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デルカダールの宝物庫に保管されていたレッドオーブが盗まれたのは、半年以上も前のことだ。

犯人である青年はあっという間に捕まったものの、盗まれたレッドオーブの行方は当時不明となっていた。しかしつい先日、デルカダール国民の一人がそれらしきものを拾ったから届けに来たと件のレッドオーブを持ってきたのだ。

無事にレッドオーブは見つかったものの、犯人の罪は消えない。現在も犯人の青年はデルカダール城の地下牢獄、その最下層に投獄されている。



「よぉ監守さん。今日はあんたが当番か」

ひらっとこちらに手を振る青年に「・・・今日の食事だ」とパンとスープの載ったトレイを配給用の小さな隙間から差し込む。

怠慢な動きで近づいてきた青年は「どーも」と言いながらトレイを手に取る。


青年が投獄されてからというもの、僕を含めた数人の兵士が一日交替で監守を務めることとなった。

こんな薄暗くじめじめした地下牢獄に一日ずっといるなんて本当は嫌だけれど、投獄されている人間がいれば見回りは絶対に必要だ。

僕より先輩の兵士たちは適当に休憩と称して地上に戻っているようだけれど、まだ新米兵士である僕にそんなことをする勇気はない。自分が担当した日にもし脱獄されたらと思うとゾッとする。


「あんたは真面目だよな。食事を用意しに行く以外はずーっと此処にいる」

「・・・それが普通だ」

本当はあまり会話をしてはいけないんだけれど、こんな陰鬱とした場所でずっと黙っていると頭が可笑しくなりそうだ。

それにしても先輩たちは最近とことん監守の仕事を適当にしている気がする。なんだか妙に羽振りも良いようだし、それが関係しているのだろうか・・・


「あーあ、このスープも飲み飽きたな」

「食事が与えられるだけありがたく思え」

「あぁ、思ってるさ。一昨日なんて、一食も出てこなかった」

その言葉を聞いて頭が痛くなる。一昨日の担当の先輩は、なんだか妙に羽振りのよくなった先輩兵士の一人だ。でもまさか、食事の用意まで忘れてしまうなんて。


「・・・何が食べたい」

「は?」

「丸一日食べない程度で人は死なないが、普段の食事量から考えるとキツかっただろう。詫びとしてお前が食べたいものを一品用意してきてやる」

罪人を特別扱いするつもりはないが、本来与えられるはずだったものが与えられていなかったのなら非はこちらにある。やったのが先輩だとしても、詫びを入れる義務は僕にだってあるのだ。

こちらをぽかんと見つめていた青年は「おいおいマジか、ほんと真面目だな」と呟くと、小さく吹き出しやがて腹を抱えて大笑いした。


「んじゃ、何か具材をいっぱい煮込んだやつ。あまりものでもなんでも、腹が膨れれば十分だ」

「・・・わかった。しばらく待て」

「ははっ、珍しいなぁ。あんたが担当の日は滅多なことがない限り何処にもいかない癖に」

青年の笑い声を背に石階段を上った僕は真っ先に城の調理場へと向かった。鍋に誰かの食事の残りはないかと探したが、どうやら今日のメニューに煮込み料理なんてものはなかったようだ。外に買いに行く方が早いかもしれないが、流石に勤務中に城を外に出るのは憚られる・・・


仕方なしに調理場を漁り根菜類や芋類、燻製のベーコンなどを用意し、包丁でぶつ切りにし煮込んだ。実家の母がよく作ってくれた煮込み料理を思い出しながら作ったが、出来上がったものは母が作ったものよりも大分大味だった。

まぁ本人の希望である腹が膨れそうな具材いっぱいの煮込み料理だから問題はないだろう。

器いっぱいに煮込み料理を盛り付け、おまけに箱に並んでいた林檎を一つ掴んで器と共に運んだ。


地下牢獄へ戻れば、青年は変わらず柵の向こう側におり内心ほっと息を吐く。


「わっ、すげぇいい匂い。わざわざ作らせたのか?」

「罪人一人のために料理人に頼むわけがないだろう。いいから黙って食え」

器と林檎を隙間から渡せば、青年はぱちぱちと数度瞬きをした。


「まさかあんたが作ったのか?」

「何だ、文句でもあるのか」

「まさか!すげー、俺の希望通りの具材いっぱいの煮込み料理だ。しかもデザートに林檎まである。まるで何かのお祝いだな」

「・・・黙って食え」

ちらりと見えたスープの器は空になっていたが、パンはまだ残っていた。もしかすると煮込み料理と一緒に食べるためにあえて残しておいたのかもしれない。

スプーンで煮込み料理を食べ始めた青年は「すげぇ、具材が全部でけぇ」と笑ったり「おっ、ベーコンまで入ってる」と嬉しそうな声を上げたり、忙しそうだ。パンとの相性も良かったのだろう。目が輝いている。

