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無惨様似の美しい女がいた。


いつもの事ながら急遽呼び出された無限城の中、彼女は数歩離れた場所に立ち、此方を見つめていた。

衝撃的だった。

なんと言えばいいのだろうか。うまい言葉が見つからないのだが、最近覚えた外来語で言うと、凄く『タイプ』だった。少し冷ややかな眼差しも、きゅっと引き結ばれた口元もいい。


ここに居るということは彼女も鬼なのだろう。話しかけてもいいのだろうか、いやむしろ今の今まで挨拶をしなかったこと自体が既に失礼じゃないか?

鬼になる前の自分がどんな生活をしていたのかはあまり思い出せないが、育ちが良くなかったことだけは確かだ。


・・・挨拶って普通どんな感じなんだ?こんばんはいい夜ですね、とか?

まどろっこしい物言いが嫌いな場合はこの挨拶は悪手だろう。

きょろりと落ち着きなく視線を漂わせ、普段はあまり必要としていない思考を巡らせる。

しかしながら、普段使わないものがいきなり名案を生み出すわけもなく、俺は取り敢えず思ったことをそのまま彼女に投げかけることにした。



「結婚してください」



・・・ん?思ったことをそのままに言うつもりが、思った以上に馬鹿なことを口にしていた。

どんな挨拶が正解なのかはわからないが、これじゃないのだけは確かだろう。恥ずかしい、鬼になってから初めてここまで羞恥心を感じている。誰か助けて、というか他の下弦も無惨様も何で来ないの?もしかして俺だけ除け者・・・いや!目の前の美しい彼女と二人きりなのだから落ち込む要素なんか・・・


・・・無惨様に会いたい。彼女はきっと俺の醜態にイライラしてるはずだ。彼女の顔はやっぱり無惨様似だから、無惨様に怒られてるみたいで落ち込む。いや、俺に至らない部分があるのだから怒られたって仕方ないのだが、出来ることなら褒めて貰いたい。

俺を下弦の一人として任命してくれた時は普段より少し優しくしてくれて、それはもう嬉しかったことを覚えている。

強くなったことを褒められ、これからも尽くせと言われれば、当然と応える以外思いつかない。

嗚呼、無惨様に会いたい。他の下弦の殆どは無残様を恐れているようだが、俺にはそれがわからない。畏れこそ抱くものの、恐怖するとは何事だろう。


「いいだろう」

「・・・えっ」

今、無惨様の声がした。何処から?いや、そんなのわかりきっている。鬼の五感は人間よりも鋭い。先程の声はほぼ間違いなく、あの無惨様に似た美しい彼女から聞こえた。

それがわかった瞬間、俺はすぐにその場に跪いて首を垂れた。


「大変申し訳ございません、無惨様。ご挨拶が遅れました」

「構わん。楽にしろ」

「・・・はっ!」

無礼を働いた俺を寛大な心で許してくださった無惨様に感動しながら少し顔を上げれば、相変わらず美しい女の姿をした無惨様がこちらを真っ直ぐ見つめていた。


元から素敵に見えていた彼女の正体が無惨様だとわかると、更に輝いて見える。

普段の無惨様は洋装だが、和装も似合う。女性物の着物には美しい模様があしらわれ、髪飾りも細かく綺麗だ。ご自分で用意したのだろうか。・・・俺に知識があれば、無惨様に似合う髪飾りや帯留めを贈ることが出来るんだろうけど・・・


「ほぉ、期待しているぞ」

「・・・無惨様、いえ、その、俺にはそういった知識がてんでなくて」

無惨様が俺の思考を読んでいることは知っているから、特に驚くことはないものの、出来ないことをやりたいと夢見る自分が恥ずかしくなる。

羞恥で顔が熱くなる俺を見下ろす無惨様が一つため息を吐いた。失望されてしまっただろうか。



「これから私の夫となるのだろう。情けない姿を見せることは許さんぞ」



一瞬思考が完全に停止する。しかしすぐ、ぶわりと頭の中で祭囃子で鳴り響いた。

まさか先程の「いいだろう」は、俺が口にした「結婚してください」への返事だったのだろうか。俺が夫ということは、無惨様は妻・・・

こんな美しく聡明で気品ある素晴らしい方が俺のような鬼の妻に?

嬉しい。正直嬉し過ぎて今なら太陽の下で小躍りを・・・いや、それは普通に無理だな、一瞬で灰になる。けれどそれぐらい嬉しいのだ。


「・・・し、幸せにいたします」

「立て、怒ってもいない妻にひれ伏す夫が何処にいる」

その言葉が更に嬉しくて、勢いよく立ち上がった俺は無礼にも無惨様の細く美しい手を握って、湧き上がり続ける喜びで口元をぷるぷると震わせていた。


「無惨様っ」

「・・・夫が妻を呼んでいるようには聞こえんな」

「む、む、無惨・・・」

あぁ不敬だ。不敬過ぎる。けれど無惨様は怒ることなく、小さく「何だ、旦那様」と返事をして、俺の胸に額を寄せた。

頭の中でピシャーンッと雷が鳴った。な、なんてことだ、かわっ、可愛い・・・無惨様が可愛らしい。普段の無惨様も素敵だが、今の無惨様もとても愛おしい。


これから頑張ろう。無惨様の夫にふさわしいぐらい立派な鬼になろう。まずはどうする?鬼殺隊の誰かに挑む?一応下弦の一人だし鬼殺隊は何人か食べたことがあるけれど、これから鬼殺隊のところに行こうか。そういえば下弦の一人がそろそろ鬼殺隊に隠れ家を感づかれそうって言ってたから、あえてそこに乗り込んで・・・

ドスッと鳩尾に無惨様の小さな拳が一発。思わず「ぅえぷっ」となった。


「思い上がるな」

「も、しわけありません」

結構しっかり目に鳩尾に埋まっている拳が痛い。でもそうか、俺程度の鬼がそう急いで鬼殺隊に挑んでも苦戦してしまう可能性がある。無惨様はそれを見越して忠告してくださっているんだ。

無惨様の心遣いに感動しつつも、拳が退いた鳩尾を手で押さえた。感動で胸がいっぱいだが、鳩尾からの衝撃でうっかり胃の中身は出そうだった。


「でもっ、いつか、いつか無惨さ・・・無惨のために、柱の一人や二人簡単に倒せるようになってみせます・・・!」

俺の宣言に無惨様は少し笑うと「励むことだ、旦那様」と俺の手の上から鳩尾を撫でてくれた。




美人上司の旦那様




夫が妻にひれ伏してどうする、夫婦が別の場所に住むのはおかしい、夫の威厳を見せろ、斜め後ろに立つな隣に立て・・・

様々な無惨の要望に応えた俺は、上弦や下弦が集められる場では必ず無惨の横に立ち無惨に気安く話しかける様になった。

え?お前何してんの?という他の鬼の視線は無視する。視線を交えようものなら、無惨は相手の鬼にガチめにキレるのだ。俺のせいで十二鬼月が激減するのは困る。

あぁそれにしても俺の妻は男の姿でも女の姿でも、相変わらず美しいなぁ。

でれっとしていると、無惨が「だらしない顔はやめろ」と言いながら俺の鳩尾に拳を一発叩き込んだ。その顔は少し笑っていた。可愛い。



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