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世間的に見れば珍しい女傑家系だったせいで男として生まれたのに女として生きる道を強要され、しかも男の婚約者が出来、だがしかし婚約者には恋焦がれる存在がおりその存在も婚約者に恋焦がれ、なんならその双方に壮絶に疎まれている・・・

なんだ、この人間の汚い部分を凝縮したような人間関係は。


主観客観どちらから見ても私は可哀想だが、婚約者の男も十分可哀想だ。なにせ婚約者が実は男であることも知らないのだ。

因みにお世継ぎ問題だが、実家にいる私そっくりな妹がその時だけ代打を務めるらしい。子種を得たら妹は実家に戻り、その間私は妊婦のフリをする予定だ。

いや、そんな面倒なことをするなら最初から妹が婚約者になればよかっただろう、と思うかもしれないが、妹は苗字家を継ぐ者。嫁ぐ役目は男に生まれてしまった私の仕事らしい。


因みにだが妹は極度の男嫌いで、一夜だけとはいえ嫌いな男という存在に抱かれて傷つきやしないか兄としてはとても心配だ。そういう旨の文を送ると「頭は南瓜、身体はジャガイモ、股間のブツはキュウリと思いますのでご心配なく」と返ってきた。待て、それは逆に心配になる返事だ。どうしても耐えられないなら、なんやかんや理由を付けて妹を逃がすつもりである。

因みの因みに、私と妹の仲はそれほど悪くない。妹は私を「見た目が女性だから大丈夫」だと言ってくれているし、嫌悪の対象にはならなかった。私もなんだかんだ私を慕ってくれている雰囲気のある妹を可愛く思っている。


「姉上、どうかされましたか?」

「・・・なんでもありませんよ、千寿郎」

縫い物の途中でぼんやりとしていた私を、心配そうな顔で覗き込んできたいずれは義理の弟となる千寿郎。その頭を小さな微笑みと共に撫でれば、千寿郎は顔を真っ赤にして「そ、そうですか!」と頷いた。

ぼんやりとしていたものの、女として生きるために長年叩き込まれてきたおかげかほぼ無意識のうちに後は糸を切るだけとなっていた。

ぱちりと糸を切って縫っていた半纏を広げる。


「さぁ出来ましたよ。お義父様に届けましょうね」

ついでにお茶でもしましょうか、と言えば千寿郎は嬉しそうに頷き、二人でお茶と茶菓子の用意をした。

私が半纏を抱え、千寿郎が湯飲みと急須と茶菓子が載ったおぼんを手にお義父様である槇寿郎様のお部屋へと向かう。



「お義父様、失礼いたします」

襖を開け、中を見ればいつもと変わらない様子の背中が見て取れる。

ある時からふさぎ込みがちになっていた槇寿郎様は、妻である瑠火様を失ってすっかり変わられてしまった。

昼間から酒におぼれ、愛する息子たちの声は届かず、時には怒鳴り手を上げ・・・

何かを失う苦しみはそう簡単に癒えるものではない。数年で昇華できる者と、何年経っても昇華できない者がいる。愛が深ければ深かった程、傷の深さが増すのだ。


「近頃朝夕が寒くなってきましたね。お義父様の半纏に解れがありましたので、繕っておきました。丁度いい時間です、折角ですから一緒にお茶などいかがでしょうか」

「・・・出ていけ」

「お茶菓子は最中です。千寿郎、お茶のご用意を」

「は、はい」

「いらん、出ていけっ」

少し声を荒げながらこちらを振り向く槇寿郎様ににこりと笑いかける。


「あら、今日は早めにこちらを向いてくださいましたね。あぁ千寿郎、よそ見をしながらお茶を淹れてはいけませんよ。ちゃんと手元を見て」

父が何時私に手を上げるか気が気ではないのだろう。何時でも立ち上がって私を庇えるようにつま先に力を入れている。小さくも頼もしい義弟に私の心は割かしほっこりしている。

