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真夜中、劈くような悲鳴で目を覚ますと、目の前にとても美しい人がいた。

まだ寝ぼけていた僕はそれが夢の中の出来事だと思い、目の前の美しい人に「なんて美しい人なんだ」と何の飾り気も無く思ったままを口にした。


しばらくして気付いたことだけれど、美しい人は血濡れで、僕の眠るベッドの下では婆やがこと切れていた。

美しい人はぱちりと目を瞬かせた後、その赤く濡れた手をこちらに向け・・・

その後は、一瞬記憶が途切れている。


目を覚ますと、変わらず僕はベッドにいた。少し様子の可笑しな使用人が「お食事です」と何かを運んでくる。

何だろう、普段なら身体の負担にならない粥や軟らかく煮たうどんなのだけれど、今日の食事は何時もと違う。

真っ赤なスープで満たされた皿に、少し大きめの肉が浮いている。

肉なんて食べれないよと使用人に断ろうとすると、それに反して僕の手は使用人から皿を受け取っていた。手が勝手に皿を受け取って、口が勝手にスープを啜る。

口いっぱいに今まで感じたことのない味が広がり、僕は大きく喉を上下させた。

空腹を感じている。もっと食べないとと身体が訴えている。

大きめの肉も口いっぱいに頬張って、噛み砕いて、飲み込んで・・・

普段なら食べきれない量の食事を、僕はあっという間に食べつくしていた。


使用人の様子も食事の内容も全て可笑しいのだが、更に可笑しなことを述べるとすれば、食べつくしたスープの皿の中には、婆やが大事にしていた指輪が残されていた。亡くなったご主人の形見だと言っていたから、覚えている。

それから何度も何度も使用人は真っ赤なスープを持ってきた。それを僕は食べて、食べて食べて食べて食べて・・・何時の間にか、スープは肉の塊に変わっていた。

うすうす気づいてはいたけれど、僕が食べていたものは、きっと、正常な人間なら食べてはいけないものだったのだろう。


「あの夜の美しい人は、もう此処には来ないのかな」


真っ赤に汚れた口の周りを拭いながら傍にいた使用人にそう問い掛ければ、様子の可笑しな使用人はあからさまに慌てた様子で「あの方は、その・・・」と言葉を詰まらせた。

何か恐ろしい目にでもあったかのようなその様子に首をかしげながら、ちらりと窓の方を見た。

カーテンでしっかりと遮光された窓。真っ赤な肉を食べ始めてから体調がとことん良い。少し外に出てみるのはどうだろうか。もしかすると、あの夜の美しい人と出会えるかもしれない。


「ねぇ、外に出ようと思うんだけ・・・」

「いけません」

「え?あぁ体調の心配をしてくれているのかい?平気だよ、何だかとても体調がよくて・・・」

「いけません」

「ねぇ君、僕が『こう』なってから様子が可笑しいとは思っていたけれど、今日は特に可笑しい。何か僕に隠していることでもあるのかい?別に怒ったりはしないから、隠していることがあるなら正直に・・・」

僕の言葉を「いけません」と遮り続けていた使用人は、その顔を恐ろしい形相に変え、何か言葉のような怒鳴り声を上げた。

捲し立てる様に、僕を責め立てるように怒鳴り続ける使用人。聞き取れた言葉は「何故何度も言わせるのか」「自分で狩りも出来ないくせに」「何故鬼になってまで役立たずの世話をしなければならんのか」というもので、他にも僕を責めたり貶したりする言葉を沢山吐いていたけれど、もはや言葉として聞き取ることが出来なかった。


狩りとは、鬼とは、何のことだろうか。

僕が『こう』なのは、僕が鬼になったからとでも言うのだろうか。

あの夜劈くような悲鳴と事切れた婆やの姿を思い出す。あの夜屋敷を襲ったのはあの美しい人なのだろう。あの美しい人の手によって、目の前の使用人も僕も『鬼』という存在になったのかもしれない。それも、人喰いの鬼に。


