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誰にも言えない、家族にも言えない秘密がある。
お嫁に行った姉上の古い着物を着て、母上が色が気に入らなかったからとそのままにしていた紅を塗って、夜道を歩く。
昔から美しい着物や紅に憧れていた。お祝い事の時に姉上が着ていた晴れ着が、婚儀の時に着ていた白無垢が、羨ましくてたまらなかった。
僕には与えられない美しい着物、色鮮やかな紅・・・
望んでも手に入らないことはなんとなくわかっていたから、僕は自分の願いを隠すことにした。
家族が寝静まってから、自分が好きな格好をして、まるでただの娘のように夜道を歩く。それだけで僕の欲求は満たされていた。
「・・・また出歩いているのか」
暗闇の中から聞こえた声に、僕の頬が緩む。
笑みを浮かべ、暗闇の方へと駆けていく。暗闇の中の人のところにたどり着く寸前、つんっと右足が小石に当たって身体がぐらついた。
「おい、気を付けろ」
両肩に添えられた冷たい手と、頭上から聞こえる呆れたような声。
僕はゆるゆると緩む口元を抑えきれないまま、少し上を見上げて「だって」と口を開く。
「今夜は貴方に会えるんじゃないかと思って」
僕の言葉に、彼は何とも言えない顔をした。顔や腕、身体の至る所に不思議な入れ墨をした、僕の好きな鮮やかな色を持つ彼。
彼との出会いは、今日みたいな深夜のこと。
いつも通り自分の好きな格好をして夜道をあるいていた僕は、暗闇の中から現れた何やら恐ろしい存在に襲われた。
本能的に『殺される』と思った僕だったけれど、結果的に僕が殺されることも、ましてや怪我を負うこともなかった。だって、目の前の彼が助けてくれたから。
「猗窩座さん、お時間はありますか?よければ、すぐそこの石段でお喋りをしましょう」
神社の鳥居が見える方を指さして言えば、猗窩座さんはため息を吐き「次はころぶなよ」と言いながら僕の前を歩き始めた。
猗窩座さんの方が背が高くて、僕よりもずっと足が速いはずだけれど、不思議と距離は一定のまま離れはしない。きっと彼が僕に会わせてくれているのだ。嬉しい。
「猗窩座さん、この着物、姉上が昔使っていた衣装箪笥から見つけたんです。雪の意匠が美しくて、少し解れがあったので、昨日こっそり縫い直したんです。どうですか?」
「・・・いいんじゃないか」
振り向きもせず言うけれど、さっきちゃんと見てくれていたから気にしない。
あっという間に神社の前について、僕と猗窩座さんは並んで上り階段の途中に座った。
「いつまでこんなことを続けるつもりだ。お前は弱い、同い年の人間相手にも負けてしまうだろう」
「父上にも先日怒られてしまいました。男の癖に、お前は男らしさが足りないって」
流石に夜な夜な女物の着物を着て出歩いていることはバレてはいないけれど、父上からも母上からももう少し男らしく振舞うようにと注意されてしまった。
「・・・だから、こうやって着物を着て猗窩座さんに会えるのも、もうすぐ終わってしまうかもしれません」
猗窩座さんと出会うまでは、ただ好きな格好で好きに出歩けることだけが喜びだったけれど、猗窩座さんと出会ってからは猗窩座さんとこの格好で歩いてみたくなった。
「長男だから、家を継がなければなりません。父もそろそろ、本格的に僕に当主としての教育をしたいそうで・・・夜、こうやって出歩くことすらできなくなるでしょう」
何となくわかっている。猗窩座さんと出会えるのは夜ばかり。昼間は全く見かけない。きっと、猗窩座さんはあの夜の恐ろしい存在に近い・・・もしくは同じ存在なんだ。
「そうか」
少しは残念がってくれるかな?と期待していたけれど、この返事も想定済み。僕は眉を下げながら笑い「そうなんです」と頷いた。
