昼、名前が玄関前の掃き掃除でもしようと思って外に出てみると、そこには彼の友人であるミホークが立っていた。
ミホークが訪ねてくるのは何時も突然のことで、名前は「久しぶりだな、ミホーク」と慣れた様子でミホークを家へと招く。
「ほら、珈琲。飲めよ」
ミホークの目の前に置かれた珈琲。名前のお気に入りのメーカーのものだ。
「・・・酒」
「昼間っから酒は飲まないって決めてるんだ、俺」
「・・・・・・」
「むくれんなよ、後でつまみのチーズと一緒に出してやるからさ」
こくっと頷いたミホークの機嫌が若干良くなったことを察しつつ、自分の分の珈琲を手に席に着いた名前は「さて」とミホークを見る。
「で、どうしたんだよ突然」
名前の問いかけに、ミホークは口を噤む。しかし名前は特に次の言葉を急かすことなく、自分の分の珈琲を啜って「ふぅ、美味しい」と呟いた。
なかなか返事をしないのは何時もの事だからと、名前はミホークが口を開くのを気長に待っているのだ。
「・・・弟子が」
名前がマグカップの中の珈琲を半分飲んだあたりで、やっと口を開いたミホーク。
「・・・出来たんだ」
ミホークの言葉に目をぱちくりとさせる名前だったが、すぐにパッと顔を明るくした。
「良かったじゃねぇか!」
がっしりとミホークの手が握られる。
「お前、なかなか弟子取らないし、何時も単独行動ばっかりとってたから、ちゃんと他人と接することが出来んのか心配だったんだ!あぁ、良かった良かった!」
まるで自分のことのように喜ぶ名前に、ミホークの口角が少し上がった。
握られた手は温かくて、心地よい。名前という男は、まるで穏やかな日の光のようだとミホークは思っている。
暑い日差しではない、包み込むような優しい日の光。
何時だって自分のことを大事に想ってくれて、包み込むような優しさをくれる男。
「そうと決まればすぐに酒を持ってくるな!」
「昼間から酒は飲まないんじゃなかったのか?」
「祝い酒は別だ」
ははっと明るく笑う名前にミホークは「そうか」と頷いて名前が酒を持ってくるのを待つことにした。もちろん、先に出された珈琲も飲んだ。
しばらくすると家の奥から酒の入ったボトルとつまみの載った皿、それからガラス製のグラスを二つ持った名前が戻ってくる。
本当に良かったと笑いながらミホークの分のグラスに酒を注ぐその姿に、ミホークもほんのりと表情を緩めた。
「どんな子なんだ、弟子ってのは」
「・・・緑色」
「んー?それじゃわかんねぇよ。名前は?」
「ロロノア」
「へぇ!今を騒がす麦わらの一味の一人じゃねぇか。やるなぁ、ミホーク」
そいつ絶対大物になるぜ!と名前笑いながら酒を傾ける。方やミホークは聞いているのかいないのか、つまみのチーズをもそもそと口に運んでいた。
「けど、お前確か独り暮らしだったろ。ロロノアってのは料理出来んのか?」
「出来ん」
「じゃぁどうしてるんだよ」
「・・・あるものを、勝手に食べさせている」
返ってきた言葉に名前は苦笑を浮かべる。
「おいおい、剣士だって基礎は身体作りだろうが。ちゃんと食べなきゃ、身体にガタがくるぜ。お前は何食ってんだよ」
「・・・酒とチーズ」
「・・・馬鹿だろお前」
そればかり食べていればいずれ体調を崩しても可笑しくないだろうに、本人は全く気にしていないらしい。
元々ミホークが自分のことに関して若干無頓着なことを名前も知っていたが、まさかここまでだとは思わなかった。
心底呆れた眼で自分を見てくる名前をミホークは気にした様子もなく、無言のまま空のグラスを差し出した。注げという意味のようだ。
ため息を吐きつつもミホークのグラスに酒を注き、名前は「そんなんじゃ駄目だろぅ?」とミホークを諭すように声をかける。
