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僕には前世の記憶がある。

これだけでも可笑しな話だと思うけれど、僕の前世は沢山ある。


始まりは平安時代。由緒正しい御屋敷の厩番をしていた、小汚い子供だった。

ある日突然その屋敷の旦那様に呼び出され、あれよあれよと他の使用人たちに身姿を綺麗に整えられた僕は、その屋敷の跡取り息子の友人役に抜擢された。
厩番から跡取りの友人役なんて大出世も大出世だけれど、当時の僕はちっとも嬉しくなかったと思う。

何故ならその跡取り息子というのが、なかなかの曲者だった。生まれつき身体が弱く、日の大半を布団の中で過ごす彼は、その身に大きなストレスを抱えていた。体の弱い自分を哀れむ使用人達の声に苛立ち、いつまで経っても身体を治さない医者に苛立ち・・・

そんな彼のそばに、自分とは違う健康児が現れたらどうなる?当然、僕の存在は疎まれた。

友人役なのになかなか会話が出来ず、跡取り息子のご機嫌を損ねてはビクビク震える僕は、側から見ればとても哀れだったことだろう。


しかし人間、月日が経てばある程度は『慣れる』もので、当初は怯えるばかりで何も話せなかった僕は、跡取り息子と会話ができるようになっていたし、多少睨まれたり嫌味を言われても傷つかなくなった。

跡取り息子の方も僕という存在に慣れたのか、疎むよりも有効的に利用する方がいいと判断したらしい。跡取り息子が冷たい水が飲みたいと言えば昼夜関係なく井戸まで走り、珍しい書物が読みたいと言えば商人からよくわからない読み物を買い付けたり、要するにパシリと化していた。

元々が親なしの小汚い厩番だった当時の僕はその生活に多少怯えつつも不満は抱いていなかったし、何だかんだで跡取り息子も僕のことを信頼していたと思う。こいつなら自分の言うことは全部聞いてくれるだろうって意味で。


しかしそんな生活はある日突然終わりを告げる。殺されたのだ、跡取り息子が食べたがった甘味を買い付けに行ったその帰り道、昔の僕より更に小汚い、見知らぬ男達に。

たぶんあれは賊だったのだろう。殺され、買い付けのために持っていった金品や衣類を剥ぎ取られ持っていかれでもしたのかもしれない。

その時僕は死んだから、当然その後のことなんか知らない。・・・目覚めると、見知らぬ女が赤子の僕を抱いていた。


死んで生まれ変わった僕は平安から元号が変わっていることに、少し成長してから気がついた。

今度の僕は農民の子として生まれたらしい。貧しいながらも両親の愛情を感じる生活をしていたある日、母親と共に野菜を売り歩いた帰り道、薄暗い夜道で前世の跡取り息子とそっくりな男を見かけた。

とてもよく似ていたが、ただのそっくりさんだろうと思った。なにせ前世と今では100年程度の月日が経っていて、跡取り息子が生きている可能性なんてまったくなかったのだから。

しかし驚くことに、相手の男は僕を見るととても驚いたような顔をした。一瞬だったけれど、男の口の動きがなんとなく自分の前世の名前を呼んでいる気がした。

もしかすると、跡取り息子も僕と同じように死んで生まれ変わったのかもしれない。まぁそれを確認するより早く、母親が「早くかえらんと、父ちゃんが心配する」って言ってまだ小さい僕を抱き上げ、さっさと歩いて行ってしまったのだけれど。


そしてその日の夜、家は強盗に襲われ、父親と母親に庇われるも家族揃って殺されてしまった。死ぬ間際まで僕を愛して守ろうとしてくれた両親には感謝している。僕は彼等程の素晴らしい人間は知らない。

次に目が覚めた時、僕はまた生まれ変わっていた。残念なことに今度は孤児だったらしく、小汚い男に商品として育てられた。

歩ける程度まで成長した僕は金持ちに売られ、犬猫のような畜生の扱いを受けた。

金持ちの男は買った奴隷を地下で飼殺すのが好きだったらしく、屋敷の地下にある座敷牢には僕と似たような境遇の子供や大人が複数人いた。

掃除など一切されていない汚物の臭いがする部屋で次第に弱っていく僕を愉快そうに見つめる金持ちの男はまるで化け物のようだった。


僕は相当男のことが憎らしかったのだろうか。衰弱していく死ぬ間際、男の首が刎ねられて死んでいく幻覚を見た。そして誰かが焦ったように僕に駆け寄り、何かを叫ぶ幻覚も。

・・・そんな最期を迎え、僕はまた生まれ変わった。何度生まれ変わればいいのか、僕は死んでは生まれ変わり、死んでは生まれ変わりを繰り返し続けた。


どの人生でも僕は長く生きられないし、なんなら跡取り息子に似た人物も何度も見かけた。僕と同じで死んで何度も生き返るなら同じ境遇同士通じ合うかもしれないが、不思議なことに僕が跡取り息子に出会うのは僕が死ぬ数日前や死ぬ寸前が殆どだった。会話なんて出来るわけがない。

