※『ちょっぴり特殊な人たち』続編。
学生時代はこの顔や周囲よりも大きな体格のせいで虐められていたけれど、大学を卒業して就職をする頃にはそんなことも無くなった。
女性受けは相変わらず悪いし影で不細工と罵られていることは知っているけれど、表面上は上手くやれている。一緒に飲みに行ったりする同僚だって出来た。
両親共にそこそこ名の知れた家の出で、俺を溺愛する二人は俺の就職も完全に保障しようとしてくれたけれど、それを断って今の会社に就職した。
二人は「立派になって!」とそれはもう喜んでくれた。たぶんあの二人は、俺が断らなくても喜んで俺の就職を保障してくれただろう。あの二人の溺愛ぶりは俺が一番よく理解している。
・・・まぁ、俺がこうやって自分の力で頑張りたいと思えたのは、学生時代に出会った高遠くんのおかげだと思う。
虐められている俺の傍にずっと寄り添ってくれていた高遠くん。両親と同じくB専の気はあったけれど、それでも俺にとってはかけがえのない大事な友人だった。
不細工で図体ばかりデカかった俺とは違い、勉強も出来れば運動も出来る、しかもイケメンな高遠くんはそれはもうモテた。モテまくった。そのおかげか、周囲は高遠くんに嫌われることを恐れ、俺への虐めも少し軟化した。もちろん、高遠くんがいない間に嫌がらせを受けることは多々あったし、むしろ高遠くんとつるんでいる俺への嫉妬で嫌がらせの陰湿さは増したけれど。
きっと俺は、高遠くんと出会わなければ今とは全然違う人生を歩んでいただろう。愛してくれるのは、まともに扱ってくれるのは両親だけ。そう思い、家族という枠組みの中に引き籠ってしまっていたかもしれない。
たった一人自分と本来関りの無い人間が悪意なく、むしろ好意をもって傍にいてくれれば、それだけで人生は変わる。
そんな、俺の人生にとって恩人とも言える高遠くんと、此処しばらく連絡が取れていない。
友人となってからは休みの度にうちに遊びに来ていた高遠くんは両親とも仲がよく、俺がいない間に俺のアルバムを見て盛り上がっていることもよくあった。
それが突然、高遠くんが遊びにくる頻度が減り、何時の間にやら連絡もぱたりと途絶えた。原因はわからないけれど、きっかけは二人で一緒に見に行ったマジックショーだったように思える。
あの日の高遠くんの様子は可笑しくて、理由を聞いても答えてはくれなかった。
今頃高遠くんはどうしているんだろう。会社の同僚と飲みに行くのは楽しいけれど、高遠くんと静かにゆっくりお茶を飲むのも俺は好きだ。
友人になったばかりの当初は高遠くんの距離感が近すぎてどぎまぎしていたけれど、何時の間にやら僕の中でそれが普通になってしまった。普通になってしまっている今じゃ、突然高遠くんとの距離が出来てしまい困惑している。
「・・・高遠くん、大丈夫かな」
会社から両親の待つ自宅へと戻り、自室で携帯を眺める。
以前なら携帯の通話履歴は高遠くんで埋まっていたけれど、最近は両親やたまに同僚のものばかりで、その中に高遠くんの名前はない。
こちらから電話をすればいいだけの話なんだけれど、もしかすると忙しくて電話出来ない状況なのかもしれないと思うとそれもなかなかできなかった。
「無事ならいいんだけど」
「あぁ良かった、君も僕のことを想ってくれていたんですね」
えっ、と声が漏れる。誰に話しかけたわけでもない独り言に返事が返ってきた。
窓の方から聞こえたその声に吃驚して携帯から顔を上げれば、ありえないことに件の高遠くんが窓枠に足をかけて俺の部屋に侵入しようとしていた。
「た、高遠くん!?何してるの!?何で窓から」
