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煉獄槇寿郎は俺の兄だ。俺はその息子である杏寿郎と千寿郎の叔父にあたる。

幼い頃に呼吸の才能がないとされ、家を継ぐ兄とは違い婿養子に出た。

隠になるという選択肢もあったが、父や兄を含む煉獄家が無意識に隠を下に見ているのに何となく気付いていたため、隠になるという選択肢はあってないようなものだった。

現に、その後俺と同じように呼吸の才能がなかった甥の千寿郎は鬼殺隊の隊士どころか隠になることも勧められはしなかった。


義理の姉である瑠火さんが病床に伏したと兄の鎹鴉から連絡があり、妻に頼み都会の腕のいい医者を連れ数年ぶりに帰省した。

久方ぶりに会った兄は酷くやつれ、以前の快活さはすっかり鳴りを潜めていた。それでも久方ぶりに帰ってきた弟を笑顔で出迎えてくれた。布団に寝かされたままの瑠火さんも喜んでくれた。

都会の医者によれば、すぐにでも瑠火さんは都会の大きな病院に入院した方がいいらしい。俺が帰るのと一緒に瑠火さんを都会の病院に連れて行こうかと兄に提案すれば、兄は少し困った顔をした。


聞けば、瑠火さんの診察や治療は鬼殺隊の蝶屋敷が担ってくれているらしい。鬼殺隊の関係者があまり鬼殺隊から離れることをよしとしていないのかもしれない。

理由は何となくわかる。鬼殺隊は政府非公認の組織で、呼吸法はただの人間を容易く凌駕する力を持たせる。国がその存在をしれば、きっと外の国との戦争に使いたいと思うはずだ。鬼殺隊のその家族は、人質にするにはもってこい。特に柱の家族なんて、人質としての価値はそれはそれは高いことだろう。

そうならないように、事前に全ての物事を内々に治められるようにするのは、賢いやり方だ。


しかしそんな事情は知ったことか。都会でなら治せるかもしれないのにそれをしないなんて、瑠火さんを見殺しにするようなもの。俺は兄にそれを伝えた。

兄は悩んでいた。組織で柱という上の立場いる自分が、勝手な行動を取っていいのか。いいわけがない。しかし、そうしないと愛する妻は死ぬ。

俺が自分たちの父親を責めているように見えたのかもしれない。部屋に飛び込んできた杏寿郎と千寿郎が「父上を虐めないでください!」と俺と兄の間に立ちふさがった。おそらく、俺の顔をすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。

それもそのはず。手紙のやり取りは兄としていたものの、俺が最後に杏寿郎に会ったのはまだ杏寿郎が這うことも出来ない赤子だった頃。千寿郎に至っては手紙で誕生を知っただけで顔さえ見ていない。

二人にしてみれば、突然やってきた知らない男が父を虐めているように見えるわけだ。

二人に守られた兄が、その目にじわりと涙を浮かべ、二人を抱きしめた。


「・・・瑠火を、頼む」

「はい、兄上」

兄に抱きしめられたまま、きょとんとこちらを見上げる二人の頭を笑顔で撫でる。

父方の遺伝子が異常に強い煉獄家で、俺の顔は母親似だった。毛先は赤いが、一目で血のつながりなんて予想出来ないだろう。


「こんにちは、二人とも。俺は苗字名前。昔の名前は煉獄名前って言うんだ」

「叔父上?」

「そう、叔父上だよ。しばらく、君たちのお母さんを連れて行くんだ」

「ど、何処に連れて行くのですか!?母上は今静かにしていなければならないのです!」

「都会のね、大きな病院に。そこで君たちのお母さんを治療して貰うんだ。・・・きっとよくして貰う」

杏寿郎が兄上そっくりの顔で俺を見ている。俺の言葉の意味を理解したのだろう。杏寿郎は泣きそうな顔をした。兄が泣きそうな姿に影響されてか、千寿郎がぐずり始めた。


「・・・数日は此処に滞在するつもりだったから、それまで家族四人で過ごしなさい。兄上、俺は宿を取りに行くので」

「待て。お前もゆっくりしていけ。長旅で疲れただろう」

「家族四人で過ごしてください。連れてきたお医者様の宿も用意しなければ」

ゆっくりしていけという兄の意見を押しのけ、医者と二人家を出た。


「・・・義姉上は治りそうですか?」

「お義姉様は元々お身体が弱いとお聞きします。彼女にとって、小さな風邪一つが命取り。・・・現段階では、はっきり治るとは断言できません」

申し訳なさそうな医者に「わかりました」と頷く。元々余命宣告をされていたらしい瑠火さん。それが「もしかしたら治るかもしれない」になったのだから、十分だ。・・・どうか治って欲しいものだ。