「私や千寿郎と無理に会話をさせたいわけではないのです。辛い酒ばかりでは舌も疲れてしまうでしょう?一度温かいお茶と甘い菓子で身体を労わるのもいいではありませんか」

千寿郎が淹れてくれたお茶と茶菓子をおぼんの上に並べてずいっと押す。

こちらを睨む槇寿郎様ににこにこと笑いながら「さ、早く飲みましょう。冷めてしまいます」と言えば、その手がガッと勢いよく湯飲みを掴む。

このまま湯飲みの中の熱いお茶をぶっかけるつもりかと笑顔で見つめれば、グッと槇寿郎様はその手を止めた。まぁ、なけなしの理性が熱湯は駄目だろうとその手を止めさせたのだろう。冷水もしくはぬるま湯ならぶっかけられていた。


「さて千寿郎、お義父様も湯飲みを持ちましたよ。私たちもお茶にしましょうね」

「あ、姉上ぇ・・・」

「何を情けない顔をしているのですか。この最中、街でも美味しいと評判なんですよ?」

はいどうぞと千寿郎の手に湯飲みと最中を持たせる。


多少強引であることは自覚しているが、たまにかこうやって強引にしないと槇寿郎様はどんどんその心を蝕まれてしまうだろう。一人で静かに考えるのも必要かもしれないが、悪い考えばかりが浮かぶなら一人でばかりいるのは得策ではない。

笑顔でお茶を啜る私に千寿郎もおずおずとお茶を啜り茶菓子を食む。

それを見ていた槇寿郎様は舌打ちを一つ零してから茶を一口飲んだ。



「千寿郎、知っていますか?ご近所のおキクさんの娘さん、お子さんを連れて帰ってくるそうですよ。私は娘さんとお会いしたことがないですが、千寿郎はあるのでは?」

「は、はい。昔よくして貰いました」

「そうですか。お子さんがまだ小さく、もしかすると夜泣きでご迷惑をかけるかもしれないとおキクさんから言われたのですが、ならば是非私もお手伝いをしたいと思って。子育てはとても体力を使うと聞きますし、娘さんが少しでも休める様に家事などをお手伝いしに行くつもりです。ご挨拶に何かお菓子を持っていきたいのですが、娘さんは何が好きかわからず迷っていたところです」

「・・・あそこの娘は、昔から麩菓子に目が無い。夕餉前に食べ過ぎてキクさんがよく叱っていた」

ぽつりと呟くように槇寿郎様が言う。私はにこりと笑って「成程!では、ご挨拶には沢山の麩菓子をもっていきましょう」と頷いた。

千寿郎が嬉しそうにこくこくと頷いている。可愛らしい。


「あら大変、そういえば今日は杏寿郎様がご帰宅する日でしたね。千寿郎、文に書かれていたお時間はそろそろですか?」

「あ・・・はい。帰りは遅くなるとのことでしたので、夕餉はいらないそうです」

「そうですか。では、私たちだけで早々にお夕飯を済ませてしまいましょうね。今日のお夕飯はどうしましょう?ご近所のトヨさんからお野菜をお裾分けいただいてるので、お野菜の天ぷらなんてどうでしょう」

「いいですね。・・・えっと、父上はどうですか?」

少し期待したように槇寿郎様に問う千寿郎。私はにっこりと笑いながら槇寿郎様を見る。二つの視線に居心地でも悪くなったのか、槇寿郎様は小さく「勝手にしろ」と言った。

つれないが返事は返事。嬉しそうにパッとこちらを見る千寿郎の頭を撫で、残りのお茶をこくりと飲み干した。




夕食を終え、千寿郎には先に風呂に入って貰い、その間に食器を洗う。

「・・・おい」

「はい?なんでしょう」

背後から声を掛けられ首だけ振り返ると、先に風呂から上がっていた槇寿郎様が立っていた。槇寿郎様は数拍間を置き、再び口を開く。


「お前は、辛くはないのか。こんな家に嫁ぐことになって」

ぱちりと瞬きを二つ。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。

おそらく気付いているのだろう。まだ帰らぬ我が子が婚約者とは別に思いを寄せている相手がいることに。更に言えば、それを私が気付いていることにも。

私の口元には自然と笑みが浮かぶ。


「千寿郎とお義父様が可愛いので、不満はありませんよ」

「おい」

「あらあら、そんなお顔なさらないでください。嘘ではありませんよ?千寿郎は私のことを姉と慕ってくれますし、お義父様もなんだかんだそうやって私のことを気遣ってくれています」

