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小学校低学年の頃、隣の席になった子がとても可愛かった。それこそ、うっかり一目惚れしちゃうぐらい。

艶々した髪を纏った形の良い丸い頭と、子供らしくほんのり赤いふくふくとした頬、くりくりとしたぱっちりとした目。

控えめに言って『美少女』な見た目をしていたその子は実は『少女』ではなく『少年』で、それを知った時はとても騙された気分になったけれど、よくよく考えれば男でも女でも美人であることには変わりなくって、俺は積極的にその子に話しかけるようになった。


その子の名前は苗字。個性は『誘惑』で、将来は今以上に美しくなるはずの苗字なら絶対に使いこなせるであろう個性だった。

初めて個性を教えて貰った時、俺は「苗字にぴったりだな!」と笑った。褒めたつもりだった。・・・洗脳系の個性は人から敬遠されやすいことを当時は知らなかったんだ。


「ぴったり?上鳴くんはそう思うんだ。そういう上鳴くんはいいよね、電気の個性。勝ち組じゃん」

笑顔でそう言われたはずなのに、全然褒められている気がしなかった。それはきっと、笑顔であるはずの苗字の目が全く笑っていなかったからだと思う。


別に苗字からあからさまに嫌われている様子はなかったけれど、この時の会話のせいで俺と苗字の間には明らかな溝があった。

近づきたくても近づけなくて、何とか苗字に近づこうとする俺を周囲はからかったりもした。苗字は、俺の声もからかいの声も、全て全て静かな表情で聞き流していた。



なかなか苗字と仲良くなれないある日、放課後はさっさと教室を出て行ってしまう苗字が、机の上に今日の宿題のプリントを忘れてしまっているのを発見した。

もしかするとこれがきっかけで仲良くなれるかもしれない。そんな子供らしい浅はかな下心と親切心のもと、俺はプリントを握り締めて学校を飛び出した。

家の場所は知っている。うちの家と苗字の家が案外近かったから、苗字が家に入る様子も何度か見たことがあった。


喜んでくれるかな、有難うって言ってくれるかな、もしかすると少しは俺に笑いかけてくれるかもしれない。あんな目が笑っていない笑い方じゃなくって、ちゃんとした笑顔を。

逸る気持ちに思わずにんまりと口角を上げ、漸く苗字の家の玄関前に到着した。後はインターホンを押すばかり、そんな時、中から怒鳴り声が響いた。


「忌々しい売女の子っ!年々あの女に似てくる!あぁ忌々しい!」


キンキンした女の叫び声がして、何かが割れる音。

バイタってなんだろう。けれどあまりいい意味じゃないことは女の口調から理解できた。苗字はバイタの子、きっとこの声の女は苗字のお母さんじゃないんだ。

しばらくして叫び声も割れる音も止んで、かと思えば突然玄関の扉が開いた。


「あっ・・・苗字、その」

玄関から出てきたのは苗字で、苗字の頬や腕は真っ赤になっていた。たぶん、あの声の女に叩かれたんだ。

何を考えているかわからない無表情で俺を見つめた苗字は「何、何の用」と平坦な声で問いかけてくる。

「ぷ、プリント、忘れてたから」

握り締めていたせいで少し皺の寄ってしまったプリントを慌てて差し出せば、苗字は「ありがとう」と受け取ってくれた。


「あ、あのさ!その怪我・・・」

「上鳴くんには関係ないよ」

「関係は!な、ないかもしれないけど!一緒に来てくれ!」

赤くなっていない方の苗字の腕を掴んで歩き出す。後ろから「ちょっと」とか「放してよ」とか聞こえるけれど、それよりも俺は早く苗字の怪我をどうにかしてあげたかった。

苗字と一緒に俺の家に飛び込んで、俺の部屋までずるずると引っ張っていった。母さんは夕飯の買い物に行っている時間で、家は俺と苗字の二人きりで、ちょっぴりどきどきした。


「これ、湿布。あと、こっちは傷薬」

救急箱を持ってきて、名前に湿布と傷薬を渡す。

小さくため息を吐いた苗字は「こんなことしなくてもいいのに」と言いながらも湿布と傷薬を使ってくれた。貼りにくい部分は俺が代わりに貼ってあげた。有難うって言って貰えた。


「なぁ、苗字は、その、あの女の人と仲悪いの?」

「あの女の人っていうか、一応あの人は僕のお母さんだよ。嫌われてるけどね」

「そうなんだ・・・」

「何時から聞いてたのか知らないけど、余計なことしなくていいから。上鳴くんの親とか、先生とかに言うのも無し。大事にしたくないから」

「で、でも、苗字怪我してるじゃん。それにあんなに怒鳴られて、怖いだろ?」

「・・・仕方ないよ。あの人がこの世で一番憎んでる女から生まれたのが僕なんだから」

「えっと、バイタってやつ?」

「・・・そこまで聞こえてたんだ」

苗字はなんてことない風な表情で「お父さんが浮気して、浮気相手との間に出来ちゃった子供が僕。僕を産んだお母さんは、僕を産んだ時に死んだ」と言った。


「お母さんは子供が産めない身体だから、お父さんは浮気相手の子供をお母さんの子供にしたんだって。僕を産んだ人の個性も『誘惑』だったから、僕の個性も『誘惑』。・・・この個性が発現するまでは、そこそこいいお母さんだったんだよ、あの人も」

まだ子供だった俺には、苗字の話の内容が完全には理解できなかった。

「僕を産んだ人は、僕のお父さんを『誘惑』したんだって。あの人はそう言ってる。男を誘惑して、勝手に子供作って、勝手に産んでくたばったんだって。・・・僕も将来、他人を『誘惑』する悪い奴になるんだってさ」

