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日輪刀の色が変わらなかった。

だから自分で着色した。

師範と刀鍛冶は微妙な表情で俺を見つめていた。



「あ!こんにちは、名前さん」

「よー、炭焼きの坊ちゃん。炭売りご苦労さん」

一つ前の任務地から次の任務地への移動途中、馴染みのある村へ立ち寄った。そこで目当ての人物を見つけた俺は、俺を見た瞬間笑顔で近づいてきてくれた坊ちゃんに片手を上げて笑う。

坊ちゃんの背には空っぽの籠が背負われている。この籠には元々山程の炭が入っていたであろうことを知っている。

この坊ちゃんは、山にある炭焼き小屋の長男坊だ。父親を亡くしてからは一家の大黒柱として毎日懸命に働いていることも、そのせいで苦労しているのにこれっぽっちも弱音を吐かないことも、俺は知ってる。


「そうだそうだ、これやるよ。この間行ったとこで買ったんだ」

「キャラメル!こ、こんな高価なもの・・・」

「兄弟で仲良く分けろよ」

懐から出した紙製のキャラメル箱に目を輝かせる坊ちゃんは、大黒柱とはいえまだ子供だ。


「何なら今一つ食べてみろ。坊ちゃんも好きだったろ」

「・・・いえ!持って帰ってから食べます!」

「そう言って、前の土産にやったチョコレイトも、結局他の坊ちゃん嬢ちゃんに譲っちまったんだろ?」

「何でそれを!?」

「ははっ、ただの勘だ」

驚く坊ちゃんの頭を笑って撫で「いいから、一つ食べてみろ」と言えば、坊ちゃんは少し悩んだ後、箱から一つキャラメルを取り出して口に含んだ。

パッと手で頬を抑え、キラキラと目を輝かせる坊ちゃんの頭をもう一度撫で「キャラメルは12粒ある。家族六人で平等にわけな」と言い聞かせるように言った。


長男だから大黒柱だからと我慢ばかりする必要はない。

坊ちゃんが恥ずかしそうにはにかみながら頷いたのを確認し、さてさて今日はここらで休憩し明日の朝早くに出発するか、と今日の宿について考えた。

すると坊ちゃんが「今日は村に泊まるつもりですか?」と聞いてくる。そうだと答えれば、坊ちゃんの目がキャラメルを食った時と同じように輝いた。


「良かったら今夜はうちに泊まりませんか?!」

「ん?あぁいや、後で宿を取ろうかと思ってるんだ」

「うちに来れば、宿代も浮くし、皆も喜びます!」

「お、おぉ、そうか。ならお言葉に甘えようかな」

片手でしっかり俺の着物を掴んでいる坊ちゃんの言葉を無下にすることは出来ず、俺は坊ちゃんと共に山を登ることにした。


山の中にある家が見えてくると、坊ちゃんの兄弟たちが「あ!帰ってきた!」「名前さんもいる!」と声を上げ、駆け寄ってくる。

「おーおー、小さい坊ちゃん嬢ちゃん、久方ぶり。また少しでかくなったなー」

足元に集まってくる小さな坊ちゃんと嬢ちゃんを代わる代わる撫でてやり、母親である葵枝さんにも挨拶を済ませる。一緒に夕飯の用意をしていたらしい長女の嬢ちゃんにも挨拶をすれば、母親似の別嬪顔で挨拶を返してくれた。

こちらは泊まるだけのつもりだったが、この家族は揃って人が良い。あっという間に俺の分の飯まで用意され、どうぞどうぞと腕を引かれるままにご相伴にあずかることになった。


「はー、うまうま、こりゃ店開けるぐらい美味い。おいくら?」

「無料です!おかわりどうですか?」

「はー、嬢ちゃんの器量が良過ぎて心配。婿選びは慎重にな」

母親の葵枝さんもそうだが、この家族が揃いも揃って顔がいい。それに先にも述べたが人が良い。この村にはまだ現れていないが、うっかり人攫いにあって売られやしないか心配だ。

鬼なら藤の花のお守りやお香でどうにかなる場合が多いが、人間である人攫いや強盗はそうもいかないから。


「名前さん、今回はどれくらいいるの?」

「明日一緒に枝拾いしに行こうよー」

「いやー、悪いな坊ちゃん嬢ちゃん、明日の朝早くには出発しようと思ってるんだ。まぁ、その仕事が終わればまた立ち寄るから、そん時は手伝いでも遊びでも何でもしてやろう」