「・・・君がそこまで僕に仕えることを不服と思っていたとは知らなかった。引き留めはしない、今日を限りに君を自由にする」

部屋から一歩たりとも出ていないせいで、この部屋の向こう側がどうなっているのかがわからない。きっと、僕が記憶している屋敷の様子とはすっかり変わってしまっているのだろう。

目の前の使用人に暇をやる言葉をかけると、使用人はぎろりと僕を睨みつけてきた。

「何が自由だ、自由にしろと言うならそうしてやる」

記憶の中に薄っすら残っている目の前の使用人はもう少し穏やかな人間だった気がする。故郷のまだ幼い兄弟に仕送りをするのだと、一生懸命働く良い青年だったはずだ。鬼になるということは、その人間性まで変えてしまうのだろうか・・・

使用人がその鋭く伸びた爪をこちらに向けてくる。そしてそのまま大きく振りかぶり、僕の首を・・・

ぱしゃりと顔に液体が飛ぶ。近頃食事の時によく嗅いでいた錆た鉄のような匂いの液体は僕の身体から出たものではなく、目の前でぐらぐら揺れる首のない使用人のものだった。



「いつ、私が殺すことを許可した」



あの晩耳にすることはなかった声が聴こえる。ぐらぐら揺れそのままどしゃりと床に倒れた使用人の身体を踏みつけたあの晩の美しい人は、その右手に真っ青になりカチカチと歯を鳴らす使用人の首を握っている。握って、そのまま、握りつぶした。

「・・・あの晩以来だな」

「はい・・・あの、御手が汚れていますよ」

右手がどろどろに汚れている。僕はサイドテーブルから手ぬぐいを掴み、美しい人に差し出した。すると美しい人はぱちりと一度瞬きをし、それから少し笑った。笑ってくれた。

僕の手から手ぬぐいを受け取り手を拭ったその人は「調子が良いそうだな」と言いながらベッドサイドに腰をおろした。

一気に近くなる距離にどぎまぎとしながら「あの、貴方は?」と問う。


「お前を『そう』した張本人と言えばわかるだろう」

「そうではなく、その・・・お名前は?あっ、僕は名前と言います。苗字名前、です。自分から名乗らず突然お名前をお聞きしたのは失礼でしたね。貴方とまた会えて、その、気がはやってしまって・・・!」

カッと顔が熱くなる。生まれてから今まで、その殆どを部屋の中で過ごしたせいだろうか。こういう時にどう話せばいいのかわからない。相手を不快にさせず、少しでも僕という存在を良く見て貰うにはどうしたら・・・


「無惨だ」

「むざ・・・」

無惨さん、と言いかけてちょんっと唇に指が当てられる。

「その名を口にするな。後悔する」

目を細めて笑う無惨さんにどきどきとしながら頷けば、ゆっくりと指が離れていった。


「呼ぶときは『月彦』と呼ぶといい。本当の名は、胸の内にでもとどめておけ」

「は、い。月彦さん」

自然と口元に笑みが浮かんでしまう。あの夜出会った美しい人の名前は無残さん、呼ぶ時は月彦さん。どちらも名前も、この人の名前だからこそ素敵だと思える。

「あ、あのっ、使用人に・・・あぁいえ、元使用人に僕の世話を頼んでいたのは何故ですか?元使用人の言い方からすると、本来食事は自分で用意するもので、多分ですが、その・・・僕はもう『病人』ではないですよね?」

身体の調子がとてもいい。身体が弱く、臥せりがちだったのが嘘のよう。

きっとベッドから抜け出して、屋敷の中を走り回っても僕の息は殆ど上がらないだろう。

「そうだ。お前はもう、病人ではない」

無惨さんの手が僕の額に振れ、前髪を掻き上げる様に頭を撫でられる。嬉しくて、口元が少し震えてしまった。

「だが、長年臥せり続けたせいだろう。本来なら鬼になればすぐに空腹が訪れるはずだが、お前はそうはならなかった。気付いていないだろうが、お前を鬼にしてから既に一月は経っている」

