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※花沢勇作成代り主。


正直、兄がいると知った私は、思わずその場で小躍りしたくなるほどの興奮状態に陥っていた。

幼い頃からずっと兄弟に憧れていた。近所に住む家族は子だくさんで、私と同い年ぐらいの子には兄も姉も、弟も妹もいた。

賑やかな声がその子の家から漏れ出ていることも少なくはなく、隣の芝生は青く見えるとはよく言ったもので、私は何時だって羨んでいた。

淑やかな母と厳格な父。会話が全くないわけではなかったけれど、家の中は何時だって静かで、余計に私は『兄弟』を欲した。

弟か妹もいいけれど、出来れば自分より年上の、自分を導いてくれる人が欲しい。

自分が既に生まれてしまっている時点で母が兄を産めないのはなんとなくわかっていた。それが残念でならなかった。

けれどある日、まるで懺悔するように私にだけ告白をした父から、私は兄の存在を知ることとなった。


兄は私より後に軍に入隊し、序列的に私の部下になった。

花沢名前です!貴方の弟です!

そう叫んで飛びつきたい衝動を何とか抑え「父から話は聞いております。・・・どうか私のことを弟と思っていただけませんでしょうか」と言うに留めた。

一度宿舎で「兄様」と呼べば「規律が乱れますから」と言われてしまった。それからは、周囲に人がいない時だけそう呼ぶようにしている。

本当ならずっと、それこそ四六時中兄と一緒にいたい。兄が私の部下だというなら、直属の部下にしたい。けれどそれは父に駄目だと言われた。何故父は私の邪魔をするのだろう。けれど父は兄を作ってくれた人だ。あまり我が儘は言えない。

けれど少し、そう少しだけ、兄の幸せのお手伝いぐらいはさせて貰ってもいいだろう。

兄は優秀な人だけれど、そんな兄を妬んで酷いことをする輩が一定数存在する。

訓練でわざと兄につらく当たったり、時には不純なことを行おうとしたり・・・

軍とは元々上下関係が激しいものだが、それとは別の悪感情が兄に向いていると知ってしまったなら、それはもう私がどうにかしてあげるしかない。

兄を狙う不埒な輩はとりあえず日の目を拝めないように。

兄に理不尽な暴力を振るう者にはその手足を折り・・・

花沢の名を使って邪魔な者を別の隊に異動させたり、精神を患っていると噂を流して病院に隔離することだってした。

全ては兄のため。そしてそんな兄と一緒にいられるように、私自身のために。


もう何度も何度も何度も行ってきたが、一番許せないのは兄に対して不埒なことを行う輩だ。

目の前で尻もちを付いているこの男は、つい先日兄様と無理やり性交に及んだものだ。

私がどうしても抜けられない仕事で兄から離れていたそのうちに!あぁなんてことだ!まさか自分の序列を盾に兄に迫るなんて!

「ふざけんな死ね、殺すぞ下郎が、誰の許可を得てあの人の身体に触れた?手をそぎ落としてやろうか、あ?」

「ひっ!は、花沢少尉・・・」

「うんうん。その花沢ですけど?何?」

突然呼び出され部屋に来れば顔面を殴られ、何がなんだかわからないとでも言いたげな顔。

これっぽっちも罪の自覚がないその男を今すぐ殺したい衝動にかられた。


「お前が、先日尾形百之助を倉庫裏で暴行していたという情報が入った。これは本当ですか?」

普段の自分を意識して、直ぐにでも飛び出しそうな暴言を抑え込んでそう問い掛ける。

本当ですか?と言いながらも既にバレていることを悟った男は「ち、違います!」と首を振る。

「確かに倉庫裏で尾形との行為に及んだのは認めます!けれど、そ、そう!お、尾形に誘われまし・・・」

最後まで言い終わる前にそいつの顎を拳で砕いてやった。

顎が砕かれたせいで喋れないであろうそいつを見下ろし、私はにっこり微笑んだ。


「戯言しか言えない口にいらないな」

私の、私のための兄様に触れたその手もいらない。触れたという理由なら、その舌もいらないな。あぁもう二度と兄のもとへ行けないように、足も折ってやろうじゃないか・・・

「私は悲しい。とても、とても・・・君は軍人としては優秀な人だったのに」

私の手でその人材を一人減らしてしまわねばならないなんて。

そう呟いた私にそいつは引きつった声を上げ後ずさりをした。


「逃げられるとでも?」

部屋の外には私に近い側近二人が待機している。部屋の外に出ることは出来ないし、この部屋に近づける人間はいない。此処で何があっても、どういう結末を迎えたって、咎める人はいないのだ。