・・・半年以上も投獄されている癖に、元気な奴だなと思う。普通の罪人ならこんな場所に一月もいれば頭が可笑しくなってくるはずだ。まったくどんな精神力をしているのやら。


「美味かったぜ、ありがとな」

何時の間にかパンも煮込み料理も綺麗さっぱりなくなり、カラの器には芯だけ残った林檎が置かれていた。

トレイが隙間から押し出され、そのトレイごと空になった食器たちを回収する。食器を上に持っていくのは後でもいい。これ以上牢獄に監守がいない状況は作りたくない。

食べて満足したのか青年は大きく伸びをすると柵のすぐ傍の壁に背を預ける様にして腰をおろした。


「こんないいもん食わして貰えるんなら、あんたが監守の日の前日はあえてメシを抜いて貰おうかな」

「馬鹿なこと言うな。お前は罪人の自覚はあるのか・・・」

「はいはい。あ、美味いもん食わせてもらっといて悪いが、レッドオーブの在処は言わねーからな」

そう言って笑う青年に、僕は小さくため息を吐いた。


この青年は既にレッドオーブが善良な国民により返還されていることを知らない。どうせもう二度とこの牢獄から逃げられないなら、下手なショックは与えない方がいいだろうというのが、監守を担当する兵士たちの相違だ。最近仕事が適当な先輩たちでさえ、これだけはきちんと守っている。



「なぁ、どうせあんたも暇だろ?適当に喋ろーぜ」

「・・・こちらは仕事中だ」

「あんたの先輩は仕事中にムフフ本読むためによく席を外すぜ?」

もう頭を抱えるしかない。本当に最近の先輩たちの不真面目さはどうなっているんだ。罪人の見張りもせずに、不埒な本を読むために席を外すなんて!

「ははっ!そう落ち込むなよ。なぁ、ちょっとぐらいいいだろ?俺、あんたのこと結構気に入ってんだぜ?真面目で、でも結構融通が利くとこ」

にっと歯を見せて笑う青年に再び頭を抱えたくなった。舐められているとは違うかもしれないが、怖がられていないのは確かだ。これは監守としてどうなのだろうか。

「・・・何が話したい」

「ほら、やっぱ融通が利く。んー、特にこれを話したいってのはないが・・・あ、じゃぁあんたのこと教えてくれよ。名前とか、その暑苦しい甲冑の下にある顔とか」

「個人的なことを聞くんじゃない。・・・男の素顔なんか見たって何も面白くないだろう」

それにこの甲冑はデルカダール兵の大事な正装だ。地下牢獄には現在僕一人だとしても、仕事中に服装を乱すことは許されない。


「堅苦しいな、ほんと。じゃぁ教えられる範囲であんたのこと教えてくれよ。別にいいだろ?もう一生此処から出られない囚人相手なんだから」

「僕のことなんか知って何が楽しいんだ・・・名前だ」

「お!名前か」

せめて『さん』を付けろ、と思うが一々指摘するのは面倒だから目を瞑る。

「出身は?」

「育ったのはデルカダールだが、生まれはサマディーだと母から聞いている」

「へぇ。親のどっちかがサマディーの出身なのか?」

「父がサマディーの騎士見習いの頃、デルカダールから観光に来ていた母の護衛として雇われたらしい。それがきっかけで母は父の元に嫁いだものの、生まれたのが男だとわかると母の実家が父や僕もろともデルカダールに連れ戻したそうだ」

「名前の家は貴族かなんかなのか?」

「そう。跡取りになる予定だった叔父に何かあった時のスペアとして僕が欲しかったらしい。そういう理由で連れてこられたから叔父からは嫌われているけれど、ようは叔父が死ななければいいだけだから、まぁあまり気にしてはいない」

「・・・跡目争いってやつか。貴族も大変だな」

跡目争いという程激しい争いはないけれど、叔父はそう思っているのかもしれない。心配しなくても無理やり家督を奪い取りたいほど家に執着してはいないというのに。


「叔父が正式に家督を継いだら僕は不要になる。一人できちんと生活出来るようにデルカダールの兵士になった。・・・あまり褒められた動機ではないだろうけど」

「そうか?俺はいいと思うぜ」

笑顔で言う青年は本気でそう思っているのだろう。まさか罪人からの同意を得るなんて。

それにしても、教えろと言われたから話しているが、何故僕は罪人相手に自分や家の事情を話しているのだろう。本人の言う通りもう二度と地上に出ることのない罪人相手だからだろうか。