次に猗窩座さんと会えるのは何時になるかわからない。会えない間に、僕はこの趣味を諦めなければならないんだ。趣味と、あと、猗窩座さんのことを。
僕は猗窩座さんの姿を心に刻もうと、その夜はずっと猗窩座さんを見つめていた。
父上が求める当主像を実現するのは、思っていた以上に骨が折れた。
昼間は父上が呼んだ剣術の師範に扱かれ、夜間は知識を頭に詰め込む。
夜、ランプの灯りを頼りに当主になるための勉強をしていると、背後の襖が開かれる音がした。母上が夜食を差し入れにでも来てくれたのだろうか。
「随分熱心にやっているんだな」
「!・・・猗窩座さん?」
想像とは違う人の声に吃驚しながら振り返れば、小脇に風呂敷包みを抱えた猗窩座さんが立っていた。
驚いて、慌てて、僕はハッとして髪や着物の合わせ目を整える。着物は普通の男物の着物だし、紅だって当然さしてはいない。けれどせめて、整った姿で猗窩座さんとは会いたかった。
ほんのり浮かんだ羞恥心に顔を赤くしていると、猗窩座さんが真っ直ぐ僕に近づいてきて、僕の目の前に風呂敷包みを置いた。
何だろうと見上げれば、猗窩座さんが無言で僕を見つめる。
「・・・わっ」
恐る恐る風呂敷を開けば、そこには細やかで色とりどりの意匠が美しい着物が入っていた。
「猗窩座さん、これって」
「餞別だ」
猗窩座さんが少し笑っている。僕は「今っ、今すぐ着たいですっ」とその着物を掻き抱いた。
返事も待たず、部屋の奥のタンスの、更に奥に隠した紅と町でこっそり買った髪飾りを手にし、着替え始める。
急いでいたからあまり凝った髪型は出来ないけれど、精一杯着物に合う髪型にした。最後に紅をさして・・・
「猗窩座さん、この着物、凄く綺麗」
「・・・あぁ、そうか」
一緒に入っていた帯も、素敵だった。
僕はその着物を着て、猗窩座さんの目に立つ。猗窩座さんはほんの少し笑い、僕の頭にぽんっと手を置いた。
「似合ってる」
その言葉だけで、何だか全てに満足したような気分になってしまう。
自分だけ、自分が満足すればそれだけで良かった。家族に認められないとわかっているから、最初から隠していた。けれど、家族でも誰でも、認めて欲しかったのも事実。
猗窩座さんはそれを叶えてくれた。こんな素敵な着物を僕に持ってきてくれた。
「有難う、猗窩座さん」
笑って、猗窩座さんの手を取る。
改めて猗窩座さんの手を見て気付いたけれど、僕の手は僕の記憶の中の手とくらべ、随分と男らしくなってしまっていた。そうか、遅かれ早かれ、僕の趣味の終わりは近づいていたのだろう。
不思議と悲しくはない。きっと、猗窩座さんの言葉が満たしてくれたんだ。
「これがあれば、この思い出があれば、僕はやっていけそうです」
「・・・そうか」
当主になるための勉強で毎日が忙しい。当主になればなったで、当主として毎日が忙しいだろう。
僕は少し名残惜しく思いながらも、握っていた彼の手を放す。
僕の手が離れると同時にゆっくりと僕に背を向ける彼は、何となくもう僕とは会わない気がした。餞別とは、そういうことなのかもしれない。
それを引き留めたい気持ちをなんとか抑え、僕は猗窩座さんの背を見送った。
現実を生きる人よ
とある少女によく似た青年は、生涯その着物を大事にしていたそうだ。
あとがき
実は恋雪さんそっくり(女装中は瓜二つ)な青年を咄嗟に助けた猗窩座さんとそんな猗窩座さんが大好きだった青年の話。
多分、キメツ学園では恋雪のお兄ちゃんとして生まれる。
兄妹揃って狛治さん大好き。
兄×狛治×恋雪かぁ・・・
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