「全く、リヴァイの掃除好きにも困ったもんだ」
出会い頭に「きたねぇ」の一言で井戸の水をぶっかけられた名前は前髪を軽く掻き上げながらため息を吐く。
その汚い理由だって部屋でゆっくり休んでいたところに突然やってきたリヴァイが「暇なら煙突掃除してこい」と問答無用で暖炉に突っ込んだことが原因だ。
そんなに掃除が好きなら自分の班員とだけやればいいものを、何がどうしてたまの休みにまで労働をしなければならないのか。
「名前さん!あの、良かったらこれ!」
もう一度大きなため息をついていると、横からタオルが差し出された。見れば、先程自分に水をぶっかけたリヴァイが率いるリヴァイ班に新たに入った期待の新人、エレン・イエーガーがそこにいた。
「ん?あぁエレンか、有難う」
「いえ!あの、煙突掃除お疲れ様です」
「まぁ筋力はあるし、煙突の中をよじ登るぐらいはわけないけど・・・煙突掃除のお礼どころか水をぶっかけられるとはなぁ」
名前の言葉にエレンは苦笑を浮かべる。リヴァイの理不尽は今に始まったことではない。
特に名前はリヴァイと同期ということもあって、いろいろとワガママが言いやすいのかもしれない。他の誰よりリヴァイの理不尽を被っているようにも見える。
「・・・兵長はきっと、名前さんを頼りにしてるんだと思います」
「そんなもんかねぇ?まぁ、こうやって可愛い後輩がわざわざタオルを持ってきてくれたんだし、これでチャラにしてやるか」
そう言って笑いエレンの手からタオルをうけとる。シャツの中までビッショリで、名前は少し迷った後にシャツを脱いだ。隣から「ひょえっ」という微かな奇声が聞こえた。
「ん?どうかしたのか、エレン」
「いっ、いえ、何でもないです」
「そうか。それにしても、ズボンまでびっしょりだ」
「ぬ、脱がないでくださいね!?」
「流石に外でパンイチにはならないさ。というかエレン、お前真っ赤だぞ・・・」
真っ赤な顔で視線をきょろきょろと動かしているエレン。ただし、きょろきょろの間に何回も名前の身体に視線を向けている。
「別に見ても面白い身体じゃないだろう」
「ひっ、ご、ごめんなさい」
「別に見るなとは言わないが、俺よりもリヴァイの方がえぐい筋肉してるぞ?あの小さな体からは想像も出来ないぐらいの腹とかバッキバキだ」
もしかして筋肉が気になるのかと思った名前がそう言いながら体をがしがしと拭いていると「俺も結構鍛えてます!」という言葉が飛んできた。
「ははっ、何お前、リヴァイと張り合ってんの?じゃぁちょっと見せてみろ、評価してやる」
「えっ!?み、見せるのはちょっと・・・」
真っ赤な顔を更に真っ赤にさせ、あわあわと慌てだすエレンに首をかしげつつ「鍛えてるんだろ?」と言えばエレンは途端に大人しくなった。
大人しくはなったものの、その身体は微かに震えている。
何だか虐めている気分だなぁ、と名前が頭を掻くと、エレンは意を決したように自分のシャツの裾を掴んだ。
「あ、あの、よ、良かったら見てください」
「別に無理はしなくていいんだぞ?そんな真っ赤な顔で震えて、俺が虐めているみたいじゃないか」
震える手でゆっくりゆっくりシャツを捲ろうとするエレン。何やら雰囲気がアブナイ感じがして、名前は「こーら」と軽くエレンの頭をはたいた。
いてっと声を上げたエレンが自分の頭を押さえ、ぽかんとした顔で名前を見る。
「俺は可愛い後輩に無理強いはしないさ。あー、ちょっと冷えてきたな。そろそろ部屋に戻るわ」
「よ、良かったら!珈琲いれます!」
「ははっ、何だエレン、何時も思うが本当にできた後輩だな」
エレンに犬の尻尾がついていたら、それはもう勢いよくぶんぶんと振られていたことだろう。
名前に褒められたことが嬉しくてたまらないのか、真っ赤な顔のまま満面の笑みを浮かべたエレンに「んじゃ、後で部屋に持ってきてくれ」と告げ、名前はその場を離れていった。
背後から「へ、部屋に!?」という少し上ずった声が聞こえたが、特に気にはしなかった。
部屋に向かう途中「あれー!」という声が聞こえ足を止める。
「ちょっとちょっとー、上半身裸で外を出歩くもんじゃないよ名前」
「うるさいなぁ、ハンジ。リヴァイに水ぶっかけられたんだから仕方ないだろ」
「ふーん。あ、じゃぁそのタオルはもしかしてエレン?最近の若い子は積極的だなぁ」
