※『王子様を迎えに行きましょう』続編。
急上昇のアイドルヒーロー、と言えば人々はすぐに『名前』という名前と爽やかな笑顔を思い出すだろう。
以前から『今人気の若手男性ヒーロー』として名をはせていた彼は、何時の間にやら写真集やデビューシングルのアルバムなどを出していた。
バラエティにも引っ張りだこで、テレビや街中で彼の名前や顔を視ない日なんてない。
一部では「いつヒーロー活動してんだ?」と嘲るような言葉が囁かれているが、そんなの世間からの絶大な人気に比べれば些細なものだった。
けれどそれを本人が認めているかと聞かれれば、答えは『NO』だろう。
ヒーローとして業界に入ったはずなのに、舞い込んでくる仕事は芸能活動ばかり。今ではすっかり、ヒーローとしての『名前』ではなく、アイドルとしての『名前』ばかりが望まれるようになってしまった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
真面目な名前は舞い込んできた仕事は全てきちんとこなしつつも、心の疲れは癒されることのないまま蓄積していった。
「・・・はぁっ」
ラフな格好、見バレ帽子にキャップを深く被り、サングラスもマスクも付けたその男こそ名前だ。
たまの休みも気を抜くことが出来ないなんて、芸能人そのものではないか。
学生時代は良かった。ヒーローになるため、未来に希望をもってただ只管に自分の力を磨き続けた。人々を守りたい、人々を笑顔にしたい。
その夢は今、ある意味叶ってはいるだろう。けれど名前の理想とは程遠いものだった。
今月はドラマの撮影も入っていて、ヒーロー活動が殆ど出来ていない。人気はどんどん上がっているが、それはヒーローとしての人気じゃない。
名前は人目を避けるように静かな公園に足を踏み入れ、その一角にあるベンチへ項垂れるように座り込んだ。
入った事務所が悪かったのだろうか。芸能活動も積極的に取り入れている事務所は名前の魅力にすぐに気付いた。積極的に名前のスケジュールに芸能活動を盛り込み、今では大半が芸能活動。ヒーローの癖に、専属のマネージャーが付いている始末だ。
今日だってマネージャーが付いてきそうになったが、名前はなんとか撒いてきた。アイドル活動ばかりとはいえ、腐ってもヒーロー。マネージャーを撒くなんてそう難しいことではない。
しかしきっと、少ない休みが終わればマネージャーに文句を言われることだろう。事務所は名前のプライベートまで、本当に一切を管理しようとしている。
「無責任に全てを投げ出してしまいたい」
そう口にはするものの、実際にそんなことをするのは彼自身が許せないだろう。真面目もここまで来ると病気の一種なのかもしれない。
そんな彼に近づいてくる人影があった。
まさかファンに気付かれた?と少し警戒しつつ視線を上げた彼の目に映ったのは、ふらふらした足取りの男。もしかすると具合が悪いのだろうか。咄嗟にベンチから腰を上げた名前は「どうかしましたか、具合でも悪いんですか?」と男に問いかけた。
「・・・あぁ、ちょっと喉が渇いて」
「具合が悪いなら此処に座ってください。水を買ってきます」
公園の外に自販機がある。名前は男をベンチに座らせ、自販機でミネラルウォーターを買って戻った。
具合が悪い人を見過ごせはしない。名前が差し出したミネラルウォーターの蓋を開けようとする男の薬指には包帯が巻かれていて、上手く開くことが出来ない。
「良ければあけますよ」
「・・・有難う」
「いえいえ」
男から受け取ったペットボトルの蓋をすぐに開けて男に返せば、男は少しかさついた唇で笑った。
男と隣り合うような形でベンチに座った名前は「もし近所なら、家まで送りますよ。具合がどうしても悪いなら、病院にも行きましょう」と提案する。
すると男は「親切なんだな」と笑う。名前は「まぁ、これでもヒーローの端くれなので」と苦笑を浮かべた。
「へぇ、お兄さんヒーローなんだ。もしかしてプライベートだからそんな格好してんの?」
深く被った帽子とサングラスとマスク、どう見たって顔を隠している様子を指摘された名前は「お恥ずかしながら」と返事をした。
これが普通のヒーローなら顔を隠したりせず、堂々としているのだろう。それが出来ない自分が恥ずかしくてたまらない。
また大きなため息を吐きそうになった名前に、男は「あ、もしかしてさ」と声を上げる。
「お兄さん、前に俺と会ったことない」
「え?貴方と?えーっと・・・」
一瞬「あのアイドルヒーローの名前でしょ」と言われるのではと警戒した名前は、思いがけない言葉に男を注視する。
じっと見つめた男の顔、姿・・・
「このハンカチとか、見覚えない?」
正直なところ男の姿にはピンとこなかったが、男がポケットから出てきたハンカチには見覚えがあった。
「もしかして、あの時具合を悪くしていた方ですか?」
また彼がアイドル活動よりもヒーロー活動に励んでいた頃。休日を使って街を探索していた名前は、路地で具合を悪そうにしている男と出会った。
鼻血を流しているその男に自分が持っていたハンカチを差し出したのを覚えている。
