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※スライム主。


僕は前世人間だったんだよ、とスライム仲間に言うと皆笑うんだ。

何が前世だ、腐った死体のような魔物ならまだしも、お前のようなぷるぷる震えることだけが取り柄のスライムが元人間だなんて馬鹿げてるって。

そう言われてしまうのも仕方ないってわかってるから言い返したりはしないけど、ちょっぴり悲しい。


確かに今の僕は、ぷるぷる震えるばかりで大した力もないスライム。他のスライムと違うところといえば、前世の記憶のおかげでちょっぴり人間に詳しいってことぐらい。

まぁ人間に詳しいからって特に何か出来るわけじゃない。スライムの身体じゃ出来ることなんて限られてるんだから。


魔物の中でもひと際弱いスライムは、他の魔物から虐められることも少なくない。

今日はキラーパンサーに暇潰しで追われた。あっちは暇潰しだとしても、あの鋭い爪で切り裂かれたら柔らかスライムボディはあっという間にぐちゃぐちゃにされてしまうだろう。

ぴょんぴょん逃げまくり、何とかキラーパンサーを撒いた僕は隠れた石像の足元でぷるぷる震えていた。ほとぼりが冷めるまで此処でじっとしていればいい。そう安心しきっていた僕に、第二の危機が迫っていた。


「・・・・・・」

太陽が沈み、当たりが薄暗くなってきた頃。突然石像に近づく音が聞こえ上を見れば、一人の若い旅人が僕を見降ろしていた。

太陽の光とは違う光と共に、ぱちぱちと木々が弾ける音がする。多分石像のすぐ傍で焚き木をしているんだろう。

それにしてもこの旅人、めっちゃ見るじゃん。一言たりとも言葉を発せず、僕のことめっちゃ見てくる。

武器を構えたりとかはしてないから、殺されることはないだろうけど・・・


「おいイレブン何見て・・・はぁ?何でキャンプにスライムがいんだ?魔物は近づけないはずじゃ・・・」

あ、此処キャンプか。外敵を撒けたと思って安心してたけど、撒けたんじゃなくてこれ以上他の魔物は近寄れなかったんだ。

どういうわけか、もしかすると前世が人間だからか、僕はキャンプ地にある女神像の神聖な力に慄くことはない。過去にも何度か女神像の傍で休ませてもらったことがある。もちろん、人間がいない間だけ。

両手が僕の方へ伸びてきたかと思えば、ひょいっとイレブンと呼ばれた旅人に抱え上げられ、あっという間に焚火の傍まで運ばれた。まさか生きたまま火あぶりにする気か?と内心ひやひやしていると、そのまま地面に腰をおろした旅人の膝の上に置かれただけだった。


「おいおいイレブン、いくら大人しいからって相手は魔物だ。魔物とキャンプする気か?」

連れの旅人の言葉は尤もだ。たぶん普通の旅人なら、持ち上げてそのまま遠くへ投げるか攻撃して倒すかするだろう。だというのに、この旅人は膝の上にいる僕の身体をぷにぷに触るばかり。

ぷにぷにもちもちの感触が気に入ったのか、ずっと揉まれてる気がする。


「まぁお前がいいなら俺もそれでいいんだが・・・おいスライム、悪さすんなよ」

「うん」

「いい返事だな。・・・、・・・んっ!?」

こくりと頷き一度視線を外した連れの旅人が、バッと再びこちらを見た。イレブンと呼ばれた旅人もじーっと僕を見つめている。


「マジか。おいイレブン、こいつ今喋ったぞ?まぁ今までも言葉を喋る魔物はいたし、そう驚くようなことでもないかもしれないが・・・流石に突然は驚くぜ」

驚かせられた仕返しか、連れの旅人が僕の身体を指でツンツン突いた。小さく「おぉ、弾力すげぇな」と呟いてたから、連れの旅人も僕の触り心地が気に入ったらしい。仕舞いには「ちょっと俺にも貸してくれ」と言い出す始末。そんなにいいか、スライムボディ。自分で自分は触れないから、ちょっと気になる。