・・・地下牢獄から出られないにしても、僕のことを他の先輩たちにぺらぺら喋られるのはあまりいい気がしないな。

「安心しろよ、これは俺とあんたの秘密の話。だろ?」

「・・・甲冑で顔は見えないはずなのに、よく僕の考えていることがわかったな」

ほぼ自分で勝手に話したのだから別に口止めする気はなかったが、本人がそう言うなら秘密にしておいて貰おう。罪人がその言葉を守るかどうかはわからないが、この青年はなんとなく約束は守る性分な気がした。

「何となくだ。それに、名前には美味い煮物とデザート食わせてもらったしな。恩を仇で返したりはしねーよ。そういえばあの煮物の作り方は誰かに教わったのか?」

「母から教わった。まぁ教わったのは味付けぐらいで、大きさは単純に僕好みなだけだが・・・他にも生活に必要な知恵は教えて貰った。何時家を追い出されてもいいようにな」

「あの腕なら十分一人暮らしできるぜ。俺が保証する」

そんなに美味かっただろうか。青年が小さく「やっぱ名前が監守の前日はメシ抜きにして貰うか」と呟くのを聞いて、なんとなく次回も作ってやろうかなと少し思った。

・・・駄目だな。罪人と仲良くなるなんて兵士の風上にも置けない。他の誰かが見ていないからいいものの、見られていたら注意を受けることは確実だ。

それでも会話を終了させようとしない当たり、僕自身も会話に飢えていたのかもしれない。こんなこと、誰にも話せる内容ではないし。


「なぁ、名前は兵士だろ?強いのか?」

「そこそこ。でももし戦いに優れているなら、こんな地下牢獄の日替わり監守じゃなく、城の周囲の警備に回されていただろう」

兵士としてある程度のことはできるが、かのデルカダールの英雄グレイグ様ほどの武力もなければ、デルカダールの知将ホメロス様ほどの知力もない。

「ふーん。でも名前みたいなのが監守で良かったぜ。他の奴らは監視は緩いが、話が通じないからな」

「そもそも監視が罪人と会話を楽しむわけがないだろう」

「ははっ、じゃぁ名前は今俺との会話を楽しんでくれてんのか?」

「・・・気は楽だ」

僕の返事が気に入ったのか、「マジか、めちゃくちゃ素直じゃねーか!」と腹を抱えて笑った。


「な、もっと他の話も聞かせてくれよ」

「・・・そんなに面白い話は持っていないが」

「どんな些細なことでもいいんだ。あんたの話を聞きたい」

その言葉に自然とため息が出そうになりながらも、僕は次は何を話そうかと頭の中で記憶をたどった。




そんな日から数か月後、僕が当番じゃない日に青年がその日新たに投獄された『悪魔の子』と共に脱獄をしたらしい。




ワイルドな煮物




あの青年がいた牢獄に人一人が通れる大穴が空いていた。普段は茣蓙で隠していたようだが、あの日までよく隠し通せたものだと思う。

・・・おそらく、先輩たちの監視が手抜き気味だったことが大いに影響しているのだろう。まぁ告げ口のようなことをするつもりはないが。

でもそうか、穴を掘っていたということは、最初から逃げるつもりだったのか。二度と地上に出られないだろうと言うから自分の過去について話したが、あれは失敗だったろうか。・・・まぁ、大きな秘密という程でもないから、気にはしないが。

「名前、お前も悪魔の子と脱獄犯を追う任に付け」

「はっ!」

上官の言葉に敬礼と共に返事をする。いずれ再びあの青年と会うことがあるかもしれない。捕まえられるかどうかはわからないが、もし再び出会えたらあの大穴を良く掘れたなと褒めるぐらいはしてもバチは当たらないだろう。



あとがき

デルカダールとサマディーのハーフな兵士主。グレイグ班として悪魔の子一行を追う。
レッドオーブは無事(その後脱獄したカミュに再び盗まれてるとは知らない)だし、正直カミュは捕まえなくていいのではと思ってる。でも仕事だから捕まえられそうなら捕まえる。

悪魔の子を追う途中で叔父が正式に家督を継ぎ、当主特権で家の敷居を跨げなくなったことを手紙で知る。何らかの事故で大怪我した男主をカミュが発見→勇者やセーニャあたりが治療→恩は返すと言って一度逃亡の手助けをする→デルカダール兵を除名処分→働き口を失ったけどどうせだから一人旅でも楽しむか→勇者一行と再会しそのまま一緒に行こうと誘われ了承、の流れ。

カミュの好物はワイルドな煮込み料理。



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