あっ!トレイ先輩に手伝って貰うのはナシだからな!と付け加えるように言ったエースに、リドルは素直に頷いた。


「っつーか!セイラは何時までそいつを抱きかかえてるわけ!?さっさとトレイ先輩に任せればいーじゃん!」

「それは僕も思っていたところだ、セイラが抱える必要はあるのか?」

「ふなぁっ!そこは俺様の席なんだゾ!起きたなら、交代するんだゾ!」

抗議する三人にセイラは「あらあら、硬い地面じゃ可哀想なんだもの」と笑いながらリドルの頭を撫でる。


「あ、あの、彼等の言う通りだ・・・僕はもう、大丈夫だから・・・」

冷静に考えてみると女性に抱かれている今の状況が恥ずかしいものだと気付いたリドルがそう言うと、セイラはくすくすと笑う。

「頑張り屋さんで可愛いリドル。これをきっかけに、貴方がもっともっと素敵な魔法使いになれますように」

「あ、ありがとう・・・」

話が噛み合っているのかいないのか、頭を撫でながら駆けられた言葉にリドルは咄嗟にお礼を言う。セイラの笑顔がさらに深まるのを感じた。


「辛くて辛くて堪らなくなって、お母様のことも嫌になってしまったら、その時は私を頼りなさい。あなたを私の子にしてあげるから」

「・・・君の、子供?」

「えぇ。あなたは後から家族になるから、グリムの弟ね。私の可愛い子供で、グリムの弟。末っ子だもの、沢山甘えていいのだからね」

ぎゅっと抱き締められ、リドルの視界が埋まった。それがセイラの豊かな胸だと気付いたのは、エースとデュースの絶叫と、グリムの抗議する声のおかげだ。






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