貸してくれと言われた方は、まるで渡さないと言わんばかりにぎゅっと僕の身体を抱きしめる。ちょっと苦しい。


散々イレブンと呼ばれた旅人にぎゅっぎゅされた後、連れの旅人が「もうそろそろいいだろ?な?な?」と言って僕をひょいっと持ち上げた。旅人はそれに対し少々物申したいような目をしていたけれど、散々僕(のスライムボディ)を独占した自覚があるからか、取り返そうとはしなかった。

「それにしてもお前、まったく抵抗しないなぁ。人馴れしてんのか?」

「普段人間には近づかないよ。うっかり殺されちゃたまんないからね」

「ぅおっ!?・・・ったく、突然喋んなよ。いや、喋るのは別に構わねーけど、あんだけ揉みまくられても無言だった癖に・・・」

また吃驚したのか、うっかり両サイドから顔をぶにっと潰された。痛くはないけど、思わず「んぐー」と声を上げてしまう。


「魔物同士は人間の言葉なしで会話ができるから。最近黙ってることが普通になったよ、はぐれメタルでもない癖にはぐれ者だし」

「おいおいはぐれ者って。群れから追い出されちまったか?」

「前世は人間だったんだって言ったら、笑われて馬鹿にされて、あっという間に変わり者扱い。何処の世界も、少し変わったことをしちゃうと駄目だよね」

思い出すとまたちょっぴり悲しくなって、スライムボディの張りが無くなった気がした。このままどろりと溶けてしまいそうだ。

すると横から伸びてきた手が僕の頭をぽんぽんと叩いた。いや、出た音はぷにゅぷにゅだったけど。

見ればイレブンと呼ばれた旅人が無言のまま僕に触れていた。かと思えば連れの旅人も僕の両頬をぷにゅぷにゅ挟み始めた。


「なぁお前、もっと詳しく話してみろよ。此処で会ったのも何かの縁だ。相談に乗るぜ?」

連れの旅人の言葉に同意するようにこくこくと頷くイレブンと呼ばれた旅人。まぁ僕の眉唾物の話も、長い夜の暇を潰す程度の役には立つだろう。



「僕は前世は人間だったスライム。前世での名前は名前」

「俺はカミュ、こっちはイレブンだ。よろしくな」

イレブンの連れの旅人はカミュ。若い男の二人旅は苦労が多そうだ。

「前世は何処出身だったんだ?」

「出身はデルカダール。父は貴族だったけれど、記憶にある限り既に落ちぶれていた気がする。母はデルカダール下層の出で、使用人として父の家で働いていたそうだよ。既に奥さんがいる父との間に授かった子で、父からも父の奥さんからもそれはもう疎まれて、僕が物心つく頃には母はすっかり心を病み、屋敷の一室で毎日ぼんやりとしていたね」

「スライムだから表情はわからねぇが、淡々としてんな」

「前世のことだから、割と区切りはついてる。でもまぁ、腹違いの弟のことはスライムとして生まれ変わった今でも気になるところだけれど・・・」

「へぇ、弟いたのか」

僕に兄弟がいたことを知ると、カミュは少しだけ表情を緩めた。カミュにも兄弟がいるのかもしれない。


「うん。僕とは全く似てない、本当に可愛い子だったよ。父の奥さんにそっくりな金髪がきらきら綺麗で・・・それにとっても頭がいいんだ。そう!デルカダール王からその才能を買われ、王に引き取られていったぐらい」

「っつーことは弟ってのはデルカダール兵ってことか?」

「さぁね。その後母が急死して、僕は屋敷から追い出されてしまったから。元々屋敷では除け者扱いだったけど、流石に子供がたった一人でデルカダールの下層を生きるのは大変だったなぁ」

「・・・そうか」


「これも前世のことだから。それに、辛いことばかりじゃない。可愛い弟はきっとお城で幸せに暮らしてるんだって思うと、もうそれだけで幸せだったんだから。とは言ってもそれは精神的な話で、子供の身体はあっという間にぼろぼろになって動けなくなってしまったんだけど。最後はなんだったかな・・・デルカダールを訪れていた人買いの悪い大人に捕まって別の国に輸送される途中、魔物に襲われて、囮として置いて行かれたんだっけ・・・その後の記憶はないから、きっと殺されるか食べられるかしたんだろうね」