「使用人とか雇わないのか?お前、金は持ってんだろ」
「・・・・・・」
「まぁ、お前は必要以上に他人と一緒にいるのは絶えられないだろうけどな」
長い付き合いだからお前のことなんてお見通しだ、と笑いながら言う名前の顔には柔らかな笑みが浮かび、ミホークはその顔を見ながら口の中にあったチーズの欠片を飲み込んだ。チーズの無くなった口が開く。
「・・・名前が」
「俺が何だ?」
「名前が来てくれるのが、一番良いだろう」
自分もチーズを食べようかと皿に手を伸ばしかけていた名前はその言葉に思わず手を止めた。
「そりゃ、俺に一緒に来てくれって言いたいのか?」
ミホークもそうだが、名前も長いこと独り暮らしをしている。
完全に白とは言えないが、一応は一般人に分類される生活をしている彼はある程度の家事は出来る。もちろんその辺りの主婦には劣る『まぁ男の独り暮らしでこれぐらい出来たら十分だろう』というレベルの随分とお粗末なものだが。
ミホークもそのことはもちろん知っているはずだ。料理に至っては、この長い付き合いの中で何度か口にしている。
「もしかして今日はそのために来たのか?」
ミホークが「あぁ」と頷くと、名前は大きな大きなため息を吐いた。
「そういうことなら、最初っからそう言えよな」
彼の友人は訪ねてくるのも突然だが、その口から飛び出す言葉も十分突然だ。
それは彼とミホークが友人となってからずっと変わらないもので、口では文句を言いつつも名前は嫌な気持ちはこれっぽっちもしなかった。
むしろ、わざわざ訪ねてきてそれを言いに来たミホークに嬉しいとさえ思っているらしい。
「わかった、受けてやるよその話」
その顔に笑みを浮かべ頷く名前を、ミホークはじっと見つめていた。
「・・・断らないのか」
「断る理由がない」
「殆どこの家には帰ってこられないぞ」
「引っ越しってことだろ?荷物は全部移す。ミホーク、お前も手伝えよ?」
そうと決まればご近所さんにも挨拶しとかないとな、なんてこれからの計画を立て始める。
普通こんな話をされれば多少悩んだりごねたりするはずなのだが、名前からは今の生活に対する未練が全く感じられない。
「本当に良いのか」
「お前らしくないぞミホーク。了承したんだから、それで良いじゃないか」
「・・・そうだな」
今日名前のもとを訪ねた目的は達成されたからか、ミホークの酒を飲むペースは先程より更に上がった。
このままいけばあと何本か酒を開けなければならないだろう。
酒とチーズに夢中になるミホークに名前は「全く、人ん家の酒を飲み尽くす気かよ」と言いつつ、その目を緩やかに細めた。
「なぁ、ミホーク」
「・・・・・・」
「誘ってくれて有難うな。お前は強いから並大抵の事じゃくたばったりしないのはわかってるが、やっぱり心配だったんだ。まぁお前の家に行ってもどうせお前は好き勝手出掛けるんだろうが、今よりは心配も減るってもんだろ?」
「名前」
「んー?」
「酒、無くなったぞ」
「あーはいはい。わかったわかった。追加を持ってきてやるよ」
呆れた様な声を出しながらも席を立ち奥へと消えて行こうとする名前の背中に「心配かけて、すまない」と小さな声がかかった。
「かけてると思うなら、これからはちゃんと家に帰って来いよ。俺が待っててやるから」
名前は振り返らずそう言うと、新たな酒を飲みに奥へと消えてしまった。
お祝いのお酒
「次は無いのか」
「ははっ、マジかよお前」
祝いだからと限度も考えずにぱかぱか開けた酒瓶や缶詰。買い込んでおいた酒もつまみ用の食材はあっという間に底を尽き、二人は家からそう離れていない酒場へと足を運ぶこととなった。
お相手:ミホーク
シチュエーション:おまかせで
海賊夢が久しぶり過ぎて緊張しました。