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※微おばみつ表現有り。


「師範!お腹空きましたね!」

「そうね!そろそろお昼にしましょ!」

「僕、ミルクホールでライスカレーが食べたいです」

「ライスカレー!私も食べたくなってきちゃったわ!」

そんな会話が聞こえ、思わず足が止まる。


少し離れた場所には、桜と若葉の色彩美しい髪を揺らし可憐に微笑む甘露寺と、その継子の苗字が楽しげに昼飯の相談をしていた。

甘露寺は相変わらず可憐で、昼飯に想いをはせている姿は健やかで可愛らしい。

甘露寺ほどでの威力はないが、苗字のその男にしては愛くるしい笑顔も見ていて安らぐ。

ついつい二人を見ていると、突然苗字の顔がこちらに向き、パッとその顔が喜色に染まる。


「あっ!伊黒さん!師範、伊黒さんがいます!もしかしたら、これからお昼かもしれません!お誘いしてもいいでしょうか!」

「えぇ、勿論よ!」

「伊黒さーん!こんにちは!これからお昼ですか?僕はこれから師範とミルクホールに行くんです!伊黒さんも行きませんか?」

元気よくこちらに手を振る苗字を無視するという選択肢は無く、俺は少し戸惑いつつも二人に近づいた。


「あ、あぁ。こんにちは、甘露寺、苗字。誘ってくれて有難う。俺も昼はまだだが、すまないがあまり腹は減っていないんだ」

「そうなんですか。あっ!じゃあ、デザート!伊黒さん、デザートにミルクセーキはどうですか?甘くて美味しいんです」

ライスカレーは難しいが、ミルクセーキぐらいなら口元も包帯を少しずらすだけで飲むことが出来る。

甘露寺も苗字も俺の口元の包帯の下は知らないはずだが、苗字は俺が包帯を人前で解きたくないのだと察して提案してくれたのだろう。ただただ無邪気そうに見せかけて、きちんと相手を配慮できる苗字が甘露寺の継子で良かった。


「それなら、俺も同伴させて貰おう」

「やったわね名前くん!」

「はい師範!」

きゃっきゃっと喜び合うこの師弟を見ていると心がどんどん浄化されていく気がする。


逃げるわけがないのに、何故だか移動中は二人に両側から挟まれて内心どぎまぎしながら駅前近くのミルクホールへ行くと、二人とも慣れた様子で注文を始めた。

俺はこういうハイカラな店にはあまり来ないため、正直料理名だけではピンとこないものもある。

「師範大変です!このエビピラフなるものがとても美味しそうです!この間まではなかったメニューです!」

「素敵!これも注文しちゃいましょう!」

御品書きの文字を見るだけでこれだけ盛り上がれる二人に感心していると、料理が次から次へと運ばれてくる。

甘露寺は元々沢山食べるが、苗字もなかなかのものだ。運ばれてきた料理を師弟揃って美味しそうに食べている。

俺の分のミルクセーキが運ばれてくる頃には、二人は山ほどの皿を積み上げていた。


「美味いか、二人とも」

「とっても美味しいわ!伊黒さん!」

「美味しいです!師範と伊黒さんがいるから、もっと美味しいです!」

甘露寺は兎も角、俺がいると美味しいというのはどういう意味かと首を傾げると、大きなエビフライを一口で食べた甘露寺が「名前くんのお父様と伊黒さんが似てるんですって!」と笑顔で理由を教えてくれた。正面を陣取って良かった、甘露寺が食べる姿がよく見える。

