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蝶屋敷で看護師の一人として雇われて数年。

鬼殺隊の入隊試験で幼馴染を亡くし、すっかり戦う意志を失ってしまった僕の生家が医者家系だと知った胡蝶様に拾われ、今日も元気に医療活動に精を出している。

傷の痛みや恐怖で精神が不安定になった隊士から「男の癖に戦いから逃げるなんて」というようなことを言われることもあるけれど、特に気にはしない。幼馴染を失った時以上の絶望なんて、今のところ思い当たらない。


「さて、今日の患者様は・・・」

ぺらりぺらりとカルテを捲る。今この蝶屋敷にいる患者の殆どは、つい先日討伐された下弦の鬼による被害者だ。毒を受け、身体が蜘蛛に変わってしまうなんて、なんとも酷い。

胡蝶様と共に鬼の血鬼術を解く方法を研究し続けた成果はしっかりと治療に生かされているものの、人によっては後遺症が残ってしまっている。まだまだ研究が必要だな・・・

今日の患者は比較的症状の軽い隊士らしい。僕が調合した薬をしっかり飲んで陽の光にしっかり当たってくれればきちんと治る患者だ。


「こんにちは。失礼、君が我妻善逸くんで間違いないかな」

「えっ、あ、はい。間違いないです」

「今日のお薬はちゃんと飲めたかな?ちょっと苦いかもしれないけれど、君の身体をきちんと元に戻すために大事なお薬だから、しっかり飲むんだよ?」

まだ幼さの残る顔立ちの患者に笑みを浮かべながら告げれば、見知らぬ相手だからか若干警戒した声で「は、はい」と返事が帰ってきた。


「あぁ、申し遅れてごめんね。僕は苗字名前。蝶屋敷で看護師として働いてるんだ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」

「うーん、まだちょっと緊張してるね。そりゃそうか、突然知らない人間が来れば驚いちゃうよね。よしよし、お兄さんが不審者じゃないことを誰かに証明してもらおうか」

「だ、大丈夫です!確かに吃驚したけど、怪しんではいないんで!」

「あ、ほんと?嬉しいなぁ。君は素直ないい子だね、よしよし」

「ひぇ・・・何この人距離感可笑しい」

ベッドにずいっと近づいて我妻くんの頭を撫でたら何故だか怯えられてしまった。


「怯えさせてごめんね。今日は君に日光浴してもらわないといけないんだけれど、その足だと何時転倒するかわからないから、僕が補助に来たんだ。小さい子達じゃ支えきれない場合もあるからね」

「そうなんですか」

「うん。ちょっと失礼するね」

「えっ!?わっ、ちょっ、ななななな、なにしてるんですか!?」

我妻くんの布団をめくりあげ、その身体の下に腕を差し込み抱き上げる。手足が短くなっている分その身体は軽く、抱き方も自然と赤ん坊を抱えるような形となった。

「よしよし、いい子だから暴れないでね。落としてしまったら大変だから」

じたじたと暴れる我妻くんの背中をぽんぽんと叩きながら縁側へと移動する。


「横抱きの必要あります!?ほんと距離感可笑しいよこの人!!!」

「あははっ、我妻くん元気だなぁ。大丈夫大丈夫」

「俺が大丈夫じゃないんですけどっ!?」

縁側に我妻くんを抱っこしまま腰をおろし、ぽんぽんと背中を叩きながら「しばらく日光浴したら戻ろうね」と笑う。我妻くんはぐったりとしていた。ずっとじたじたしてたから、疲れてしまったのかもしれない。


「我妻くん?大丈夫?疲れちゃった?」

「・・・疲れました」

「大変。時間になったら勝手に布団に戻すから、しばらく眠っていいよ」

「いや、何この赤ん坊対応・・・この人怖い」

「怖い?ごめんね、男手が僕ぐらいなものだから」

「そうだけどそうじゃない・・・」

我妻くんの渋い表情の原因はわからないまま、ぽんぽんと背中を叩き続けていると次第に我妻くんの瞼が下がり始めた。よしよし、このまま寝かせてしまおう。十分な睡眠は回復の手助けになる。

自然と子守唄を口ずさみながら我妻くんが眠るのを見届けて、眠ったら少しでも寝心地がいいようにそっと抱え直した。


手足が元通りになるまで、一人で歩けるようになるまでは僕がこうやって日光浴に連れ出すことになるだろう。少しでも我妻くんに慣れて貰えるように頑張らないと。

「よしよし、いい子いい子」

すやすや眠る我妻くんの柔らかな蒲公英頭を撫でる。あどけない寝顔と身体の大きさのせいで本当に赤ん坊のよう。

僕自身は未婚だし弟がいたこともないけれど、子供がいたらこんな感じなんだろうか。

そう思うと途端に可愛くなってきて、僕はすりっと我妻くんの額に自分の額を当てていた。まぁ実際のところ、我妻くんの年齢の子供がいるには僕の年齢が足りないだろうけれど。手足がしっかり戻れば、弟ぐらいには思えるかもしれない。


