少し前に芭蕉さんの弟子になった始という青年がいる。
僕よりも年下の癖に僕よりも身長が高い、少し癪に障る人ですが・・・
「曽良さん、曽良さん!」
彼は兄弟子である僕を何時もそう呼んで近寄ってきます。
「あのっ、お茶飲みますか?あ、それともお団子とか!」
・・・あるはずのない尻尾が千切れんばかりに振られているように見えます。
彼はまるで犬だ。それも、僕に物凄く懐いた。
「いりません」
「そ、そうですか・・・」
しょぼんっとする彼に別に罪悪感は感じません。
最初のうちは相手にしていましたが、正直そろそろウザいですから。
彼はしょんぼりした表情のまま「では師匠のところに行って来ます」と芭蕉さんのところにいく。
僕と違って芭蕉さんを「師匠」と呼ぶ彼は、芭蕉さんには大分可愛がられています。
まぁ、芭蕉さんが変な句を詠んだ時にはさすがの彼も顔を引き攣らせますけどね。
「・・・まったく」
何故彼はあぁも僕に懐くのか。
「そ、曽良さん!」
「・・・ぁ?」
小走りでこっちに戻ってきた彼は僕にずいっと近づいて「き、聞いてください!」と言ってくる。
此処で断ればもっとう煩くなることは確実なので「何ですか」と適当に返事をする。
彼はそわそわした感じで「ぁ、あの」と言うと、まるで言葉に迷っているかのように視線を漂わせた。
・・・話しかけるなら何を言いたいのか最初からまとめてくれば良いのに。
「話がまとまってないなら、もう僕は行きま――」
「ちゃ、茶屋に!」
「・・・?」
「師匠が最近美味しい茶屋が出来たとおっしゃってたんです」
「へぇ。それは初耳ですね」
「そ、そこでなんですが・・・」
彼は突然僕の両手をぎゅっと掴む。
真っ直ぐとこちらに向けられる目。
緊張の面持ちでごくっと息をのんだ彼は・・・
「い、一緒に行きませんか?」
「・・・僕と君が、茶屋にですか?」
「は、はい!!!!」
「何故」
怪訝そうな顔をして言えば、彼は「ぅっ」と怯んだような顔になる。
「っ、そ、それは・・・僕が曽良さんと行きたいからですっ」
「何故貴方はそんなに僕に懐いてるんですか。理解が出来ません」
「それは!」
「・・・・・・」
「あ、貴方のことが、その・・・・・・だ、から」
もごもごとして最後の方が聞こえない。
まったく、こんなに近いのに聞こえないって、どれだけ小さな声で言ったんですか?
「聞こえません」
「好きだからです!!!!!何度も言わせないでくださいっ!」
顔を真っ赤にした彼が叫ぶように言った。
ついぽかんとしてしまった僕は、その言葉の意味を探す。
いや、探す必要などない。
ただ・・・
「ッ・・・何で僕なんですか」
「曽良さんのことっ、初めて師匠から紹介された時から、ずっと好きでした・・・い、一生懸命アピールしてたつもりだったんですが、どうにも届いてなかったようですね・・・」
カァッと赤い顔をしている彼にこちらまで顔が熱くなってくる。
嗚呼まったく、何なんだ・・・
「ぁ、あの、返事とか・・・いただけますか?」
「茶屋」
「ぇ・・・」
「茶屋に行ってあげますよ」
「ぇ、と・・・だから、返事を――」
「・・・貴方はわざわざ僕から返事を聞かないとわからないんですか?」
「・・・・・・」
「僕は嫌いな人とは茶屋になんていきません」
ふいっと顔をそむけ、そのまま彼の反応を待つ。
僕の手を握ったままだった彼はふるふるっと震えだし・・・
「や、やったぁ!!!!!!」
「ちょっと、そろそろ手を離してください」
僕の手を握ったまま手をブンブンッと動かす彼に軽く呆れる。
「ぁ、待ってください、も、もう少しだけ!」
慌てたような声をだし、更に強く僕の手を握る彼。
その嬉しそうな顔を見ていると、本当に呆れるしかない。
けどまぁ・・・
「ぁ!曽良さん今笑っ――」
「気のせいです」
これだけ素直な反応を見せる彼のこと、不思議と嫌いにはなれないんです。
兄弟子とわんこ