※『優しさに慣れてない勘違い審神者』続編。
僕らの主はとても恐ろしい人。
呼び起されて最初に見たのは、鋭い眼光で僕を見つめる大男。
相手は人間であるはずなのに、一瞬喰らわれてしまうのではという恐怖を抱いた。隣に立っていたその時の近侍の明石も、今にも死んでしまいそうな程顔色が悪かった。
聞くところによると、兄弟刀がいる面々は自分たちの兄弟に被害がないようにと率先して近侍に名乗りを上げているらしい。自分たちが名乗りを上げれば主は他の刀剣を近侍に据えようとしないから、らしい。
僕が最初に感じた恐怖は刀剣の誰もが感じたそうだ。主は、本丸で一番恐れられている。でもどうやら主を恐れているのは刀剣だけではないらしい。
定期的に、おそらく他の本丸よりも高頻度で政府の役人が本丸の様子を確認しにくる。そのたび「何か恐ろしい目にはあっていませんか」「何か辛いことはありませんか」と尋ねてくることから、やはり主は政府から恐れられ、相当警戒されている人物なのだとわかった。
刀剣の誰もが恐れている主に歩み寄ろうと努力する刀剣も勿論いたけれど、あの内にある恐怖心を増長させるような恐ろしい目で見つめられれば、一瞬で心が折れてしまった。
かくいう僕も歩み寄ろうとして断念した刀剣の一人だ。
政府からは警戒されているし刀剣の誰からも恐れられている主だけれど、審神者としての仕事はきちんと行っている。恐ろしい人だけれどもしかすると歩み寄る余地があるかもしれない。
そう希望を持った僕が取った手段は、昔の持ち主の影響である程度は出来る料理だった。
精一杯美味しい料理を作って、その感想を聞こう。そこから少しずつ話題を見つけて行って、いずれはきちんと会話が出来るように・・・
正直上手くいくとは思ってなかったけれど、一言二言程度は言葉を交わせると思っていた。でもまさか、一言も言葉を交わせないなんて思わないじゃないか。
何時だって険しい表情で席に着く主は、そのままの表情で食事をするものだから味の感想なんて聞けるわけがない。むしろ何時膳をひっくり返させるんじゃないかと怯えることしかできず、話しかけるなんて夢のまた夢だった。
あの鶴さんでさえ「光坊、あまり無理はするな」と若干蒼褪めた表情で言うぐらいだ。やっぱり僕らの主は恐ろしい。
「光忠殿、主の分もお願いします」
それが覆ったのは、本当に突然のことだった。
その日の近似だった一期くんが、おやつの時間に主を連れてきた。それも、主の腕を掴んで、引っ張ってきた。
数刻前に「私に何かあれば弟たちを頼みます」と青い顔で近侍の仕事へと向かった一期くんを見ていたから、もしかしてあまりに恐ろしいことが起こって錯乱してしまったのかと思った。
慌てる僕を気にせず、主を置き去りに僕の背を押して厨へと押し込む一期くん。
主の姿が見えなくなりひとまず息をついた僕は「一体どういうことなの?」と一期くんに問いかけた。すると、一期くんの口からありえないような話を聞くことができた。
どうやら主は、本当はそんなに怖い人じゃない。むしろ、こちらが勝手に怖がっていたせいでずっと独りぼっちになってしまっていた、可哀想な人だということ。
「よくよく考えてみてください。主は今まで、我々に何かしたことがありましたか?」
「何かってそりゃ、恐ろしい眼光を向けられたり・・・」
「生まれ持った顔の造形故に、おそらく睨むつもりはなくとも睨んでいるように見えてしまっていたのでしょう」
「た、確かに・・・でも、食事の席でずっと険しい顔をしているし」
「・・・我々のせいで気軽に口を開けない状況だった主の表情が自然と強張るのは仕方のないことでは、と思います」
一期くんの言葉で「あ、なるほど」と思ってしまう自分がいた。
勝手に怖がり距離を置いた僕ら。独りぼっちの主。楽しくない食事の時間で、顔が強張ってしまうのは仕方ない。
じゃぁ何?僕らは今まで、知らず知らずのうちの主を虐げてしまっていたのだろうか。
気付いてしまえば、サッと顔から血の気が引くのを感じた。
あの時も、あの時も、そうだあの時も、と主に怯えていた場面を思い出す。そのどれもこれも、主は特に自分から僕らに何かをしたことはなかった。僕らが勝手に怯え、勝手に遠ざけていただけだった。
「・・・主くんの分のホットケーキ、一枚多く焼こうかな」
「それがいいですな。主はどうやら、甘いものがお好きな様子ですから」
「本当に!?じゃぁ今度から、おやつのレパートリーも増やさなきゃ」
甘いものなんて嫌いかと思って、緑茶とかブラックコーヒーとかしか用意したことがなかった。あぁ、些細なことだけれど、僕らはいろんなことを主に我慢させてしまっていたんだなぁ・・・
「主に申し訳が立たないよ・・・」
「申し訳ないという気持ちは私も同じです。ですからこれからは、積極的に主に歩み寄りたいと思うのです」
「うん、僕もそうしたいよ」
元々僕は主に歩み寄りたいと思っていた。あまりに上手くいかず断念してはいたけれど、これならきっと上手くいきそうだと思えた。
ホットケーキの皿を手に一期くんと一緒に主の元へ戻れば、主はホットケーキを焼く前と変わらず廊下に立ち尽くしていた。まるで何処へいけばいいかわからない小さな子供のように見えて、心がきゅっと痛くなった。
一期くんが主を大広間へと連れていく。まだ事情を知らない刀剣たちがざわついているけれど、一期くんは気にせず主の世話を焼いた。
一番最初に気付いたのが一期くんだから、こうやって最初に主の世話を焼くのは当然の権利だろうけれど、次は僕にもやらせて欲しいな。
いつも通りの険しい表情だけれど、重ねられたホットケーキを前にすると何だか少し緩んで見える。
「主くん、美味しい?」
一口食べては少し緩む主の表情に心が温かくなって思わずそう声を掛ければ、主は小さく「・・・美味しい」と返事をしてくれた。
あぁそっか、こうやって何気ない会話が、僕らには必要だったんだね。
鶴さんや伽羅ちゃんが困惑したような表情で僕を見る。後で説明してあげるから、心配は無用だよ。
僕と一期くんで、主のことを皆に話してあげなくちゃ。
末席とはいえ神様が人を見た目で判断してしまっていたなんて、とんだ笑い話じゃないか。
主は甘いものが好き、じゃぁもしかすると、夕飯は短刀たちに人気のオムライスとかハンバーグとかが好きかもしれない。主に直接、夕飯は何が食べたいのか聞きたいな。
・・・これからはそれが出来るんだ。沢山沢山、主とお喋りをしよう。
恐ろしかった審神者の真実
突然僕らの態度が変わって、主は多いに困惑したことだろう。それでも嫌がらず、一人ひとり真摯に対応してくれる姿に、やっぱり僕らは間違っていたんだと自らを恥じた。
「ねぇ主くん、今日の晩御飯は主くんの好きなものを作りたいんだ。良かったら食べたいものを教えてくれない?」
僕の問いかけに主は小さな小さな声で「ナポリタン・・・ウインナーがたくさん入ってるやつ」と言った。
頑張って凄く美味しいナポリタン作るからね!と叫んでしまった。主が泣いた。
お相手:おまかせ
シチュエーション:短編の「優しさに慣れてない勘違い審神者」の刀剣視点が読みたいです。
何となくで光忠視点にしました。
主くんはたぶん、図体でかいし怖いけど子供舌です。