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※嘔吐表現注意。


宴会に酒は付き物だ。

正体もわからない荘園の主人が用意したという多種類の酒を豪快に飲み干す仲間たちの姿を遠目に眺める。

酒は苦手だ。普段冷静な人間を冷静じゃなくし、平常な思考を奪い、時に大きな過ちを起こさせる。しかもそれを覚えてさえいない可能性だってある。

一緒に飲もうとしつこく誘ってくる奴もいたが、きっぱりと「飲まない」と意思表示をした。曖昧な返事はかえって相手を助長させるだけだし、嫌なことは嫌とはっきり言うのが一番だ。


・・・まぁ、それが出来ない人間が一定数存在するのも勿論わかっている。俺が断ったせいで矛先は別の人間へと向かい、上手く断れなかった奴はまとめて潰された。

その一人である被害者ことイソップ・カールくんは満身創痍ながらも命からがら宴会会場を抜け出せたらしい。ふらふらと危うい足取りで廊下に出ようとした彼は、扉をくぐった瞬間膝をつくようにして倒れた。

小刻みに震えながらその場に蹲るイソップくんに「おーい大丈夫か」なんて気まぐれに声を掛けたのが運の尽き。

次の瞬間には「お゛えっ」という喉がひっくり返るような声を上げ、固体よりも液体に近い吐瀉物をマスクの内側から溢れさせたイソップくんに、俺は思わず「おいおい」と顔をしかめてしまった。

相当飲んだ、いや、飲まされたのだろう。マスクから溢れた吐瀉物は彼の顔や服を盛大に汚した。液体に近い分、被害を受けた範囲は凄まじい。

青い顔をして浅い呼吸を繰り返しているイソップくんは傍から見ればとても哀れで、普段人助けなんてするような性格でもない俺はそっと彼に近づいてその背中を撫でた。

吐瀉物特有の酸っぱい臭いがする。自然と眉間に皺が寄った。


「あー、イソップくん。マスクと服のおかげか床までは汚れていないが、おかげで君自身は盛大に汚れてしまっている。早急にシャワーを浴びることをお勧めするよ」

と言っても、泥酔状態のイソップくんが自力でシャワーを浴びれるとは到底思えない。シャワー室に行ってそのまま全裸で寝落ち、なんてことになったら流石に可哀想だ。

「・・・ま、シャワーの前にトイレか。まだ吐き足りないんだろ、トイレ連れてってやるから」

「う゛、ぇ・・・うぅっ」

「はいはい、苦しいなぁ苦しいなぁ。手ぇ貸すから立てよ」

イソップくんの脇に腕を差し込み、ゆっくりと起き上がる。殆ど力が入らないのか、俺にされるがままのイソップくんは虚ろな目で意味のない母音を繰り返す。

仕方ないなぁと一番近いトイレまで連れて行き、便器の前でイソップくんを降ろした。目の前にあるのが便器だとわかり、すぐにマスクをずらす彼だったが、此処で問題が発生。どうやら思うように吐けないらしい。吐きたいのに吐けない、苦しいのに解放されない・・・本当に今日の彼はとことん可哀想だ。

助けを求めるようにこちらを振り向くイソップくんに大きなため息を吐き、のっそりとした動きで近づく。

ぽんぽんっと背中を叩いたりさすったりして「よーしよし、吐いてもいいんだぞー、大丈夫だからなー」と割と適当な言葉で嘔吐を促せば、イソップくんの口からは吐瀉物の少量混じった唾液が零れた。どうやらこれじゃまだ足りないらしい。

うへぇマジかと眉間に皺を寄せ、仕方なしに自身の服の袖を二の腕まで捲る。


「あー、何で俺が酔っ払いの世話なんて・・・ほら、一瞬ちょっと苦しいが、吐ければすぐ収まるから、口開けろ」

「お゛、ぁ・・・あ゛ぐっ!?」

ぱかりとだらしなく口を開けたイソップくんの喉奥に予告なしで手を突っ込んでやれば、びくんと大きく身体を震わせ、奥から吐瀉物をあふれさせた。当然、突っ込んでいた俺の手も汚れる。手だけと言わず腕まで汚れてしまった。腕をまくっていて正解だったな。

「え゛っ、え゛ぉう゛・・・お゛えぇっ」

さっと指を抜いてやれば、イソップくんは便器に抱き着くようにして胃の中のものをぶちまけた。流石にこれだけ吐けばすっきりするはずだ。

「ほら、ペーパーでマスクと服のゲロ拭け」

「う、ぅっ、・・・名前、さん?」

「今更か。あぁ、名前だよ、テキパキ動け」

吐いたおかげで多少は正常な意識が戻ってきたのか、便器にしがみついた状態のまま困惑しきった声で俺の名を口にするイソップくん。どうでもいいが、さっさとマスクと服を拭け。

困惑しつつも俺が言ったことをやろうとするイソップくんだが、どうにも手元が狂うらしい。普段はあれだけ精巧な人形を作り上げる癖に、やっぱり酒は人を駄目にする悪魔の産物だ。その産物のせいで俺は今現在多大な迷惑を被っている。


「あー、くそ。ほら、貸せ、お前は自分の顔でも拭いてろ」

あまりにもたついているため、仕方なしに俺がイソップくんのマスクや服を拭いてやった。後はこの二つを軽く水で洗って、本人の身体も綺麗にして・・・あぁ畜生め、俺の身体もゲロくせぇ!