もう随分と衰弱していたから、魔物の攻撃であっという間に死んでしまったんだろう。痛かった思い出もないから、即死だったのかもしれない。

僕を見つめるカミュとイレブンの表情はあまり優れないけれど、僕の方は落ち着いていた。どれもこれも過去の話。今やただのスライムになってしまった僕には、どんなに考えても悩んでも無駄なことなんだから。


「ん?どうしたイレブン・・・なに?このスライムも連れて行きたい?そりゃ俺も此処で置いて行くのは良心が痛むが・・・俺たちは追われてる身だ、道中何があるかわかったもんじゃない」

「追われてる?何か悪いことをしたの?そんなことをするようには見えないけど」

イレブンはどうやら僕を旅に連れて行きたいらしい。

キラキラした目でカミュの腕の中から僕を抱き上げたイレブンは、ぎゅーっと僕を抱きしめた。


「・・・ま、スライムとはいえ魔物だからな。人間よりは丈夫か。なぁ名前、お前此処にいても除け者にされてんなら、俺たちと一緒に来ないか?」

「別にいいよ。スライムになってからは日がな一日ぷるぷる揺れてるだけだったし。キャンプ中の水枕ぐらいにはなれると思うし」

「お!じゃぁ決定だな。良かったな、イレブン」

イレブンが嬉しそうに口元を緩め、僕を更に強く抱きしめた。ちょっと潰れそう。


「勇者と盗賊とスライムの三人旅か・・・何だか面白いことになってきたな」

「勇者?盗賊?なんだかおとぎ話みたい。僕はもう自分のことを話したから、今度は二人のことを話してよ」

僕のお願いにカミュは「言えるとこまでな」と笑って頷き、イレブンもこくんと頷いてくれた。

勇者の痣、イシの村、デルカダールの地下、レッドオーブ、盗賊、逃亡・・・

これまでの二人の度の話を聞くと、とてもわくわくとした気持ちになった。スライムの身体がぽかぽか温かくなるような、興味と興奮。


「じゃぁこれからは僕もそんな不思議な冒険のお供になるんだね。ぷるぷる震えることだけが取り柄のスライムだけれど、これからよろしくね」

その日はイレブンに抱き枕にされて眠った。朝起きたら全身をイレブンに押しつぶされて、地面にでろんと広がってしまってたけど、慌てたカミュに丸く捏ねられてなんとか元に戻れた。




前世重い系ぷるぷるスライムの冒険




イレブン達との旅は楽しい。仲間もちょっとずつ増えて、その仲間たちも僕のことを受け入れてくれた。

けれど僕が魔物であることに変わりはないから、人里に入る時はイレブンの鞄の中にいるようにしている。ソルティコの街に入ってからもずっとそうやって大人しくしていた。

どうやらソルティコには、イレブン達を追うデルカダールの兵士たちが来ていたらしい。イレブン達を捕まえようとする兵士たちの姿を、僕は鞄の中から見た。


「・・・ホメロス?」

見えた姿に思わず声が出た。記憶の中にある姿よりも随分と大きくなっている。けれどわかる。僕が可愛い弟を忘れるわけがない。

ホメロス、ホメロス、僕の可愛い、何より大事な弟。ホメロス様なんて呼ばれて、きっとすごく偉い人になったんだ。凄い、凄いなぁ。僕はホメロスがとっても誇らしい。

今すぐ駆け寄りたいけれど、もう僕に手足はない。あるのはぷるぷるのスライムボディだけ。・・・イレブンの鞄の中で、ちょっぴり泣きそうになった。



あとがき

前世ホメロスの腹違いの兄、現スライム。
ホメロスは兄が死んだとは聞いているけれど、まさか屋敷を追い出されその後魔物に食い殺されたなんて知らない。
自分がデルカダール王に引き取られることを自分のことのように喜んでくれた兄を嫌ってはいなかった。きっと誰より自分を認めてくれる存在なのだと無意識で思っていた。

幼いまま死んで人間の文化にろくに触れることなくスライムとして過ごしたせいか、ずっと幼い性格。でも弟にはお兄ちゃんムーブかましたいお年頃。生まれ変わっても弟を覚えて居られたことが何より幸せ。

・・・でもやっぱり屋敷での除け者の日々も追い出されてからの苦痛の日々も、生きたまま魔物に食い殺される恐怖も、忘れてしまえた方がきっと彼は幸せだった。



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