「ひえっ」

「・・・ん?あぁ、ごめんね。起こしてしまった」

「顔近い顔近い、何この人ほんと距離感可笑しいっ」

短い手が僕の顔に触れてぐっと押し返してくる。僕は笑いながら「ごめんね」と顔を離した。


「我妻くんが可愛くて、もし僕に赤ちゃんがいたらこんな感じなのかなって」

「いやその理由も怖い」

「え?そうかな・・・」

がくがく震えている我妻くんが落ちないように抱えなおす。

「ううっ、苗字さん、人とずれてるって言われるでしょ」

「うーん、あまり言われたことはないね。のんびりしてるとは言われたことはあるし、死んだ幼馴染には抜けてるって言われたことはあるけど」

「いきなり重い話ぶっこんできた・・・」

「もう昔のことだよ、割り切らなきゃね」

少し笑い、思い出しかけた幼馴染の顔を胸の奥にしまう。失ったものは戻ってこない。今はそれを悲しむような時じゃない。

ゆっくりと息を吸って吐いていると、我妻くんが「あの・・・」と声を掛けてきた。どうしたの?と笑顔で見下ろせば、眉を下げた我妻くんが短い手で僕の頬を撫でた。

もしかすると頭を撫でようとしたのかもしれない。短くて頬までしか伸びなかった手を受け入れていると、我妻くんは小さく「無理、しないでください」と言った。


「・・・無理かぁ。そう見える?」

「今は落ち着いてるけど、さっきの一瞬だけ、大泣きしそうな音してました」

「音?あぁ、君は耳がいいってカルテに書いてあったね。そっか、凄いなぁ」

才能がある子は素直に尊敬できる。笑顔で凄い凄いと我妻くんの頭を撫でれば、嬉しそうに頬を緩めてそれからハッとして僕の手から逃れようと首を振った。

「我妻くんは優しいねぇ、とってもいい子。蝶屋敷にいる間はよろしくね。女の子じゃ力が足りないことは僕が担当することになってるから」

今みたいに我妻くんを日光浴に連れて行くことや、重たい医療器具の移動、研究材料となっている鬼の拘束・・・

この後も、今朝届いたばかりの医療道具を倉庫へ運ぶ仕事がある。呼吸を使えば女の子でも運べるだろうけれど、男手であるのだから十分に頼って欲しい。


「さて、そろそろ部屋に戻ろうか」

我妻くんを抱えたまま立ち上がろうとすれば、再び頬に手が伸びてきた。

「あの・・・俺が此処でお世話になってる間なら、えっと、少しは話とか聞けると思うんで」

「・・・我妻くんは本当に優しいね」

そういえば幼馴染のあの子も、我妻くんみたいな優しい子だった。

うっかり再び幼馴染のことを思い出してしまったけれど、我妻くんが頬を撫でてくれているおかげでなんとか堪えられる。

怪我人である我妻くんの怪我が悪化しない程度の力で抱きしめると腕の中で「えっ、ちょっ、そこまでは許してない」と声が聞こえる。それで拒否するように暴れ出したりしないのだから、僕はついつい笑ってしまった。


「有難う。じゃぁ、此処にいる間は、少しでもいいから僕の話し相手になってね」

「わ、わかりました」

さっき自分の赤ん坊のように思ってしまったことを引きずっているのだろうか。我妻くんが可愛く見えて仕方ない。その額に軽く口付けてみれば悲鳴を上げられてしまったけれど、可愛いのだから仕方ない。




かわいいあかちゃん




「ひえぇ、距離感が可笑しい、触れ合い方が可笑しい」

「ふふっ、ごめんね。許してね」

「ううっ、この人全然悪気が無い、綺麗な小川のせせらぎみたいな穏やかな音してるぅ・・・」



あとがき

幼馴染と川へ遊びに行っている間に鬼によって村がほぼ壊滅→お互い家族を失い共に育手のもとへ→選抜で幼馴染を失う
本人は戦う意志を失っただけだと思ってるけど大分壊れてる。普段は幼馴染のことを胸の奥にしまい込むことで平静を保ってる。
本当は幼馴染と誰かの子供を腕に抱かせて貰いたかったし自分も幸せな家庭を築きたかった。けど幼馴染が手に入れられなかったものを手に入れる勇気はない。
他者との交流は基本的距離感が狂ってる。めっちゃ近いしめっちゃ触ってくる。

子供はよく泣いてよく眠るのが仕事だと思っているため、よく泣きよく騒ぎよく眠る善逸は赤ちゃん認定。凄く可愛がる。



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