「驚かせてすみません。ふふっ、今帰ってきたばかりなんですか?スーツ姿も素敵ですね」
靴を脱ぎこちらに近づいてきた高遠くんがにっこりと笑って俺の首に腕を回して抱き着いてくる。
昔なら慌てたかもしれないけれど、こうやって抱き着かれるのも慣れてしまった俺は高遠くんを軽く抱きしめ返して「本当にどうして窓から・・・」と呟くように言う。俺の部屋は二階。まさかよじ登ってきたのだろうか。普通に玄関から来てくれれば、両親も大歓迎するのに。
「あぁ、久し振りの名前くん・・・会いたかったです」
「俺も高遠くんとしばらく連絡が取れなくて心配してた。また会えて嬉しいよ」
すりっと俺の胸に頬ずりをしていた高遠くんが嬉しそうに笑う。
相変わらず綺麗な顔。その顔に浮かんだ笑みはもちろん綺麗だ。俺は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
「ふふっ、顔が赤いですね。相変わらず可愛い」
ちゅっと頬にキスをされてしまえば、もう俺は何も言えなくなった。顔が熱い。
抱き着いたままの高遠くんに軽く体を押され、じりじりと後退すればベッドの脇に足を取られて二人してベッドに転がってしまった。
くすくすと笑いながら俺の腹の上あたりに跨った高遠くんは「こうやって見下ろす君も素敵ですね」なんてうっとりと目を細める。
大人になってすっかり筋肉質な大男になってしまった俺の腹部や胸部を撫でる高遠くんはとても楽しそうだけれど、こっちはとてもくすぐったい。
「高遠くん、くすぐったいんだけど。というかそろそろ窓から入ってきた理由を教え・・・」
「まだニュースにはなっていませんが、そろそろ君も知ることになるでしょう」
「え?何を?」
俺の言葉を遮るように、高遠くんは眉を下げた困ったような表情で「実は、母の仇を取ったんです」と言った。
母の仇。高遠くんのお母さんが事故で死んでしまったのは知っている。でも、事故で『仇』は生まれるだろうか?もしかしたらその事故は誰かの過失で、高遠くんはその過失を犯した誰かを・・・あれ?仇を取ったってことは・・・
「これで僕は犯罪者になり、普通の生活は出来なくなりました」
「えっ」
「詳しくはいずれ。今は貴方を堪能させてください」
「待って高遠くん、犯罪者って・・・」
仇を取った、犯罪者になった。もしかすると高遠くんは、殺人を犯してしまったのではないだろうか。
俺の上に跨り、俺の頬を撫で、愛おしそうな顔で俺の顔中にキスを落としてくる高遠くんは、世間一般では犯罪者になってしまった。今此処にいるということは、警察から逃げているんだ、きっと。
「高遠くん、どうして・・・」
「いずれ、きちんと一から全てを説明します。だから今だけは、僕が犯罪者であることは忘れてください」
「高遠くん・・・」
ぎゅっと高遠くんが俺に重なるように抱き着いてくる。
胸に顔を擦り付け、ぎゅっと俺の服を握り締めて・・・
その様子が小さな子供のようで、俺は咄嗟に高遠くんを抱きしめ返してしまった。
「・・・どうしても、君に会いたかったんです。大好きな君に」
じんわりとスーツの胸の辺りが熱くなるのを感じた。高遠くんの表情は見えない。
「名前くん、好きです。あの時から今まで、ずっと好きでした。もし許されるなら、どうか・・・どうか、僕がまだ君を好きでいることを、許してください」
震えている。高遠くんが震えている姿なんて、たぶん初めて見た。
きっと俺がほとんど何も知らないからだろうけれど、目の前の高遠くんが犯罪者だという実感がわかない。