「苗字が悪い奴になるわけない!」

苗字の身体が震えた。


「・・・上鳴くんみたいに、もっと綺麗な個性が良かった」

今までなんてことない風に話し続けていた苗字の声が震えた。


ハッとして見れば、苗字の目にはじわりと涙が浮かんで、今にも泣きだしそうになっていた。なんてことないわけがない。怒鳴られたら怖いし、叩かれたら痛いし辛い、嫌われるのも悲しい。俺も苗字も小さな子供で、普通は耐えられるものじゃなかった。

「俺、苗字の個性が『誘惑』って聞いて、苗字にぴったりだって思ったんだ」

「・・・そうだね。僕にぴったりかもね」

「全然悪い意味じゃなくて!その、上手く言えないけど、苗字って凄く可愛いし、将来絶対すっげぇ美人になるだろうから!そんな美人の個性が『誘惑』って!もう苗字のための個性じゃんって!」

悪い意味じゃなかった。苗字が自分の個性で悩んでいることなんて知らなかったし、知ったからといって苗字の個性が悪いものなんて思えない。

必死にそれを伝えようとするのに、上手い言葉が出てこない。

それでも俺の必死さが伝わったのか、苗字は小さく噴き出した。


「ふっ、ふふっ・・・何で上鳴くんがそんなに必死になってるの?」

「だ、だって!苗字の個性、すっげぇいいのに・・・それに、苗字、泣きそうだし、俺・・・」

くすくすと笑う苗字はやっぱり可愛い。でも男なんだよなぁ。体育の時間とか、俺よりも凄いシュートきめたりするもんなぁ。見た目はパーフェクトで可愛いのにそれ以外はイケメンスペックなんて、今でさえ苗字のこと狙ってるやつ多いのに、中学生とか高校生になったら・・・


「上鳴くんはさ、どうして僕に構うの?」

「えっ!?そ、そりゃ、クラスメイトだし・・・それに、その・・・苗字って、か、可愛いし」

「ふふっ、正直者だね上鳴くんって」

苗字が俺を見つめてにこりと笑う。あの、目が笑ってない笑い方じゃない。ちゃんと笑ってくれてる。

俺はなんだか嬉しくなって「苗字ってやっぱりすっげぇ可愛い!」と褒める。苗字は「僕も一応男なんだけど、褒めてくれてるなら嬉しいよ、有難う」とまた笑ってくれた。

これまでの態度が嘘みたいに苗字が笑ってくれている。

やっぱり俺、苗字が好きだ。


「俺!これからも苗字と仲良くしたい。と、友達になってくれないか?」

「上鳴くんがいいなら」

「いいに決まってる!お、俺、苗字のこと、大事にする!」

俺なら苗字のこと絶対に叩かないし、酷いことも言わない。あの女の人にはあの女の人なりの事情があるのかもしれないけれど、そんなの苗字が虐められていい理由にはならない。

苗字もお父さんも、苗字がこんな目にあっているのに、助けてはくれないんだろうか。だったら俺が苗字を助けてあげられる存在になりたい。

将来はヒーローになるんだ。一番身近にいる好きな人を守れなくちゃ、ヒーローなんて夢のまた夢だと思う。


「ふふっ、何それ。付き合うんじゃないんだから」

「じゃ、じゃぁ!それ前提で友達になって!」

調子に乗ってしまったせいで余計なことまで口走ってしまった。

案の定苗字は驚いたような顔をして俺を見た。


「付き合うの前提?」

「う、ん」

「僕のこと好きなの、上鳴くん。僕が可愛いから?」

「そ、そう」

苗字が可笑しそうに笑う。

「本当に正直者だね。でも、いいよ。もしも大きくなっても僕と付き合いたいって思うなら、付き合ってあげる」

「大きくなるって何時!?中学生!?」

「高校生ぐらいかな。その頃には声変わりも終わってるだろうし、僕ももうちょっと男らしくなると思うから」

だからそれまでは我慢ね?なんて言って、ちょんっと俺の頬をつついて笑う苗字は、まだ子供なのに凄い色っぽかった。




誘惑する子




「電気くん、雄英高校合格おめでとう」

「有難う名前!あのさ!その、えっと!あ、あの約束なんだけど!」

目の前に立つ名前は子供の頃よりもうんと美人になった。俺よりも身長が高くて、そこそこ筋肉もあって、スマートでカッコイイ・・・

子供のころはあんなに美少女だったのに、まさかこんなにイケメンになるなんて。いや、何となく予想はしてたけど。

「ふふっ、覚えてるよ。高校生になっても電気くんが僕と付き合いたいなら付き合おうって約束」

「そう!それ!」

「僕、もう全然可愛くないと思うけど、それでも付き合いたい?」

「確かに名前は可愛いより綺麗だし、めっちゃイケメンだけど!というか日々名前がイケメン過ぎてキュン死にしそうっ!責任とって俺と付き合って欲しい!」

「ふっ、ふふっ、あははっ、電気くんってほんと正直者。いいよ、付き合おうか」

やった!と声を上げて抱き着いた俺をなんなく受け止めた名前はやっぱりイケメンで、俺はまたキュン死にしそうになった。




お相手:上鳴電気夢/知らない場合は爆豪勝己夢。
シチュエーション:切なめだけどハッピーエンド

上鳴くんと関わり合いにならなかった場合はヴィランコースまっしぐらだった個性『誘惑』な男の子の話。
たぶん彼の産みの母親は父親を誘惑なんてしてないし、奥さんがいることすら知らなかった可能性大。諸悪の根源は父親。
上鳴くんのおかげで、ちょっぴり色気が強いイケメンに成長した。


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