残念がる小さい坊ちゃん嬢ちゃんに、長男の坊ちゃんが「あまり困らせちゃだめだぞ」と優しく注意をした。

じゃぁせめて今夜は一緒に寝てほしいとおねだりをしてきた小さい坊ちゃん嬢ちゃんを拒否する理由はなく、俺は小さな塊に囲まれるように布団に寝転ぶことになった。

しかしそれから一刻、俺はすぐに布団から起き上がった。

外に何かがいる。俺が起きると同時に、生まれつき鼻が利く坊ちゃんが「ん・・・この臭いは?」と鼻を抑えながら起き上がった。俺は「静かに」と坊ちゃんに声をかける。


「・・・坊ちゃん、兄弟連れて裏口から出な」

「え?一体どうしたんですか」

「頼む。俺の言う通りにしてくれ」

「わ、わかりました」

俺の表情の強張りや、外からの強烈な臭いでただ事ではないと気づいたのだろう。坊ちゃんはそばで眠る兄弟や母親を起こし、裏口へと向かった。


俺はといえば、部屋の隅に置いておいた荷物の中から日輪刀を手に取り、相手が何かを仕掛けてくる前に玄関から外へと飛び出した。

突然飛び出してきた俺に相手、鬼は驚いたように少し目を見開く。俺も、思った以上の死臭や気配に少し目を見開いていまった。こりゃ、大物である可能性が高い。少なくとも下弦以上・・・上弦、もしかすると更にそれ以上の可能性すらある。

油断出来ない相手だ、と思いながら刀から鞘を外す。


「まさかこんなところに鬼狩りが・・・いや待て、なんだその日輪刀の色は」

「素晴らしいだろう。虹色だ」

「そんな馬鹿な色の刀があってたまるか」

まさか鬼にまでそんなことを言われるとは思わなかった。


あの日、刀の色が変わらなかった俺は、自身の手で刀に着色をした。何色が一番いいだろうかと悩んだ末、全ての色を虹のように塗りつけたのだ。

それが俺の日輪刀。俺だけの刀だ。

因みにこの刀を打ったら刀鍛冶は微妙な顔をしつつも「まぁ折らないなら・・・」と受け入れてくれたことだけ明記しておく。



鬼が何か仕掛けてくる前に、俺は先手必勝とばかりに懐から取り出した藤の花の御守袋を破いて投げる。そうすることで周囲に藤の花の粉末が一気に飛び散るのだ。

「そいっ!そぉいっ!」」

「刀を持っている癖に何故藤を投げる!くっ、やめろ!」

鬼はみんなこれで嫌がる。明らかに強いこの鬼も、藤の花が苦手なことには変わりない。

「むっ、しまった弾切れ・・・」

藤の花のお守りがなくなり、仕方なしと今度は刀を構える。

藤の花で大いにイラついたらしい鬼は、こちらに向かって突進してくる。それをひらりと避け、隙があれば刀を振るう。


正直なところ、この鬼を俺が倒せるとは到底思えない。どんな血鬼術を隠し持っているかもわからないし、何より俺がこの鬼に勝つという想像が出来ないのだ。

目の前で苛立ちビキビキと青筋を浮かべている鬼は、沸点が低く煽り耐性も低そうだが、力だけはどの鬼よりも強いだろう。

俺に出来ることは上手いこと鬼を煽ってこちらに引きつけつつ、朝を待つこと。この家の持ち主である竈門一家が無事に逃げ出す時間稼ぎにもなるだろう。


そう思っていたのが、誤算があった。

竈門一家が、俺が思ったいた以上に俺のことを想ってくれていたことだ。

裏口から逃げろと言った俺が何者かと争っている。人の良い彼らはそれはもう心配したことだろう。それが、彼らの逃げる足を止めさせた。

更に運の悪いことに、争っている様子を見た一番下の坊ちゃんが耐えきれず泣き出してしまった。


「ほぉ、あの家族を逃がそうとしていたのか」

意地悪く笑った鬼が俺の刀を避け、そのまま家族へ向かっていく。俺は「糞が!」と悪態をつきながら走る。刀で斬るだけでは何の足止めにもならない。ならばと一瞬で判断し、彼らと鬼の間に飛び出し彼らの盾となる道を選んだ。

選んだはずだったのだ。


「だめ!」

俺を突き飛ばし、代わりに切り裂かれたのは長女である嬢ちゃんだった。


嫁入り前の娘に似合わない傷を負い、痛みに呻く嬢ちゃん。俺は嬢ちゃんを気遣う余裕もなく、更にこちらに爪を振るう鬼の腕を切り裂いた。

痛みに顔を歪ませる鬼の腹を蹴りつけ家族から距離を開け、続けざまに刀を振るう。

最初から「何を見ても気にせず逃げろ」と言い含めるべきだった。

叫ぶような声で「禰豆子っ!」と呼ぶ坊ちゃんたちの声が聞こえる。

人の良い、何より優しいあの家族が、他人とはいえ知人である俺を見捨てて逃げるわけがなかった。俺はそこを考え損ねていたのだ。これが俺の過失でなく何だと言うのか。

俺は自身や目の前の鬼への怒りのまま、刀を振るい続けた。

切り落とされた腕はすぐに回復させた鬼だったが、本格的に刀を振るい始めた俺にどんどん腕や足を切り落とされ、次第にその顔に焦りを見せ始める。


「貴様っ!その顔覚えたぞ!」

「俺も、その顔覚えたぞ」

周囲が鬼の血で染まる。斬って、切って、斬って、斬って・・・

朝日が近づき始め、木々の中へ逃げようとする鬼の両足を切って、その顔を歪めた鬼が「鳴女!」声を上げると同時に、ある意味一方的だった防衛戦は幕を閉じた。
鬼が一瞬にして消えた。鬼自身というよりは、鬼の仲間である別の鬼の血鬼術である可能性が高いだろう。