お母さんの仇を取って殺人を犯したかもしれない犯罪者。犯罪を犯す前に俺に相談してくれれば、と思わないでもない。でも、結局は高遠くんはお母さんの仇を取りにいっていた気がする。高遠くんは自分の意思がはっきりした人だから。
「・・・実感がわかないよ。世間的に高遠くんが犯罪者でも、俺の中では高遠くんは何時もの高遠くんなんだから」
「早ければ明日ニュースになります。僕と仲良くしていた貴方の家にも、警察が来るかもしれません。・・・ごめんなさい」
「いいよ。警察の人には、何も知らないって言っておくから。実際、何も知らなかったし」
「・・・いいんですか?一応言っておきますが、犯罪者の逃亡に手を貸したり匿ったりすることは、それ自体も犯罪なんですよ」
下手をすると俺まで捕まってしまう可能性を口にした高遠くんに思わず「それは怖いなぁ・・・」と返せば、高遠くんが俺の服を掴む力を強めた。
口ではいろいろ言っているけれど、やっぱり拒絶されるのは嫌なんだろう。俺としても、高遠くんを拒絶するつもりはない。
「大丈夫だよ。高遠くんを裏切ったりなんかしないから」
「・・・いいんですか?怖くは、ありませんか?人を殺してきたんですよ、僕」
あぁやっぱり殺人を犯していたんだ。
「怖かったらこんな風に抱きしめ返したりしてない」
「・・・ふふっ、本当に素敵な男性に成長しましたね。今すぐにでも貴方のものにして欲しいぐらい」
すりっと悪戯に高遠くんの太腿が俺の太腿に擦り付けられ、慌てて「ちょっと高遠くん」と言えばくすくすと笑われた。
「有難う御座います、名前くん。本当に、大好きですよ」
胸に顔を擦り付けていた状態からようやく顔を上げてくれた高遠くんの目元は赤い。その顔でにっこりと笑った高遠くんは、俺の唇にキスを落とすとゆっくりと起き上がった。
「・・・そろそろお暇させて貰います。またいずれ会いましょう」
「高遠くん、もし大変そうなら何か手伝おうか?」
「しばらくは身を隠します。貴方にはこれ以上絶対に迷惑はかけたくないので」
笑って首を振り俺の申し出を断った高遠くんはベッドから降り、窓の方へと近づいていく。
「・・・次は何時頃会える?」
「ふふっ、焦らずとも、必ず会いに来ますから」
靴を履いた高遠くんの足が窓枠にかけられる。
「愛してます、名前くん。永遠に」
ふらりと揺れた高遠くんの身体が下へと落ちていく。
慌てて窓の方へと駆けよれば、既に何処にも高遠くんの姿はなかった。
傀儡師の誕生のその後で
高遠くんが犯した犯罪に関するニュースは、それから数日後に発表された。
別の犯罪に関するニュースも沢山あったから、きっと高遠くんを知らない人からすれば高遠くんの犯した犯罪のニュースはあまり人の記憶には残らないだろう。その方が高遠くんも逃げやすくなるはずだ。
俺の家にも警察が来たけれど、家族三人揃って知らぬ存ぜぬを貫いた。因みにだけれど、あの才色兼備な両親はこちらが何か説明しなくとも、何となくで全てを察している気がする。
「こんばんは、名前くん」
「こんばんは、高遠くん。しばらく身を隠すんじゃなかったの?」
「君に会えない時間が耐え切れなくて」
半年も経たないうちに窓から侵入してきた高遠くんはうっとり笑いながら俺の首に腕を回した。
お相手:高遠遙一
シチュエーション:短編『ちょっぴり特殊な人たち』の続編で、同級生主と高遠が大人になった頃(高遠が地獄の傀儡師になった頃)の話。
何時の間にか両親公認の仲になってればいい。
むしろ両親を先に陥落させてあっさり嫁の立ち位置に収まってる高遠さんに男主が困惑すればいいな・・・と思いました。
両親→可愛い息子のお嫁さんが指名手配されてる!まぁ息子は落ち込んでないし何か知ってるっぽいから、心配しなくても大丈夫か!