数日間、煉獄家と宿屋を行き来する生活を続け、ついに瑠火さんを連れて都会に帰ることとなった。

泣きながら自分たちの母に縋りつく甥っ子たち。兄の目元も赤かった。

「名前、どうか、どうか瑠火を・・・」

「連絡は欠かさずお送りします。どうか兄上は信じて待っていてください」

「あぁ、あぁっ、わかった」

瑠火さんの身体の負担を減らすため、台車のようなものを用意した。それを見た瑠火さんが「何から何まで・・・」と申し訳なさそうに眉を下げる。


「申し訳なく思う必要はありません。兄上に嫁いでいただいた以上、俺の家族でもあるんですから」

俺の言葉に小さく微笑みを浮かべる瑠火さんを連れ、俺の妻が待つ都会へと返った。

都会に帰ってすぐに瑠火さんは医者の紹介で大きな病院に入院した。診断結果は、何とか回復の見込みありという嬉しい結果だった。

すぐに兄に手紙を送れば、すぐに喜びの返事が返ってきた。妻が頑張っているのだからと息子たちの教育に力を入れるつもりらしい。精神が少しは回復したようで何よりだが、あまり息子たちに無理はさせないようにと釘をさしておいた。


治療は時間と根気が必要らしく、すぐすぐには退院出来ないらしい。その間、妻と共に瑠火さんを支えた。

何とか休みを取れた時には、兄は甥っ子たちを連れてよくお見舞いに来た。自宅療養していた時よりも元気そうな瑠火さんを見て、三人とも泣いていた。いや、正確には兄が泣き、その様子に杏寿郎が泣き、つられて千寿郎が泣く、という感じだった。


瑠火さんの入院から数年が経ち、瑠火さんの身体は快方に向かっていた。その頃には杏寿郎は周囲より少し若いが鬼殺隊の最終選別へと向かったらしい。

無事選別を終えた杏寿郎に、瑠火さんは泣いて喜んでいた。息子の無事は彼女に安心感を与えたのか、それから彼女自身も無事に退院した。


「随分お世話になりました。このご恩は忘れません」

「頭を上げてください。俺も妻も、当然のことをしたまでです。貴方は俺たちの家族なんだから」

退院の日、三人は病院まで瑠火さんを迎えに来た。退院するとはいえ、瑠火さんは元々身体が弱い。風邪を引いたならすぐに医者を頼るように言い、四人を見送った。




煉獄杏寿郎には全く似ていない叔父がいる。

父方の血が濃く出る煉獄家では珍しく、母方の血を濃く受け継いだらしい。

杏寿郎は祖母の顔は知らないが、父曰く叔父は本当に祖母に似ていたらしい。

もちろん女顔という意味ではない。杏寿郎から見て、叔父は別の意味で立派で男らしい人である。

母を治すために都会へ連れて行って、無事に治してくれた。

以前のように日の大半を寝込むことはなく、楽しそうに家事をこなす母。杏寿郎は叔父に深く感謝している。杏寿郎だけではない。煉獄家は、皆叔父に感謝している。


都会に住んでいるからか、叔父は都会の流行を良く知っている。時折手紙や贈り物を送ってくれるが、贈り物は杏寿郎や千寿郎がうっかり目を輝かせてしまうぐらい、珍しいもので満ちていた。

外来のものであるという葡萄地酒、ブランデーなるものは、最近の父のお気に入りである。

因みに杏寿郎のお気に入りはスウィートポテト、千寿郎のお気に入りはキャラメルだ。

杏寿郎は鬼殺隊に所属し、今では柱になっている。父は数年前に「育手にまわる」と宣言し、父から譲られる形で柱となった。もちろん、柱になる実力は十分にあったため、杏寿郎が柱になったのは彼自身の努力の賜物だ。


今回の任務は無限列車という都会に向かう列車での任務。実はこっそり、杏寿郎はわくわくしていた。実はこの列車、叔父で婿養子に行った先の家が出資している鉄道会社が運営するものなのだ。

叔父には今日その列車に乗ることを手紙で告げているため、あの優しい叔父ならもしかすると到着先の駅で自分を迎えてくれるかもしれない。


二十歳になったが、叔父に対してはついつい甘えてしまう。実は煉獄家全員がそんな感じだ。叔父はついつい甘えてしまう存在、それは煉獄家の共通認識。

そんな叔父の家が出資している列車が鬼の隠れ家と化している事実は許せることじゃない。必ず鬼を討つ!という強い意志のもと、杏寿郎は叔父が以前勧めてくれた駅弁をかっ喰らっていた。うまい。