しかし男は自分が一瞬目を離した隙にいなくなってしまっていたため、ハンカチを差し出しただけで助けることは出来なかった。
「良かった、無事だったんですね」
「あの時は悪かったな。早く家に帰って休みたかったんだ」
「いいえ、それは別に。身体が弱いんですか?あの時も今日も・・・」
見知らぬ男が、以前目の前にいた救うべき人という認識に入れ替わった名前は、気遣わし気に男を見る。
男は笑って「まぁ何時ものことだし、平気」と返事をする。その返事がむしろ名前の心配を増す。
「やっぱり心配だな・・・あの、よければ家まで送ります。喉が渇いて具合も悪いなら、もしかすると脱水の恐れもある。家でゆっくりしてください」
「送るなんて悪いなぁ」
「いえ、これでもヒーローの端くれなので」
胸を張ってヒーローだからと言えないのが少し悲しく思いながら、名前は男を家まで送ることにした。
「ところで貴方の名前を聞いてもいいですか?」
「弔」
「弔さんですか、俺は・・・あー、名前です」
本名でヒーロー活動をしているため名前を明かすことに少し戸惑いを覚えたが、自分から名前を聞いた手前言わないわけにもいかない。
名前の名前を聞いた弔が「へー、名前って言うんだ」と案外普通の反応をしたことから、名前はほっと息を吐いた。
もしかするとテレビの情報に疎いのかもしれない。それとも、テレビや街で見かける『名前』と、目の前の名前が結びつかないのかも。
どちらにしても名前には好都合で、名前は安心して弔を家に送り届けることが出来た。
「あれ?家って、バーなんですか?」
「そうそう。あ、良かったらゆっくりしてってよ。奢るから」
少し奥まった、隠れた場所にひっそり佇みバー。昼間だからまだCLAUSEの札が立てられていたが、弔は構わず扉を開いて「帰ったぞ」と声を上げた。
すると出てきたのは黒い靄で覆われた姿をしたバーテンダー姿の男で、男は「おや、お帰りなさい」と言いながら名前の方も見た。
こんにちは、と挨拶をすれば「あぁ、お客様ですか。開店前ですが良かったらどうぞ」と席を進めてくれる。おそらく弔が連れてきた人間だからだろう。
名前は遠慮したが、弔が「座ろうぜ」と名前をカウンター席へと呼ぶ。
まぁ少しなら、と腰かけた名前の隣にぴっとり寄り添うように弔も腰掛けた。
「今日はヒーロー活動休みなんだろ?もうちょっとゆっくりしていけよ。酒とかつまみとか、好きに飲み食いしてっていいから」
「・・・あー、いえ、明日も仕事なので」
ノンアルコールだけ頼もうとする名前を押し切り、弔は「少しぐらいいいだろ」と酒を頼む。観念した名前はマスクを取ると少しだけ酒のグラスを傾け、それから驚いたように「美味しい」と声を上げた。酒なんて久し振りだ。普段から明日の仕事に響かないように、節制に節制を重ね続けてきたのだから。
弔は「大げさだなぁ」と笑い、先程名前に見せたハンカチを再び取り出す。
「これさぁ、最初はお前に返そうと思ってたんだけど、今じゃすっかり俺の宝物なんだ。まぁこれ、貰っていいか?」
「え?あぁ勿論。でも宝物なんて・・・ちょっと恥ずかしいなぁ」
アルコールが体内に入って少し嫌なことを忘れた名前は、ハンカチを大事そうに握り締めている弔に照れながら笑う。
「だった名前は俺にとって恩人っていうか、王子様だし」
「王子様?」
ついきょとんと首を傾げてしまう。
弔はにっこり笑い、こてんと名前の肩に頭を寄せた。
「そ、王子様」
「・・・ロマンチストですね、弔さんって」
「そんなんじゃないけど、そう思っちまうぐらい格好良かったんだ。あの時の名前」
「王子様なんて柄じゃないけど、嬉しいです。有難う、弔さん」
恥ずかしさと嬉しさで酒が進む。気付けばあっさり一つ目のグラスを開け、気付かぬうちに新しい酒が注がれていた。
残すのは申し訳ないからという理由で酒を飲み進め、いつの間にかすっかり酔ってしまった名前は、カウンターに突っ伏してしまった。
「・・・俺の王子様、大丈夫か?」
「ん・・・大丈夫、です」
カウンターに突っ伏しにくいからという理由で帽子もサングラスもなくなり、名前は素顔のままで微睡む。
明日は朝から仕事がある。ヒーローではなく、アイドルの方の。
マネージャーにも連絡を入れないといけない。ポケットに入れておいたはずの携帯電話は、何故だか名前の手元にはない。
携帯の代わりに床にぼろぼろの何かが落ちているが、微睡む名前にはそれがなんだかわからなかった。
「迎えに来たぜ、王子様」
「・・・ん」
自分に甘えるようにくっ付いてくる弔の体温により一層眠気を感じ、名前はそのまま意識を沈めていった。
そして王子様はいなくなった
数日後、世間はとあるニュースで埋め尽くされることとなる。
かの有名アイドルヒーローの突然の失踪。誘拐か自発的なものかは現在捜査中。
果たして世間に愛されたアイドルヒーローは、無事に帰ってくるのだろうか。
お相手:死柄木弔
シチュエーション:王子様を迎えに行きましょうの続き
ヒーローの癖にあっさり攫われちゃった話。
気付いたら監禁状態だけど、この様子だとあっさり絆されちゃう。