ん?父親・・・?俺が苗字の父親・・・

思わず隣を見れば、名前はごくんっと最後のエビピラフを飲み込んでから太陽のごとくにこりと笑う。うっ、浄化される。


「なんと言いますか!僕や母を静かに見守ってくれるところが。たまに目が合うと優しく笑ってくれるところもそっくりです」

「そうなのね!確かに、伊黒さんは私達のことを優しく見守っていてくれるわ!」

「あっ!そうなると、師範は僕のお母さん・・・」

「きゃっ!私に名前くんみたいな可愛い男の子のお母さんが務まるかしら!」

「師範と伊黒さんみたいなお母さんお父さんなら、僕沢山自慢しちゃうかもです」

「きゃあっ、可愛い!」

照れたように笑う苗字を甘露寺が撫でる。撫で過ぎで若干苗字の首がガクガク揺れているが、本人達は楽しそうだ。


「あれ?伊黒さん、どうしたのかしら」

「突然父親に例えられて、驚いているのかもしれません。まだお若いのに、父親に例えられて気分を害してしまったのかも・・・」

少ししょんぼりし始めた苗字に「いや、驚いただけで気分はちっと害していない」と否定はすぐにしておく。

それを聞き、パッと嬉しそうな顔をした苗字は自分が食べていたライスカレーを小さめの匙で掬ってこちらに向けてきた。

「伊黒さん!僕のライスカレー、一口如何ですか?カレーはお嫌いですか?」

「えっ、あ、あぁ、貰おう」

勢いに押され、思わず頷いてしまう。まぁその程度の量なら、包帯をずらすだけで大丈夫だろう。カレーがついてしまわないか少々不安だが、此処で断った後の罪悪感を考えるとまだ包帯が汚れる方がマシだ。


「はい、あーん」

「・・・あ、あーん」

匙を渡されるかと思いきや、まさかの口元まで運ばれる。

戸惑いつつも口を開ければ、包帯を汚さないようにという配慮のこもった丁寧な動きで匙が口内に運ばれる。

「どうですか?普段なかなか食べない味で、わくわくしますよね!」

「そう、だな。あぁ、美味い」

食べなれない味だが悪くはない。一口食べさせたことで満足そうに笑う苗字に安堵していると、甘露寺の方から「ずるいわ!」という声が上がった。

「私も食べさせっこしたい!」

「ふふっ、じゃあ師範もあーん」

「きゃっ、ドキドキしちゃう。あーん」

あまりの内容に反応が遅れた俺に代わり、名前が甘露寺にライスカレーを差し出す。何の躊躇もなくそれを食べる甘露寺に少々思うところはあるが、幸せそうな雰囲気に水を差したくはない。

お礼にと甘露寺も自分が食べていたミートソーススパゲティなるものを名前に差し出し、名前は甘露寺と同じように躊躇なくそれを食べた。


「・・・二人とも、師弟とはいえ男女であることをあまり忘れては」

忘れてはいけない、と諭そうとしたところで甘露寺の笑顔が目の前に。

「はい、伊黒さんもあーん」

「は?え?い、いや・・・」

明らかに一口ではない量の麺がこちらに差し出されているが、そんなことより「あーん」だと?甘露寺が俺に、あーんをしているだと???


「師範、もうちょっと小さくしないと食べにくいかもしれません!」

「まぁ!じゃぁこれでいいかしら!」

甘露寺の目がきらきらと輝いている。苗字の助言で幾分か小さくなった麺の塊と甘露寺のきらきらした目を交互に見て、俺は助けを求めるように苗字に視線を送った。

勿論、甘露寺に「あーん」のことではなく麺の量について物申していた時点で俺の味方ではないのはわかっている。が、縋らずにはいられなかった。


「伊黒さん伊黒さん、スパゲッティも美味しいですよ!是非食べてみてください!」

無邪気さとは残酷だな、と思いながらも俺は甘露寺の方に視線を戻した。

目が合うともう駄目だ。俺はぎりぎりまで包帯をずらし「あ、あーん」と口を開けた。




幸せ疑似家族




「わーん!ごめんなさい伊黒さん!」

「師範、大丈夫です!恋屋敷に戻ってからすぐに洗えばなんとかなります!」

泣きそうな顔で謝る甘露寺とそれをなだめる苗字。

甘露寺が差し出したミートソーススパゲティの量は減らしたとしても多く、包帯は盛大に汚れた。


「気にするな、俺は大丈夫だから」

「師範!伊黒さんが優し過ぎます!やっぱり恋屋敷にお連れして、沢山お詫びしましょう!」

「そ、そうね!名前くんがお洗濯してくれている間に、私が伊黒さんにおもてなしをして・・・」

「いっそ今日はお泊りして貰いましょう!」

話が変な方向に進むのを止めることが出来ず、俺は目の前の眩しい師弟に心臓をばくばくとさせていた。



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