「一月?その間、僕はずっと眠り続けていたんですね・・・」

一月眠り続けるなんて可笑しな話ではあるけれど、鬼というものが存在するならそういうこともあるのだろう。初めて食べた婆やの肉は、冷蔵室にでも保存されていたのだろうか。


「元使用人には、此処を根城にする代わりにお前が目を覚ました後の世話を命じていた。お前が目覚めたとわかったから様子を見に来たら、この有様だ」

無惨さんのつま先が使用人が来ていた着物を踏みつける。無惨さんばかりを見ていた気付かなかったが、使用人が倒れ伏していたその場所には着物しか残っていなかった。・・・鬼は死ぬと、骨も残らず消えてしまうのだろうか。

「いろいろと気を遣ってくださったんですね。有難う御座います、月彦さん」

「構わない。・・・少し、外に出てみるか?」

「え?元使用人は、外には出るなと・・・」

「私が来るまでの間の話だ」

「なら、その、よければ月彦さんもご一緒に・・・」

少し厚かましかっただろうか。初めて人を誘う言葉を口にしたが、これが正しい誘い文句だったのかはわからない。

僕の不安を察してくれたのか、無惨さんは少し笑うと僕の頬に手を添え、笑ってくれた。

「いいだろう。少し出るか」

「は、はいっ。はい・・・」


布団を捲り、ベッドから足を出す。思ったよりも数倍すんなりと立ち上がることが出来た。そのことに感動しながら、ベッドに腰掛けたままこちらを見ている無残さんに「ひ、人と出かける時の服装がわからないんですが、その、どうか笑わないでください」と言って、鬼になる前はついぞ着る機会のなかった余所行きの服に着替えるために部屋を出た。

部屋の外は真っ暗だったが、鬼は夜目が効くのか廊下ははっきりと見ることが出来た。窓という窓が全て遮光されているせいで屋敷内が真っ暗であること以外は、案外変わっているところはない。

隣の衣装室に入り、自分の中の知識が許す限り整った服装に着替える。衣装室を出れば廊下に立っていた無惨さんが「いいじゃないか」と言ってくれて、思わず口元が緩んだ。


「外には、その、殆ど出たことがなくて・・・でも、良かったらなんですが、月彦さんをその・・・エスコートさせてください」

「ふっ・・・あぁ、今夜ぐらいは構わないさ」

今夜ぐらいはという言葉に少し寂しさを覚えながら、そっと手を差し出す。ゆるりと握られた手に笑みを浮かべ、無惨さんと共に玄関ホールへと向かう。

屋敷の外は月明かりはあるものの屋敷の中と変わらないくらい暗かった。

そうだった、ずっと部屋に籠り切りで忘れていたけれど、僕のいるこの屋敷は人が住む場所から少し離れた森の中にあったんだ。そうだ、両親は此処から離れた本邸に住んでいる。あの屋敷にいたのは、僕と婆やと、数少ない使用人たちだけだったんだ・・・


「人喰い鬼が隠れ住むにはぴったりの場所ですね、この屋敷は」

「そうだな。元使用人も、此処から離れがたかったらしい」

月明かりに照らされた森の中を歩きながら無惨さんとの会話を続ける。

僕が話せる自分のことなんて長く臥せっていたことぐらいしかなく、話は自然と『鬼』についての話になった。

どうやら鬼は日の光に当たると死んでしまうらしい。それとは別に、頸を斬られると死んでしまうらしい。

日の光は当たらないように気を付けたらいいけれど、頸を斬られたら死ぬということは誰か頸を斬る人はいるのだろうか。それを無惨さんに問えば、少しだけ不機嫌そうな顔で『鬼殺隊』という存在を教えてくれた。