絶望しきったその顔に「どうぞ、兄様に手を出したご自身をお恨みください」笑顔で告げた。



動かなくなった男だったものを部下に任せ、私は部屋を出た。

あぁなんてことだ。今後はもうこんなことが起きないようにしなくてはならない。

どうしてどうして、兄様は私のなのに。どうして誰もそれがわかってくれないんだ。

兄様が「規律が乱れるから」という理由で兄様呼びを拒まなければ、すぐにでも軍全てに兄様が私の兄であると知らしめてやるのに。

そうすれば兄に逆らう人はきっといなくなる。そうした方が兄は幸せになれるのに。

でも兄の言葉は無視しない。兄がそうしろというなら、私は従うまでだ。


「花沢少尉」

声が聞こえ、私の気持ちは一気に高ぶった。

直ぐに服装を正し、くるりと振り返る。

「こ、こんにちは!兄様っ!」

まさか出会えるとは思えなくて、ついつい笑みが浮かぶ。

何かの用事の帰りだろうか。包みを手に歩いていた兄が「規律が乱れます」といつも通りの言葉を口にしながら小さく頭を下げる。

「も、申し訳ありません。けれどこの辺りにはあまり他人はいませんので」

「そういう問題では・・・おや、花沢少尉、手を怪我しているようですが」

「あっ、本当だ。うっかりしていました」

指摘されちらりと見れば、確かに怪我をしている。

下郎の顎を砕いたときに拳を使うんじゃなかった。しかも、それを兄に気付かれてしまうなんて。

でも、そういう細かいことに気付いてくれる兄に嬉しさがこみあげてくる。

怪我をした方の手を背に隠しつつも、つい口元が緩んでしまう。


「顔・・・」

「えっ?」

「笑ってますが、もしや痛いのがお好きなんですか」

「ま、まさか!今つい笑ってしまったのは、そういうわけではなく、そ、その・・・兄様に気付いて貰えたのが嬉しくて」

私の言葉に、兄は少し黙る。何か変なことを言ってしまっただろうか。また「兄様」と呼んだことに怒っているのだろうか。


「・・・俺は貴方が思っているより、貴方を見ていますよ」

「え?」

ぽかんとしている間に、兄は手に持っていた荷物を私に差し出した。

咄嗟に受け取るとさっさと兄は歩き出す。

何だろうと思いながら恐る恐る荷物を見れば、中には綺麗に頭を打ち抜かれた鳥がいた。

「それ、訓練中に偶然打ち落としたので。夕飯にでもどうぞ」

「あ、有難う御座います!」

既に随分遠くへ行ってしまった兄に大きな声でお礼を言えば、兄は何も言わず去って行ってしまった。

ドキドキを胸にこみあげてくる熱。ぎゅっと胸に手を押し当て、私は大きく深呼吸をした。

・・・畜生の餌にしてやろうと決めていたあの下郎は、畜生の餌にした後で残った骨を埋葬してやろう。兄との会話のきっかけを作ってくれた、せめてものお礼だ。

この鳥はどう調理しようか。鳥鍋はどうだろうか。鍋を作って、もし、もし兄を呼んだら、来てくれるだろうか。




業に呑まれたその兄弟よ




輝く瞳で自分を見つめるその双眼が、自分が傷つけられた時には何よりどす黒く濁るのだと知ったのは何時からだろうか。

若くしてさっさと出世していた腹違いの弟の、特に近い部下たちが夜中、青い顔をして何かを運び出しているのを見かけたのがきっかけだった気がする。

『花沢少尉にも困ったものだ』
『普段は人当たりの良い純朴な人なのに、何故尾形が絡むとこうなんだ・・・』
『隠しきるのにも限界があるというのに。今回の理由はなんだ?』
『確か「兄上に不埒な目を向けていた」っていう理由で目玉を抉っていたぞ』
『とんでもない理由だが、まぁ今回はこいつも幸運だったな。目は抜き取られたが、命は助かったんだから』
『両眼抉られて幸運って・・・お前も大分麻痺してんな』
『麻痺しないとやってけないよ。あの気狂いの部下なんて』
『まぁな。とっととこいつを精神病院に放り込んで、通常業務に戻るぞ』

こっそり後を追えば、そんな会話がはっきりと聞こえた。

翌日、俺に対して嫌味なことを言ったり目つきが怪しかった先輩軍人が『精神を病んで』だとかそういう理由で除隊したことを知った。

それからというもの、よくよく考えれば俺にとって有害だと思われる存在が、忽然と消え去ることがよくあった。更によく考えれば、それは以前から・・・正確には、あの男と出会ってからだったように思える。


屈託のない混じりけのない純粋な笑顔。両親から望まれ、愛されて生まれてきた人間はこうなるのかと、酷くどす黒い感情が浮かんだものだ。

けれど腹違いの弟の、花沢名前は、それだけの男ではなかった。

愛を受けて育ったはずなのに、何故こうも歪んだのか。

ずっと一人っ子が嫌で、兄が欲しかったのだと・・・そう照れた様子で言っていたのを覚えている。まさかずっと望んでいた兄が、俺と言う存在が、あの屈託のない男を狂わせたとでもいうのだろうか。母を狂わせた、父のように。

ならば、あぁ、あの人はやはり気狂いなのか。

俺は花沢という家に感じるどす黒い感情とは別に、湧き上がる別の感情に口元が歪むのを感じた。




お相手:尾形
シチュエーション:お任せします

うっかり歪んだ方向に話を進めてしまいましたが、お兄ちゃんが関わらなければ勇作成代り主は本当に良い子だ。お兄ちゃんが関わらなければ。
たぶんこの弟なら、何とか生き残れる気がする。


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