によによ笑いながら名前の首にかかったタオルを指すハンジ。
「あぁ、よくできた後輩だ。リヴァイには勿体ないな」
「『後輩』ねぇ?道のりはちょーっと長いかなぁ」
「お前はなんの話をしてるんだハンジ?とりあえず、そろそろ身体が冷えそうだから部屋に戻る」
「私が珈琲でもいれてあげよっか?」
「いや、後でエレンが持ってきてくれるはずだから」
「・・・本当に積極的だなぁ、その癖名前と喋る時は真っ赤になっちゃって、名前も自分を慕ってくれる後輩が可愛くてしかたないんじゃない?」
「ん?まぁ、後輩に好かれて悪い気はしないな」
「うっわー、思った以上の鈍感」
呆れた表情を浮かべるハンジに名前は首をかしげ「特に用事が無いならもういくぞ」とハンジに背中を向けた。
「あのさー!」
「まだ何かあるのか?」
「もしもなんだけど、全然そういう意識をもってなかった相手から告白されたら、名前ならどうする?」
「そりゃ、そういう関係に発展する意思がないならはっきり断るけど・・・」
ふむ、とハンジが頷く。
「何だハンジ、誰かに告白でもされたのか?」
「私じゃないけど、そろそろ告白されそうな相手がいてさ。じゃぁ、ちょっとでも意識してたら、返答に困ったり迷ったりするんだ?」
「まぁ、俺も人間だからな。少しでも好意を抱いていたら、すぐに返事を出すのはためらってしまう」
「成程成程、いいこと聞いた。こりゃアドバイスしてあげなくちゃ」
「んん?まぁ、アドバイスになったようなら何よりだが」
「いやー、若いっていいねぇ。青春だよほんと」
若干不思議に思いながらもハンジの言葉が何時も何処か変なのはいつものことかと思いなおし、名前は肌寒くなってきた肌を軽く擦りながら今度こそ部屋へと戻って行った。
部屋に戻り最初に戸棚から着替えを取り出す。シンプルなシャツに、今履いているものとほとんど変わらないズボン。休みの日に外へ出かける時はもうちょっときちんとした服を着るが、本日この後の予定は部屋でゆっくりする一択しかないので、少々ラフな格好でも構わない。
さて着替えるかとズボンに手を掛けたところで、こんこんと扉がノックされる。
案外早かったなと思いながら「開いてるぞ」と言えばゆっくり扉が開いた。
「失礼します名前さん、こー・・・ひっ!?」
「有難うなエレン、珈琲はそこのテーブルに置いておいてくれ」
「き、着替えてるなら、言ってください」
真っ赤な顔をして震えるエレンが視界に入り、意味も分からず「あぁ、悪い」と謝り脱いだズボンとパンツのかわりに新しいものを履く。
シャツまで全て着終わったが、エレンがまだ部屋にいた。
「ん?どうかしたのかエレン、何か用事か?」
「あ、その・・・」
何か話したいことがあるなら自分の分の珈琲も持ってくれば良かっただろうに、と思いつつ名前はエレンが持ってきてくれた珈琲を啜る。
「うん、美味いな」
「本当ですか!?」
「ん?あぁ、これならこれからもエレンに珈琲を淹れて貰いたいぐらいだよ」
冗談っぽく言えば、エレンの目がきらきらと輝き始めた。
「じゃ、じゃぁ!これからは、俺が何時でも珈琲を淹れに来ます!」
「んん?それは有難いが、お前もやることがあるだろう」
「ありますけど、名前さんが飲みたいなら俺っ」
「気持ちは嬉しいよエレン。お前は本当にできた後輩だな」
何時もならこの言葉でエレンはとても嬉しそうにする。現に今日つい先程だって満面の笑みを浮かべるぐらい喜んでいたはずだ。
しかし今、エレンの表情は少しだけ沈んだようなものになってしまった。
どうかしたのかと名前が首をかしげれば、エレンは「あのっ」と何処か真面目な表情で名前を見つめる。
何か真剣な話でもしたいのかと名前は少しだけ姿勢を整える。
「名前さんは、俺のこと、どう見ていますか」
「どうって・・・あの理不尽なリヴァイに付いていく努力をしている、努力家で頼もしい後輩だよ。俺のことを慕ってくれているのはわかるし、可愛い後輩とも思っている」
「後輩としてじゃなくて、俺個人としてはどうですか?」
「お前個人?んー、あまり考えたことはなかったが・・・」
名前の中では『エレン』と『後輩』がイコールで結ばれているため、突然そう言われてもすぐには言葉が出てこない。
エレンの何処か不安そうな表情を見れば適当な返事は出来ないのはわかりきっている。