鬼殺隊はその名の通り鬼を狩るための集団らしく、無惨さんはそれらしきものを見かけたら気を付けるようにと言ってくれた。


「鬼にはそれぞれ『血鬼術』というものが使える。お前も、いずれはそれが使えるようになるだろう」

「そうなんですか。こう言ってはなんですけれど・・・なんだか、少しだけわくわくします」

「ふっ・・・良い能力であることを期待しよう」

無惨さんが望む能力はどんなものなんだろうか。少しでも無惨さんの望むものであればいいなと思うけれど、こればかりは授かりものらしいから・・・


「あっ、見てください月彦さん・・・水面に月が映って、とても綺麗ですね」

屋敷から少し離れた場所の湖の光景は美しく、思わず握っていた無惨さんの腕を引いてその場所に駆け寄った。

とても綺麗な光景だ。鬼にならなければ、こんなに美しい光景は見れなかっただろう。あの部屋に一人きり、次第に弱っていく身体に緩やかな絶望を感じながら・・・


「月彦さんに出会えてよかった・・・」


心の底からそう思う。あの夜、僕が知る何よりも美しいと思ったこの人と出会って、僕の世界は大きく様変わりした。それはきっと、他の人から見ればよくないことだ。人に害をなす、きっと害獣と言われても仕方のない存在だ。それでも僕は、僕の世界で唯一出会えた美しい人の手で、僕という存在が作り替えられた事実を嬉しく思ってしまう。

それでも、不安が全くないわけじゃない。僕はこれからどうすればいいのだろうか。この美しい人と、少しでも長く一緒にいる方法はないのだろうか・・・


「・・・名前」

不安が吹き飛び、ぶわりと顔が熱くなる。

無惨さんが、僕の名前を呼んだ。口がはくはくと動くが、言葉らしきものを発することが出来ない。嬉し過ぎて、今にもその場に座り込んでしまいそうだ。

「私と一緒に来るか?」

「い、いいの、ですか?そのっ、月彦さん、もしかすると貴方の期待に、応えられないことだってあるかもしれません。も、もちろん、精一杯頑張ります。でももしっ、僕が月彦さんにとって邪魔な存在になってしまう可能性があるなら、僕は・・・」

一緒に来るかと言われてとても嬉しいのに、自信のない情けない言葉が口から勝手に出てしまう。少しでも無惨さんに良く見られたいのに、何て無様な・・・

羞恥心で俯けば、無惨さんがくすりと笑った。

「そうならないように、お前は努力してくれるのだろう?」

顔が熱い。この喜びを正しく表現できる言葉を僕は知らない。震える身体でその場に跪いて、無惨さんの片手を握る。


「・・・はいっ、愛する美しい貴方のために、僕は努力を忘れません」

昔読んだ西洋の物語、誓いを立てる騎士のようにその手の甲に口付けた。騎士にしてはどうにも弱弱しく情けない男かもしれないけれど、これから目の前の美しい人に見合う男になろう。

僕を見降ろす無惨さんは、月光に照らされながら美しく微笑んでいた。




この出会いに祝福をください




自分を見上げ、心底幸せそうに笑う男。

その口から出る言葉も、その視線も、心の中で浮かべている言葉ですら、全てが無惨への愛が満たされていた。

無惨は自分の中の何かが少し満たされるのを感じた。



あとがき

森の奥深くにある洋館に住む病弱薄幸青年が無惨に一目惚れする話。
実は睡眠でエネルギーを補えた。無惨によって人肉を用意されずそのまま放置されれば禰豆子ちゃんと同じで人を食べない鬼になれたけれど、そんなこと男主も無惨も知らない。
男主は無残が鬼の始祖だとかそういうのはよくわかってない。単純な好きな人。人生初の恋に浮かれてる。
露骨に好かれてるのがわかるから、無惨も満更でもない。割と特別扱いしちゃう。
多分定置は無残の斜め後ろ。何時も幸せそうな顔で立っている。



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