途中、鬼殺隊の後輩が三人が合流し、この三人と共に無事任務を達成することが出来た。


・・・しかしそこで、まさかの上弦の参『猗窩座』が現れた。背後には負傷した隊士、脱線した列車、逃げきれていない乗客。

杏寿郎は自らが退くつもりは毛頭なかった。強い人間が弱い人間を守るのは当然だった。もし仮に自分がこの戦いで散ったとしても、守るためならば・・・


「足元に気を付けて。傷が浅い人はどうか他の人に手を貸してやってください。お婆さん、貴方はこっちに、俺が背負います。そこの君!隣のお嬢さんを背負ってやってくれ!坊や、お母さんは君が頼りだ。お母さんを守ってやって」


大きなよく通る声。人々を先導する声はあまりに聞き覚えがあった。

叔父がいる。まさか列車に乗っていたのか。乗っていたならきっと叔父も無傷ではないはず。だというのに人々を先導し守ろうとしている。流石は煉獄家の血を引く人だ。

杏寿郎の頭の中は目の前の敵と叔父のことでぐちゃぐちゃになった。


「そこの君たち!戦えないなら下がりなさい!」

鋭い声が自分が背に守る隊士二人に向けられる。そうだ、あの二人ではまだこの敵には敵わない。俺が「上官命令だ!下がれ!」と声を張れば、二人の気配が遠のいた。


「ほう、邪魔な者たちが消えたな」

「お前の言葉に同意するつもりはないが、これで・・・お前の首を斬ることだけに専念できるッ!」

背に守るものはない。攻撃を避けても当たる相手はいない。目の前の上弦を討つことだけに集中できる。

叔父にはまた感謝することが増えた!と杏寿郎は笑い、炎の呼吸をもって上弦の首を斬るために刀を振るい続けた。


流石は上弦、首の皮一枚で杏寿郎の攻撃を避け、その傷を急速に回復させる。しかし危機感は覚えてきたらしい。杏寿郎に「鬼にならないか」とふざけていた様子は鳴りを潜め、今は防御に集中している。

やがて遠くから太陽が昇り始め、上弦は何かを喚きながら日の光から逃げる様に近くの森へと消えた。

片目を負傷した、脇腹も抉られた。大きな怪我はこの二つで、その他にも沢山負傷している。

ぐらっと身体が揺れる。刀を杖になんとかその場に膝をつく。呼吸でこれ以上血が流れないように集中する。


「杏寿郎」

「・・・あぁ、叔父上。任務で乗ると言ったではないですか。何故貴方が列車に乗っているんですか」

片目が見えない。もうこっちは駄目かもしれない。

叔父は杏寿郎の傍に来る。見れば、叔父も酷い怪我を負っていた。

叔父は困ったように笑い「丁度視察の仕事だったんだが、まさか脱線するとは思わなかった」と言うと、杏寿郎の背を撫でた。


「よくやった。杏寿郎、よく頑張った」

「・・・はい。はい、叔父上。俺は、頑張りました」

杏寿郎を含め、彼等を大事にしてくれる叔父。母を救い、それまで酷く落ち込んでいた父を救い、煉獄家を救ってくれた。叔父夫婦には子供がいないからと、自分たちの子供のように可愛がってくれた。杏寿郎が鬼殺隊に入った時は、何より杏寿郎の身を案じてくれた。


「叔父上、もっと褒めてください」

「ははっ。勿論だとも。杏寿郎、お前は立派だ。頑張った。だから、少し休みなさい」

叔父の温かな腕の中で、杏寿郎はゆっくりを目を閉じた。




煉獄家の推しは叔父上




「叔父上!すいーとぽてとが食べたいです!」

「ははっ、お前が欲しがると思って用意した。生菓子だから早めに食べなさい」

「ごほんっ、杏寿郎、大の大人が叔父だからといって甘えるなど・・・」

「兄上、外来のビールなるものを手に入れました。晩酌にいかがですか」

「むっ・・・そ、そうだな、久々にお前と晩酌しようか」

「父上も甘えているではありませんか!今は俺の番です!」

早々に自宅療養が許され、煉獄家へと帰ってきた杏寿郎。その見舞いに来てくれた叔父を煉獄家一同大歓迎。それぞれ叔父に甘えまくることとなった。



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