「名前、さ、ん。ご、ごめんなさい・・・」

申し訳ないと思う気持ちは大事だが、ここまで世話をしてやった俺に対して怯えた表情をするのは止めろ。怒られるのが怖いのかもしれないが、助けた相手にそんな顔をされたら、流石の俺でも心にダメージを負うぞ。

「謝罪とお礼は完全に酔いが醒めてからにしろ。ほら、お前の部屋に行くぞ」

「うっ、う・・・部屋・・・」

「そうだ、部屋だ。そのゲロ塗れの服をどうにかしないとだろ。特別に服は洗っといてやるから」

吐くもの吐いて少し落ち着いたといってもまだ一人じゃ歩けないイソップくんに再び肩を貸し、トイレを出る。

イソップくんの部屋自体には入ったことが無いが、部屋の場所ならわかっている。さっさとイソップくんの部屋まで行くが、その頃にはイソップくんの意識は殆どなくなっていた。

「おいおい、寝るな寝るな。お前の服の置き場所なんて俺は知らないぞ」

軽く揺するも苦し気なうめき声をあげるばかりで、ついにイソップくんは完全に目を閉じてしまった。


何で俺がこんな目に、と奥歯をぎりぎり慣らしながらイソップくんの服のポケットがありそうなあたりをぽすぽすと叩く。右側の尻のポケットから鍵を発見、すぐに鍵穴に差し込み開錠した。

殆ど蹴るようにして開けた扉から部屋に侵入すれば、何ともまぁイソップくんらしく化粧道具や棺桶が置かれただけの簡素な内装が広がっていた。服はおそらくクローゼットの中だろう。

「ぅ、んん・・・」

「まったく、今回限りだからな。次はない、絶対にだ」

ため息交じりにイソップくんをベッドサイドに座らせ、上着を脱がせる。脱がせた上着はマスクと一緒に丸めて扉の方に投げ、ベルトもやや乱暴に抜き取る。

やらしい意味合いなど全くないのだから、罪悪感もなくさっさと脱がせてはいるが、第三者が見ればとんでもない光景だろう。

ズボンもあっけなく脱がせば、身ぐるみ剥がされてパンツとインナーだけとなった可哀想なイソップくんの完成だ。だが実際に可哀想なのは俺だ、絶対に。


「はぁ・・・シャワーまでは無理だな。朝一で入るようにメモでも残すか・・・」

というかシャワーなら俺が浴びたい。身ぐるみを剥いだイソップくんの身体をベッドに横たわらせ、この借りはどう返してもらおうかと軽くイソップくんを睨みつける。本人に悪気がないのはわかっているし、イソップくんは酒と酒に酔ったやつらの可哀想な被害者だ。

だがここまでしてやったんだ、少し睨むぐらい許されるだろう。気が弱く対人恐怖症の気があるイソップくん相手に強い言葉を向ければそれこそ俺が加害者扱いされてしまうんだから、意識の無いイソップくんを睨むぐらいなんてことない。イソップくんや女子供相手じゃなければ、怒鳴ってどついて一週間は嫌味を言い続けているところだ。

「うっ」

「ん?起きたのか?」

「んぷっ、ぇっ」

「寝下呂とかふざけんな殺すぞ手前」

おっとしまった、つい悪態が出た。イソップくんが寝ててよかった。

さっき丸めて投げた服をひっつかんで、まだ汚れていない部分でイソップくんの寝下呂と顔を拭く。あぁ畜生、さっきまで汚れていなかったインナーまで汚れちまってるじゃねぇか。

これも洗濯だな、とインナーに手をかけ、情け容赦なく一気に脱がせる。

完全の露出した身体は、俺と比べれば雲泥の差がある程貧相だ。

平均よりやや痩せ型のせいかほんのり肋骨が浮いている。こいつちゃんと飯食ってるのかよ、と思いつつ指先で浮いた肋骨をつつけば、イソップくんの身体がびくりと震えた。


「パンイチじゃ流石に風邪ひくか・・・」

クローゼットから寝間着らしき服を取り出し、イソップくんに着せてやった。

本当に、今日の俺って聖人じゃないか?

「次また寝下呂するようならもう知らねぇ、そこまで面倒みないぞイソップくん」

ぺしっと軽くイソップくんの額を叩き、ゲロ塗れの服をまとめて抱え込んで部屋を出る。一番近くの水道で軽くすすいで、後は洗濯機にぶち込んだ。俺が汚れたのは上着ぐらいだし、一緒にぶち込んだらそのままシャワールームへ行って何時もより熱いシャワーを浴びよう。

シャワールームに行く途中宴会会場の前を通ったが、思ったとおりの地獄が広がっていて俺は当然見て見ぬふりをした。やっぱり酒は碌なもんじゃない。




親切は酸っぱい臭いがする




「あっ、あ、あの、名前さんっ」

「・・・なんだいイソップくん」

「ゆ、ゆっ、昨夜は、その・・・ありっ、ありがっ、とう、ございます」

胸あたりの位置で俺が書いたメモをぎゅっと握り締めながら、がくがく震えてお礼の言葉を口にしたイソップくんに、俺は微妙な顔をしながら「気にすんな」とだけ言った。

こちらとしては気まぐれのたった一回限りの親切だというのに、イソップくんの目は何かを期待するようにきらきらと輝いていた。



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