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08





事務員としての就業初日にしてはなかなかに濃い一日だっただろう。

化け物を倒したのがセイラだとしても、その前に魔法を連発していた三人はくたくた。エースとデュースは自寮であるハーツラビュルへ、セイラとグリムの二人は趣は残しつつすっかり綺麗になった寮へ、それぞれ帰って行った。


寮へ戻ればセイラが温かなスープをグリムに振舞った。空腹に沁みる優しい味のスープに温められたグリムは、スープを飲んだ後すぐに眠りにつく。

そんなグリムを優しく抱き、昨晩と同じように柔らかなベッドで眠りについた彼女。穏やかなその眠りは朝まで続くと思われたが、真夜中に玄関から響く激しいノックの音でそれは遮られてしまった。

ふなっ!?と驚いたように目を覚ましたグリムと共に彼女が玄関へ向かう。その足取りは相変わらず軽やかだ。


「あらあら!真夜中にお客さんだなんてわくわくしちゃう」

「全然わくわくしないんだゾ・・・ただの非常識な客なんだゾ」

グリムは不機嫌そうに呟き、大きな欠伸をする。

彼女の杖によって薄っすら照らされた廊下を抜けて玄関に行くと、さっさと開けろとでもいうように再び激しいノックの音が響く。彼女が「あぁ、もう少しお待ちになって」と笑いながら玄関を開けば、そこにいたのは不貞腐れた顔の、何故だか首にハートの首輪が付いたエースだった。


あらまぁ!と驚きながらも快くエースを談話室へと通したセイラは、温かなミルクをマグカップに用意してエースとグリムの二人に渡す。

不機嫌だったグリムも不貞腐れていたエースも、温かくて甘いミルクを一口飲めば少しだけ肩の力が抜けた。


「それで?エースはどうして此処に来たのかしら。嫌な夢でも見た?」

「んなわけねぇじゃん!餓鬼じゃあるまいし」

「あらあら、じゃぁ理由を聞かせてちょうだい。可愛いお顔が台無しだわ」

くすくす笑いながら皺の寄ったエースの眉間に少し触れたセイラ。くすぐったかったのか「やめろよ」と軽くセイラの手を払い、エースはつい先程の出来事を語り始めた。


曰く、エースとデュースは夕食を食べることが出来なかったらしい。

それもそうだ。四人が帰ってきたのはもう随分と暗い時間で、食堂は開いていなかった。デュースは我慢してベッドで眠りについたが、エースが我慢しきれず寮のキッチンへと忍び込んだらしい。寮にある冷蔵庫に何か食べれそうなものはないか、と確認するために。

冷蔵庫を開くとそこにあったのは3ホールの美味しそうなイチゴタルト。空腹によって更に美味しそうに見えたそのタルトを、1ピースだけ、エースは食べたのだ。


「・・・で、それを寮長に見つかって、首輪を掛けられたっつーわけ」

「馬鹿なんだゾ」

「あらあらグリム、そんなことを言っちゃいけないわ」

グリムの容赦のない言葉でムッと顔を顰めるエース。それを見たセイラはくすくすと笑った。


「もう絶対ハーツラビュルには戻んねぇ。今日から俺、此処の寮生になる!」

「まぁ!それはとっても嬉しいけれど、そんなに結論を急ぐ必要はないわ。寮にはこれから仲良くなれる子達が沢山いるんだから。折角のチャンスを棒に振る必要はないのよ?」

優しい手つきで頭を撫でられたエースはムスッとしたまま「別にダチとかそういうのは今関係ねぇし」とぼやく。


「そもそもたった1ピースでこの仕打ちって可笑しいじゃん。この首輪が付いてる間、魔法が一切使えねーんだぞ!」

「うげぇ・・・俺様、それは嫌なんだゾ」

「大変ねぇ。じゃあその子はそんなことをしちゃうぐらい、タルトの1ピースがなくなるのが残念だったのね」

「ちょっと可哀想なんだゾ。あっ!もしかしてそのタルト、何かのパーティー用だったんじゃねぇか?」

魔法が使えなくなったと知り少しだけ同情的になったグリムは思い浮かんだ理由を告げる。確かに同じタルトが3ホールもあるなら、一人で食べる用ではないかもしれない。

エースにはそのタルトが何用だったのかはわからないが、どうやらグリムもセイラも、エースのことを全面的に擁護してくれるつもりはないらしい。

甘いミルクでほんの少しだけ落ち着いていた心が再びささくれるのを感じて、グッとエースの下唇が突き出た。顔全体で『不満』を表現している。


「ねぇエース、エースはその子にタルトを食べてしまったことを謝ったのかしら。もしかして、首輪を掛けられてからすぐに此処に来てしまったの?」

セイラの問いかけにエースは返事をしない。無言こそが答えだろう。

「エース、貴方はその子にきちんとごめんなさいしなくちゃいけないわ」

「・・・セイラなら、俺の味方してくれると思ってきたんだけど」

「まぁ!勿論よ可愛い子。でもね、小さな蟠りを残したままでいては駄目よ。気付いた時には、とんでもない大事に変貌する可能性だってあるんだから」

諭すように言うセイラは再び優しい手つきでエースの頭を撫でた。餓鬼扱いすんな!と突っぱねても良かったのだが、エースは自分を叱りつけるよりも優しく諭すその手を払いのけることは出来なかった。