何度も死に過ぎてすっかり死ぬことになれてしまっている僕は、また生まれた。今回は孤児だ。経験上、孤児に生まれれば死ぬまでとても苦労する。今回はハズレだなと思っていると、なんと孤児である僕を引き取りたいという夫婦が現れたのだ。


何でも父親の方は医者で、夫婦には子供がおらず、つい先日養子を取ったそう。しかしその養子は肌の病気で日の光に当たることが出来ず、毎日部屋に籠っているらしい。

とても勤勉で良い子だからこそ、部屋の中で遊べるお友達を与えてあげたい。僕を引き取るのはそういう理由だった。

何となく、一番最初の人生に似ているなと思った。

跡取り息子の友達役。僕は二つの返事で了承し、医者夫婦に引き取られた。


「月彦、今日からお前のお友達になる名前くんだ。仲良くするんだよ」

その家にいた子供は、僕の記憶の中にある跡取り息子そっくりだった。

驚き固まる僕を無視して子供は「はい、わかりました」と頷き僕の手を握って部屋まで連れて行った。

部屋の扉が閉まると子供と二人きり。子供は何故か僕の身体をぎゅっと抱きしめ「名前」と僕の名前を呼んだ。そういえば今回の僕の名前は、一番最初の人生と同じだった。

名前を呼ばれると子供がますますあの跡取り息子に見えてくる。

跡取り息子の名前はなんだったっけ。あまりに昔過ぎてあまりよくは思い出せない。月彦ではなかった気がする。なんだったかな、もうちょっとのところまで出かかっている。そう、えっと、確か名前は・・・


「むざん」

抱きしめる力が増した。少し苦しい。


ぽんぽんと背中を叩けば、月彦は「名前、会いたかった」と言った。会いたかったとは、友達が出来るのを心待ちにしていたということだろうか。首を傾げる僕に、月彦は「相変わらず察しの悪い奴だ」と笑う。

この流れるような嫌味に既視感を覚える。


「無惨は、あの無惨なの?」

無惨はそれを肯定すると、僕を抱きしめたままずるずるとベッドまで移動した。ベッドに転がり「ようやく見つけた」と笑う無惨は、一番最初の記憶よりも機嫌が良さそうな顔をしている。前世は怒っている顔の方が普通だったから。

「名前の癖に私を手古摺らせて、よくもまぁ面倒ばかりかけてくれたな」

「面倒?」

「まぁいい。もう絶対に離さない。離すものか。お前が寿命で死ぬその日まで私の手元に置いてやる。そしてまたお前が死んだら、再び見つけ出してお前を寿命まで手元に置く。必ずだ」

「寿命まで?僕、何故だかいつも子供のままで死ぬんだ。多分寿命は十にも満たないよ」

僕の身体の上に無惨が乗り上げる。無惨は僕を見降ろすと「死なせるものか」と言った。その目はどろりと濁っていて、何だか死んでいる人のようだった。可笑しいな、無惨は僕と同じで死んで生まれ変わっているはずなのに。

無惨は僕の身体に重なるように僕の上に倒れ込んで、僕の頬を両手で緩く挟んだ。


「誓え、お前はこの私から二度と離れていかないと」

「そう言われても」

「菓子の買い付けすらまともに出来ないお前から一時たりとも目を離してなるものか」

あぁそうだった、一番最初の人生では無惨の菓子を買い付けに行く途中で死んだんだった。もしかして無惨はそれを気にしてくれているのだろうか。

ただのパシリだと思っていたけれど、無惨なりに僕のことを想ってくれていたことが何となく嬉しくて「じゃぁ死ぬまでは一緒にいる」と約束をした。


「この約束、違えるなよ」

真っ赤な目が僕を見つめ、細められた。




ついに捕まりました




鬼舞辻無惨には唯一無二の友がいる。友は無残のことなら何でも理解してくれた。無惨が欲しがるものは何でも与えてくれた。

最初は両親が無惨に与えたものであるが、与えられたからには友は無残のものなのだ。それは決定事項だった。

その所有物が、ある日勝手に死んだ。無惨は荒れた。

鬼となり、友を失ったままの100年余り、友とそっくりな子供を見かけた。その子供も無惨を見て驚いていたから、あれが友の生まれ変わりであることは間違いなかった。

友が自分の隣にいるのは当たり前だからと無惨が迎えに行けば、友は既に事切れていた。下賤な人間に殺されたのだ。

その後も何度も友の生まれ変わりを見つけた。しかし不思議なことに、友は無残に見つかると必ず死ぬのだ。まるで天が邪魔をしているかのように。

一度死にかけの友を鬼にしようとしたが、どうやら友は鬼になれない体質のようだった。たまにいるのだ。自身の血に耐え切れず苦しみながら死んでいった友を見て、無惨は友を鬼にするのは諦めた。その代わり、見つけたら寿命まで傍においてやろうと誓った。


そして今、友は漸く無惨の手元に戻ってきた。相変わらず察しの悪い愚図だが、きちんと無惨のことを覚えていたため、無惨は許すことにした。

早く無限城に連れて帰ろう。ずっとそばにおいて置こう。だって友は、無惨だけの友なのだ。最初から、友の傍にいる権利は無残だけのものなのだ。


(もう逃がさないからな)



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