食器を洗い終わり、手拭いで手の水気を拭き取る。

お水でも飲まれますか?と問えば「いる」という返事が返ってきて、水がめから湯飲みに水を汲み手渡した。


「元は私の母と瑠火様の間の口約束で、互いの家に利があるために実現した。いわば政略結婚ですが、そんなものそう珍しいことでもないでしょう。愛のある夫婦もいればない夫婦もある。大事なのは個ではなく一族の存続ですよ」

槇寿郎様と瑠火様はそれはそれは深く愛し合っていたため、この考えは理解できても共感はできないのだろう。そんな顔をしている。

どんなに普段荒れて憎まれ口をたたいていても、心根の部分は千寿郎と同じく純粋だ。


「お義父様が思う程、私の心は繊細ではございませんよ。さっ、湯冷めしては大変です。八つ時にお渡しした半纏でも着て、温かくしてください」

「・・・お前が望むなら、こちらからお前の家に事情を説明してやってもいい」

「大丈夫ですから、そんなに思いつめた顔をなさらないで」

本当に、私には勿体ない義父だ。私が本当は男だと打ち明けることは生涯出来ないだろうが、許嫁としてこの家にいる間は槇寿郎様を大事にしていきたいと思う。もちろん、千寿郎も。

杏寿郎様のことだって夫として大事にするつもりはあるものの、彼を大事にしてくれる相手は既にいるのだから、多少おざなりでも構わないだろう。私の愛は可愛い義弟の千寿郎と同じく可愛い義父の槇寿郎様のものだ。


槇寿郎様からすれば深刻な話をしていたはずなのに、私があまりに機嫌良さげに笑うものだから、槇寿郎様は「・・・相変わらず変わった女だ」と言うと部屋に戻って行った。半纏をきちんと着てくれればいいけれど・・・


「あ、姉上・・・」

こそこそとこちらに顔を覗かせている千寿郎。私と槇寿郎様の会話を聞いていたのかもしれない。


「姉上は、姉上ではなくなってしまうのですか?」

何処まで知っているのかは知らないけれど、何となく自分の兄に私とは別の女の影があることは察していたのかもしれない。千寿郎はとても敏い子だから。

「そんなことはありませんよ。杏寿郎様が破談を申し出ない限りは、私は煉獄杏寿郎の許嫁です」

「そんなのっ、姉上の自由が一切ないではありませんか!」

自由、という言葉はとても眩しい。それは私の人生に一度たりともなかったものだ。


男に生まれたのに男として生きることが許されず、自分の人生を自分で決めることが許されず、何時だって家の言いなりだった。けれどそれが当たり前として生きてきたから、特別自由を望んだことはなかった。

それでも強い口調で自由を口にする千寿郎は本気で私のことを案じてくれていることがわかった。槇寿郎様と同じ。本当に似たもの同士の優しい父子だ。


・・・もし自由が許されるなら、その自由は妹に与えてあげたい。家の言いなりで女装して生きる情けない兄だけれど、妹には好きに生きて貰いたい。

実家の妹に想いを馳せていると、千寿郎が思ったより至近距離に立って私を見上げていた。


「千寿郎?」

「ぼ、僕がっ!僕が姉上をっ・・・名前さんを幸せにします!」

顔を真っ赤に染め上げ、水仕事の後でひんやりとしている私の手をぎゅっと握る千寿郎に私は数度目を瞬かせた。

熱の灯った瞳はまさに恋をしている者の目。真剣な千寿郎には悪いが、その時私の頭に浮かんだのは『婚約者がいるにも関わらず外に女を作った兄と、その兄の婚約者に横恋慕する弟』という家庭崩壊寸前な状況。戦慄して言葉も出なかった。