「ちぇっ・・・たかがタルトで考えすぎじゃね?まぁ、セイラが付いてきてくれるんなら考えてやってもいいけど」

「ふふっ、えぇ構わないわ。朝になったら謝りに行きましょうね」

グリムとエースのマグカップの中身が空になると、セイラは「もう遅いから今日はお泊りしていってちょうだいな」と楽しそうに笑う。


話が終わったからグリムは既にうつらうつらしているし、エースもエースで最初から泊まる気満々だったため、大人しくセイラに付いて行く。

元々が寮だったため部屋は沢山余っていて、その部屋のどれもこれもが綺麗に整えられていた。


「さぁエース、お好きなお部屋を使ってね。枕の使い心地はどうかしら?お部屋の温度は?眠れないなら、子守唄も歌ってあげる」

「だぁあっ!いいから!突然押しかけたのは俺なんだし、そんなもてなさなくていいから!」

この寮に足を踏み入れてから薄々感じてはいたが、あまりの好待遇にだんだん恥ずかしくなってきたエースは、にこにこ笑うセイラを部屋から追い出して朝までぐっすりと眠りについた。




翌朝はベーコンやトーストの焼ける良い香りで心地の良い目覚めを体験したエース。

寝癖もそのままにキッチンを覗き込めば、エプロン姿のセイラが楽しげに歌いながら踊っていた。

・・・見間違いでなければ、空中に浮いたトーストが一人でに皿にのったり、フライパンが手際よくベーコンと卵を焼いているように見える。セイラは踊りながらヨーグルトの器に鮮やかなブルーベリーを飾っていた。

当然のように魔法が多重展開されている光景にビビったエースは完全に目が覚める。


え?家事のほとんどを魔法でして疲れないの?うちの母親は普通に手作業で家事してるけど???と困惑するエースの姿に気づいた彼女は「まぁ!おはよう、寝癖の可愛いエース。お顔を洗ったら、談話室で待っていてね」と優しく微笑んだ。

言われた通り顔を洗って、ついでに髪を整えて目元のフェイスペイントも済ませて談話室に向かう。

先にいたグリムが「おはようなんだゾ」と案外礼儀正しく挨拶してくるものだから、エースもついつい「お、おう、おはよう」と返してしまった。

談話室も昨晩エースが泊まった部屋もとても綺麗で、アンティーク調の家具(おそらく実際に古い)も大変お洒落だ。

ソファもふかふかで、うっかりもう一度眠ってしまいそうなほど。

そんなエースが再び眠ってしまう前に、ふわふわ浮かんだ朝食プレートがソファ前のローテーブルに並んだ。


「待たせてごめんなさいね!さぁ食べましょう」

カリカリのベーコン、とろりと黄身がとろける目玉焼き、きらきら輝くオニオンスープと焼き目が綺麗なトースト。デザートのヨーグルトも美味しそうだ。

昨晩までの予定では、朝食は寮に戻って食べるつもりだったエースだったが、目の前のシンプルめだが大変美味しそうな朝食を前に寮に戻るのは朝食後にしようと決めた。

まぁどうせ、今日の授業に必要な教材を取りに戻らないといけないが。

美味しい朝食に舌鼓をうっていると、玄関の方からノックの音が聞こえた。

やってきたのはデュースで、エースが寮にいないことに気付き迎えに来てくれたらしい。なお、エースが昨晩起こした問題行為については既に寮生たちに知れ渡っているそうだ。


「寮長のタルトを盗み食いして首輪をはめられるとは・・・お前、相当馬鹿だな」

「うるっせ!お前にだけは言われたくねーよ。・・・ところで、寮長まだ怒ってた?」

やはり一番の心配は寮長だ。寮で生活するうえで、そのトップにある寮長に目をつけられたままでいるのは不味い。早く謝りに行った方が良いのはエースにもわかってはいるものの、その怒りがまだおさまっていないのであれば少々委縮してしまう。

一晩経って多少は怒りがおさまっているのではと期待したエースの問いかけに、デュースは「そうでもない。少しイライラしている様子で、起床時間を守れなかった奴が三人程お前を同じ目に遭っていた」と返事をした。つまり、怒りはおさまっていないらしい。

がっくりと肩を落とすエースに「あらあら」と困ったように微笑んだセイラは「デュース、エースを迎えに来てくれて有難う。朝ごはんはもう食べたのかしら?」とデュースに問いかけた。


「あっ、すまない!朝の挨拶がまだだった。おはよう、セイラ」

「えぇ、おはようデュース。きちんと朝の挨拶が出来て偉いわ。きっと素晴らしいお母様のもとに暮らしていたのね」

「!そ、そうなんだ。母さんからは、よく『挨拶ぐらいちゃんとしな!』って言われてたんだ」

自分の母親が褒められてぽぽぽっと顔を赤くしたデュースは気分が良くなったからか「仕方ないな、ローズハート寮長に謝りに行くなら、僕もついて行ってやろう」と言う。

元々エースに付いて行く予定だったセイラと、セイラが行くならと仕方なく付いて行くことにしたグリムも加え、四人でハーツラビュル寮へと向かうことになった。






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