久々に息が上がっている。両手両足がぴくぴくと痙攣しているのを無視して、後ろを振り返った。

「あぁ・・・すまん、俺の力不足だ。どうか俺を恨んでくれ」

あの家族が泣いている。葵枝さんに抱かれた嬢ちゃんは既に母親の手で止血はされているものの、呼吸は浅い。

すぐに医者へ!と坊ちゃんが嬢ちゃんを背負おうとした瞬間、異変が起こり始めた。

まさかと思い坊ちゃんから嬢ちゃんを奪えば、カッと嬢ちゃんの目が見開かれる。
嬢ちゃんが鬼になった。きっと鬼に切り裂かれた血から、鬼の血が入ったのだろう。人間を鬼に出来る鬼はただ一人。あの鬼こそ、鬼殺隊が長年追っていた鬼舞辻無惨で間違いないだろう。

俺は暴れ始める嬢ちゃんに「すまん」と一言謝り、嬢ちゃんの腕を後ろ手に縛った。

俺の突然の行動に「何をするんですか!」と怒る彼らに頭を下げ、嬢ちゃんを部屋の中へと連れて行く。朝日が嬢ちゃんに当たったら大変だ。


俺の腕の中で激しく暴れる嬢ちゃんを家の中に連れて行き、柱に括り付ける。そしてその口で噛み付けないように俺の刀の鞘を噛ませた。

一連の様子に、最初は怒っていた彼らも嬢ちゃんの様子が可笑しいことを理解したらしい。

どういうことかと聞いてくる彼らに、俺は土下座をした。

先程の男が鬼であったこと、その鬼が人間を鬼にする力を有していたこと、俺の過失で嬢ちゃんが鬼にされてしまったこと、鬼は人間を食らうこと、嬢ちゃんが人間に戻れるかどうかは全くわからず人間に戻った鬼がいるという話も聞かないということ、全てを正直に話した。


「責任は持つ。せめて、嬢ちゃんが罪を犯さないように見張り続けることにしよう」

俺が話す間も、嬢ちゃんは暴れている。泣き出す彼らに、俺はぐっと唇を噛んだ。

「・・・禰豆子、駄目だ」
「そうよ禰豆子、禰豆子は人間よ」
「姉ちゃん、鬼になんかならないで」
「負けないで禰豆子」
「お姉ちゃん」

泣きながら彼らが嬢ちゃんに声をかけ続ける。するとどうだろう、清い彼らに天が奇跡を起こしたとでも言うのか、嬢ちゃんは暴れながらもその目からぽろぽろと涙を流し始めた。


「・・・嬢ちゃん、聞こえるかい。俺のせいで嬢ちゃんは普通の生活が出来なくなった。だが、その責任は持つ。君が人を傷つけないように、誰も悲しませないように、俺が見守り続けると誓おう。どうか、鬼の本能に負けないでくれ」

言葉が通じたのだろうか。泣いていた嬢ちゃんが暴れるのを止めた。そしてまるで泣き疲れたように、静かに眠りについた。




それからすぐ、俺は再び彼ら家族に謝罪をした。

俺の力不足で取り返しのつかないことをした。どんな言葉も無意味だろうが、謝罪せずにはいられない。

「・・・さっきは、怒鳴ってしまってごめんなさい。禰豆子がこうなったのは、名前さんのせいじゃない。名前さんは、俺たちを守ろうとしてくれたのに」

「坊ちゃん、それは違う。俺が守りきれなかったせいで、嬢ちゃんはこうなったんだ。坊ちゃん達には俺を恨む理由がある。どうか、恨んでくれ、許さないでくれ」

長男の坊ちゃんの言葉に、俺は首を振る。


「名前さん、どうか顔を上げて。貴方は私たちの恩人よ」

「葵枝さん、俺は恩人なんかじゃない。貴方の大事な娘に手傷を負わせた。俺の油断が招いたことだ」

悔しさで拳を握った俺の肩が、突然強い力で掴まれる。そのままほぼ無理やり顔を上げさせられたかと思えば、目の前に長男の坊ちゃんがいた。

「名前さんがいなければっ!きっと、俺たち家族はみんな死んでいた!名前さんがいたから俺たちはっ・・・禰豆子も、生きていられた」

怒鳴るように言う坊ちゃんに、俺は「・・・すまない」ともう一度謝った。

口々にお礼を言う家族に、俺はこの罪を忘れないと誓った。






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