ただでさえ人間の汚い部分を凝縮したような関係を婚約者と繰り広げているのに、そこに義弟の千寿郎まで参戦するなんて・・・


千寿郎は真っ赤な顔のまま「答えは、すぐには求めません。ですがこれからは、少し僕を意識してくれませんか?」と言っている。

可哀想だ。杏寿郎様も千寿郎も、どちらも可哀想過ぎる。だってどちらも私が本当は男だと知らないのだ。私は男だから、杏寿郎様が外に女を作っても一向にかまわない。外に女が作れるだけ杏寿郎様はまだましだが、もっと可哀想なのは千寿郎だ。


「千寿郎、考え直してください。私のような女を想っても、よいことなどありませんよ」

「名前さんにとって、一番頼りになる立派な男となれるよう、精一杯頑張ります!だから、名前さんは自らを卑下しないでください!」

ううんっ、純粋過ぎて私ではどうすることも出来ない気がしてきた。

顔が真っ赤な千寿郎は手までとても熱くなっていて、水仕事で冷えていたはずの私の手はすっかり温かくなっていた。


「・・・千寿郎、今日はもうこの話は止めにしましょう。湯冷めしては風邪をひいてしまいますから、お部屋に戻って温かくしなさい」

「・・・はい、姉上」

少ししょんぼりしている千寿郎に良心が痛む。その背を見送り、さて今度は私が風呂に入ろうかと風呂場へ向かう途中、玄関の戸が開く音がした。


「お帰りなさいませ、杏寿郎様」

「・・・うむ!今帰った!」

少し間があったものの、返事は帰ってくる。しかしその顔には『後ろめたいことがあります!』とはっきり書かれている。もう少し隠せないのだろうか、と苦笑いしたくなる気持ちを抑えつつ、杏寿郎様から荷物を受け取る。風呂はもう少し先になりそう。

「お夕飯はいらないとのことでしたが」

「あぁ!外で食べてきた!」

「そうですか。鬼殺隊の方と一緒に?」

「そうだ!」

「同僚と仲が良いのは素敵なことですね。お疲れでしたら、お部屋にお戻りになってごゆっくりなさってください」

「あぁ!そうしよう!」

元気に返事をしているものの、視線は一切合わない。目が泳ぎまくっている。

そんなに後ろめたいと思うなら、いっそ適当な理由をつけて破談でもいい渡せばいいのに。いや、家同士が決めたことだから、杏寿郎様もそう迂闊なことは出来ないのだろう。・・・外で女を作り、その女の存在をこうもあっさりバレてしまうことが既に迂闊かもしれないが。

基本的に素直で嘘が吐けない性分の杏寿郎様の秘密を知らないフリするには骨が折れる。


杏寿郎様のお部屋まで荷物を運び、そのまま今度こそ風呂へと向かう。

まさかの千寿郎からの言葉と、杏寿郎様のわかりやすい様子、この二つが原因ですっかり疲れてしまった私を癒せるのは風呂しかない。多少湯は冷めてしまっているものの、温め直す気力もない。

脱衣所で着物を脱ぎ、胸の詰め物を外し、少しぬるい湯で身体を休めた。




女装系男子の昼ドラ的事情




「名前さん、おはようございます」

「・・・おはよう、千寿郎」

目の前でにこにこ笑っている千寿郎、ぽかんとしている杏寿郎様、頭を抱えている槇寿郎様。・・・千寿郎の好意はあまりにわかりやすかった。

尊敬する兄の許嫁だからと今まで抑えていた気持ちが、兄の気持ちが別にあると確信し爆発してしまったのかもしれない。


若さとは力とでもいうのか、千寿郎の勢いは止まらない。あまり察しがよくない杏寿郎様も、流石に弟の横恋慕に気付いたらしいが、自分の行いの後ろめたさを感じているからか特に千寿郎に言葉はかけていない。

家庭内のあまりの惨状に槇寿郎様はぐったりとしていたが、おかげで酒よりも胃薬を飲むようになった。良かったのか悪かったのか、微妙なところだ。



あとがき

いつか不慮の事故で股間に立派な柱♂があることがバレそう。
それでも好きです!って若い情熱で更にアタックしてくる千寿郎ルートか、大怪我した自分を甲斐甲斐しく世話してくれる許嫁♂に心が揺れるちょいゲス杏寿郎ルートか、家庭内で巻き起こる昼ドラでストレスフルになって自棄を起こしたまさかの槇寿郎ルートか・・・



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