「俺は、名前さんのこと、尊敬してます。あの兵長に頼られてて、任された仕事は全部成し遂げてて、俺たちみたいな新人兵士にもすっげぇ優しくて・・・凄く、いい人だなって思ってました」
「思ってましたって過去形なのが少し引っかかるが、有難う」
「今でも勿論優しくていい人だって思ってますけど、俺、今はそれ以上に・・・」
それ以上に?と名前は首をかしげる。
エレンの顔は真っ赤で、目も若干潤んでいる。
今からその言葉の続きを言うべきか言わざるべきか、悩んでいるのかもしれない。
名前は手に持った珈琲を一口啜る。エレンが言うか言わないかを決めるまで、待ってやるつもりでいるのだ。何せ今日は非番、リヴァイのような理不尽な存在が来ない限り時間はいくらでもある。
「あ、あの、俺が続きを言う前に、その、名前さんの俺個人に対する感想を聞きたいです」
「おっと、そうきたか。俺はお前を割と気に入っているよ。後輩の中でも結構見所あるし、見てて飽きない」
「だから、後輩としてじゃなくて・・・」
「後輩としてもお前としか今まで接してこなかったんだ。許してくれ」
「・・・許してくれって言われたら、許すしかないじゃないですか」
ぎゅっと少し眉間にしわを寄せたエレンに名前は「悪い悪い」と軽く笑う。
エレンが何を言いたいのかはわからないが、深刻な雰囲気にならないように名前は努めて穏やかな表情を浮かべ続けていた。少しでもエレンが言いたいことを言いやすいように。
やがてエレンが小さく深呼吸を繰り返し、ようやく決心がついたのか「あの」と名前を見る。名前は「なんだ」と笑った。
「俺は、名前さんを先輩として尊敬してますけど、それ以上に、好きな人として認識してます」
「好きな人、か。それは人としてか?」
「人としても好きですけど、もっと別の、そ、その、本来男女間で抱くような・・・」
そこまで言われて、名前はようやくエレンの言いたいことが理解できた。それと同時に先程ハンジが言っていた『そろそろ告白されそうな相手』の話も思い出す。どうやらその相手とは、自分のことだったらしい。
だとすれば、エレンはハンジにアドバイスでもされたのだろう。完全に脈無しなら名前はすぐに断るけれど、少しでも脈があるなら返答に躊躇うと。
「エレン、気持ちは嬉しいよ。有難う、その、何だ?俺は・・・」
「はっきり言ってください」
「はっきり?いや、んー」
そしてハンジのアドバイス通り、エレンの言葉を理解してもなお名前から返事はない。
脈がある。エレンはその事実だけでも十分嬉しいのだが、出来れば良い返事が貰いたい。
「名前さん、俺、名前さんが好きです」
「んっ、有難うエレン。俺も勿論後輩としてエレンが好きだが・・・」
「その好きを、俺個人への好きに変えてください!」
「んんっ、ハンジめ、厄介なアドバイスを・・・」
顔を真っ赤にさせ、懸命に思いを伝えるエレンに押された名前は、今頃してやったりと笑っているであろうハンジを思い軽く苦笑を浮かべた。
若さとは力
「へー!とりあえず保留って、そりゃもう脈大有りじゃないか!」
「俺はただ、自分を慕ってくれている後輩が少しでも傷つかないように・・・」
「そのつもりがないならはっきり断ってやる方が優しさだと思うけど?正直満更でもないんでしょ?」
完全に面白がっているハンジに名前は大きなため息を吐き「リヴァイ、お前からもハンジに注意してくれ」と我関せずといった風に珈琲を啜っていたリヴァイへと視線を向けた。
リヴァイはゆっくりと名前に視線をやり、ぐっと眉間にしわを寄せる。
「付き合うのか付き合わねーのか、はっきりしろ。明日までに」
「おっと、忘れてた。リヴァイも案外エレンのことを可愛がっていたな・・・俺の味方はゼロか、そうか」
軽く頭を抱える名前だが、ハンジとリヴァイの協力により明日にはエレンと結ばれているのだが、それはまだ彼の知らない話だ。
お相手:ハイキュー→影山 進撃の巨人→エレン
シチュエーション:青春ぽく、甘酸っぱい受けの片想いから両想いに……!!
ハイキューをまともに読んだことがなかったため、進撃の方を実行させていただきました。
エレンのわかりやすい好意に男主以外は皆エレンの想いに気付いていたので、たぶん周囲のアシストは凄いと思います。